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「なあ、ハク、どう思う?」

「ふうむ。しっくり来んのは間違いないの」


 二の丸に戻っていくブラウゼルを見送ってから、俺はハクと額を付き合わせていた。

 お互い、眉間のシワを隠しきれそうもない。


「滅びの獣が魔導器に置き換えられたわけか」

「そういうことになるの。そもそも魔導器とやら、我の記憶には全くおらんぞ。まあ、綺麗さっぱり吹っ飛んだ中におったのなら、致し方ないが」


 むう、吹っ飛ばしたのが俺だけに返す言葉はないが、ただそれはそれとして、欠片すら記憶にないというのはやはりおかしな話だった。

 くそローザは滅びの獣の存在を隠そうとしている。

 そうとしか思えない。


 ローザと近しく、かつ滅びの獣と自身が戦った筈のフェルクがいて、それでいてルーデンスの騎士たちが何も知らないというのなら、隠蔽にはフェルクも噛んでいる可能性が高いよな。

 神代の住人として考えれば、ローザに頼まれて否とは言えないだろうから、やはり根っこはローザで間違いあるまい。

 本当に、尻拭いだけ押し付けて本人はとんずらこいたようにしか見えんな。


 それにしても、ブラウゼルたちも疑問には思わなかったのだろうか。

 そもそも重鉄姫は何を仮想敵として作られたというんだ?


 魔導器は重鉄姫を破壊するために作られたというのだから、元からいた敵ではあるまい。世界を守る重鉄姫は、何から世界を守っていたというのか。

 何故そこに意識が向かなかったのだろうな。


 いや、まあ、地球のことを考えても似たようなものか。

 キリスト教の天使の軍勢は何を仮想敵として存在していたというのだろうか。

 無謬むびゅうにして唯一絶対の全能の神がいながら、その元で何を相手に軍事力を蓄えていたのやら。

 もちろん、キリスト教徒にはキリスト教徒としての納得のできる言い分と言うか、説明があるのかもしれないが。俺に見える形では流布されていなかっただけで。


 ともあれ、軍事力があるということは、それを向けるべき対抗勢力もある、と考えるのが自然だろう。

 そういう意味では重鉄姫は、恐らく滅びの獣を相手にするために作られたのではないだろうか。

 だが、ルーデンスにおいては、そんな理屈以上に神の言葉の方が重かったのだろうな。


 とはいえ、くそローザが何を思って滅びの獣を隠したのか、それはもう、今となっては考えても詮ない話だ。会えたら殴ってやりたいところだが、仕方がないな。

 ローザが滅びの獣を隠蔽した可能性が高い。

 それだけは覚えておこう。





 その日の晩。

 ある意味での正念場、を、俺は迎えていた。


 いや、大袈裟に言ってみただけなんだが、要は槙野家の親族との初顔合わせがあるのだ。

 凛の言う華桑一の美女、薫や、その夫、つまりは義弟になるのかな、それに凛の母親とも、実は初めて顔を合わせる。


 昨日は槙野忠輝の挨拶は受けたが、長旅の直後だと配慮してくれて、家族との顔合わせを今日に延ばしてくれたのである。

 まあ、俺に疲労は全くないわけだが、普通は想定できないよな。

 かくして、俺は凛と二人、幽玄の間で槙野家の面々を待っているのだった。


 ああ、考えてみれば、俺の義理の両親になるんだよなあ。

 そう言えば、風の谷のザーレムとエナも義理の両親になるのか。いや、全く意識していなかったが。

 いったい、どんな顔をして迎えればいいものやら。


 まあ、なるようになる、か。


 迎える部屋では女中たちが大忙しで準備中であり、槙野家の面々が揃ってから俺と凛が上座に入る、という順番でいくらしい。

 どこまで俺はお殿様なのかと。


 むず痒いような、緊張するような妙な気分だが、一緒に待つ凛はどうなんだろうか?

 少しばかり落ち着かなげな凛と目が合うと、思わず頬が緩む。

 それは向こうも同じだったようで、凛も照れ臭そうな、それでいて快活な笑みを浮かべていた。


「こんなにも胆の据わらない気持ちは初めてだよ」

「そうなのか、式の時よりもか?」

 ちょいとばかり意地悪く問いかけてみる。


「ああ、そうだね。式の時は、嬉しさの方が勝っていたからね」

「お、おう、そうか」


 おっと、意地悪したつもりがあまりにも素直な返しだった。むう、これはこっちが照れる。

 そんなに時間に余裕があるわけではない筈だ。このままだと色々とマズイ。色々と、俺の自制心的に。


「そう言えば、結局俺の立場というのは、どう理解されているんだ?」


 いささか強引なのは承知の上で、話題を変えてみる。微笑ましそうに見られているのはきっと気のせいに違いない。

 違いないったら、違いない。


「槙野家としての望みを言えばいいだろうか?」

「ああ、頼む」

「槙野家、いや、大陸に流れ着いた華桑の民として、父祖の血、扶桑の血を迎えること、それに勝る望みはなかった。まして、神州の純血を保たれたやんごとなき血筋の方を迎えられようとは望外の喜び、願わくは皇家として我らをよみたまい、扶桑正統の後継者たる証が欲しい、そう望んでいた」

「つまり?」

「この地に扶桑正統の末裔たる王朝を開いて欲しい、貴方に」

「俺は皇族でもなんでもないって、言ったよな?」

「うん、分かっている。けれども、槙野家がどう望んでいたのかも、よく分かっているんだ。たとえ廃嫡されていたとしても、どうかこの地で復位なさって欲しい、それが心からの願いだったよ」


 むう、やっぱりなあ。

 鈴音と太郎丸という破格の装備に、受けた教育はおそらくこの大陸の誰よりも先進的で高度なもの。

 客観的に考えれば、俺がとんでもなく高貴な出自であると判断しない方がおかしい。


 そして何よりも、純血であること。

 俺は、俺の子どもたちに最も色濃い扶桑人の遺伝形質を残すことが出来る。これに関してはハクの証言もあり、疑いようがない。

 やっぱり、どう考えても詰んでる。


 ただ、凛はそこからもう一歩、気持ちを進めてくれているような気もするな。

 願いだった、と、わざわざ過去形で言ってくれたのだから。


「凛は、凛もそう望むのか?」

「そうだね。それを望まないと言えば嘘になる。でも、私は貴方の望みも知っている。どうすればいいかはまだ分からないけれど、私は貴方の夢も邪魔したくないんだ」

「だからと言って、華桑千年の悲願も捨てられない、だよな」

「……うん。駄目だな、私は。貴方が分かってくれることを分かっていて、甘えてしまっているよ」

「いや、それは甘えじゃないだろう。当然の願いだし、本当に俺に望むことでもある筈だ」


 そう、その筈だ。

 華桑に束縛されたのが凛ではあるけれども、華桑を捨てた凛も、それはもはや凛ではない。


 相容れない望みだろうか?

 俺に託された願いは、二者択一しかないのか?


 考えろ、祐。

 まだ時間はある。


 凛になにかを諦めさせる、そんなのは嫌だ。

 そうだ、そう考えれば、これは俺の願いでもある筈だ。


「なあ、凛」

「なんだ?」


 今から、答えの分かっている問いを聞くよ。


「俺は本当に、身分を持たないただの扶桑人でしかないよ」

「うん」

「そんな俺でも、皇として迎えたいと思ってくれるのか」

「うん」

「本当の扶桑皇家の人間がいれば、そちらの方がより相応しいんじゃないか?」

「貴方の言う通り、もしかしたら、貴方より身分の高い方がいらっしゃるのかも知れない」

「ああ」

「それでも、私の前に来てくれた、夢にまでみた神州の血脈が、貴方であってくれて良かったと思っているよ」


 ああ、そうだな。

 確かに俺もそう言った。凛、お前がいい、と。


 凛もそう思ってくれているなら、悩むことなんてない。

 俺の夢も、凛の夢も、欲しいのはどちらもだ。

 俺はどちらも、諦めない。


「分かった。俺を迎えてくれてありがとう、皇后陛下」

「なっ、あっ!」


 愕然と、目を見開いた凛。

 たった今までのしっとりした良い雰囲気は雲散霧消したが、まあなんと言うか、抱き締めたくなった衝動を誤魔化すためだったのは内緒だ。


「皇后……。……その発想はなかった……」

 まったくもう、可愛いなあ、畜生!


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