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 最初に気付いたのは、朝飯の後くらいだった。


 この砦周りの結界は、かなり質が高いものだ。

 かつて戦力に数えられることのなかったリムが、せめて役に立つためにと斥候として磨いた技術が、攻めにも守りにも有効に活用されている。


 当時は魔珠が足りないところを効率的な結界運用にして賄っていたのだが、今は魔珠に余裕も出来た。技術の高さを活かしきる資源を手に入れた砦の結界は、なまなかなもので突破できるレベルではない。


 にもかかわらず、その集団は結界を潜り抜けてきていた。

 数は少ない。まずは様子見といったところか。


「ユウ様?」

 俺の変化に気づいたのだろう。シャナがうかがうように声をかけてきた。


 ここが戦場になるというのは分かりきっていた事なのに、彼女は避難しようとはしなかった。


 心縛の呪いを断った時、猫の化け物と一緒に、シャナの中にあった全ての魔珠の強化を、俺はリセットしてしまった。


 今のシャナは、魔珠を全く入れていない、完全な素体のみの純粋な人間である。この世界の常識ではあり得ないらしいが。

 どんな子どもでも、多かれ少なかれ強化はしているのが当たり前だそうだ。


 そんなシャナが危険な戦場に残るのは、愚行とも思えるが、ここ以外に居場所がないというのが理由の一つではあった。元々行き場のない連中が集まったのが、エルメタール団なのだから。


 ファールドンの拠点は、まだ俺たちの居場所とまで言えるほどには馴染んでいなかった。この砦が負ければ、いずれ路頭に迷うのみなのだ。

 ならば、この場に残って運命を共にする、それもまた、一つの覚悟だった。


「来たようだ」

「そうですか」

 戦端が開くまでもう間もないだろうに、シャナの表情に揺らぎはなかった。


 いや、本当にそうか?


 鈴音に強化された感覚が確かに俺に伝えてくる。

 シャナの体が、微かに震えていることを。


 そりゃ、怖くて当たり前だよな。

 俺が気付いたことに、シャナも気付いたのだろう。痛々しいくらいに、無理に笑みを浮かべようとする。


「今、ここに集まるみんなの中で、きっと私が一番、覚悟が決まっていませんね」


 そうかも知れない。

 諦観から解き放たれたら、生まれるのは執着だ。今、ようやく生き始めたばかりのシャナには、生への未練が溢れていた。


「申し訳ありません。必ず勝つと、信じなくてはなら……」

 皆まで言わせることは、出来なかった。

 思わず抱き締めたシャナの体から、はっきりと伝わってくる震え。


 これが、命の重みか。


 俺自身を振り返ってみれば、鈴音と太郎丸、そして、もう一つのしもべに守られ、命の危機を感じることはなかった。この後の戦いでも、俺自身が死ぬことはあるまい。痛みを感じることすら、無いかも知れない。


 そういう意味で、俺はこれからの戦いに、覚悟も重さも感じていなかった。

 それが今、はっきり分かった。


 シャナ、申し訳ないのは俺の方だ。

 エルメタール団を指して俺たちと呼びながら、俺は何も背負っていなかった。


 この重さを背負って、俺は戦わなくてはならない。


 そう、俺が負けるわけにはいかないのだ。

 俺の敗北が、皆の敗北、俺はそういう道へ踏み込んだのだ。そして、皆が笑ってついてきてくれている。

 こんなに嬉しいことがあるだろうか?


 そうだ。絶対に、勝つ。

 シャナの居場所を守りきる、ジークムントの旗を守りきる、それが結果的に俺に居場所をくれる。


 俺のことは後回しでもいい。

 シャナたちのために、戦おう。


 怒るかな、怒らないよな。

 寄せ合った頬に、そっと口付ける。


 少し、シャナの震えが止まった。


「行ってくる」

 そっと身を離し、扉に向かった俺の袖が、ついと引かれた。


 引かれるままに振り向いた俺の目の前には、目を伏せたシャナの顔。

 鈴音に強化された感覚は、ゆっくり迫るシャナの睫毛の震えまで、はっきり見せてくれた。


 だが、俺の体は、全く動いてくれなかった。


 強く、強く押し当てられるシャナの唇の暖かさ。

 何かが、俺の中を満たしていた。


「ご武運を、お祈り申し上げます」

 あはは、シャナ、何を言うんだ。

「負ける筈、無い」

 うむ、身の内から力が溢れかえっていくようだ。


 きっと、俺は今、笑っている。


 扉を開け放ち、大声で叫ぶ。

「ジークムント! 皆を集めろ、敵襲だ!」

「心得ました!」

 遠く返答と共に、動き始めるエルメタール団。


「手筈通りだ。ジークムント、陣頭にたて」

「我が君の、御心のままに」

「ベルガモン、俺と一緒に上に来てくれ。統括は任せる」

「責任重大ですな」

「ルクアさん、炊きだしと補給は任せる」

「はいはい~、ユウ様、こんな時くらい、呼び捨てでもいいんだよ」

「う……」

 皆が明るい笑いに包まれる。


 うむ、よし、いい感じに緊張もほどけたようだ。畜生。


「今さら、言うことは何もない。訓示なら、ベルガモンの方が得意だろうしな。砦は任せた。俺はひとっ走り、頭を狩ってくる。明日の朝日は、祝杯で迎えよう!」

 皆の喚声が、俺に応えてくれた。


 そうだ、みんなが待っているんだ。

 勝って、帰るんだ。


 戦場の真ん中で、俺は出陣前のひとときを、克明に思い出していた。

 これが、噂に聞く、走馬灯というやつだろうか。



 戦場のど真ん中、鈴音と二人、敵に囲まれた俺は、死にかけていたのだった。


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