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 シャナの胸に光る点が見えたと思った瞬間、見覚えのある世界に、俺はいた。


 見渡す限り、全て白。

「なんだよ、またかよ、おい、神、そこにいるのか? お前、ローザなんて名前だったのかよ?」

 ひとしきり叫んでも返答はない。


「なんだよ、本当にいないのかよ。まあ、二度と会うことはないって言っていたしな。しかし、だとしたらここは一体なんだ?」

 本当にローザがいないものか、聞えよがしに呟きながら目線を下げれば自分の体。

 前に見た時よりもまた、肉が増えて、普通の体になったようだ。前回この白い世界で見た体とはもう、比べ物にならない。


 そして前回と違うもう一点。

 俺の手には、鈴音がいた。


 うむ、なんという頼もしさ。

 心を折られそうなこの無限の空間にあっても、鈴音がいれば、ずっと自分を保っていられそうだ。

 こういう時には、鈴音と喋れたらなあ、と思わなくもない。


 ふと、頭に響く澄んだ鈴の音。

 引かれるままに音を辿って、後ろを振り返る。

 そこに、シャナがいた。


 もう一度言う。

 そこに、シャナがいた。


 お互いに全裸で。


 思わずガン見した俺に、シャナがおずおずと問い掛けてくる。

「あの、ユウ様? ここはいったい……。ここに神様がおわすのでしょうか?」


 やべえ、さっきの叫びは、最初から聞かれていたのか?

 いや、何がヤバイかはよく分からないが。狂態を見られたという意味では、ヤバイかな。


「前にここで神と会った事があるよ」

 絶句し驚きをあらわにするシャナを改めて見る。


 改めて見ると、いつものシャナとは大分違っていた。

 まず、いくぶん大人びていた。中学生くらいかと思っていたが、今の姿は高校生くらいだろうか。俺と同い年くらいに見えるシャナは、スタイルの方も年相応に成長しており、大変に眼福です。外人の女の子って、本当にスタイルがいいよなあ。


 あと、猫耳がなかった。


 あれ?

 猫耳がなかったぞ?


 そして、全身を縛り上げる鎖。


 おい、祐よ、まず鎖に気付け。胸に見とれている場合じゃないだろう!

 だが、鎖は、見ようと思わなければ見えないような、不思議な存在感だった。確かにシャナを縛り上げているのに、俺にはあまりよく見えない。意識を凝らすと、はっきり見えるが。


 なんだこれは。

 鈴音、お前が見せてくれているのか?


 そう思って見直すと、くっきり見える鎖に、さらにシャナにまとわりつく靄のようなものも見えた。

 頭のなかに、澄んだ鈴の音が響く。


 瞬間、はっきりした視界には、シャナにのし掛かるように覆い被さる、巨大な猫の化け物の姿が映った。

 なるほど、これが猫耳の正体か。

 魔珠に残った、魔獣の残滓というわけだ。


「その鎖が、心縛の呪いかな」

「私には、分かりません……」

 悲しげな瞳。


「明日を考えられないって、辛いよな」

 いきなり話し始めた俺に、怪訝そうな視線を向けるシャナ。構うことはない、話を続けよう。


「親友が死んだんだ。突然の事故だった。当たり前に続いていく明日が、断ち切られたと思ったよ。絶望、したんだろうな。俺は生きることを放棄した」

「放棄、ですか?」

「そうだ。自分で生きるのをやめた。でも、俺は放棄したのに、世界が俺を拾ってくれた。もう一度、未来を、生きる機会をくれたんだ。嬉しかったし、良かったと思うよ、心から。新しい世界で、迷ったこともあったけど、シャナが魂の置き所をくれたしね」

「私が、ですか?」

「そうだ。シャナにそのつもりがなかったとしても、俺は君に未来を貰った。本当に、感謝している。未来があるということが、どんなに素晴らしいことか、君に教えてもらった」

 シャナの顔が曇る。そうだろう。未来を持たないシャナに、自分の未来自慢だなんて、まるで嫌味じゃないか。


 だから。


「だから、紹介しよう」

 鈴音を、シャナの前にかざす。


「俺の刀、鈴音だ」

「……はい」


 鈴音に任せて意識を向ければ、猫の化け物にも、鎖にも、至るところに輝く斬線が見えた。


「俺がここにいて、君がここにいて、そして鈴音がいる」

 シャナの瞳をまっすぐに見据え。


「未来はここにある」


 断つのは容易かった。





 微かな鞘鳴り、ゆっくりと目を開く。


「お、おお……」

 感嘆の声は、アルマーン老だろうか。


 目線をあげれば、幼げなままのシャナと目が合った。決定的に違うのは、猫耳と尻尾がないこと。

 熱に浮かされたように、シャナが一歩、俺に向かって踏み出す。潤んだ瞳。


 並べた茶器が引っくり返るのにも構わず、ローテーブルを乗り越えて、彼女は俺の胸に飛び込んできた。

 ごつっと痛々しい音が響くのにも構わず、シャナは力一杯、俺を抱き締めてくれている。応じて、俺も抱き締める。


 よし、断てた。


 実際に刃を抜いたかどうかは定かではないが、何かを確実に斬った実感があった。

 アルマーン老が、震える手を隠そうともせず、俺を見つめてくる。


「ユウ殿、ユウ殿は心縛を断ったのか、心縛の呪いは断てたのか、あなたは、あなたは本当に……」


 驚いたことに、アルマーン老は、滂沱ぼうだの涙を流していた。これは感涙だろうか、それとも悔し涙か。あまりにも複雑な表情を浮かべている。

 ジークムントは一人、満足げに頷いていた。


 泣く老人に、所在無さげな護衛二人。

「え~っと~、で、一体何が、起こったのかな~?」

 ポツリと呟かれたディルスランの言葉は、まあ、本音の極みであっただろう。





「取り乱して済まなかった」

 場が落ち着くまでには少し時間が必要だったが、アルマーン老の謝罪で、仕切り直しとなった。


 うやむやでお茶は無しとなっているが仕方あるまい。シャナは今、俺の腕にしがみついたまま、職務放棄真っ只中である。


「若き日の過ちを聞いてはもらえぬだろうか」

 改めて思うが、このじいさん、結構話し好きだろう。聞いて、欲しいんだろうな。


「私は今の商会を、一代で築き上げてきた。ずいぶん無茶もしたし、対立する商会とは常に潰し合いだった。その中にたちの悪い奴がいたのだよ。商人としては、大した奴ではなかったが、大勢の心縛奴隷を抱え込み、大勢の心を殺してきた下衆だった。其奴を殺して初めて、引き取った多くの奴隷が心縛奴隷だったと分かったのだ」


 その後の話は、ある意味予想がついた。


 無償で養うには、心縛奴隷のコストは高すぎたのだ。

 正義感だけで支えるにはまだ、商会の力は弱く、魔力供給の維持が出来なくなって、一人、また一人と目の前で死んでいくのを見送り続け、アルマーン老の心には無念が折り重なっていったのだ。


 無念は怒りへと姿を変え、心縛奴隷の存在、そして使う者へと向かうことになった。

 心縛の呪いそのものが一般的な技術ではないため、その怒りを向けられる機会を得られず、溜まりに溜まった激情が、今日、爆発したようだ。


 呪いを解く方法があるのなら、これからは無念と共に見送らなくて済むだろう。

 呪いを解く方法があったのなら、これまで、無念の中で見送る必要もなかったかもしれない。


 喜ばしくもあり、素直に喜べなくもあり、という複雑な胸中を、アルマーン老は教えてくれたのだった。


「心縛の呪いを知ったその場で解呪した即断、心縛の呪いを知りつつ、救った奴隷を無償で生かし続けた英断、貴公らはまさに英雄と呼ぶに相応しい。エルメタール団、相手にとって不足無し、これより我がアルマーン商会は、貴公らを全力で支援しよう」

「ありがたい話だが、貴方のその即断も、英雄の証というところかな?」


 ジークムントが我が君宣言をしてしまった以上、この場は俺が取りまとめる必要があった。実務はともかく、方針は俺の意志と共にあるのだから。


「俺たちエルメタール団が望むことは、既に伝えた。あれ以上、欲張るつもりはないよ」

「あい分かった。帰還後、早急に手配しよう。次に街にこられる時には、表門を使えるようにしておく」

 言いながらアルマーン老は、懐から書き付けを取りだし、幾つか書き込みをしてからこちらに渡してくれた。


 なるほど、通行証か。

 その場で街の通行証を発行できるって、アルマーン商会はどれだけの権限を持っているんだ。考えてみれば、恐ろしい話だぞ。

 ファールドンで活動する限りにおいて、俺たちは間違いなく最高の後援者を手に入れることが出来たわけだ。


 心縛奴隷か。


 じいさんのトラウマと、シャナの苦しみを代償にはしたが、振り返ってみればシャナが心縛奴隷であった数奇な縁が、俺たちをより強固に結び付けてくれた。

 そう言えるのは鈴音、お前のお陰だな。


 本当に、ありがとう。


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