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 イーノックが戻ってきた。

 恐るべき報せをもって。


 アルマーン老が味方になってくれてから二ヶ月足らず、俺がこの世界に来てからようやく三ヶ月程度。俺の周りの環境は凄い勢いで変わり続けている。


 あのあと、潰した盗賊団の数は五つ。ファールドン周辺は完全にエルメタール団の縄張りとなり、隣接都市への通商の護衛も始めた。

 常時戦力は三十五人、予備戦力も合わせれば五十人規模の大所帯である。


 商会の全面的な支援がなければ、組織の維持だけで一苦労な筈だった。

 その分、商会の隊商は護衛費用を削れてはいるけれど。持ちつ持たれつと言って良いものか。

 大都市ルドンまでの安全は確保したいところだ。


 砦の補強も進み、拠点機能は充分だ。ファールドンから専門の技術者を雇えたのが大きい。

 素人ながら頑張って組んだ石組をあっさり撤去されて作り直されたときは、涙目になっているやつもいたが。


 魔珠の供給に滞りはなく、潰した盗賊団のお陰で、資金にも今のところ困っていない。団員も増えたが、強化も進んでいた。

 ベルガモンたちが来てくれたのも大きい。元傭兵の猛者たちのお陰で、戦闘訓練が充実したのである。

 この点、俺は全く役立たずだった。もう、任せきりである。


 エスト山脈方面に縄張りが広がった結果、狼型の魔獣との遭遇機会が増え、身体強化の進んだリムは、最近俺の側にいることが多い。

 名目的には護衛になるらしいが、対外的にエルメタール団の頭領はジークムントである。護衛につくべきなら、そちらではないのか。

 まあ、ジークムントの側には、ベルガモンとその仲間たちが詰めていることが多いけど。


 そのジークムント自身が、俺の側に控えたがるものだから、タイミングが悪いと、俺が歩くだけで大移動になってしまったりする。かつて日本でたまに見ていた医療ドラマ、その教授回診みたいだ。

 さすがに勘弁してほしい時もある。


 部屋に戻ればシャナが美味しいお茶を淹れてくれる。癒しの時間だなあ。


 と、現実逃避をしている場合ではなかった。


 教授回診のごとく、主要メンバーが集まったこの場で、俺の目の前には顔色の悪いイーノックがいる。

 重要な報せをもって、わざわざ砦まで来てくれたのだ。


「もう一度言ってくれ」

「はい、ルドンの大盗賊団、グリードがエルメタール団を狙っています。アルマーン商会でも掴んでいる情報で、間違いはないかと」


 まずい。


 小さな盗賊団ならともかく、多くの団を束ねる大組織に目をつけられてしまったか。

 早すぎる。


 いずれ攻めこむつもりはあったが、今の段階では戦力差がありすぎるだろう。縄張りはまだ、重なっていない筈なんだが。


「抗争のつもり、ではないでしょうな。新進のエルメタール団、その頭を押さえて、ちょいとたしなめとこうって腹じゃないですかい?」

 ベルガモンの判断が妥当なところか。

 噂を流してこちらを萎縮させ、頭を下げさせようくらいは考えているかもしれないな。


 畜生、俺一人で乗り込んで殲滅してこようか。

 こちらの勢力が弱い段階で、上下関係を打ち込まれてしまったら、後々まで尾を引くことになる。それは避けたいが。


 あれ?


 そういえば、動揺しているのって俺だけ?

 なんか、みんな落ち着いている感じなんだが。


「遅かれ早かれ来るのはわかってた。狼狽えなくていい」


 あの、リムさん、俺、狼狽えてますか。


 ううむ、動揺はあまり見せない方がいいとか思っていたが、腹芸は無理な話か。

「まあ、ガラマール団と手打ちをせずに潰した時点で、後戻りは出来んですからなあ。覚悟ならあの時に出来とります。今さら文句もありませんやな」


 そ、そうか。

 あの時、みんながやたら殺して良かったとか言ってくれたのは、覚悟を決めたことを、俺に教えてくれていたのか。今さら気付いて遅すぎるな。済まなかった。

 しかし、だとしたら、エルメタール団は勝ち目の薄い戦いに身を投じることになるぞ。


 それは嫌だな。

 俺にとってエルメタール団は、もうかけがえのない、俺の居場所だと思っているんだが。


「イーノック、噂でもなんでもいい。いつ来るか、推測はできるのか」

「分かりません。動き出したとか、じきに制裁を下すだとか、話によってもまちまちなんですよ。ただ、距離から言って、動き始めたあとなら一週間程度ではないかとは思いますがね」


 うむ、嫌な感じだ。

 チリチリとうなじの辺りで小さく鈴の音が聞こえる。何にも増して俺が信頼する鈴音の声。

 こないだ鈴音を信じて斬った相手は、心珠を調べた結果、刺客だったことが分かった。


 今回はなんだ。

 顔色が悪いな、イーノック。


 腹を据えるか。


「戦争、だな」

「御意に御座います。天に二日無し、我らが旗は我が君の元のみにて翻りまする。死力を尽くすに不足は御座いません」

 頼もしいな、ジークムント。


「狼は頭を中心に群れを作る。あなたが負けなければ、いい」

 そっけないけど、それは激励と受け止めていいんだよな、リム?


「まあ、戦力だけで見たら負け戦に見えますがね、寡兵が勝つには条件があります。そいつを外さずにいきましょうや。団結だけなら、どこにも負けませんやな。戦場ではそいつが一番強い」

 うん、そうだな、ベルガモン。戦場での経験を、頼りにしている。


 皆、済まない。そして、ありがとう。

 俺の無茶に振り回されたと、巻き込まれたと思われても不思議ではないだろうに。

 みんな笑って、死戦についてきてくれる。


 それに何より、負ける気、死ぬ気で頑張るとか言わないのがいい。


 そうとも、悲壮な覚悟で一矢報いるとか、そんな話にはしない。

 勝つのだ。


 予定が早まっただけ。

 ここで、勝つのだ。


 あと必要なのは、情報だな。

「よし、ならここから戦闘開始だ。皆に知らせてくれ。戦争準備なら、ベルガモン、中心は任せる」

「任せてくださいや」

 ベルガモンの返事を皮切りに、皆が動き始めた。


 この場に残るのは、俺と、イーノックだけだ。

「ご苦労だったな、イーノック」

「いえ……」


 うむ、よし。


「話を聞こう」


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