表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/168

16

「人を殺すのに、罪悪感はあるだろうか、あるべきだろうか」


 言って、後悔した。アバウト過ぎだろう。どうであれ、「ない」と問題だろうに。

 シャナもさすがに困惑の表情だ。表情が動くのを見られるのも珍しいが。

「人によりけり、とも思いますが……」

 うん、そうだよな。その通り。そして、俺がどうなのか、ということを悩んでいる訳です。


 ほんの少し、考えて、シャナは更に言葉を継ぐ。

「同じ人であっても、殺した相手が誰かによって、思うところも変わりましょう。憎い仇を殺した時と、好ましい相手を殺してしまった時とでは、感ずるものも大きく違うかと思います」

 そうか、そうでもあるか。

 殺したあとの損得ではなく、殺す前のお互いの立ち位置でも変わるか。確かに、その通りだ。言われてみればその通りなのに、その発想はなかったな。


 ああ、そうか、皆に聞いて回ったときには、ガラマールを殺したことをどう思うか、そう聞いてしまっていた。敵を殺して是非を考えることはあるまい。なるほど、そういうことか。


「殺したあとに何をなすか、によっても変わりましょう」

 うん、わかるよ。でも、今まで聞いたことは全部、他の皆に聞いたことも含めて、いかに殺しを正当化するか、というところに帰着すると思う。


 そうだろうか。

 本当にそうなんだろうか。

 最終的に罪悪感を持つかどうかは置いておいて、このまま正当化して済ませて良いのか?

 日本人として、それでいいのか?


 ダメだ。

 このままでは埒が明かない。

 元々の立脚点が違いすぎるのだ。


 ……話すか。


「俺の故郷はすごく平和だったんだよ。戦争もなかったし、戦いなんて、お話の中だけだと思っていた。そう教えられてもきた。人を殺してはなりません、人を傷つけてはなりません、ってね」

 シャナは黙って聞いてくれていた。

「そう教わってきたのに、俺はガラマール盗賊団を全滅させて、何も感じていない、何も感じないんだ」


はばかりながら申し上げますが……」

 少しだけ言葉に迷うように、ゆっくりと、シャナが口を開いた。

「ユウ様の故郷は存じ上げませんが、ルーデンスとて、殺人が是認されている訳では御座いません。人を傷付けることも、出来れば避けた方が良いと教えられております。ただ、お話を伺うに、恐らくユウ様の故郷より、ルーデンスの方が、死に近しいので御座いましょう」


 ……ごめん、穴があったら入りたいわ。

 そりゃそうだ、ルーデンスでも悪徳は悪徳、盗賊には賞金もかかっていたじゃないか。

 死が近いから、選択肢に入ってき易いだけで、殺さずに済むなら殺さないのは当たり前だ。


 思えば、日本は死に遠い国だったように思う。すぐそこにある死すら、覆い隠すような風潮があった。

 そんな日本でも、時代によっては、ハラキリが交渉手段の一つだったこともあるのだ。


「ユウ様の故郷は平和だったのですよね? では、誰も人を殺さない国だったのですか?」

「いや、やっぱり殺人事件は結構あったし、そんな善人だらけって訳でもなかったよ」

「そうですか。ルーデンスでも、人を傷つけない道を模索するものもおりましょう」

「うん、そうだね」

「死に遠い国で殺す者もいれば、死に近い国で殺さぬ者もおります、もちろんその逆も。ユウ様が、ガラマール盗賊団を潰してくださり、皆は喜んでおりましょうし、エルメタール団にとっても、悪いことでは御座いません。さりながらユウ様は、だからよし、とは言えぬので御座いましょう」


 その通りだ。


「言えないにも関わらず、俺は殺して良かったと思ってるよ。だから、怖いんだ。だからよし、と言ってはいけないんじゃないかって」

「どなたがそれをお決めになるのでしょうか?」


 ふと、虚を突かれた気がした。

 誰がそれを決めたのか?


 突き詰めれば、決めたのは俺自身に他ならなかった。日本人なら、こう考えるべき、という道筋を、勝手に決めていた。


「お悩みになるのも結構ですが、今、この場で悩むべきかどうか、私には分かりません。悩んで、前に進めましたか?」

「いいや、堂々巡りしているように思うよ」

「そうですか」


 少し間をおいて、シャナが一つ頷く。

「私は、悩まれても、悩まれなくてもどちらでも構わないのではないかと思います。私が大事に思うのは、それでユウ様が前に進めたかどうかです。殺してユウ様が前に進めたかどうかです。ユウ様が前に進むために必要だったなら、殺せば良いと思いますし、殺さずに進めるのなら、殺さなければ良いだけのことです。出来ましたら、損得ではなく、ユウ様にとって必要だったか、そうでなかったかを考えられれば、と思います」

 淀みなく継がれる言葉、それが、俺のなかに染み込んでいく気がした。


 エルメタール団の誰が喜ぼうとも、敵の誰に憎まれようとも、そこで俺が足踏みしていたら台無しだ。全ての価値が失われてしまう。喜びも、憎しみも、俺は受け止められなくなってしまうだろう。

 俺が前に進むために必要だったと、俺は真摯に胸を張るべきだったのだ。


 お仕着せの罪悪感で、死者に許しを請うつもりだったのか?

 エルメタール団のためだと言って、責任転嫁するつもりだったのか?


 違うだろう。


 俺は、俺のために、俺が前に進むために、殺したのだ、と、胸を張って責任を負うのだ。

 喜びも憎しみも、すべて俺自身で背負うのだ。

 俺は、そうすべきだったのだ。


 身の内から溢れるような歓喜が湧く。

 まるで魂の置き所を見つけたような、腹が据わった感じだ。


 思わずシャナを抱きしめてしまいたくなる。

 だが、その瞬間、シャナはつと立ち上がり、身を翻す。

「差し出口を申しました、お許し下さいませ」

 そのまま、部屋から出ていってしまう。


 あとには、中途半端に腰を浮かせた俺だけが残されていた。

 まあ、結果オーライだ。太郎丸で抱き締めてしまったら、きっと痛かっただろうからな。怪我させなくて、良かった良かった。


 ……きっと、避けられたわけじゃないよな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ