18
「おはよ~、ユウさん」
「おはよう、なんであんたがここに?」
翌朝、アルマーン商会の前で待っていたのは、裏門警備の男だった。
そう言えば、まだ名前も知らなかったな。
「そりゃあね~、街の重鎮が森に行くって言うんだから、体ひとつではい、さよ~なら~、とはいかないでしょう」
「まあ、そうだな、ということは、あんたが一緒に来るのか」
「そうだね、よろしく頼むよ~。改めて自己紹介しようかな、ディルスランです~、よろしくね」
「こちらこそ、でいいのか? まあ、よろしく頼む」
リムが微妙な表情をしている。まあ、従者設定だからなあ、移動の間の行動が制限されるのも窮屈な話だ。悪いことをしたかな。
さっき欠伸を噛み殺していたし、寝不足でご機嫌斜めなだけかも知れないが。
そう言えば、俺はある意味、しもべのお陰で無限の体力だけれども、エルメタール団の皆は疲れも溜まるか。
ガラマールの一件からこっち、ノンストップでここまで来たからなあ。ちょっとは骨休めを考えないといけないな。
まあ、アルマーン老の視察を乗りきってからになるだろうけど。
「お待たせしたか」
そこに、旅支度を整えたアルマーン老がやって来た。護衛に二人、男女を連れている。
見事なまでに、全員装備がバラバラだった。
アルマーン老は革製の頑丈そうな服に、長い杖、香港映画とかで見る棍のようにも見える。今日は最初から片眼鏡を掛けていた。
護衛の男性は、鎖帷子を金属プレートで強化した鎧に、片手直剣と円形の楯、いわゆるラウンドシールドだろうな。
女性の方は、要所に魔珠が埋め込まれた革鎧に、レイピア、細身の刺突剣を帯びている。
ディルスランは、護衛の男性より頑丈そうな金属鎧を軽々と着込み、身の丈ほどありそうな巨大な段平を背中に負っていた。
翻ってこちらは、細身の片手剣と短剣の二本差しがリム、鎧は魔獣の革製の武骨なもので、俺は言うまでもない。太郎丸は重装モードである。刀を使うのは俺だけだ。
装備から考えると、女性が本当の意味での身辺警護なんだろうな。
「リックだ」
「ミレイアと申します。以後、よしなに」
護衛の二人が名乗る。
「祐だ。こちらはリム、よろしく頼む」
護衛の二人が頷くのを見届け、アルマーン老が仕切る。
「では、参ろうか」
一言で言えば、うるさい道中となった。
金属鎧の男が二人いるのである。隠密行動など望むべくもない。
そう言えば太郎丸の重装モードは、ディルスランに負けず劣らず金属質だが、鈴音の力で俺の動きが最適化されているお陰か、実は全く無音で動ける。アルマーン老たちにはあまり、驚かれなかったが。
ふと、リムが目配せをしてきた。
「気付いた?」
「ああ」
俺の返事に、リムが小さくため息をつく。
俺が気付いたということは、見付かったということを意味する。
そうなのだ。
いくらリムが先んじて魔獣を見つけても、このやかましさでは回避が出来ないのだ。
実は、もう二度目の遭遇戦である。
一度目は、俺がやった。どの程度の脅威度だったのかは分からない。瞬殺したからだ。
さて、今回はどうしてくれようか。
いくら護衛付きとはいえ、今回の案内人は俺だ。露払いは俺の役目だろう。
それに、俺の品定めを、している筈だ。俺が、賭けるに足る相手かどうか、盗賊狩りが妄言ではないかどうか。
今回は六頭らしい。どうせ群れなら狼だと有りがたいのだが、そう都合良くはいかないか。
猿と犬の合の子のような小鬼、ファンタジー的に言えば、コボルトかゴブリンといったところか。一頭一頭がリムと同等の動きをしているから、実はそれなりに強いのかもしれない。ゲーム初期の雑魚モンスター、という訳ではないようだ。少なくともエルメタール団だけでは手こずった覚えがある。
もちろん俺の、俺たちの敵ではないが。
さて、いくか。
「あっ、ちょっと待ってよ~、魔獣だよね? 今回はこっちに任せてもらって良いかなあ。まあ、ちょっとした小遣い稼ぎ程度にね~」
おっと、これはどういった風の吹き回しかな?
まあ、楽できるならそれに越したことはないか。
エルメタール団と違い、腕に覚えがある者たちの戦いぶりを見られるのも、得難い機会と言えるだろう。
少し開けた森の中に陣取り、先に立つ男二人と、アルマーン老のそばに寄り添う女。俺とリムは、一歩離れて戦場を俯瞰する。
「気に入らない」
「なんだ、藪から棒に」
二人きりで、少し皆から離れた途端、リムが仏頂面で愚痴りだす。
「本当なら、避けられた戦い」
「まあ、そうは言うがな、狙いも、あると思うよ」
「なに」
「俺の実力確認のために、わざと魔獣を集めやすくしてるんじゃないかと思ってるよ」
「じゃあなんで今はあの人たちが戦うの」
えらく胡散臭そうな顔で突っ込んでくる。だが、正直答える言葉を持たない。推論なら言えるんだがなあ。
「まあ、実力確認はお互い様、ってとこかな。いざという時のため、お互いの力量を知っておくに越したことはないだろう?」
「そうだけど。あと、貴方の口調がいつもと違って気持ち悪い」
「おいおい、気持ち悪いとは、ご挨拶だな」
「偉そう。大言壮語は好きじゃない」
なんだよ、本当にご機嫌斜めだな。何にでも突っ掛かってきてるぞ。
しかし、偉そうか、これは失敗だったか?
「そいつは悪かったな。舐められたら困ると思って、気張りすぎたのかも知れないな」
「そう、いつも通りでいい」
「分かった、ありがとう」
確かに、芝居がかった口調を敢えて意識していた部分があったのだが、気持ち悪いとは、相当だった。地味に傷つく。
ちょっと格好いいんじゃないかと思っていたんだが。まあ、過ぎたるは及ばざるが如し、とも言うからな、少し肩の力を抜くことにしようか。
アルマーン老の威圧感には引きずられそうだが。
先制はディルスランからだった。
こいつらは、群れとはいっても個体戦力頼みで、狼のような連携はとってこない。狼が恐れられる理由でもあるだろう。
思い思いに六頭が向かってくる。
そこに、むしろ群れの中に突っ込む勢いでディルスランが踏み込んだ。軽く地面を蹴っただけに見えるのに、すごく勢いが乗っている。
あれ、目の前でやられたら、相当驚きそうだ。
そして、その勢いのままに、体全体を使って、大きく剣を薙ぎ払った。その範囲がおかしい。体の周り全周を、一回転させたのだ。
森の中に突然現れた直径六メートル近い剣風。
なんの悪夢だ。
木々をも巻き込み、三頭があっさりと、上半身と下半身に泣き別れた。
ギリギリ引っ掛けたのか、もう一頭も、脇腹から血をしぶかせ、体勢を崩している。
後詰めはリックだ。コンパクトな動きで、剣先を掠めさせるように、一頭の額を割った。
もう一頭を狙おうとした時だろうか、ディルスランに体勢を崩されたやつが、倒れかかるようにリックに飛びかかった。
横で見ていると、不意打ち気味にも見えたが、リックは動じず、かすかに楯を動かし、その突進を簡単に受けきる。即座に頭を割る剣の動きも小さい。
残った最後の一頭はさすがに動揺したようだ。気持ちはわかる。
迷うように周りを見渡し、最後の獲物、女と老人に狙いを変える。
うん、だが、それは悪手だぞ。
体の前で構えたレイピアを突っ込む小鬼に向けるミレイア。
その切っ先が、ぐるりと渦を巻くように円を描いたかと思うと、鋭い突きが小鬼の喉元に決まった。その一撃にどれ程の威力があったものか、首の後ろの肉が弾け飛び、体も、前ではなく、後方に倒れていったのだった。
「お見事」
思わず感嘆の言葉が出る。
特に連携したわけではない筈なのに、お互いの穴を補い合った、見事な瞬殺劇だった。
動きだけ見ていれば、まるで約束組手のようだ。
アルマーン老がじっと俺を見つめている。なんだろう、感想でも言った方が良いだろうか。
だが、それ以上に気になる事があった。
今の皆の動きは、かなり洗練されたものなんだろうと思うが、それでも、動きの早さや威力などは、見た目以上の力が籠っていたように思える。これは何だろうか?
「なあリム、スキルとか、技とかって、あるのか?」
「何を言っているの? 武芸を修めれば、技の一つや二つ、身に付けられると思うけど」
「いや、そうじゃなくて、こう、魔力を使ってすごい効果を出すとか……」
「魔法回路のこと?」
ううむ、なんと説明すべきか、いや、それとも、この説明の通りにくさ、ゲーム的な必殺技はないと考えるべきか?
「武芸、か」
「武芸と魔法回路は違う」
「ああ、そうだな」
ふむ、心踊る響きだ。この世界、魔珠で強化して、物理で殴るだけかと思ったら、ちゃんと武術があるらしい。流派同士で切磋琢磨とか、燃えるテーマである。
まあ、時代小説に書いてあったが、様々な剣術の流派や理合があっても、終極的には太刀行きの速さ、それが全てだということらしい。
太郎丸のパワー、鈴音のスピードがあれば、俺には必要のない話か。
パワー、スピードのない人間が、格上に勝つために作られたのが武芸とも言うしな。
ディルスランたちの動きは、鈴音に強化された感覚でしっかりと見ることが出来た。すごいな、とは思うが、勝てないと思うほどでもない。いや、むしろ負けるとは思えなかった。
鈴音と太郎丸、うむ、紛うことなくチートである。