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「えらい行列だなあ」
本丸の櫓から見下ろす登城口には、なんともド派手な行列がゆっくりと登ってきていた。
人数はそこまで多くはないんだが、まあ、飾りつけが半端ない。
どこのチンドン屋だ。
「あれがモス・ロンカか。いったい何がやって来たのやら」
「確かになんともけばけばしい一行だな。薫の婚儀に表敬訪問してきた時は、あんなに派手ではなかったぞ」
隣にいる凛も、呆れ顔というか、戸惑い顔というか、ともかく不審そうであるのに間違いはない。
「前回は誰が来たんだ?」
「モス本国、教皇からの親書を携えた司教だった筈だ。もっと慎ましやかな一行だったことを覚えているよ」
「ふうむ、じゃあ今回は教皇本人が来たとか?」
「いえ、今回も、前回と同じく親書と司教とが来賓として予定されていました。タントとは異なり、予定の変更は聞いておりませぬ」
答えてくれたのは、一歩後ろに控えてくれている橘宗助だった。
「なんだ、そりゃ。モス・ロンカで何か方針転換でもあったのかな? まさか、個人的に派手好きな司教が来たというわけでもあるまい」
「多少、心当たりがございます。しかしながら、ここまで破目を外しているとは予想しておりませなんだ」
「いや、まあ別に、モス・ロンカが派手だろうがなんだろうが、別にこちらの知ったことではないからなあ。勝手にやらせときゃ良いとも思うが」
「主上がそう仰られるのであれば」
「それはそれとして、だ。派手になる心当たりがあるんだよな? 一応、聞かせてもらっていいか」
「はい、かしこまりました。モス・ロンカ教国は、元々ローザ神信仰の一部組織が母体となっています。当初はローザ神の代弁者として、民衆を正しくローザ神へと導き、繋げる役目を負っていたようです。しかしながら、モス国内のロンカスト山を中心とする彼らは、神の代弁者でありながら神棲む聖地、このローザ山から遠いという問題を抱えておりました」
「なるほど、それで?」
自分達が正統と主張しながら、聖地が他国の中にあるとか、とても許容できるとは思えないよなあ。
ローザ山を寄越せ、とか言って攻めてきそうだぞ。
世界史で習った聖地回復運動はレコンキスタだったっけ。
「彼らの主張によりますと、実はローザ神は元々ロンカスト山に座しており、その後ローザ山へ遷座された、とのことです」
「なんだそりゃ。神が実際にいる前で、よくもまあそこまで吹かしをこいたものだな。いや、待てよ、そういうことか? それを嘘だ、と断じるべきローザがいなくなったから歯止めを失ったのか?」
「ご慧眼、恐れ入ります。元々の聖地を守る彼らこそがローザ神の後継者である、と主張し、急速に権威化が進んでいる、とモス国内にあります金剛藩から報告が届いておりました」
「やりたい放題だな。まあ、ローザが何処にいたかなんて、今となっては分かる筈もなし、本当にロンカスト山にいたのかも知れないけどな」
とはいえ、元々五つは大陸があったわけだし、ロンカストかローザ山かなんて、小さな違いにしか思えんな。
神の権威を盾にしてきた連中が、その歯止めを失ったらどうなるのか?
まあ、ローザ泣かせになっていても不思議はない。
アラー泣かせの自称イスラムとか、よく聞いたよなあ。
くそローザが泣こうが喚こうが別に構いやしないが、それが国家規模であるというなら、本当に泣くのが誰かは考えるまでもあるまい。
そういう意味では、縹局を一番必要としているのは、もしかしたらモス・ロンカなのかも知れないな。
「うん、大体わかった。ありがとう」
「恐れ入ります。実はあともう一つ、モス・ロンカに絡みましては主上のお耳に入れておかねばならぬことが御座いまして」
「む、あいつらか。そういえば、まだだったな」
おお、珍しい。
凛の表情が険しくなったぞ。
よほどの因縁がある話なのかな?
「モス・ロンカの国自体は、さほど大きな勢力ではなく、また、どちらかと言えば閉鎖的な国家であり、特に大陸に対して大きな影響力は持っておりませんでした」
「まあ、ローザの手前、無茶も出来なかったろうしな」
「しかしながら、かの地にはいにしえより厄介な秘密結社が御座いまして……」
秘密結社!
またなんとも心踊るキーワードだな。世界征服とか、企んでいたりするんだろうか?
改造人間とか、作っていたりして。
いや、まあルーデンスが国力にあかせて魔珠ぶっ込んでる騎士団の方が、よほど改造人間っぽいけどな。
「モス・ロンカがルーデンスから独立する以前より存在し、今に至るまで、ずっと水心流と戦い続けているのです」
「ふうむ、華桑と戦うということは、大陸規模の不穏分子、世界平和を脅かすもの、というわけだな。そいつはよっぽどだ」
人間、ひいては国家を敵とせず、人に仇なす滅びの獣や魔獣たちを相手にしてきた華桑が戦うというなら、要はそのレベル、つまりは人間の敵ということになるだろう。
フェルク・ハートマンあたりも噛んでいるかもしれないな。
「結社、なんていうんだ?」
「黒死卿」
切り捨てるように答えてくれたのは、凛だった。
憎しみとまでは言わないが、凛がここまで敵意を剥き出しにするとか、本当に厄介な敵なのかもしれないな。
それにしても。
「個人なんだか団体なんだか分からん名前だな」
黒死卿ね。黒死病とか連想してしまうが、そのレベルなら確かに人類滅亡の危機だ。
「仕方あるまい。何百年と戦い続けていながら、実態不明、本拠地も不明、構成人数も、行動理念も、何もかも不明なんだ。黒死卿という名も周りがそう呼んでいるだけで、彼らが名乗ったことはない。首魁と類推できる奴を指して、そう呼ぶしかなかったというのが実情なんだよ」
なんだそりゃ。
すげえな、黒死卿。
「それなのに、組織の団結力、意思統一の度合いは他に類を見ない。首魁を討ってもすぐに代替わりするんだが、全く同じことを言い、全く同じ行動を取っていたとも聞く。未然に防いだ筈の事件を、代替わりした首魁が全く瑕疵無く引き継ぎ、結局完遂されてしまったなど、挙げればきりがないんだ」
「何回も討ってはいるのか」
「ああ、そうだ。何十人、いや、何百人討ったか知れない」
「そいつらがみんな同じ行動をとるとか、ちょっと尋常じゃないなあ」
さて、これはどういうことだ?
忍を含め、大陸中にネットワークを張り巡らせている華桑をして尻尾をつかませず、それでいて、複数の構成員をどうやって補充し、さらにそれをどうやって教育しているのだろうか?
しかもそれを何百年と継承しているとか、ちょっと想像がつかん。
軽い漫画や小説とかでよく見る敵組織など、成立の過程が全く想像出来ず、いきなり完成形の組織が襲いかかってきたりするけど、まあ、あいつとよく突っ込みまくったものだった。
秘密組織を名乗りながら、どうやって集めたのか全く分からないやたらめったら構成員が多い組織とか、ありがちだったよなあ。
その中で納得のいった形にはどんなものがあっただろうか。
首領の代替わりと同じ行動をとるとか、連想するのはまずは遠隔操作だな。
何回倒してもすぐに現れると言うなら、憑依系とかもよく見た覚えがある。
あとはクローン人間とかもあったよな。
メンバーの意思統一なら洗脳とか手っ取り早いだろう。
事実は小説より奇なり、とはよく言われるが、それでも人間の考える中身が、そんなに極端に突飛になることは、そうはあるまい。
どこかしら、俺の知識に引っ掛かってくるんじゃなかろうか。
地球の、特に日本のサブカルチャーに、死角はあまりない筈だ。
まあ、予断は禁物、なんだけどな。
「それで、その黒死卿は、今はどんな動きをしているんだ?」
「実はそれが分からないんだ」
「ふうむ、そんなに隠蔽が得意な組織なのか」
「いや、今回ばかりは少し勝手が違っていてね」
凛の言葉を引き継ぎ、宗助が説明してくれる。
「実は、ローザ神が去ってから、黒死卿の動きがぱったりと無くなってしまったのです。当たりをつけていた潜伏場所に踏み込んだ部隊によると、抵抗は散発的なものでしかなく、場所によっては虚脱状態に近いような者たちしかいなかった、と。尋問の結果も要領を得ず、何が起きたのか、皆目見当もつかないのです」
「おいおい、そりゃまた穏やかじゃないなあ」
うわあ、なんと不穏当な情報だろうか。
タントの撤退と同時に活動を停止した縹局モドキとか連想するのは穿ちすぎか?
くそローザがいなくなって黒死卿が虚脱化するなんて、いかん、黒死卿の正体はローザの自作自演としか思えなくなってきた。
魔導器の隠蔽とか、ここに来てくそローザの暗黒面を見る思いだぞ。
あの野郎、本気で戻ってこないかな。絶対殴ってやるのに。