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 そうこう話している間に、モス・ロンカの行列は鹿鳴館に入っていった。

 まあ、特に悶着は起きなかったようだ。いや、元々派手なだけでモス・ロンカ自体が不穏というわけではなかったが。


「さて、これで四ヶ国が揃ったわけか。あとはサルディニアだけだなあ」

「サルディニアの一行は、特に大きな問題もなく進んできているようです。こちらに申し送りしてきた予定表通り、披露宴には間に合うように進んできているようですが、申請では挙式当日の到着となっておりますね」


 いささか憮然とした表情で宗助が呟く。

 まあ、確かに当日に間に合うか合わないかのギリギリの旅程で進んできているとしたら、ホスト側の華桑としては言いたいこともあるだろう。


 ふうむ、来ようと思えば凄いスピードで来れる筈。機動力という意味で、サルディニアが他を隔絶しているのは明らかだ。

 ならば、敢えてゆっくり来ていることに何らかの意図があると考えて、間違いはあるまい。

 ゼルガーンめ。何を企んでいるのかな?


「立ち寄る都市毎に、かなり大規模な宴会を開いているようで、まるで観光気分のようです」

「まあ、サルディニアの中枢がここまでルーデンスの内側に入るなんて、史上初なんだろ? なにもかも皆、珍しい、そう思えば色々目移りするのも仕方ないんじゃないか?」

「申し訳ありません、不満に思っているわけではないのです。宴会の対価はきっちりと支払われておりますし、むしろ特需と言いますか、受け入れた都市の評判もかなり良かったとのことです」

「まあ、馬賊の親玉が来る、みたいなものだもんなあ。略奪とか、かなり怯えていたんじゃないか?」


 だからこそ、間に縹局が入ることに意味があったわけだが。

 縹局の護衛とは、サルディニア一行を守ると同時に、サルディニアからルーデンスの民衆を守る意味もあったわけだ。

 いや、まあ、悪評からサルディニアを守るということで、結局サルディニアを守っているとも言えるが。


 長い道中、問題が起きなかったというなら縹局の仕事は完遂だ。まあ、満足感の一つも湧いてくる。

 とはいえ、それもこれも、サルディニアをきっちりと律しているゼルガーンの覚悟があればこそだよな。

 次に会うときは、どんな顔をしているものやら。


 なんにせよ、これで本当に勢揃いだ。

 開幕は明後日。

 今回ばかりは、俺はもう操り人形みたいなものだ。俺の意志での挙式は、とっくに終わっているわけだし。

 今回は華桑伝統の式に則って、のんびり楽しむことにしよう。





 そして当日。

 その日は朝から快晴だった。

 うん、おめでたいね。


 もしも雨模様なら、雲の一つや二つ、吹っ飛ばしてやろうかとも思っていたが、そんな必要はなかったな。


 水合わせの儀に使うエスト山頂の氷も、先程御厨に預けてきた。

 俺の姿は太郎丸の偽装モード、純白の長ランに、しっかりと鈴音を下げている。

 これはもう、俺の礼装ということで押し通してしまおう。


 そして凛だ。

 今日この日、俺は初めて凛の女髷を見た。


 女髷とは言っても、武家結いではなく、どちらかと言えば女官風であり、イメージとしてはまさにお雛様だなあ。着物も公家風だし。

 白粉をはたいて紅を差し、ガッツリメイクを決めているところを見るのも初めてだ。

 普段は凛々しい、という表現がよく似合う格好いい女と思っていたが、予想以上にたおやかなその姿は、美しいというか、可愛らしいというか、なんというか表現に困るが、なんとも新たな魅力を俺に見せつけてくれていた。


 しまったな。

 俺、前の式の時と全く同じ格好じゃん。

 とはいえ、これ以上の格好というものも、ちょっと思い付かないが。


 まあ、いいか。

 今日は凛の晴れ舞台だ。俺は引き立て役で十分だよな。


 俺たちがいるのは、本丸の裏側、城の大手門から反対側で真っ正面にローザ山を見上げる大社だ。

 巨大な舞台は大きく開けており、雛壇の俺たちはまさに神山と向かい合わせになっている。


 本来ここはローザ神を奉じる大神殿だったようで、この結婚の儀式も文字通りの意味で神前式のやり方だった。

 その意味では、神が去った今、奉じる相手がいないということになってしまうが、さらに昔の華桑大陸では、主神、人格神としてのローザ神信仰というよりは、もっと自然信仰に近い宗教観だったらしい。

 神が去ったお陰で元々の宗教観に立ち返った華桑では、偉大なる自然、という意味でローザ山を崇める山岳信仰を取り戻し、本来の意味としても変わらずに、神前式の儀式が執り行われている。


 まあ、極論を言ってしまえば、華桑人にとって神が去ったというのは、山が喋らなくなった、くらいの感覚でしかないのかもしれないな。


 俺はもう、導かれるままに儀式の流れに乗ったままとなっていた。

 ちなみに、この儀式には華桑以外の参列者はない。

 槙野家親族を始め、家老職の橘ら華桑の重鎮たち。

 それに加えて大陸中の華桑の里から集まったのは、それぞれの里長、つまりは藩主たちだった。


 竜胆藩の山元竜義の姿もその中にある。総勢十四名だから、華桑の里もそれだけの数あるということになるが、さて、大陸全部で十四藩というのは、果たして多いのやら、少ないのやら。

 いや、どう考えても少ないよな。こう見ると改めて、華桑人は少数民族なんだと思うよ。


 伝統の儀式に加え、俺の伝えた水合わせの儀を強引に組み込んだわけだが、今、まさにエスト山頂の氷と、ローザ山の泉の水が、一つの大きな杯の中で混ぜ合わされていた。

 そして、その杯を、俺と凛とで回し飲んで、儀式は終了だ。


 砦でやった結婚式と違い、俺たちはお互いに目を見合わせ、顔を合わせながら杯を傾けていく。

 二度目の式とあって、俺たちにはわりと落ち着きと言うべきか、笑みを交わす余裕すらあった。

 西洋式ならここで口付けの一つも見せつけるところなんだが、まあ、そこはそれ。

 華桑の文化は慎ましいのだ。


 祝福の祝詞が響くなか、二人で杯を干し、神山に向けて合掌する。

 くそローザに合わす手はないが、山岳信仰なら話は別だ。

 かくして、俺たちの結婚式は無事、完了したのだった。


 ここで俺たちは一旦退席し、凛は衣装などを変えるらしい。本来なら俺もその予定だったのだろうが、俺の礼装は白ランで固定だ。

 しばらくは待ちだなあ。


 ちなみに、この間に舞台の設営が修正され、来賓席を設け宴会準備が進むとのことだ。

 文化祭とか、俺とあいつは傍観する側だったが、実行委員会とかやたら忙しそうだった。

 どんな式であれ、裏方は大変だよな。


 特に今回は城の門を開放し、町民たちも参加出来るようにしたというから豪気な話だ。

 大陸中の首脳が集まっているところに民間人が自由に出入りするとか、忍は大忙しだろうし、各国の護衛、ブラウゼルとかきっと目を回すに違いない。

 いや、一応区画は分けるらしいけどな。


 そして。

 長いような短いような待ち時間を過ごして、俺の前には純白の婚礼衣装に身を包んだ凛がいた。

 髷の形が変わっており、それを角隠しにおさめているあたり、まあ、まさに時代劇のお嫁様だ。

 文金高島田、だったっけ。


 少し顔を伏せているから表情はよく見えないが、鈴音の感覚を通してみれば、笑顔なのは明らかだった。

 もとい、真面目な顔を取り繕おうとして失敗していた。

 いや、せっかくの結婚式なんだから、ずっと笑顔でいいじゃん。


「さて、いざ、出陣、かな?」

「あはは、大袈裟だな」

「さて、俺にとっては大袈裟でもなんでもないぞ。珍獣とまでは言わないが、さて、どれだけの視線に晒されることやら」

「まあ、確かに私もこんな表舞台に顔を見せるのは嫌だった」


 ああ、そういえば華桑人にとっては、凛は結構不細工扱いなんだったっけ。

 信じがたい。全員目をくりぬいてやろうか。


「だけどもう気にしないことにしたんだ。さっき貴方は私に見とれてくれた。私にとっては、もうそれで充分だ」

 おっと、見抜かれていたか。いや、だって、なあ。


「じゃあ、俺も覚悟完了しておくよ。さて、行こうか」

「ああ」


 先導に引っ付いて歩を進める。


「おなぁりぃ~ぃ」

 独特の抑揚で長く響く案内の声。

 なんだか相撲の行司みたいだな。

 東ぃ、白祐丸、西ぃ、凛無双、とか。いや、何をつまらんことを言っているんだ、俺は。


 来賓たちがいずまいを正し、集まった華桑人たちが軒並み平伏したのが分かった。

 まだ壁の向こう側だが、鈴音の感覚の前には明らかだ。


 そんな中、俺たちはゆるゆると進む。

 来賓席の一番上座はルーデンス、リングラードの席だった。続いては同じく王が来るということでサルディニアの席。

 次が王族たるエシュリーンでタントの席。公爵家のギルニーを筆頭とするリストが続き、最後が身分的には格下になる司教をトップとしたモス・ロンカという席順だ。


 席順に不都合はない。

 身分を重視する連中からしても、妥当な席順だろう。

 ただ、問題がひとつあった。

 俺たちが姿を見せたにも関わらず、サルディニアの席がまだ、空席だったのだ。


 なんだよ、ゼルガーン、間に合ってないぞ。

 何か仕込んでるか?


 まあ、多少遅れようが別に俺は気にしないが、実行委員たちは泣きそうなんじゃなかろうか。

 いや、それとも無視して進むかな?


 雛壇にしつらえられた席に凛と並んで立ち、舞台を見下ろす。

 うん、壮観だなあ。


 俺たちを紹介しようとしたのだろう。

 司会者とでも言おうか、案内を進める口上役が大きく息を吸い込んだその瞬間。


 突然だった。

 その機先を制して、凄まじく大きな銅鑼の音が、場を圧して響き渡ったのだ。


 そして、ざわめく民衆の隙間から、揃いの装束に身を包んだ三十ばかりの人影が飛び出してくる。

 一際巨大な先頭の男は、まあ、考えるまでもなくゼルガーンだ。あんな体型、他にいないし。


 野郎、狙ってやがったな?


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