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何が起きたのかは、分かっていた。
今までの敵とは桁違いの相手が来たのだ。
あれが、さっき言われていたミルズだろうか。
俺が言うのもなんだが、化け物じみていた。
盛大に宙を舞いながら、眼下の状況を把握する。
間に合った。
リックが技を見せてくれていたお陰だ。
あれがなければ、きっと俺の体は真っ二つだっただろう。
飛んでいく先に灌木の茂みがある。ああ、あそこに突っ込んだら痛いだろうなあ。
覚悟を決める。
どう抜けば一番ダメージが少ないか、鈴音に補整されながら、宙にある間にめり込んだ鈴音を体から抜く。
なんだろう。段々痛くなくなってきたような気がする。麻痺してきたか、慣れてきたか、それともアドレナリンが出まくっているのか。
推定ミルズは、恐らく自分の力に自信を持っている。今ので俺を仕留めた、と、考えている筈だ。追撃の気配はない。
いや、俺が弾かれた自分の刀で体半分切り裂いたみたいなものだから、本当に仕留められたのか。
ラウンド2が出来るだけ。
うん、俺が反則なだけだな。
茂みに突っ込んだ痛みに俺が涙している間に、傷はもう、治っている。
うつ伏せに倒れたまま、少し息を整えよう。
全く、次から次へと。
「手こずってたみたいじゃねえか、親父」
「ミルズ! てめえ、美味しいとこだけかっさらっていきやがって!」
「ミルズ君、お疲れ様、だったね。作戦は順調に?」
よし、俺は意識から外れたな。
まあ、パターンとしてはじきに心珠を抉りに来るだろうか。
このまま話し込め。情報が欲しい。
「そりゃあな、魔獣を引っ張り回すのに比べりゃあ、砦にぶち当てんのくらい、楽なもんさ。思ったより砦が頑丈で、当ては外れたけどな」
「ほう、と、言われると?」
「ちんけな砦なら、俺も押し込んで一暴れしてこようと思ってたんだが、外壁が結構しっかりしてやがってなあ、魔獣と一緒に暴れる趣味はねえ。そこらの連中薙ぎはらってとっとと退散してきちまったよ」
スッと、肝が冷えた気がした。
そうだ。時間稼ぎをしている場合ではない。
薙ぎ払われたのは誰だ?
死んだのか?
俺の、俺たちの仲間が?
向こうは任せた。
こちらはこちらの仕事をする。
それが信頼だ。
だが、だからといって、許せるものではないぞ。
「さあて、噂の鎧野郎の顔でも、拝んでこようか」
ミルズがこちらに向かって歩いてくる。
油断しきったその歩調。当たり前だ。あれで俺が動けると、思う方がおかしい。
俺は無力だ。
そんな俺が鈴音の力を借りて、どうにかこの場を切り抜けなければならないのなら、俺に手段を選ぶ慢心は許されない。
俺の右肩のあたりの服を掴み、引っ張りあげるミルズ。
さあ、ご対面だ。
体が正面を向かされる過程で、俺の目の前には無防備なミルズの腹。
伏せていた顔をいきなり上げ、笑いかけてやる。
「なっ!」
その驚きは狙い通りの隙だ。行け、鈴音!
目の前の腹に鈴音を押し当てるように抜き打ちに斬る。
手応えはあった。
だが、思ったよりは浅いな。
化け物じみていたのは、反応速度もか。どれだけ魔珠をつぎ込んで強化したんだ、こいつは。
あの一瞬で大きく跳びすさり、致命傷を避けたのである。
まあ、押さえた腹からはかなり大量に出血しているが。
「仕留めた筈だぞ、てめえ……」
「そうか、いい夢だったか?」
「んだと、ゴラァ!」
顔が真っ赤になった瞬間、爆発的な踏み込みと斬撃。だが、俺にとっては遅い。
回避の足捌きでバランスを崩すくらいなら、最初から崩しておけばいい。無様でも構うものか。
最初から倒れ、転がる。痛みは無視だ。
時代小説では結構よく見る回避法。飛び道具相手に有効らしいが、まあ、力任せに飛んでくるミルズは自分自身が飛び道具みたいなものだ。きっと有効だろう。
案の定、低い位置の俺に触れることも出来ず、ミルズの体は俺を飛び越えていった。
「おいおい、そんなに暴れて、出血は大丈夫か?」
「てめえに心配される筋合いはねえよ!」
ふむ、痛みは無視か。頭に血がのぼっていい感じに力んでくれている。腹からの血は、吹き出す勢いだ。これで治癒魔法とかがあった日には、まあ詰むのは俺の方なんだが。
とはいえ、かわせてあと一回か。
それ以上はさすがに油断してくれないだろう。
第三のしもべの能力が俺たちの設定した通りなら、例え死んでも生き返れるレベルだ。相討ち覚悟で、カウンターを狙うしかない。
「ミルズ! てめえ、油断すんじゃねえ。そいつは四水剣士だ!」
「んだとぉ……?」
畜生、余計なことを言いやがって。
ミルズの瞳が剣呑な輝きを帯びる。
「そいつはでけえ獲物じゃねえか……」
やばい、ミルズの雰囲気が変わった。
四水剣って一体なんだよ、疫病神か?
まったく、鈴音は投げちまうし、ミルズは油断しなくなるし、ディルスランの剣技と関わるとろくな目に遭わなくなるような気がするんだが。
さて、どうしたものか。
正直、冷や汗だらだらである。
一歩一歩、ゆっくりとミルズが迫ってくる。その油断の無い目付き。
それが。
突然、かき消えた。
「え……?」
一瞬、赤い血煙がしぶいたかと思うと、今までミルズのいた場所に、古風な日本の鎧武者が立っていた。
音があとからやって来る。
おいおい、音速を超えたのかよ。
「間に合いもうした。お館様、ご無事で何よりに御座る」
「ああ」
来た。
来てくれた。
ああ、間に合ったぞ。
「太郎丸!」
『御意』
弾けたパーツが俺を覆う。
身の内から溢れる、絶大な力。
この力で、お前は飛んできてくれたんだな。
その速度を全て威力に転化した太郎丸の全力体当たり。
そりゃあ、ミルズも木っ端微塵だろう。
今、俺はこの場の全ての頂点に立った。
「動く鎧? ま、まさか、伝説の重鉄姫か……?」
おお、グリードの頭が顔面蒼白だ。
まあ、ミルズが訳の分からないうちに粉砕されたんだ。無理もあるまい。
親父とか言っていたが、本当に親子だったんだろうか?
ヴォイドも、焦った顔を見せている。
「やばい相手だ、重鉄姫なら勝ち目はない、ここは退きましょう」
また新しいキーワードか。
重鉄姫、伝説とかいうなら、ジークムントの領分だ。あとで聞こう。
そう、聞ける筈だ。
聞けると信じている。
グリードどもめ、帰るならとっとと帰りやがれ。
俺には、お前らを相手にしている時間はないんだ。
お前ら程度なら、いつでも潰せる。
ヴォイドは既に逃げ腰で、撤退の合図を準備しようとしていた。
そうか、この場の状況を知らない戦力が、まだまだ残っているよな。そいつらもろとも撤退させるなら、合図を出させた方がいい。
ヴォイド、命拾いしたな。
行き掛けの駄賃とばかりにグリードの頭を轢き潰し、俺は砦に向かって走り出していた。
そう、音速を突破する勢いで。