16
「人を殺すのに、罪悪感はあるだろうか、あるべきだろうか」
言って、後悔した。アバウト過ぎだろう。どうであれ、「ない」と問題だろうに。
シャナもさすがに困惑の表情だ。表情が動くのを見られるのも珍しいが。
「人によりけり、とも思いますが……」
うん、そうだよな。その通り。そして、俺がどうなのか、ということを悩んでいる訳です。
ほんの少し、考えて、シャナは更に言葉を継ぐ。
「同じ人であっても、殺した相手が誰かによって、思うところも変わりましょう。憎い仇を殺した時と、好ましい相手を殺してしまった時とでは、感ずるものも大きく違うかと思います」
そうか、そうでもあるか。
殺したあとの損得ではなく、殺す前のお互いの立ち位置でも変わるか。確かに、その通りだ。言われてみればその通りなのに、その発想はなかったな。
ああ、そうか、皆に聞いて回ったときには、ガラマールを殺したことをどう思うか、そう聞いてしまっていた。敵を殺して是非を考えることはあるまい。なるほど、そういうことか。
「殺したあとに何をなすか、によっても変わりましょう」
うん、わかるよ。でも、今まで聞いたことは全部、他の皆に聞いたことも含めて、いかに殺しを正当化するか、というところに帰着すると思う。
そうだろうか。
本当にそうなんだろうか。
最終的に罪悪感を持つかどうかは置いておいて、このまま正当化して済ませて良いのか?
日本人として、それでいいのか?
ダメだ。
このままでは埒が明かない。
元々の立脚点が違いすぎるのだ。
……話すか。
「俺の故郷はすごく平和だったんだよ。戦争もなかったし、戦いなんて、お話の中だけだと思っていた。そう教えられてもきた。人を殺してはなりません、人を傷つけてはなりません、ってね」
シャナは黙って聞いてくれていた。
「そう教わってきたのに、俺はガラマール盗賊団を全滅させて、何も感じていない、何も感じないんだ」
「憚りながら申し上げますが……」
少しだけ言葉に迷うように、ゆっくりと、シャナが口を開いた。
「ユウ様の故郷は存じ上げませんが、ルーデンスとて、殺人が是認されている訳では御座いません。人を傷付けることも、出来れば避けた方が良いと教えられております。ただ、お話を伺うに、恐らくユウ様の故郷より、ルーデンスの方が、死に近しいので御座いましょう」
……ごめん、穴があったら入りたいわ。
そりゃそうだ、ルーデンスでも悪徳は悪徳、盗賊には賞金もかかっていたじゃないか。
死が近いから、選択肢に入ってき易いだけで、殺さずに済むなら殺さないのは当たり前だ。
思えば、日本は死に遠い国だったように思う。すぐそこにある死すら、覆い隠すような風潮があった。
そんな日本でも、時代によっては、ハラキリが交渉手段の一つだったこともあるのだ。
「ユウ様の故郷は平和だったのですよね? では、誰も人を殺さない国だったのですか?」
「いや、やっぱり殺人事件は結構あったし、そんな善人だらけって訳でもなかったよ」
「そうですか。ルーデンスでも、人を傷つけない道を模索するものもおりましょう」
「うん、そうだね」
「死に遠い国で殺す者もいれば、死に近い国で殺さぬ者もおります、もちろんその逆も。ユウ様が、ガラマール盗賊団を潰してくださり、皆は喜んでおりましょうし、エルメタール団にとっても、悪いことでは御座いません。さりながらユウ様は、だからよし、とは言えぬので御座いましょう」
その通りだ。
「言えないにも関わらず、俺は殺して良かったと思ってるよ。だから、怖いんだ。だからよし、と言ってはいけないんじゃないかって」
「どなたがそれをお決めになるのでしょうか?」
ふと、虚を突かれた気がした。
誰がそれを決めたのか?
突き詰めれば、決めたのは俺自身に他ならなかった。日本人なら、こう考えるべき、という道筋を、勝手に決めていた。
「お悩みになるのも結構ですが、今、この場で悩むべきかどうか、私には分かりません。悩んで、前に進めましたか?」
「いいや、堂々巡りしているように思うよ」
「そうですか」
少し間をおいて、シャナが一つ頷く。
「私は、悩まれても、悩まれなくてもどちらでも構わないのではないかと思います。私が大事に思うのは、それでユウ様が前に進めたかどうかです。殺してユウ様が前に進めたかどうかです。ユウ様が前に進むために必要だったなら、殺せば良いと思いますし、殺さずに進めるのなら、殺さなければ良いだけのことです。出来ましたら、損得ではなく、ユウ様にとって必要だったか、そうでなかったかを考えられれば、と思います」
淀みなく継がれる言葉、それが、俺のなかに染み込んでいく気がした。
エルメタール団の誰が喜ぼうとも、敵の誰に憎まれようとも、そこで俺が足踏みしていたら台無しだ。全ての価値が失われてしまう。喜びも、憎しみも、俺は受け止められなくなってしまうだろう。
俺が前に進むために必要だったと、俺は真摯に胸を張るべきだったのだ。
お仕着せの罪悪感で、死者に許しを請うつもりだったのか?
エルメタール団のためだと言って、責任転嫁するつもりだったのか?
違うだろう。
俺は、俺のために、俺が前に進むために、殺したのだ、と、胸を張って責任を負うのだ。
喜びも憎しみも、すべて俺自身で背負うのだ。
俺は、そうすべきだったのだ。
身の内から溢れるような歓喜が湧く。
まるで魂の置き所を見つけたような、腹が据わった感じだ。
思わずシャナを抱きしめてしまいたくなる。
だが、その瞬間、シャナはつと立ち上がり、身を翻す。
「差し出口を申しました、お許し下さいませ」
そのまま、部屋から出ていってしまう。
あとには、中途半端に腰を浮かせた俺だけが残されていた。
まあ、結果オーライだ。太郎丸で抱き締めてしまったら、きっと痛かっただろうからな。怪我させなくて、良かった良かった。
……きっと、避けられたわけじゃないよな。