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 舞は見事なものだった。


 ド派手な銅鑼や勇壮な楽器の音を背景に、まるで京劇のようにくるくると女たちが舞い踊っている。

 揃いの仮面で顔を隠し、身体の線の全く分からないたくさんの布を巻き付けたような衣装は一見、性別も何も分からないが、鈴音の感覚では明らかだ。


 白と黒のリバーシブルに覆われた彼女らは、統一された動きで一頻り舞ったあと、白と黒のグループに別れ、掛け合いを始めていた。

 早着替えとでも言えばいいだろうか。一番表を白にしたかと思えば、くるりと裏返して黒となる。

 それを固定して、白が上のチームと黒が上のチームに分かれたわけだな。


 ちなみに、この間、掛け声や気合いのような発声はあっても、歌詞など意味のあるような言葉は一切聞こえてこない。

 舞から意味を、読み取らねばなるまい。


 白の集団の先頭に立つのはゼルガーンだ。

 黒の集団を後ろから支えているのは、巨大な仮面を被った男、多分ミルトンだな。女装しているけど。

 男女の分からない集団にあって、ミルトンだけは、シルエットで女性に見えるように胸と尻まわりを誇張し、仮面の顔も女性っぽく描かれている。

 ただし、眉毛がないが。


 眉毛のない戦女神と言えば、ローザの化身の一つとしてこの世界ではメジャーなものらしい。俺にとってはチャラい金髪野郎なのにな。

 つまり、黒の勢力はローザをバックにつけたルーデンスを模していると見るべきだな。

 ならば、白がサルディニアか。


 二つの勢力はお互いに攻めたり攻められたりを繰り返している。

 白の数が多くなったり、黒の数が巻き返したり。

 まあ、拮抗してきた歴史を表現しているのだろう。


 やがて。

 不意に音楽が沈痛な雰囲気に変わった。

 長調が短調に切り替わったかのように、急に悲しげな雰囲気に変わったのだ。


 歴史の中でここまでいきなり沈鬱になるとか、まあ、出来事が何かは想像に容易いよな。

 ミルトン、もとい、ローザが曲に合わせて身を翻すと、黒とも白とも距離をとる。


 そして、ゆっくり大きく手を振ると舞台の裾、要は音響部隊の中に紛れていった。まあ、神様さよなら事件、ってとこだろうなあ。


 さて、大変なのは残された方だった。

 舞台の上では、黒も白もなく、皆途方に暮れ、右往左往しているようだ。

 ルーデンスっぽい黒は言うに及ばず、サルディニアらしき白でさえ、動きに精彩を欠き、なんだか風に揺れるススキのような物悲しい舞が続いている。


 その時だった。

 新しい鐘の音が響き渡り、真っ白な衣装の誰かが一人、また飛び出してきた。


 まるで香港映画のアクションシーンのように、重力を感じさせない走り方だなあ。武侠小説でよく見る軽功だろうか?

 音響部隊の肩や頭、楽器の先などを軽く踏み台にして高く、高く宙を舞ったその姿は、翼のように見える大きな布をはためかせ、頭には角飾りをつけていた。

 翻る髪は漆黒。

 無貌の仮面に表情を隠したその姿は。……俺か。


 髪の色が俺と同じ黒いこいつは、まあ、心当たりは一人しかいない。

 喬静蘭だな。

 空中で華麗にスピンを決めた喬静蘭、もとい、竜人は場の中心に降り立つ。

 そして、蹂躙が始まった。


 おいおい、俺、そんなことしたか?


 舞台の竜人が袖を振るうたびに、白や黒の人々が風に煽られたように翻弄されていく。

 台詞を当てはめるとすれば、あーれー、ご無体な、って感じか?


 まあ、吹っ飛ばされたりするわけではなく、煽られてクルクル回っているだけなんだけどな。

 それにしても凄いな。かなり回転の多い舞だぞ。目が回ったりしないのかな。


 やがて竜人を中心にして回りの人たちが渦を巻くような形になる。

 この舞の、すべての中心に竜人がいた。

 そして、その前に立ちふさがる大男。


 音楽が再び勇壮なものに戻る。

 竜人対ゼルガーンの一騎討ちだ。


 目まぐるしく攻防の入れ替わる見応えのある演武。ううむ、俺はあんなに武芸の腕は立たないんだがな。

 一瞬の隙をつき、ゼルガーンが竜人の腰に組みつき、そのまま投げを打つ。

 それが、クライマックスだった。


 大地から引き抜かれるように大きく投げられた竜人は、だが、空中で身を翻し、投げられた勢いすら使ってゼルガーンの身体をも引き上げる。

 そして、体を入れ換えるとゼルガーンを地に叩きつけたのだ。

 動きこそ大袈裟に見映えするものになっているが、まあ、俺とゼルガーンの最後の勝負を再現してくれたもので間違いはあるまい。


 地に伏したゼルガーンはよろめくように身を起こすと、竜人の前に跪く。いくら舞の中とはいえ、さすがにここで平伏まではしないか。


 ゼルガーンに勝ちをおさめた竜人は、再びくるくると回り始めた。

 周りの女たちも、その回転に煽られるように、全員で渦を巻くように竜人の周りを舞い始める。


 そうして一つの大きな渦を作りながら、竜人は、大きく袖を振るっていた。

 その袖がひとつ振るわれるたびに、女たちのリバーシブルな布が吹き剥がされていく。

 布の下から現れたのは、みな、揃いの真っ白な衣装だ。

 身体の線が割りとはっきり出ているから、こうなると全員女というのが明らかになっていくわけだが。

 そして彼女たちの純白の衣装、その胸の中央には波打つ三本の平行線が描かれていた。


 むう、あの紋章は、風の神竜に入れられた神珠に描かれていたものと同じだぞ?

 もしや、風の紋章だったりするのだろうか?


 そんな紋章を胸に抱いた白衣の乙女たちの中心で舞う竜人、その手が一瞬閃いたかと思うと、いきなりその袖口から煙が吹き出してきた。

 煙というか、霧だろうか?

 あの手元に一瞬見えたのは、何かの札みたいに見えたなあ。

 前に治癒符がどうとか言っていたし、呪符魔法かもしれないな。


 舞台の上はみるみるうちにうっすらと霧に包まれていく。

 霧の向こう、こっそり隠れるように竜人、つまりは喬静蘭はいつの間にやら姿を消し、全ての衣装を剥ぎ取り普通の格好となって、何食わぬ顔で音響部隊の一員に紛れ込んでいく。


 舞台は最終局面を迎えていた。

 女たち全員が舞う踊りが、霧を吹き払い、新しい隊列を明らかにしていく。

 さっきまで渦の中心、竜人を頂点としていた配置は、全員が舞台の雛壇を頂点とする形に変わっていた。つまりは、女たち全員が、俺に相対している。


 そして、盛大な銅鑼の響きと共に音楽がピタリとやみ、全員が一斉に俺に向かって平伏した。

 その先頭にはゼルガーンがおり、彼もまた、平伏していたのだ。


 間髪を入れず、ゼルガーンの轟く音声が響き渡る。

「神去りし大陸に降り立った風の竜神、ユウ様、奥方様、万歳、万歳、万々歳!」

「万歳、万歳、万々歳!」


 サルディニア勢全員の唱和が続く。

 中国の武侠ドラマかよ。


 こうなったら、応えざるを得ないな。

 ゼルガーンめ、誰よりも先んじて、大陸の首脳が集まったこの場で、俺の身分、立ち位置をアピールしやがった。しかも、完璧にサルディニア主導で。

 ある意味でルーデンスは出遅れたな。リングラードもなんとなく苦笑いしているようだが。

 やられた、といったところだろうか。


 まあ、いい。

 吹き散らされていった霧をもう一度集める。今度は俺の周りに。

 そして、その霧の中で俺は偽装モードを銀狼の鎧に切り替えた。


「ハク、来てくれ」

「うむ」


 懐のハクに声をかければ、その時には既に半分ばかり、俺の中に身を沈み込ませていた。

 そうして、霧を弾き飛ばすように、俺は大きく翼を広げてみせる。


 観客、華桑の町民たちを含めた周り中から、驚きの声、どよめきが聞こえてくるが、構うまい。隠しだては無しだ。


「風を継ぐ竜として、返礼だ。受けとれ!」


 袖を振るい、強めの風を雛壇の上から吹きつける。ゼルガーンを始め、女たちの髪を盛大に巻き上げながら。

 そしてその風は、大陸の首脳をも越え、この場にいる全員の間を吹き抜け、空に散っていく。

 魔法に縁の薄い華桑人たちでも、これが俺の起こした風であることは、すぐにわかってくれるだろうよ。


 そうして俺は身を翻し、座席、凛の隣へと戻るのだった。

 身を返したついでに大きくマントを翻し、その影で白ランに姿を戻しながら。


 うん、変身ヒーローみたいだな。


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