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 走馬灯をどうして見るのか。


 それは、絶体絶命の危機に瀕した時に、脳が打開策を求めて、過去のあらゆる経験や知識から何らかの解決策がないか、一生懸命探すからだという。その記憶の整理が、過去を振り返ってみているように感じられるのだとか。


 だが、俺にとって必要なのは、打開策ではなかった。


 腹に力が戻ってくる。

 ここで、負けてはいられない。

 勝たねば、ならない。


 待っている者たちの笑顔を、俺は思い出した。

 勝たねば、ならない。


 痛みと苦しみとを訴える体を、無視する。

 なにしろ、今は痛くもなんともないのだから。


 どんな苦痛も一瞬で終わる。ならば、とらわれなければ、それでいい。


 走るのは難しい。ならば、ゆっくりでもいい。

 着実に、前に進む。


 目の前には、敵が五人。相手の顔色も、なんだか悪いな。


 輝く斬線が、いたるところに見える。

 きっと、どこを斬っても、殺すのは容易い。

 だが、そこまでが、遠かった。


 相手が斬りかかってくる。

 俺の目には、ごくゆっくりに見えるその攻撃。


 どう防ぐべきか、最適化された体が、どう動けばいいか教えてくれる。

 一歩、体を開いて攻撃をかわす。見える斬線の通りに、一人、斬った。

 その隙をつくように、さらに一人。

 刀を返せば、その一人とて、容易く斬れる筈だった。


 それなのに、踏ん張る足が、おぼつかない。


 森の中、不安定な足場で足首を捻ったか、一瞬、刺すような痛みが走る。

 腕にかかるのは、振りきった鈴音の、たかだか二、三キロの荷重。にもかかわらず、それを素早く斬り返す、筋力が絶望的に足りなかった。


「くそったれえっっ!」

 ワンテンポ遅れて、力任せに斬り返す。


 そして、相討ち。


 相手の剣が、俺の体に食い込むのと、鈴音が相手の首を飛ばしたのは同時。


 きっと、痛みは抑制されている筈だ。第三のしもべには、あらゆる侵害刺激に対する耐性を俺に与える、という能力を設定していたのだから。

 それでも、剣が体に食い込む痛みは、耐えがたいものがあった。


 それもそうだ。

 俺は痛みになんて慣れていない、ただの高校生だったのだから。


 相手の剣を体から引き剥がし、一呼吸入れたときには、もう傷は癒えていた。これこそが、キャラクターの不死化を実現させるために与えた、第三のしもべの最大の能力、再生だ。

 感じる痛みまでは消えないが、もう、傷は跡形もない筈だ。


 さっきまでは、この痛みに負けそうだった。

 だが、今は負けない。負けられない。


 残り三人、睨み返す。

 何もかもが、俺の弱さ、俺自身の力の無さのせいだった。

 こんなことなら、魔珠の一つも入れて、俺自身の能力を強化しておくべきだった。


 鈴音の与えてくれた速さ、それを支える力を、筋力と耐久力を、脆弱な俺の体は、持ち合わせていなかったのだ。


 力を込めて鈴音を振れば振り回される。斬り返すには力が足りない。

 不安定な足場に踏み込めば、足首が体を支えきれない。


 今まで、太郎丸の力で支えられてきたからこそ、俺は鈴音を振るえていたのだ。太郎丸の助けなしでは、鍛えてもいないただの平和ボケした日本人が、刀を振り回すなんて無茶な話だったのである。

 一呼吸で全て回復する異常な治癒力に支えられてはいるが、一振りごとに息切れするのが現状だった。


 だが、負けてたまるか。

「なんだこいつ、おかしいぞ」

「なんで死なねえんだ、化け物か?」

 俺が一歩、進むたびに、残りの三人が下がっていく。


 当たり前だ。死んでたまるか。


 太郎丸の言葉を思い出す。

 守りに徹しろ、そう言っていたな。


 目指す方向は、はっきりわかっている。

 愚直にただ、まっすぐ進む。

 呼吸を整える必要はない。

 なにしろ、一呼吸あれば、俺の体力は全快だ。


 足元に注意しながら、走り出す。

 全力疾走でマラソンできるこの体、注意すべきは足元だけだ。


 リムなどと比べれば、ウサギと亀ほどに差があるのだろうが、構うものか。

 進めば、いずれ、たどり着く。


 覚悟を決めたのか、三人が揃って斬りかかってくる。


 防御に徹する、か。

 その時、思い出したのは、アルマーン老を護衛していた盾使い、リックの動きだった。


 盾と刀の違いはあるが、えらくコンパクトな動きだった。あの要領で動けば、俺の力でも、振り回されずに済むかもしれない。

 そう思いながら鈴音を構えると、どう動けばいいかが分かった。


 タイミングを合わせ、最小限の動きで三人の剣を受ける。そこから、リックは切っ先を掠めさせるように、小さく斬っていた筈だ。


 最小の動きで最短の斬線はたったひとつ。

 だが、そこをなぞれば、驚くほどに体に負担がなかった。


 鈴音の切っ先が掠めていった三人は、首から血をしぶかせ、声もなく倒れていく。


 今、確かに何かが違った。


 最小の負担で最大の効果。

 そうか、これが技か。


 俺自身は、何の理合も分からないが、鈴音が最適な動きを教えてくれる。


 これは、光明だ。

 俺も現金なものだな。

 走る足に力がこもりやすくなったぞ。


 本陣は目の前、そこに立ち塞がる巨漢が一人。

 一撃必倒。

 あとに続くように、無駄の無い動きを意識しろ。


「ここまで辿り着きゃあがったか! これ以上好き勝手にゃあ……」


 皆まで言わせることもない。

 問答無用。

 ただ、まっすぐ進む。


 ふと、相手が、俺の姿を見失ったのが分かった。


 構えは青眼。

 鈴音を振る必要はない。まっすぐ当てれば、なにものをも断つ鋭さだ。

 沈みこむように、巨漢の胸に刀身が埋まる。


 心臓を貫いたのは間違いない。倒れていく体に逆らわず、刀身を傾けるだけで、豆腐を切るよりも容易く鈴音は抜けた。


 巨漢の後ろにいた部隊が、絶句しているのが見えた。

 中央に陣取る初老の男が、頭か。

 その手前にはやたら精悍な男が周辺の男たちに、何やら指示を飛ばしているようだ。実働部隊長はこちらか?


 まあ、何を言っているかは、鈴音には丸聞こえだったりするのだが。

 被害状況の確認が深刻な様子。うん、暴れた甲斐はあった。


 あとはもう一つ、鎧の所在確認だな。ははっ、何処にいるかなんて、お前らに想像もつかんだろうよ。


 初老の男が、大声で叫んでくる。年を感じさせない大した声量だな。

「やるじゃねえか、鎧以外に使い手がいるたあ、聞いていなかったぜ」

 ふん、聞いていない、か。えらく含みを持たせてくるじゃないか。


「鎧は出張中さ。聞いているんだろう、俺が、祐だ」

「そうかよ、てーことは、てめえを潰せばてめえらも大人しくなるっつー訳だな」

「その台詞、そっくりそのまま返すぞ。多少数を揃えてきたようだが、お前を潰せば、それも終わり、俺たちの勝ちだ」

「勝ちか、君一人の奮闘は見事なものだが、こんなところで油を売っていて、帰る場所がなくなっていたらお笑い草だと思わないかい?」


 精悍な男が、グリードの頭の前に立ち、口を挟んできた。


「砦を離れて随分経つようだけれども、向こうの戦況も気になるねえ」

「向こうには向こうの仕事がある。俺は俺の成すべき事をする、それだけだ」

「ふふ、立派なものだ。一週間という引っかけにも踊らなかったようだし、大した信頼関係を築いているようだ。その割りに、君の情報は筒抜けのようだけど」


 ふん、この期に及んで不和の種蒔きとは、布石に余念がないことで。


「イーノックには、全部話していいと伝えたよ」

 よし、驚いたようだ。余裕ぶった表情を見せやがって。ようやく崩せたぞ。


 イーノックが脅されていたことは、とっくに分かっている。レミィが人質になったこともだ。だから、イーノックは街に帰らせた。リムをつけて、だ。


 うちの狼は鼻が利く。

 グリードの拠点を見つければ、あとはディルスランたちに、本来の仕事をしてもらえばいい。

「今ごろはお前らの拠点も制圧されている頃だろうよ」

 まあ、出張所レベルだろうけどな。


「ちっ、小細工なんざするもんじゃねえ、おい、ヴォイド、ごちゃごちゃ言ってねえで、とっとと終わらせるぞ。ミルズが戻るまでに片をつけちまえ」

 頭の方は頭を使わないようだな。まあ、力自慢であればそんなものか。


 ただ、今はその判断の方が正しい、悔しいことに。


 俺としては、標的は完璧にマークした。ならば少しでも時間を稼ぎ、太郎丸を待ちたいところだったんだが。

 グリードの頭は、ヴォイドと呼んだ、実働隊長っぽいやつの頭越しに、部隊をけしかけてくる。


 さて、正念場だな。

 コンパクトな動きでどこまでしのげるだろうか。覚悟さえ決めてしまえば、俺には大きなアドバンテージがある。


 傷を恐れるな、痛みに負けるな、祐。

 どんな怪我も、一呼吸おけば治るんだ。

 行け、俺。


 グリードの頭の檄で、波状攻撃が始まった。一度戦端が開けば、ヴォイドも部隊指示に集中するようだ。頭から指揮を引き継ぎ、俺を追い詰めにかかってくる。

 さすがの戦闘指揮と言うべきか、俺の動きが小さい、つまり攻撃範囲が狭いことを見抜いたのだろう。一瞬部隊を引いたかと思うと、全方位から均等に、六人同時に突きこんできたのである。


 ダメだ。


 どこかを受ければどこかに穴が開く。見よう見まねの防御で凌げるタイミングではない。

 動きそのものはゆっくり、はっきり見えていて、斬線もまたしっかり見えているのに。


 分かっていても、受けられない。

 分かっていても、攻められない。


 身体的な疲労は一呼吸で回復するが、精神的な疲労はそうではなかったのだろう。

 乱れた呼吸、焦った思考、その中で俺は、全周囲を一瞬で斬って捨てたディルスランの剣技を思い出した。思い出してしまった。


 気が付いたときには、俺の体は大きく円を描き、あの剣技を再現していた。

 まずい。こんな大きな動き、耐えられるとは思えない。


「なにぃ、四水剣しすいけんだとぉ!?」


 驚愕に満ちた頭の言葉を、俺は強化されていないただの耳で聞いていた。


 襲いかかってきた六人は確かに薙ぎ払ったが、俺の握力は、耐えられなかった。

 鈴音がすっぽ抜け、敵の目の前に飛んでいくのを、目眩に似た急激な脱力感に襲われながら見送る以外、俺には何も出来なかった。


「驚いたよ、まさか四水剣士だとは思わなかった。まあ、どんな武芸も、疲れきっていては宝の持ち腐れのようだね」

 地面に突き立った鈴音に、ヴォイドが歩み寄る。


「さわるな!」

 思わず、俺は叫んでいた。


 やばい。


 思い出すのは、初めて会った時のジークムント。

 俺から鈴音を奪ったばかりに、あいつはどうなった?


 俺の中の浅ましい部分が期待している。ヴォイドが味方になってくれたら、この絶体絶命の危機から、きっと簡単に抜け出せるんじゃないか、と。

 だが、それでも、俺は声をあげざるを得なかった。ダメだ、鈴音に触れるな。


 しかし、そんな言葉を素直に聞いてくれる敵がいる筈はない。

 どこか勝ち誇ったような笑みで俺を見下しながら、ヴォイドは鈴音を引き抜く。

 そのまま惚れ惚れと鈴音を眺め、その表情が激変した。


「うわあっっ!」

 今までの泰然とした態度が嘘のような、慌てたような悲鳴。


 怯えたような、ひきつったような表情で、ヴォイドは鈴音を投げ捨てていた。

 バカみたいにゆっくりした速度に感じられる。いや、たぶん唖然としてしまっていたのだろうが。


 思わず投げ捨ててしまったようなヴォイドの手から、放物線を描いて飛んだ鈴音は、ほんの少し手を伸ばせば届きそうなところに落ちた。


 手を伸ばせば届きそうだ。

 それに気付いた俺はなりふり構わず鈴音に飛び付く。


 よし、取り戻した。


 危なかった。

 それにしても、予想とは大分反応が違っていた。


 もしや、耐えたか?

 鈴音の洗脳も、絶対ではなかったか?


「頭! 魔剣だ! こいつ、やべえ!」


 ヴォイドは慌てた口調で頭に捲し立てていた。いや、口調が変わりすぎだろう。これが素の言葉遣いなんだろうか?


 再び強化された感覚に、細かいやり取りまで聞こえてくる。うん、撤退を考えてくれるなら、有り難いぞ。とっとと帰れ。


 頭もそれなりに焦っていたようだ。ヴォイドの剣幕に飲まれたか、微妙に及び腰になっている。

 ここまでに、よほどの被害を与えたか。

 太郎丸と一緒に何人轢き潰したか、全く数えていなかったな。


 その瞬間、耳元に鋭い鈴の音。


 振り向けば、凄まじい速さで突っ込んでくる全身を革鎧で包んだ男。鈴音に強化された目にははっきり見えるが、鎧の至るところに輝く魔珠が埋め込まれている。


 人間離れしたそのスピード。

 通常の三倍くらい速いんじゃないだろうか?


 間に合うか?

 コンパクトな動き、あのリックの堅固な受けを思い出せ。


 受けは間に合った。相手の薙ぎ払うような剣と、俺の体の間に、鈴音が縦にしっかりと挟まれる。


 しかし、人間離れしているのはスピードだけではなかった。

 そのパワーに押され、支えきれなかった鈴音が俺の体に食い込む。


 いや、食い込むなんてものではなかった。

 刀身の峰が俺の体を割り裂きながら、半分ほどめり込んだ。


 鎖骨と肋が粉砕したのを感じながら、俺は吹き飛ばされていた。


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