14
「ジークムント、ちょっといいか」
「はい、御前に」
血臭漂う広間で、俺はジークムントを呼んでいた。他の皆は、ガラマール盗賊団の心珠を抉ったり、装備を剥ぎ取ったり、と、戦闘の高揚が冷めやらぬ様子で、いささか興奮ぎみに見える。
「ガラマール盗賊団の本拠地は知っているか」
「はい、何度か訪れております故」
「そうか……」
緒戦は勝った。だが、これで引き返すことも出来なくなった筈だ。
マジク兄弟の死を知るものは、今後、増えこそすれ、減ることはあるまい。そして、マジク山賊団が、言わばワンマンパーティだったことも、同業者にはよく知られている筈だ。
つまり、ガラマール盗賊団のような連中が、これから何度でも襲ってくる可能性が高い。
自活のための強化では間に合うまい。我々は、人間相手に勝ち抜くために、強くならなければならない、ということになる。
「魔珠の入手方法は、魔獣から狩る以外に、何がある?」
「そうですな。あとは、持てる者から譲り受けるくらいでしょうか」
「買うか、奪うか、か」
「左様です。しかしながら、魔珠は国が高く買い上げておりますゆえ、普通に流通しているものは、クズ魔珠か、魔法回路の起動用の低級なものでしょう。数さえ揃えれば多少の強化は見込めますが、効率が良いとは申せませぬ」
「そうか」
うむ、的確な答えをありがとう。知りたいことにピンポイントで答えてくれるな。
さて、ガラマール盗賊団は、どれだけ魔珠を溜め込んでいるだろうか?
余ればもう既に強化に使っているだろうが、換金用に溜め込んでいることを期待しよう。
魔珠を買い入れるとするなら、アルマーン老がつてになる。必要なものは資金だ。
今、俺は悪どいことを考えている。
人を狩らせないと誓った舌の根も乾かぬうちに、人を狩る算段をしているのだ。
俺は、盗賊狩りを考えていた。
賞金稼ぎと同時に、盗賊団が溜め込んだ財貨を略奪する。奪った魔珠で団を強化し、奪った財貨で魔珠を買い込むのだ。
これは、敢えて敵を作る行為でもある。相手が殴ってくるかも知れないから、先に殴ってしまおうとする行為だ。
だが、生きることと生き延びることが同義であるこの世界。もはや、後戻りはできなかった。
「ジークムント、ガラマール盗賊団の本拠地へ案内しろ。ベルガモン、残って砦を守れ。これよりガラマールの残党狩りを開始する。戦力の選別は任せる」
「我が君の御心のままに」
「ちょっと待ってくだせえよ。ユウ殿、いや、頭領も、本気ですかい?」
「そうだな。ガラマールのような輩が、今後現れないと思うか? そいつらが、ガラマールと同じように油断してくれていれば、我々は楽だろう。だが、多少なりとも情報収集するなら、先行したガラマールがどうなったか、くらいは調べるだろう。もし残党を残しておけば、ガラマールの頭目たちがどうなったのか、容易に分かってしまう。そうなれば、次は戦力を整えてここにくるぞ。エルメタール団はまだ未熟だ。漏れる情報の芽は、一つ残らず摘まねばならん」
「本気、なんですな?」
「その通りだ」
うん、ベルガモン。お前分かっていて聞いただろう。この問いはお前のためではないな。他の仲間たちに、俺の覚悟を知らしめるため、か。
ありがたいな、助かる。
「そうと分かれば、否やは申せませんやな。砦のことは、任せてくださいよ」
「頼んだ」
血に酔っていたような、他の団員たちの表情がハッキリしてくる。
さあ、戦闘開始だ。
太郎丸の重装モードに身を包んだ俺は、ジークムントの先導で森を進んでいた。
先行偵察のリム、狩人としての経験豊富なイーノックが後方警戒、他に三人が突入要員として同行。俺を含め、総勢七人の殲滅部隊だ。
ガラマールの本拠地は、砦とは街道を挟んでちょうど反対側に位置し、直線距離では半日ほど、と驚くほどのご近所である。
もし、マジク山賊団が、普通の盗賊団として活動していたら、縄張り争いになっていても不思議ではなかった。マジク兄弟は確かに頭が良い。自分達を個体戦力として売り込み、協力関係になることで、砦を確保し続けたのだ。
ガラマールの本拠地は、洞窟を利用したもので、ジークムントの話では正面と裏側の二ヶ所に出入り口がある。
作戦は簡単だ。
俺が正面から突入。騒ぎに乗じて他のみなは、裏から突入。逃亡者の警戒に、正面側にイーノック、裏側はリムだ。
てきぱきと作戦指示をするジークムントを眺めながら、俺は出発前の一時を思い出していた。
他の皆はともかく、俺は太郎丸のモードを切り替えるだけだ。早々に準備を終え、部屋で待機しておく。
傍らにはシャナが控えてくれていた。
彼女との距離感は、この一週間でだいぶ変わったと思う。
最初は部屋の片隅に立ったまま控えていたものだが、最近は、座ってくれるようになった。
重装モードでソファーに座ると壊しそうなので、俺が頑丈な魔獣の骨で組んだ椅子、シャナがソファー、と、最初はえらく恐縮されたものだが、偽装モードで過ごす時は、ソファーに並んで座ってくれるようにもなった。
考え事をするには最適の時間だ。
俺は今、自分の意志で、人殺しの指示を下した。そして、これは戦いの第一歩にすぎない。ここから、多くの、人間を相手にした戦いが始まる。
しかも、先制だ。俺たちが、狩る側に回るのである。
「これは、虐殺だろうか」
思わず、呟いていた。さして答えを期待していたわけではないが、言わずにはいられなかった。
「ユウ様は、どの立場からの答えをお望みですか?」
「どういう意味だ?」
声のトーン自体は幼げであるのに、落ち着いた、物静かな声でシャナが答える。
俺が、どの立場からの答えを?
どういう意味だ?
いや、そうか。虐殺であれ、何であれ、する側、される側で見解は大きく変わるのが当たり前だよな。
「ガラマール盗賊団の側からすれば、災難以外の何物とも申せません。自業自得であったとしても、です。エルメタール団の、私どもの立場からすれば、敵が一人でも多く生き残るほどに、仲間の命が一人、多く失われるかも知れません。知らぬ者がそれを虐殺と評したとしても、失われるものからすればただの死にすぎませんし、守られたものからすれば、それこそが救いと思えましょう」
うん、そりゃそうだ。
「私がどう評したとしても、ユウ様は出陣をおやめにはなられませんでしょう。私はただ、御武運をお祈り申し上げるのみに御座います」
なるほどね、評価は分を越えるか。だが、そのフラットな見方は得難くもある。
俺がどう悩もうとも、変わらず後ろで支えてくれる。そう信じられると言ったら、言い過ぎだろうか。
「そうだな。行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
深くお辞儀するシャナの見送りを受けて、俺は扉を開けた。そこには、ちょうど着いたばかりのジークムントがいる。
「我が君、準備が整いまして御座います」
「ああ、行こう」
「御心のままに」
そうして出陣を果たした俺の目の前に今、頑丈そうな扉に閉ざされた洞窟の入口があった。
交渉はない。ただ、殲滅あるのみ。
遠く気配を探れば、ジークムントたちが配置についたのが分かる。
時間はちょうど逢魔が刻、道中にあった結界は既にリムが無力化しており、洞窟の中に気付かれたような動きはない。数は三十人足らずだろうか。元々三十人規模の盗賊団の筈だから、既に十二人殺したことを考えれば、予想より数が多い。もしかすると、非戦闘員が混じっているのかもしれないな。
後ろに隠れるイーノックに一つ、頷いてみせると、俺は扉に手をかけた。
そのまま力を籠めていく。重装モードの太郎丸の全開で。
扉は、一瞬たりとも持ちこたえられなかった。盛大な轟音と共に、真っ二つにへし折れる。そして、俺は中に向かって歩を進めた。
「これで全部、か」
「左様です」
俺たちの前には、二十一個の心珠と、様々な財宝、いくつかの魔珠、そして、五人の女たち。
女たちの状態は、酷いものだった。恐らくは攫われてきたものだろう。今はリムに任せているが、早く砦に連れて帰ってルクアなど、年かさの女性陣に任せた方が良いと思われる。
ざっと見た限り、自力で歩けそうな気力のある女はいそうにない。抱えていくには、抵抗感など問題がないだろうか。いや、もしかしたら、逆に無抵抗かもしれないが。
荷車を使うにしても、森の中は抜けられない。
やむを得ないな。最後の我慢を強いるしかないか。
どうしても暴れる女がいたら、気絶させてでも運ぶしかない。
曲がりなりにも魔珠で強化した男たち、女の一人運ぶのに不安はない。あつらえたように、ちょうど五人だ。
道中の安全は、俺が引き受けよう。
「ジークムント、お前たちは先に行け。女たちの安全を最優先、他は考えなくて良い。俺が守る」
「我が君の御心のままに」
ありったけの毛布や布でくるんだ女たちを抱え、洞窟を出るジークムントたちを見送りながら、俺は改めて、振り返った。傍らにはリムがいる。
一番広かった部屋に、検分のために並べられた二十一人の死体。半分以上は一太刀で致命傷を受けている。つまり、俺が斬った。
ほとんど装備もつけていない、丸腰に近い男たちだった。奇襲に浮き足立っていた。一足早い夕餉に、酒を飲んでいるやつもいたし、女にのし掛かっているやつさえいた。
彼らの普通の、ごくありふれた時間に、俺たちは突入し、蹂躙した。
単純作業の繰り返しとさえ言えた。
誰がどう見ても、これは虐殺だろう。
だが、これでエルメタール団の安全性はかなり高まったし、五人の女たちも地獄から救い出せたと思う。
「リム、火をかけろ」
「うん」
洞窟の中だ。どれだけ効果があるかはわからないが、せめて顔が焼けただれてくれれば良い。
頭目たちがいないことが発覚しにくいように。ただの盗賊狩りの仕業に見えるように。
二ヶ所の出入口を、風が吹き抜けてくれることを祈ろう。
リムも先に行かせ、死体が炎に包まれていくのを見届ける。
驚くほどに、なにも感じなかった。
死体を前に、なにも、感じなかった。