17
二週間ぶりに見るファールドンの城壁は、相変わらず立派なものだった。いや、変化があったら問題なんだが。
「なあ、リム、二回目でもやっぱり裏口から入った方がいいのか?」
「そう思う。前入ったのも、別に保証されたわけではないから」
「そんなものか」
隣には前回と同じく、リムがいる。背負った袋には、ガラマール盗賊団の心珠ともう一つ、ベルリッツ盗賊団の心珠も入っていた。ベルリッツは三日前に潰した小規模盗賊団である。
ベルガモンの計画で、ファールドンを挟んで砦の反対側を縄張りにしている盗賊団を狙ったのだが、そこを根城にしていた手頃な盗賊団が、ベルリッツだった。
二つの盗賊団からかき集めた財貨、マジク兄弟の遺産も合わせ、換金目的のお宝も、背負い袋には満載してある。
「さて、行こうか」
「うん」
ファールドンの中に拠点を持てれば、この面倒くささも、少しはマシになるのかもしれないな。考えながら、裏口の扉をノックする。
「はいはい~、どちらさん? お、おお、お久しぶり~、ユウさん、まだこの辺りにいたんだね~、おっと、すぐ開けるよ」
「ああ、また立ち寄らせてもらった。よろしく頼む」
門を開けてくれたのは、前と同じ門衛だった。偶然シフトが被ったかな?
まあ、手間が省ける分、ありがたい。
「あれからどうしてたの? ルドンくらいには行ったと思ってたよ~」
「ああ、ちょっとした縁があってな、森の中の流民の里で用心棒の真似事をしている」
「へえ~」
一瞬、男の目が、ちかっと光った気がした。その仕草が何を意味しているのかはさっぱりだが、鈴音に強化された感覚に僅かな動きが引っ掛かる。
まあ、警戒されて当たり前だよな。取り敢えず、悪意は感じない。
「女が多いせいか、よく狙われるようでな、反撃した結果がこれだ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、なに、この心珠の数! さすがに驚きだわ~」
「こんなもんだろう、二つばかり、潰したからな」
「ないわ~、言葉もないわ~」
場の空気はつかんだかな?
畳み掛けるなら、今だな。
「さすがに確認には時間食うよ~、別室を用意するから、待っていてもらおうかなあ」
「いや、それには及ばん。確認は任せる。代わりと言ってはなんだが、一つ、頼まれてくれないだろうか?」
「ん~? 信用の対価ってことかい? 仕方ないなあ、出来ることならやってもいいよ~」
「なら頼む、アルマーン商会に繋いでほしい」
「おっと、たかが兵隊さんに、なかなか荷が重くないかい? なんでここで頼もうなんて思ったのさ?」
「いや、買い被りだったなら済まないな。あんたに話してすぐにアルマーン老が訪ねてきたからな、繋ぎの一つや二つ、あるんじゃないかと思っただけだよ。それに、軍を維持する上で、兵站は欠かせないだろう。ファールドン一の商人が、御用商人に入ってない方がおかしいと思うがね」
「ま~その通りだよね。うん、繋ぎはとれるよ。でも、紹介と言っても、優遇は期待しないで欲しいなあ」
「大丈夫だ、期待していない。と言うより、普通に相場で相手してもらえれば、ありがたいくらいだ」
「ま、そういうことならね~、分かった。紹介状を書きましょう。盗賊団を二つも潰してくれて、本当にありがとう。感謝状の代わりに、紹介状ということで」
「感謝する。すぐにでも商会に向かうつもりだ。そちらにいなければ、そうだな、宿は前と同じところにしておく」
「はいはい~、じゃあ、またあとで~」
さて、ある程度は信用してもらえているとは思うが、まあ、いいだろう。
別に悪事を企んでいるわけで無し、探られて困る腹もない筈だ。
気にせず行こう。
「というわけだ、リム。宿を頼む」
「分かった、空いていればね。部屋は……」
「ん?」
「……なんでもない」
さて、行くか、次はアルマーン老だ。
アルマーン商会は、さすがの店構えだった。
正面の店舗も周りとは桁違いだが、それ以上に裏手の倉庫群、出入りする馬車や荷車の数が半端ない。どちらかと言えば、卸や問屋として機能しているのかもしれない。流通の中枢を握っているというわけだな。
これで地方商人に過ぎないというのだから、ルドンや、更に王都ルーデンスの大商人の規模は想像を絶する。
まあ、せいぜい呑まれないようにしようか。
木をふんだんに使った豪華な内装に、美術品の数々が並べられた応接室に通され、俺はそんなことを考えていた。
一歩間違えればけばけばしく見えそうなほど華美なのに、全体として落ち着いているというか、すごくゆったり出来る部屋だ。むう、これがセンスか。
従者設定のツケで、リムは別の控え室待機だ。悪いことをしたな。時間をもて余すだろうし、居たたまれないのではないだろうか。
「お待たせした」
おっと、アルマーン老直々のお出ましか。
部屋の空気が、ピリッと引き締まった気がする。
「わざわざのご足労、痛み入る」
「こちらこそ、一度は恩人と呼んだ貴公のこと、下の者に任せるわけにもいかぬでな。して、用向きを伺おうか」
うん、早速だな。前振りにグダグダしないのはありがたい。間を保たせられそうにないからな。
「商談を持ってきた。まずはこれを見てもらいたい」
財貨の入った袋を、そのまま渡す。
「買い取りを、頼みたいんだ」
「ふむ、少し失礼する」
アルマーン老は一言断ると、懐から片眼鏡を取り出した。つけた瞬間、一瞬、目を大きく見開いた気がする。ピントを合わせただけだろうか。それとも、何かしら、あるのだろうか。
まあ、気にしても仕方がないが。
アルマーン老はまず、袋の術式を改めたようだ。そして、いくつかの品を取りだし、品定めをしている。
正直、どんな対価を示されても、俺にその是非は判断できない。相場も何も分からないのだ、もう、アルマーン老を信用するしかない。騙されるのなら、それもまた良し、どうせ泡銭である。
ファールドン一の豪商の矜持を信じるとしよう。
「大層な量だ、ユウ殿、これはどういった品かな?」
「潰した盗賊団から巻き上げた。ちょいと縁があってな、今は森で流民の里の食客になっている。襲撃を返り討ちにした結果、だよ」
「ほう、なかなかに暴れまわってくれているようだの。なんとも活きのいい話ではないか」
「買い取り額は任せる。金以外のものでお願いすることも出来るだろうか?」
さて、どうだ?
補給物資などへの直接交換など、珍しい話ではあるまい。はいと言え。言ってくれ。
それが、大きな足掛かりになる筈だ。
「ふむ、別に構わんよ。当商会で用意できるものなら、直接用意しよう」
よし。
「ならばいくつか頼みたい。まずは一つ、俺が身を寄せる流民たちへの支援だ。無実とまでは言わんが、事情があって街を離れざるを得なかった者の、身元保証の一助となって欲しい」
おお、驚いたようだ。
そうなのだ。俺が求めるのは、物質的な支援ではない。なにしろ、物資だけなら俺がちょいと気張れば、稼ぐのは容易い。
力だけではどうにもならない権力を、俺は全く持っていないのだ。
「保証では、ないのだな」
「そうだ。街への帰還を阻害するものの調査が基本になる。可能であれば取り除いて貰いたいし、揉み消せるものがあるのなら揉み消しても貰いたい。その上で、保証は各人それぞれに勝ち取ってもらうさ」
「なるほど、憎いところをついてくるの」
その通りだ。妥協点を見つけ易くしなければ、貰えるものも貰えまい。流民の身元保証など、リスクが高すぎて、なまなかな対価で引き受けられるものでもないだろう。
求めるものは補助であって、保証ではない。
「あとは、金が余るようなら、魔珠を調達して欲しい。先日頂いた魔珠は大変に重宝させていただいたが、仲間の強化にはまだ足りない。金で買えるものなら貴方を頼らずに済ませるんだが、モノがモノだけに、頼まざるを得ないんだ」
「なるほど、確かに普通に店に並ぶものではないの。なかなか入れ込んでおるではないか。そこまで強化して、貴公は何を為すつもりかね」
「盗賊狩り」
うん、よし。また驚かせることができた。今のところ、主導権はなんとか保てているだろうか。
実は、これは、もし信じてもらえるのなら、ぼったくられずに済む唯一の道だ。
盗賊狩りは、流通を担う商会にとって決して悪い話ではない。ただ、それを託すに足る戦力が、そこらに転がっていないだけのことだ。
もし俺に賭けてくれるなら、魔珠を渡して強化させた方が、結果的に得になる。魔珠をケチって俺が負け、盗賊が横行するなら商会にとっても損になるだろう。魔珠を渡した上で俺が負ければ、まあ、全てはご破算な訳だが。
もし、賭けてくれるなら、可能な範囲で魔珠を都合してくれる可能性が高くなる。
さて、どうだ。
そろそろ来てくれないものか。
「ご歓談中に失礼致します。遊歴のユウ様に騎士団より使いが来られておりますが……」
よし、来た!
思わず笑みが浮かぶ。
アルマーン老自らが出張る大事な商談中とはいえ、騎士団からの使いだ。どう対処するかの判断は、下の者の分を越える筈。一言なりとも報告を入れてくるのではないかと踏んでいた。
どうやら、俺の賭けは勝ったようだ。
アルマーン老も、俺の変化に気付いたろう。
「構わん。通せ」
一旦はこちらをうかがいながら、許可を出す。
報告内容は至って簡単だ。
ガラマール、ベルリッツの両盗賊団の壊滅確認の報告と、賞金の受け渡しである。だが、これを待っていた。
俺に、盗賊を狩れる力がある、と、証明してくれるものだからだ。
アルマーン老の賭けの天秤に、大きな一石を投じられたのではないだろうか。
使者が辞してから、俺は敢えて、何もなかったかのように話を進める。今の話が、俺にとってごく当たり前の話に過ぎない、と、感じてもらえるように。
「もう一つは、この街にしばらく滞在したい。その拠点に良い物件を紹介してもらえないだろうか。食客となった以上は、当分この辺りにいるつもりなんでね、ファールドンを訪ねる機会も増えるだろう。いちいち裏門をくぐるのも、面倒だと思うんだ」
「その程度なら容易いことだな。街にとっても心強い話よ、歓迎しよう」
「ありがとう、よろしく頼む」
「それにしても、先にも言ったが、貴公、相当入れ込んでおるようだの。本当は、もっと本格的な支援を求めたかったのではないかな?」
「ははっ、そりゃあそうだが、高望みは身を滅ぼすだろう」
「確かにそうだがね、だが、私は興味を持ったぞ」
お?
ヤバい、流れを持ってかれるか?
何を言い出すつもりだろうか?
「本格的に支援をしようと思えば、貴公らをもっと知らねばならぬだろうよ。どうかね、貴公、その流民の里を見せてはくれぬか」
そう来たか!
想定外ではあるが、そう悪い話ではない。ジークムントたちの了解は得ていないが、いずれ深く付き合うなら、避けて通れる話でもない。
そして何より、今、この瞬間悩む時間さえ惜しいほどに、即答が求められている筈だ。否、試されている筈だ。
「構わんよ。一食客の許可がどれ程の権限を持つか分からんがな。あと、忠告しておくが、森の中だ、危険があることは承知して欲しい」
「おかしなことを言う。貴公と同行していて、どの程度危険が残っているのかね」
少し表情を緩め、笑みをたたえてアルマーン老が言ってくれる。参ったね、一本とられたようだ。
そのまま、何気なくアルマーン老は言葉を継いできた。
「仲間の強化に使うようだが、貴公は魔珠は要らないのかね」
「ああ、俺には魔珠は不要なんだ」
……しまった。
反射的に答えてしまった。冗談で気が緩んだ隙を突かれたというのは、言い訳だろう。
ジークムントたちの話を聞く限り、俺が魔珠を必要としないのは、かなり特殊な話のようだった。アルマーン老に話すには、まだ早かったのではないか。
くそっ、やられた。これが吉と出るか、凶と出るか。
それよりも、この質問の意図はなんだ?
俺に魔珠が要らないことを、ある程度予想していないと、この問いは出てこない筈だ。
ヤバい、アルマーン老は何を知っている?
だが、俺の内心の動揺をよそに、アルマーン老はむしろ、いずまいを正していた。
「貴公、よもや、槙野の一族にあらせられるか?」
「は? マキノ? いや、違うが……」
随分と間抜け面を晒してしまった気がするが、少し拍子抜けしたのは事実だった。
ただの人違いだったのか、と。
「違うと言われるか、失礼ながら、ユウ殿は名字はお持ちか」
「ああ、小鳥遊だ。小鳥遊祐が俺の名前だよ。ただ、家が好きだったわけではないので名しか名乗っていなかったんだ」
「そうであったか、いや、失礼を申したようだ。許されよ」
「なに、そんな大層な話じゃない、そちらこそ気にしないでくれ」
ふう、どうやらさして問題にはならずに済みそうだ。取り敢えずは一安心といったところか。
しかし、予想以上に好感触の会談だったと思う。
エルメタール団の行く末に、明るい未来が見えてきたんじゃないだろうか。
待ちくたびれているリムに良い報告が出来そうだ。
ささやかな満足感を胸に、俺はアルマーン商会を辞したのだった。