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「ちょ、ちょっとお待ちください!」


 声をあげたのは、ド派手なローブに身を包んだおっさんだった。

 来賓席の末席に位置するそいつは、まあ、言うまでもないが、モス・ロンカの司教だな。

 まあ、宗教国家のモス・ロンカを差し置いて神様宣言されたわけだし、さすがに黙ってはいられないか。


「まさか、皆様方はお認めになられるのですか? 人の身でありながらローザ様の後継を名乗るなど、いささか不遜に過ぎるのではないでしょうか?」


 む、なんだ、こいつは。

 この程度の男が今回の使者として選ばれたというのか?

 モス・ロンカは他の国とは違うのか?


 なんだか、この婚儀に、さしたる意味を見いだしていないのかもしれん。他の国々はこの婚儀にかこつけて、色々動き回っているのにな。

 槙野家の変化、華桑の変化に気付かず、それを取り巻くサルディニアの変化にも、ルーデンスの配慮にも、タントの挑戦にも、リストの警戒にも、なにも気付かず、こいつは何をしに来たのやら。


 正直面倒だ。

 話はあとで聞いてやるから、取り敢えず今は黙っていて欲しい、思わずそう考えてしまうぞ。

 ただ、実際にはそんなわけにもいかないが。


 失言か、意図的かはわからんが、あの台詞はちょっとばかりサルディニアの面々を刺激しすぎだろう。

 放置すれば、それは俺があの発言を許容したってことになりかねんしな。まあ、手を打つしかあるまい。


「おっさん、誰だよ」


 ベネフィットの時もこんな入り方をしたなあ。

 まあ、空気を掴むには充分だろう。

 そもそも、この司教の名を知らないのは事実だしな。


 他の国の使者全員が事前に俺と会っているのに対して、こいつらはなんのアプローチも無かったのだ。まあ、華桑を軽視しているのは明らかなのだろう。

 今だって、皆様、とか言った対象はルーデンス王を始めとする来賓たちだったわけだし。


「なんと! さすがに無礼が過ぎますぞ。私は……」

「ふざけるなよ」


 あえて名乗りを待たずにぶったぎる。

 まあ、イラッときたのも間違いないけどな。


「無礼がどちらか、聞かなきゃ分からんのか」

「な、何を仰いますか」

「サルディニアの奉納が終わるのを待たず、主催たる華桑を憚らず、他国の王を相手に皆様方呼ばわりか。モス・ロンカの司教位はよほどお偉いとでも言うつもりか」

「私は、神の地上の代弁者、教皇猊下より全権を委任されてここにおるのです。神の威光を憚られませぬか。疾く控えられませ」


 あ、ダメだ、こいつ。

 どんだけ地雷を踏む気だ。


「ゼルガーン、顔はもう上げてくれていいぞ。あと、今は抑えてくれ」


 言外に、俺に任せろ、と伝える。

 そうでもしないと、この場で戦争が始まってしまうもんなあ。

 まったく、モス・ロンカか。おかしいくらいに無能だな、こいつは。


 これで国家として成立していたというんだから、そこにはなにか裏があるんじゃなかろうか。

 そうでもないと、とっくにどこかに併合されている筈だ。

 リングラードやギルニーが、何故モス・ロンカをのさばらせていたのか。その疑問だけは忘れないでおこう。


 さて。

「ローザの御用聞き風情が偉そうに抜かすな」


 名も知らぬ司教の顎が、カクンと落ちる。

 まあ、こんなことを言われたのは生まれて初めてだろうよ。


 さあ、これが開戦の狼煙だ。

 雛壇の上から舞台を挟んで来賓席の末席だから、かなり距離は離れてはいる。だが、司教が何を言おうと聞き逃す鈴音ではないし、俺の声も、十分に通る筈。

 やり取りに過不足はあるまい。


「そもそもローザが直接干渉してくるなかで、何が代弁者だ。うちにも加護持ちがいるがな、そいつはお前らの教皇とやら、名前すら知らんだろうよ。お前らを介さずとも、ローザの声は聞こえていたんだ」

「そ、それは加護持ちであれば神の声を聞く栄誉に預かっても不思議はございますまい。しかしながら、声に届かぬ加護なき衆生を守り、導くためにこそ私たちは神の声の代弁者となったのです。私たちがいなければ、民は迷いの森に沈みましょうぞ」


 おお、ちゃんと反論してくるじゃないか。

 立派、立派。立ち直りも早かったなあ。

 まあ、容赦などする気もないが。


「語るに落ちるぞ。代弁者が聞いて呆れる。そうやってお前らの都合のいいように、信徒を引っ張り回しているのか。ローザはお前らなど、望んでいないのにな」

「神の深慮を推し量るなど人の身に余る行いですぞ。神の望みは神のみぞ知る。私たちはただ、神に賜りし使命のままに民を導くのみです」


 なるほど、そう言ってしまえば、こいつらを否定することがローザ批判に直結するというわけか。

 うっとうしい方向に弁が立つものだなあ。さすが使者役と言ったところか?

 まあ、恐るるに足りんが。


「推し量る必要などない。ローザは宣言している。お前らは不要だ、と」

「その侮辱は看過できませぬぞ。モス・ロンカの国体を否定なさいますか」

「うん、よく分かったじゃないか。偉い、偉い」

「んなっ……!」

「神の代弁者を名乗るお前らがどうして気付いていないのか、そっちの方が不思議なんだがなあ」


 いきなり始まった喧嘩腰の問答に、聴衆は固唾を飲んでいる、よな、やっぱり。

 特に、華桑の町民にしてみれば、何が何やら、といったところじゃなかろうか。


 ギルニーがやたら興味深げに俺を見ているな。

 お前も疑いの対象だと、気付いているやらいないのやら。こいつらをのさばらせていたのはお前らの意図でもあるんじゃないのか?

 その疑惑は晴れていないぞ。


 リングラードは泰然としているし、エシュリーンはうっすら微笑んで見守ってくれている。

 ううむ、やっぱりこの反応をみる限り、モス・ロンカは全く対等には扱われていない感じだな。

 それなのに、国として成立し、この場に席すら与えられている、と。


 ローザの権威を憚ったか?

 それとも、他に理由があるのかな。

 まあ、考えて分かる話でもなし、あとでブラウゼルにでも聞くか。

 リングラードに直接聞いてもいいけど。


 まあ、今はいいや。

 顔を真っ赤にさせた司教が立ち上がる。


「そこまで侮辱なされるとはいかなるご了見にございますか。ことと次第によっては教団として正式に抗議させていただきますぞ」

「ん、破門宣告でもしてみるか?」

「その選択肢を選ぶのは私ではございません」


 余裕を取り戻したか、うっすらと笑みを浮かべて司教はこちらを見上げてくる。

 勝ち誇ったような笑み。

 まあ、分からなくもない。地球でも破門宣告を前にしたらローマ皇帝ですら膝を屈したんだ。この世界でならなおさら、無敵の伝家の宝刀だろう。


 なるほど、こいつらはローザの権威にそのままぶら下がっていたんだな。

 ローザがいなくなって歯止めを失ったこいつらは、どうやら、いつの間にか自分達の意思がローザの意思である、と思い込むようになっているらしい。

 馬鹿馬鹿しい話だ。


「ローザ教を敵に回してどうなるか、と言いたいわけだな?」

「いいえ、私たちは何も強制したりは致しません。ただ、よくよくお考えの上で発言なされることをお勧めしますよ」


 自らの立場を微塵も疑っていないその態度。そりゃあ、この世界でローザを敵に回すやつなどいなかったよな。


「カルナック!」

「はっ!」


 俺の呼び掛けに応じて進み出てきたのは、まあ、言うまでもなくファブレ・カルナックだ。

 サルディニア勢の護衛部隊として一緒に来ており、聴衆に紛れてはいたが、まあ、鈴音はとっくに気が付いていた。


 この長旅を、経理面と手配面とでサポートするために同行していたのだ。

 王族の護衛という大仕事でもあり、幹部自らが来たというわけだな。

 ちなみに戦力は奉竜兵団が担当し、リムと大和も同行している。

 今はサルディニアの本隊と一緒に、馬場の方にいるようだ。まだ気配が遠いなあ。


「カルナック、教団に破門された場合、どんな影響が考えられる?」

「左様ですな。社会的影響は決して少ないものではありますまい。ローザ神に背くというだけで、敬遠しようとする者は必ず現れます。大切な命や荷物を世界の敵に預けるなど、考えられないという者も多いかと愚考致します」


 司教の笑みが深くなる。

 まあ、いわゆるドヤ顔ってやつだな。おそらく、俺がどんな泡を食って謝罪に走るか、楽しみに指折り数えているのではないだろうか。


「ふむ、で、それが俺たちに与える損害はどれくらいだ?」

「左様ですな、ほんの軽微、いえ、おそらく計上するほどもないかと」

「な、なんですと?」


 司教、本日二回目の顎外しだな。


「もともと縹局は、ローザ神に付託する信用をもって動いているわけではありません。局長のご意向と、その行動によって切り拓かれた信頼をもって活動しております。来る者は来るでしょうし、来ぬ者は来ぬだけです。これまで通り、特に困るものでは御座いませんな」


 うむ、よし。

 いい返事だ、カルナック。

 そうとも。それこそが、俺の、俺たちの誇りなのだから。


「そもそも縹局は国に依らず、如何なる束縛も、庇護も受けるものではありません。今さらモス・ロンカにのみ庇護を求めるとしたら、ルーデンスやサルディニアに申し訳が立ちませぬなあ」

「タントも忘れないでいてやれよ。さて、と、いうわけだ。司教、ご理解いただけたか?」

「そんな、バカな、貴殿はいったい何を言っているのか、理解されておるのですか?」

「ああ、理解しているよ。だから話を本題に戻そう。お前らなど要らん、とローザが言ったところまで話していたな」

「あり得ぬ、そんな、我らがローザ様が、私たちを不要だ、などと……」

「皆、聞け!」


 全ての聴衆に向け、叫ぶ。

「この中で、ローザのさよならを、聞いていない者はいるか!」


 返事は沈黙だ。

 司教の顔色が青くなっていく。分かったのかな?


「ローザはな、自分の事は自分で出来る立派な大人なんだよ」

「ふ、ふざけないで頂きたい!」

「じゃあ、言葉を変えようか。ローザは必要とあらば、全ての人間に自分の言葉を届けることが出来る。お前らなど不要だ。それを自ら証明して見せたんだよ」

「そ、それは事が大事なればこそでありましょう、それでも、普段であれば声に届かぬ者の方が多いのですぞ。その者らのためにも神の声を届けることが私たちの……」


 ふう、参ったね。

 こいつは何を言っているのか、分かっているのだろうか?

 それはつまり、ローザのどうでもいい戯れ言だけを届けるのが役目、と言っているのと変わらんというに。


「なあ、いい加減、ローザを侮辱するのをやめたらどうだ?」

「は? 今なんと仰いましたかな?」

「これ以上ローザを侮辱するな、と言ったんだよ」

「何を仰る! 侮辱しているのは貴殿の方ではありませんか!」

「いいや、お前だよ。お前らはつまり、ローザはお前らの手を借りなければ言葉を届けることも出来ない無能な神だ、と思っているんだろ?」

「な、な、なぜに……!」

「ローザが自分で言葉を届けられるのならお前らが無用の長物だ。さあ、どっちがいい?」

「あ、あぐ、あ……」


 司教の顔色が赤くなったり青くなったりと、忙しく切り替わる。

 ふむ、そろそろ終わりかな。


「異論はないな? さて、誰がローザを侮辱しているって?」

「……いいえ、ど、どなたもローザ様を、侮辱されては、おら、お、おられません……」

「そうか。ご理解いただけたようで何よりだ」


 ド派手な衣装の向こうで一気に老け込んだような司教は、まるで崩れ落ちるように座り込む。

 なんとなく憐れを感じなくもない。

 だが、ここで終わらせるわけにはいかない。


「では、謝罪してもらおうか」

「な、あ……」


 愕然として俺を振り扇いだ司教は、だが、悲痛な表情で唇を噛むと、俺に頭を下げようとする。

 その潔さはよし、だがなあ。


「勘違いするな。お前が謝罪すべきはサルディニア王、ゼルガーンと、サルディニアの民に対してだ。仮にも聖職者を名乗るお前は、神事の聖性も、重要性も、よおく分かっている筈だろう。お前は教皇の全権委任をもって、それを中断させ、侮辱したんだ。ローザに対しての侮辱は無かったこととしても、サルディニアへの侮辱は消えていないぞ」

「……う、ぐ……」


 しばらくブルブルと震えていた司教は、やがて観念したか、ゼルガーンたちに向けて深く頭を下げる。


「慈悲深きサルディニアの国王陛下、この度は、モス・ロンカ教皇猊下の名代という立場にありながら、私情に走り、貴国の神事に差し出口を申しましたこと、深くお詫び致します。願わくばご寛恕賜りますよう、改めまして、衷心よりお詫び申し上げます」


 ふむ、さすがに教皇の身は守ったか。

 この場に至れば全ての責を負う、その覚悟はあったということだな。


「神の仲裁を得て真摯な謝罪があったとあらば、容れぬ道理はない。神の名のもとに、風の信徒は山の信徒の謝罪を受け入れる」


 ふうむ、サルディニアにとって、ローザは山の神なのか。まあ、この神山を見ていれば、その気持ちは分かるが。

 にしても、ゼルガーンもやるなあ。謝罪を容れつつも、同時にローザより風の方が上、とアピールしているようだ。

 まあ、少なくとも、モス・ロンカよりサルディニアの方が上、という雰囲気にはなったな。

 さすが、ゼルガーン。


 さて、最後に止めを刺すことになってしまうが、これも言わねばなるまいなあ。

「ところで司教」

「な、何事にございましょう」


 力のない返事。まあ、無理もないが。


「最後に一つだけ、勘違いを正しておきたい」

「ま、まだなにかが……!」

「ゼルガーンは、神去りし大陸に降りた竜神、と俺を称した。俺は風を継いだ、と名乗った」

「あ、な、ま、まさか!」

「誰も、ローザの後継など名乗らなかったんだ」


 俺が言い終わった瞬間だった。

 パクパクと口を開け閉めしていた司教が、ぐるりと白眼を剥いた。

 まあ、ショックが積もり積もったんだろうなあ。

 そのまま、ばたりと卒倒する。


 やり過ぎたか、と思わなくはない。

 だが、神の名を使って好き放題やってきたツケだとも言えるだろう。

 ここで手加減してやる義理はないし、きっといるだろうあの司教たちに泣かされてきた者たちを思えば、容赦するわけにもいかない。


 てきぱきと駆け寄った華桑の救護班が、戸板に司教を載せて運び出していく。

 聴衆は多少騒然としているようだが、来賓席のギルニーは満面の笑みに変わっていた。今にも拍手を始めそうだ。

 エシュリーンは既にこっそり拍手してくれているけどな。


 まあ、あまり持ち上げないで欲しい。

 日本人にとって宗教はナイーブな話題だしなあ、少し熱くなってしまったと思う。

 さあ、仕切り直そう。


「さて、空気を入れ換えるか。祝いの席に集まってもらったというのに皆、済まなかったな!」

 来賓というよりは聴衆に向かって叫び、そうして俺は、練り上げた風を解き放ったのだった。


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