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座席に戻り、凛の隣に座る。
改めて舞台を見下ろせば、ゼルガーンたちは既に自分達の席に移っていた。うん、お前らの動きも、充分風みたいだよ。
三十人からの大所帯だが、まあ、だだっ広い舞台だ。収容スペースにはまだまだ余裕があった。
運ばれた司教を介抱するために、モス・ロンカの随身たちもごっそりいなくなったしな。
さて、これで本当に仕切り直しとなったわけだなあ。
披露宴の進行が、華桑サイドの手に戻ってくる。
ここから先は、俺たちは本当に雛人形のようだった。
華桑要人の挨拶やら、お祝いやら、俺たちの紹介、お披露目やら、余興やら。
ただ、全ての華桑要人が、俺を上位者、お上として尊んでいることを、サルディニア以外の来賓連中はどう捉えていただろうか。
元々は槙野家の婚礼ということで、主役は凛、ひいては槙野家と考えていたんじゃなかろうか。
その槙野家が、小鳥遊家を主家と仰いでいるなんて、きっとここに来るまで実感など出来なかったろうしな。
槙野家の婚礼と思っていたら、小鳥遊家の婚礼だったでござる、ってな感じだろうか。
驚かせるネタとしては、もっとダイレクトなものもあった。
ふんだんに振る舞われる料理は和食の粋を凝らしたものなのだが、材料がひと味違うものだったのだ。
口にした誰もが、驚きの表情を浮かべている。
来賓席に目をやれば、リングラードとライフォートの眼が真ん丸になっているのが見えた。
うん、これかなりレアじゃね?
ブラウゼルの表情に変化があまりないのは、まあ、免疫が出来ているのだろう。
つまりは、食材にエスト山脈上層の魔獣を使ったのだ。
王都の最高級食材が霞むレベルらしいからなあ、さもありなん、といったところか。
氷を取りに行ったついでに、追加分として適当に狩ってきたのだ。在庫は充分。
お代わりもまだまだあるぞー。
まあ、これで華桑の面目も充分に立ったというものだろう。
そして宴は進み、華桑勢の挨拶が一通り済んだのか、続いて来賓挨拶が始まった。
先陣を切るのはルーデンス国王、リングラードだ。
「小鳥遊、槙野両家のご婚礼の儀、心よりお祝い申し上げる」
軽い会釈のような礼。さすがに深く頭を下げたりはしないよな。
「祝儀の品を幾つか用意させていただいた。目録はこちらに」
リングラードの言葉を受けて、家臣の男が綺麗な装飾の施された桐箱のようなケースを捧げもって進み出る。
受け取るのは華桑家臣団を代表して橘宗右衛門だった。
家老が直接受け取りに出るというのは、さすが超大国ルーデンスを憚ったか。
まあ華桑は、ローザ山の聖域内とはいえルーデンス国内に堂々と城を建てているわけだし、お互いに尊重し合えばこその複雑な関係性なんだろうなあ。
まあ、城が建ったのはルーデンス建国の三百年以上昔でもあるわけだが。
「そして、この機会をもって、一つ、宣させていただこう」
「うかがおう」
リングラードはひたと、俺の目を見据えながら言葉を続ける。
「かつて我がルーデンスに属せし廃棄都市アシュリー。今はその名をヒノモトと改めていると聞くが」
おう、何の話かと思えば、ヒノモトの昔の名前か。なるほど、廃棄される前はそんな町の名前だったんだな。
さて、ヒノモトがどうしたと言うのだろうか?
「旧都アシュリーに対し、ルーデンスは、領有権、統治権、徴税権、その他付随、発生しうるあらゆる権利を放棄する」
その瞬間、宴席の場が確かにざわめいた。
一番驚きを露わにしているのはギルニーだろうか。いや、ブラウゼルかな?
まあ、ライフォートやルーデンスの家臣団の連中もどっこいどっこいだが。
しかしまあ、確かにその驚きは分からなくはない。
これまでリングラードは、俺や縹局に対して様々な配慮をしてくれていたが、それはあくまで配慮であり、非公式のものでしかなかった。
だが、この宣言は違う。
公式に縹局の存在を認め、その上で俺たちの自主独立を認めることを、国内にルーデンスの王権が及ばない存在を容れることを、国際的に宣言したのだ。
いくら実効支配の無い廃棄都市とはいえ、ルーデンスの一都市だった町の統治権を完全に放棄するとか、これはかなり思い切った決断の筈だ。むしろ国内的に。
家臣団の驚きぶりからも、これはリングラードの独断と考えるべきだろう。
なんとも大きく買ってもらったものである。
そしてやっぱり、リングラードは本当に配慮の人なんだなあ。
この宣言が、ヒノモトの統治権を俺たちにくれる、とか、自治権を許可する、とかなら正直、素直に、はいありがとうとは言えないところだった。
縹局がいかなる国にも依らない、と宣言している以上、ルーデンスの許可を受け入れるわけにはいかない。受け入れた時点で、それは王国の下部組織になってしまうことを意味するのだから。
そしてもちろん、この場で祝儀として提案されたものを拒否なんてしようものなら、お互いの面子は丸潰れ、場合によっては即戦争となっても不思議はない。
それが分かっているからこそ、リングラードはアシュリーの統治権をうちに寄越すのではなく、ルーデンスが放棄するという形を取ってくれたわけだ。
そして同時に、祝儀という形をとらず、ただの宣言ともした、と。
これは絶対に断れない祝儀だ。もちろん断る意味もメリットも何もないんだけどな。
どうやら俺は、リングラードにかなり理解されてしまっているらしい。
いや、ここは理解してくれている、と感謝しておこうか。
感謝を言葉に出すわけにはいかないけれども。
「その宣言はルーデンスの内政に類する話だ。こちらに干渉する謂れはない。だが、確かにその宣言、承った」
俺の返答に軽く頷くと、リングラードは席に戻る。
物言いたげな家臣達はいるが、この場で騒ぎ立てる者もいない。
場をわきまえた有能な家臣団なのだろうなあ。
ともあれ、これで縹局の有りように一定の自由が保証されたと言えるだろう。
もちろん、保証があろうが無かろうが、俺たちのやり方を変えることはないのだが、それでも、余計ないさかいの種がなくなったのは有り難い話だ。
これは一つの借りになったのかもしれないな。
体面としては借りでもなんでもないわけだが、まあ、でっかい配慮の一つとして、しっかり覚えておくことにしよう。
いやはや、ほんと、すごい王様だよ。