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プロローグⅡ こんにちは異世界

 気が付けば、真っ白な世界の中にいた。


 見上げても白、見下ろしても白。

 見渡す限り、全てが白かった。地平線も何もあったものではない。


 うむ、小説などでこのシチュエーションは何度か見た覚えがあるが、実際に放り込まれてみると不安感が半端ない。考えまいとしていても、いわゆる自己の矮小さを突き付けられるようだ。


 だが。


 さっきの決意はなんだったというのか。こんな程度で心が折れて、あの人に顔向けが出来るものか。

 何の指標もない白の中にあって、見下ろせば自分の体が見えた。骨と皮ばかりに痩せ細り頼りないことこの上ないが、これが立派なしるべとなる。

 改めて、わずかな腹筋に力を込めてぐいと顔を持ち上げた。


 その目の前に。


 見事なまでに土下座を決める誰かがいた。

 ……なんだこれ?




「いっやー、ごめんねえ。今回はこちらの都合でわざわざこんな世界に来てくれて、本っ当にありがとう!」

 取り敢えず顔をあげてくれるよう言ったらこれである。本当に、なんだこれは。


 まさか、まさかこれが、本当にこちらの……。

「あっ、ご明察! そうそう、僕がこの世界で神様()ってます。君のとこのあの方よりはちょっとばかり神格が強いから、面食らわせちゃってるね」


 こいつ……、イメージ直接伝えられるからって言葉をぞんざいに扱いすぎだろう。神格が強いって、言葉だけ聞いたらこいつが格上みたいに聞こえるじゃないか。

 人格の押し出しが強いってだけで、神というか、世界を統括するものとしての位階はあの人の方がよっぽど高いだろう。あの方とか言ってるしな。

「うん、本当に察しが良いねえ。あの方は僕ら世界持ちの中でも憧れの方なんだ。あれだけ完成度の高い世界はちょっと他にないからね」


 またしてもナチュラルに心を読んでくるな。だとしたらこの呆れた気持ちも筒抜けだろうに、全く(こた)えた気配が見えない。なんという鉄面皮か。


「憧れて憧れて、色々真似させてもらったりもしたけれど、そんな世界から君を招くことが出来て本当に光栄に思ってるんだよ?」

 むう、そいつはどうも、とでも言えば良いのだろうか。


 それはともかく、聞かねばならないことがあった。あの人を悲しませた理由、それを聞かないことには先に進むわけにはいかない。

 そう思った途端、目の前の神とやらが目に見えて肩を落とす。


 改めてみれば、随分と幼い感じだ。見た目には中性的な青年っぽい感じなのだが、なんというか、軽薄というか、チャラい感じがごく幼く見える。金髪碧眼、緩くカールした髪型が人形めいて、神というよりは俺にとっては天使のイメージに近い。

 この姿も、俺自身が投影しているものなのだろうか。


「違うよー。君の世界の天使ね、そのイメージで良いと思う。僕的にはキューピッドを意識してみたんだけど。お気に入りなんだ」

 肩を落としながら律儀に返答が返ってきた。うむ、対応に困る。

「そうそう、それよりも君に来て貰わなければならなかった理由だよね。話せば長くなるんだけど聞いてくれるかな。元々僕は僕の世界を管理して発展させようとしてきたんだけど、なかなか上手く行かなくってね。あの方の世界を目標に人を育てたりしていたんだけどなかなか良い方向に行ってくれなくって……」


 こいつ……口調がウザい。ここで泣きをいれるとか意味がわからん。


「そんなわけで直接加護を与えようと思って、生命一つ一つに寄り添って色々助言したりしてたんだ。そしたらまあ上手くいったというか、世界がだんだん豊かになってくれたんだよ」

 それを今、語られてもなあ。

 比べてみればあの人の言葉がどれ程要点をまとめていたのか、よく分かる。管理者としての格か、うむ、雲泥の差があるな。


「ところがね、どんどん豊かになって生命が増えれば増えるほどだんだん手が回りきらなくなってきて、僕自身をどんどん細分化していった結果、一人一人についた僕のパーツのレベルがね、もうお察しって感じで」

 てへぺろ☆


 正直、殺意が湧いてきた。お前はそのノリであの人の前に立ったというのか。あの人を悲しませたというのか。

 ふざけるな、俺のシリアスを返せ。

 っと、いや、違うな、くそ、ノリが引きずられる。


「で、その結果、とある僕がミスって一人、殺しちゃったんだよねえ。仕方ないからお詫びにチートあげて異世界転移させたげたんだけどさ、お詫びだし、できるだけ良い世界に行って貰いたかったし、折角なので憧れの世界に送ってあげました」

「お前はあの人に土下座してこい」


 呆れてものも言えないぞ。いや、言ったけど。

 それで代わりに俺がこちらに来る破目になったというわけか。


「改めてお礼を言わせてもらうね。来てくれてありがとう。お陰様で嘘つきにならずに済みました。神として、約束をたがえる訳にはいかなかったからね」

「安請け合いするからだろうが。空手形なんぞ切るんじゃない」

「いやあ、だから補填先を必死で探したんだよ。尻拭いのお礼もしなきゃいけないね」


 ヤバい。

 嫌な予感がする。


「お察しの通り、加護という名のチートを贈らせてもらうよ」

「断る」

 くそ、なんだってんだ。心を読めるなら俺がこう答えることだって分かっていたんじゃないのか?


「俺はあの人に誓ったんだ。本気で生きるって。チートで遊びに行きたい訳じゃない。俺は俺として、新しい世界に縁を結びたいんだ」


 シリアスを崩された気はするが、これが俺の本心だった。軽薄なヤツが相手ではあるが、俺なりに誠意をもって真剣に伝える。


 だが、この神だか天使だかは、少しだけ困ったように苦笑いを浮かべた。

「うん、もちろんそう答えるのは分かっていたよ。でもね、僕の世界は、こないだまで僕がまあ、際限なく加護をあげまくった世界なんだよね。君たちの世界の人間が来てもたぶん、そう長くは生きられそうにない。まして君みたいにひ弱な体では尚更、ね」


 ちょっと待て、加護をあげまくった世界で生きにくい?

 意味が分からん。加護持ちに比べて低い能力で苦労がある、とかいうなら分からなくもないが、長く生きられないってどういうこと……ってまさか、加護がないと生きられないくらいに厳しい世界なのか?

「うん、本当に察しが良くて助かるよ。そんなわけで受け取って貰えるとありがたいね。それに、これなら君もそんなに嫌じゃないんじゃないかな?」

 言いながら神だか天使だかは、どこからともなく取り出した冊子をめくりだす。


 って、そのノートは!


「ありがたいよね。元の世界に残した、君の唯一の執着でしょ。あの方が餞別(せんべつ)に下さったんだろうね」


 確かにそれは俺の唯一の大事なものだった。墓どころか、異世界にまで持ってくることができたとは。しかし、勝手にめくるな。人の宝物に土足で踏み込むんじゃない。

 人によっては黒歴史と言うかもしれないが、俺にとってはアイツとの大事な思い出であり、アイツと一緒に練り上げた様々な思いの(たけ)がそこに詰まっている。


 あの頃、俺とアイツはテーブルトークRPG に()まっていた。だが、嵌まったは良いが運の悪かったことに、住んでいた場所が他に面子(めんつ)を集めることができない程度に田舎だったのだ。

 二人でルールブックを読み込み、いろんなキャラクターを作っては妄想を広げ、いつかはちゃんとゲームがしたいと夢見ていた。そうしてある時連休を使って街に繰り出し、満を持してコンベンション、不特定多数を対象に開かれたTRPG のイベントに参加したのである。


 ところが、俺たちのゲームはコンベンションでは通用しなかった。TRPG はコンピューター相手とは違い、人間同士のコミュニケーションで成立する遊びである。それなのに、俺たちは俺たち二人の世界から外に出ることが出来なかった。暗黙のルールを含めたコンベンションのゲームマナーについていけなかったのである。


 ルールブックを読み込み、より有利に、より強くなるよう作り上げたキャラクターは、端的(たんてき)に言って独り善がりの極みであり、バランスブレイカーとも言えた。皆の了解の上で作ったなら別だったのだろうが、その場においては確かにルール違反こそしていなかったが、皆で楽しむ姿勢に欠けていたのだ。


 わだかまりの残った苦い思い出を抱えて家に戻った俺たちは、反動で、ルールブックを完璧に守りながら、それでいて俺たちの理想がどれだけ体現できるか、そんな挑戦に明け暮れるようになった。その成果が全て、このノートに記してある。

 今思えばよほど悔しかったのだろう。そして道を間違えた。若気の至りと言ってしまえばそれまでだが、それでも続いたのは楽しかったからに他ならない。


 アイツと作り上げた思い出、それこそが、このノートである。

 ここでそれは卑怯だろう。アイツと作り上げた理想がこの身に手に入るかもしれない。それは凄まじい誘惑だった。


「本当にね、君にはしっかりと生きて貰いたい。あの方から頂いた命、そう簡単に失うわけにはいかないのさ。ましてね、もうこれ以上に加護を与えない予定なんだから」

 そりゃあ一度でもチートを貰ってしまったら加護は充分、それ以上求める方がおかしいだろう。


 いや、まてよ。ニュアンスが何か違うな。

 加護を与えないって何に?

 まさか、世界に加護を与えないってのか?


「その通りだよ。今回あの方の世界に触れて分かったのさ。世界は僕がコントロールするものじゃないってね。僕はルール、法則を整備するのが役目なんだ、って初めて理解できたんだよ。だから、世界そのものに加護は与えるけれど、個別に加護を与えるのは君が最後になる。どうか、善き人生を」

 そう言って笑った顔は、今までの態度全てを疑わせるほどに透徹した、包み込むように深いものだった。虚をつかれて思わず言葉に詰まる。


「加護はこれが良いよね。一番ページが()いてあるし、君に向かう想いの糸も一番強い」

 それだけで、どのページを読んでいるのかが分かった。俺たちの一番思い入れのある……。

「……三つのしもべ……」


「その通り。一定の法則で編み上げられているから、形にもしやすいね。たぶん満足して貰えると思うよ。いろんな意味でもね」

 そう言って悪戯っぽく笑うヤツの姿が、ぼんやりと滲みだす。

「もう会うことはないだろうね。善き人生を」


 ウザいキャラだった割りに別れはあっさりしていた。ヤツが消えると同時に、抗いがたい睡魔が襲ってくる。


 しかし最後に皮肉がきいている。

 三つのしもべのキャラクターは確かに最強を目指したものだが、しもべが揃って初めて力が発揮できる設定だった。キャラクター自身には一切、しもべ持ちという以外の特殊な力を与えなかったのだ。


 善き人生、か。


 ああ、やってやるさ。


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