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「エシュリーンと申します」


 俺に向かってたおやかにお辞儀しているのは、まるで妖精かと見紛うような美しい少女だった。


 どことなくフェルク・ハートマンを連想させるような線の細さ。とはいえ、あれほど異質な気配はなく、人間離れしているというわけでもないが。

 これはあれだな、ロシアや東欧の美少女写真集を思い出させる。

 フェルクに似ているというのなら、ラウィットの血が濃いということかもしれないな。


 凛をリアルの美人とするなら、エシュリーンはファンタジーの美人に見える。

 さすがに二次元とまでは言わないが。


 そして、エシュリーンのファンタジーっぽさをより強調しているのが、その表情だった。

 なんとも掴みにくいその表情は決してぼんやりしているわけではなく、どちらかと言えばはっきりしたシャープな印象が強い。それなのに、表情の印象は薄いのだ。

 どちらかと言えば色を感じさせない、透明な表情だった。


 なにを考えているのかが分かりにくい、こちらを見透かすかのような、包み込むような、下手をすれば遥か高みから見下みおろしているかのようなその視線。ただ、ベネフィットのように見下みくだしているわけではなさそうだが。

 例えるなら、見ている世界が違う感じだろうか。


 さて、こいつの眼には何が映っているのかな?


「縹局、竜狼会局長、小鳥遊祐だ。遠路はるばる、よく来られた」

「お初にお目にかかります。この度はご婚礼の儀、まことにおめでとうございます」


 一見セーラー服のような大きな襟のロングワンピース。旅用のドレスになるのだろうか。蒼銀の糸で丁寧に刺繍が縫い込まれている。

 なんだかむずむずするような、引っ張られるような不思議な感覚は何だろうか?


『ふむ、あれは触媒じゃな』


 触媒?

 ニーアの話では、根源法の発動に必要なものだったか。

 ということは、エシュリーンは根源法の使い手なのかな?

 俺の風が、触媒に引かれたか?


 まあ、いいか。


「タカナシ様、縹局のお陰を持ちましてタルト周辺での経済活性化、また、交易品の流通が活発になっております。サルディニア国境の緊張も緩和され、我がタントはかつて無い平穏のうちにあり、民の暮らし向きに良い変化が見られています。国民を代表し、厚く御礼申し上げます」

「痛み入る」


 ふうむ、国の代表として、全面的に縹局の存在を称賛するとか、大丈夫か?

 俺が言うのもなんだが、縹局は既存の権威を無視する存在だ。権力としてはかなり煙たがるのが普通だと思うんだが。


 それを分かっていてやり方を変えないあたり、俺も大概だけどな。


 それでもまあ、第六王女と言えば継承権や権勢からはかなり遠く、しかも女だ。外交の場での発言権はさして大きなものにはなるまい。

 好きに言わせたところでタントとしては大きな問題もないか。

 俺が真に受けて調子に乗ることこそ、タントの狙いと考えてもいいかもしれないな。


 いや、エシュリーンを疑いすぎかな?


 タントがなにを考えていようと、俺にとってはどうでもいい話だった筈だ。

 そう思えば、俺は裏の思惑ではなく、エシュリーンこそと向き合わなければならない筈だ。


 ブラウゼルの初恋相手と思って、考えすぎたな。

 うん、そうだな。仕切り直そう。


「一つだけ聞いておきたいことがあるんだが」

「はい、なんでしょう?」

「十一年前、どうやって生き延びたんだ?」

「……噂以上にお耳が早いのですね……」


 ふうむ、諜報国家タントに、俺はどう思われているのだろうか?

 とはいえ、今回のこれは偶然聞いただけのことなんだけどな。まあ、わざわざ説明しなくてもいいけど。


 しかし、トラウマになっていたとしてもおかしくない話だよな。さっきまで読みづらかった表情が、どことなく沈鬱そうな感じになっている。


「どこまでご存知でいらっしゃるのでしょうか?」

「さて、俺の知っていることがどこまで辿り着いているのかは分からないな。だがまあ、取り敢えずタントで反戦派の大粛清が行われたというのは聞いているよ。予測にはなるが、貴女はその旗頭になっていた筈だ。だから、死んだと思い込んでいたんだよ」


 まあ、ブラウゼルがな。


「そうですね。担がれていたことを否定はしません。ですが旗頭は別の方でした。そのお方のお陰で、私は命を拾ったんです」

「ふうむ、詳しく聞いても?」


 いささか踏み込みすぎのような気もするが、答えてくれるだろうか?

 初対面で、信頼関係も何もあったものじゃない筈だが。

 まあ、ある程度俺のことは調べているようだけどな。


「手紙を書いたのは確かに私です。今思えば浅はかでした。皆を死なせる口実を作ってしまったのですから。殺されて当然であったでしょう。ですがあの方、本物の旗頭であった侯爵が、私の手紙の下書きを偽造して下さったのです」

「偽造、ね。つまりあれか、元の原稿を貴女に写させたという体裁をとったわけだな?」

「その通りです。大人の文章を何度も手直ししたように見える下書きを作られたのです」


 なるほど、逆添削をかけたわけか。

 エシュリーンの手紙を、より複雑化していき大人の文章に見せかける、と。

 知らない奴が見れば、確かに元の文を削って子どもの文に加工したように見えるよなあ。


「守られたってわけだ」

「はい」


 侯爵はよほどエシュリーンを守りたかったんだろうな。自分を犠牲にしてでも。

 大義名分が立たなければ、王族の娘、それも幼児とあればそうそう殺されることもあるまい、と思える。

 だが、それを粛清側が認めるかどうかは別の話だ。タントはその辺、容赦なさそうだしな。


 だとしたら、エシュリーンに利用価値を見いだしたと考えた方が早い。

 根源法の使い手と考えれば、殺すには惜しいよな。


 タント側がエシュリーンを利用する気満々なのはよく分かった。今回の人選にも、その思惑が絡んでいると考えた方が自然だ。

 さて、ではエシュリーン本人はどうだ?

 大人しく利用されるがままか?


 よくあるパターンで考えれば、エシュリーンは負い目の塊でもおかしくない。一人だけ生き残ってしまって、私だけ幸せになるわけにはいかない、とか頑なになるヒロインとかよく見たよなあ。


「しかし、浅はか、ね。それは本心か?」

「どういう意味でしょう?」

「どうって、言葉通りだが。本気で浅はかだったと思っているのか?」

「私が手紙を書くと言ったばかりに皆が殺されたのです。そう思わない方がどれ程いらっしゃるでしょうか?」


 む。

 含みがあるな。これは試されてるか?


 だとしたら、乗ってやるのも悪くない。いや、まあ試されてなくても遠慮なんてするつもりもないが。


「さてな。だがまあ、その侯爵とやらはよほど無能だったのだろうな」

「今なんと仰いまして?」


 おお、まなじりが逆立っているぞ。いや、まあ逆立つのは柳眉だけど。


「手紙を書いたのは子どもでも、それを届けたのも利用したのも大人だろうよ。そして利用し損ねて粛清されたのが侯爵って訳だ。失敗した挙げ句に五歳の子どもに負い目を背負わせるとか、無策すぎる。せめて責任は大人が負っていけ。同じ手紙の取り扱いなら、リングラードの方がよほどしたたかだ」


 表情は凍りついたように動かない。

 むう、判断に迷うな。

 元々透明な表情なんだ。表情が読めないだけなのか、本当に硬直しているのか、区別がつかん。


 まあ、どっちでもいいけど。


「手紙を利用してタント軍を手玉に取ったようだが、その結果、戦争は終わって十一年間の平和をもたらした。エシュリーン、貴女の願いを叶えたんだ」

「……仰る通りです。私はルーデンス国王陛下に感謝しております」

「俺の友達の台詞だ。平和を願う姫の純粋な真心が、そして、それを行動に移す勇気が分からんのか。利用したのは周りの勝手な大人ばかりだ、だとさ。誰が利用し損ねて、誰が願いに応えたのか、まあ、俺にとっては火を見るより明らかなわけだが」


 リングラードのえげつないところは、明らかにルーデンスの国益に則って動いているのに、それでエシュリーンの祈りと言ってもいいような願いを、きっちり叶えていることだよな。


 俺の言葉を聞いているエシュリーンは、じっと目を瞑っている。さて、その内心では何が渦巻いているんだろうか。

 表面的には大きな変化は見てとれない。


 いや、鈴音に見えないんだから、本当に動じていないんだろう。

 リングラードへの評価も思ったより高いようだし、こいつ、結構食わせものかもしれん。ブラウゼル、お前、苦労するかもよ。


 確かめてみるか。


「済まないな、一つだけと言ったが、もう一つ聞きたい」

「構いません。私の答えられるものであれば」

「貴女がここに来たのは誰の意志だ?」


 俺のその言葉に対する反応は、唇の端に閃いた微かな笑みだった。

 鈴音には分かる。

 確かに、エシュリーンは今、嬉しそうに笑ったぞ。


「私の意志です」


 凛と胸を張り、俺の目をまっすぐ見据え、エシュリーンは確かにそう言ったのだった。


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