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 イーノックの知らせから三日後の昼。

 俺たちは戦場にいた。


 結界を無効化して進んできた連中を、鈴音が捕捉。準備は万端だ。


「まあ、予想通り、でしたな」

 砦の高所から戦場を見下ろしながら、ベルガモンが呟く。


「ああ、一週間という情報を信じれば蹂躙される、信じないならそれは不和の種、まあ、ちょっとした布石程度だろうが、振り回されると難儀な話さ」


 眼下では、急な襲撃に右往左往しているような叫びを、敢えてあげさせていたりするが、さて、棒読みの叫びがどこまで通じるものやら。

 今の状況を見届けたのだろう斥候らしき気配が、急速に遠ざかっていく。


 なるほど、方向はあちらか。

 鈴音の柄を握りしめ、遠く、遥か先まで耳を澄ませる。


 微かな鈴の音。

 よし、とらえた。

 あれが本隊か。


「見つけたぞ」

「さすが、お早い。では、作戦通りに」

「ああ、砦は任せた」


 ベルガモンとは、あらかじめ作戦を立てていた。

 まあ、作戦というのも烏滸がましいレベルではあるが。


 結局、最強の個体戦力である俺を、どう使うかという話しかなかった。


 俺は強力な点だ。線や面を破れるとしても、所詮は点。砦の全周を守ることは出来ない。

 それならば、砦の守りに俺を計算しては駄目だ。俺を有効利用しようとするなら、遊撃戦力、それに尽きる。


 どんな戦も、頭を潰せば、まず終わる。

 ならば、俺のすべきことは、グリードの大将を狩ることだ。


 おそらく大勢力が、波状攻撃を仕掛けてくるだろう。格上を示したいのなら、敢えて正面から来ることも考えられる。

 それらを突き抜け、大将を狩る。


 ただ、いずれにせよ、戦慣れの程度も、強化の程度も、おそらくエルメタール団を上回り、さらに数まで多い敵だ。後顧に憂いを残すこと甚だしい。

 それでも、俺たちの武器は団結、それ以外なかった。


 俺は砦の守りを信じて、大将を狙う。

 砦は、俺が大将を狩ってくることを信じて守りに徹する。


 お互いに信じあい、それぞれに全力を尽くす。

 お互いの信頼と、時間が勝負を決める。


 砦の勝機は、団結と、強固な外壁、そして戦場仕込みの戦闘法。

 そこに、俺が時代小説で仕入れた集団戦の極意を混ぜてもらった。


 幕末、新撰組が無敗を誇った理由の一つ、必ず三対一で襲いかかる。天然理心流の伝える集団戦法だ。


 相手の数が多い今回は適応させにくい面もあるが、相手は騎士団ではなく盗賊団だ。個々の連携が飛び抜けて優れているとは考えにくい。


 狼の魔獣ではない。猿と犬の合の子の魔獣みたいな、個人戦力頼みの可能性が高い。

 というか、個々の実力と数で負けて相手の連携が完璧なら、俺たちに勝ち目はなかった。


 あとはもう一つ、エルメタール団は弱かった。そこだ。


 俺たちはいつも、格上に挑み、そして勝ち抜いてきたのだ。それは大きな自信となる。最後に踏ん張る力になる。

 格上相手の戦いには慣れている。

 それが、俺たちの武器だった。


「では、行ってくる」

「ご武運を」

「そっちもな」

 短い挨拶を交わし、俺は、砦の最上階から直接、跳んだ。


 太郎丸に支えられた膂力で跳んだのだ。その飛距離はまあ、人間業ではないな。


 着地様に、一人、踏み潰す。

 太郎丸が衝撃を吸収したか、鈴音によって動きが最適化されたお陰か、遥か高みから飛び降りて、俺にダメージは全くない。


「出たぞ、鎧のやつだ!」


 なんという失礼な言いぐさか。


 まあいい、構っている暇はない。

 比較的多く集まっている集団を轢き潰しながら、俺は走り始めた。


 慣性の法則を無視したような、巨大な猪の突進を軽く片手でいなす太郎丸のパワー、それを全て速さに変えたダッシュ。体は鉄の塊。


 まあ、砲弾が突き抜けていくようなものである。人間など、木っ端微塵だった。


 森の中で誰かが魔法回路を起動したのか、晴れ渡った空に、虹色の光が走る。何の狼煙かは分からないが、これ以上情報をやることもあるまい。進路上にそいつを捉え、通り抜け際に斬り飛ばす。

 木々すらなぎ倒しながら、俺は、敵本隊の中心を目指したのだった。





 力任せにただ、走る。そのスピードすら把握し、身体制御を失わないのは、俺に速さを与えてくれる鈴音のお陰だった。

 感覚が加速しているのかどうかは分からないが、普通に考え、普通に見回し、普通に行くべき道を辿ることが出来る。


 敵の本隊と言っても、森の中、散在している。多い順に薙ぎ払いながら、俺は森の中を走り回っていた。


 片手間に人を轢きながら、俺は、強い気配を探す。

 数の多さは当てに出来ない。偽装も容易かろう。だが、この集団をまとめあげる者が弱い筈がない。だから、探すなら、強いやつだ。


 何処だ、何処にいる。


 その時だった。


 今まで聞いたこともない、大きな鈴の音が、俺の頭を殴り付けるような勢いで響き渡った。

 聞こえているのは俺だけだろうけど。


 なんだ、何があった、鈴音?

 一瞬、動きを止め、音に引かれて頭を巡らせてみれば、その先、砦を挟んだ遥か向こうから、巨大な群れが押し寄せてくるのが分かった。


 なんだ、これはなんだ。

 人ではない。人の気配ではない。


 どうやったのかは分からないが、あれは。


 あれは、魔獣だ。

 信じがたいことだが、魔獣の群れが、砦に向かって押し寄せてきているのだ。


 これは偶然か?

 いや、そんな筈があるまい。

 まさかとは思うが、誰かが魔獣を誘導しているのだ。


 モンスタートレイン。


 オンラインゲームでのマナー違反行為として有名なモンスタートレイン。

 そうとしか、考えられなかった。


 誰かが魔獣を砦まで誘導し、そいつは逃げ延びる。魔獣が砦を蹂躙すれば、グリードは労せずして勝ちを拾える。

 溢れた魔獣が街を襲っても、彼らからすれば他人事、ファールドンの騎士団が苦労するだけだ。もしかしたら、火事場泥棒すら目論んでいるかもしれない。


 グリード、なんという恐ろしさだ。


 やばい。

 あの魔獣の群れはただの群れではない。一体一体がかなり強力な魔獣だろう。感じる気配が段違いだ。


 こんな戦法があり得るのか。魔獣が操れるものなのか。


 分からない。分かる筈がない。

 ただ、砦が危ないことだけは間違いなかった。


 迷う暇はない。

「太郎丸、行け」

『無茶にござる、お館様』

「二度言わせるな、当たらなければどうということはない!」

『御意、せめて守りに徹して下され』

 太郎丸が離れると同時に感じる、一瞬の脱力感。


 グリードは二方面作戦を仕掛けてきていた。

 どちらに対処しても、片方が砦を襲う。その配置は絶妙であった。


 おかしいぞ。


 俺の移動速度は、自分で言うのもなんだが、異常だ。人間離れしているのは明らかである。


 その移動範囲を見越したような、この部隊の配置、これは一体何を根拠に決められたものだ?

 俺の全力移動を知る者は、誰もいない筈だ。俺自身、今日ほど全開で走り回ったことはない。


 分からない。

 何が知られているんだ?


 とはいえ、考えても詮無いことではあるか。

 仕方あるまい、

 今は置いておこう。


 相手が二方面作戦を仕掛けてくるなら、俺も、二手に別れる。


 さすがに、これは予想できまい。

 どこまで警戒したとしても、俺という点だけを警戒している筈。

 鈴音と太郎丸、二つの戦力がここにあるとは、誰も気が付くまい。


 力は失われたが、俺には鈴音と速さがある。

 相手が人間なら、恐れることは何もない。


 そして、俺はようやく捉えていた。

 この集団の中で最も強い気配の集まる場を。


 さあ、決戦だ。


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