表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/168

13

 広間は重苦しい沈黙に満ちていた。


 俺たちの前には、強面のおっさん達がずらりと並び、殊更に武器の柄に手をかけてみたり、机の上に足を投げ出してみたり、と、場を威圧すること甚だしい。


 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、居丈高にジークムントに迫る様は、これまでの力関係を如実に表しているようだった。

 ジークムントが苦々しげな表情を浮かべるほどに、おっさんどもはかさにかかっているようだ。


 エルメタール団の再出発から僅か一週間。

 最初は順調に見えた俺たちの船出は、早くも暗礁に差し掛かっているようだった。


 最初は本当に順調だった。

 宴会の翌朝、俺は皆に、手持ちの魔珠を全て供出したものである。そして、団の強化を訴えた。


 この場合、言葉は悪いがジークムントは全くの役立たずだった。俺が何を言っても、我が君の御心のままに、と言って従おうとするのだ。従うのが当然といった風情で、周りを説得しようとすらしない。

 反論が出れば対処したのだろうが、まだそれ以前の、戸惑う皆を導くには不適切だった。


 助けてくれたのは、リムである。そしてベルガモン。俺が魔珠を不要と言い切ったのを既に知っており、率先して、受け取ってくれたのだ。


 アルマーン老に貰った魔珠は、既に純化処理が済んでいて、獣の要素は取り除かれている。説明によると、狩ったままの魔珠には、魔獣の残留思念のようなものが残っており、そのまま使うと、よほど親和性が合わない限り悪影響が出るそうだ。それを指して『獣堕ち』と呼ぶらしい。

 狼の魔珠が入っている訳もなく、今回リムは分け前なしである。まあ、かなり質が良いらしい魔珠を五つも入れたので、実はもう既に、目に見えて動きが良くなっていたりするのだが。


 そして、エルメタール団は魔獣狩りを開始した。期限は、マジク兄弟の賞金を使い果たすまで。それまでに得た魔珠はとにかく、団員の強化に使う。

 分配方法は、ジークムントたちに任せた。俺が口を挟める話ではないだろう。


 それからの一週間は瞬く間に過ぎた。


 鈴音の感覚を頼りに魔獣を探し、即時殲滅。多少数が多かろうが、強力な魔獣だろうが、連携したエルメタール団の敵ではなく、力及ばぬ時は、鈴音と太郎丸の出番だ。

 さすがにエスト山脈まで遠征する訳ではないので、狼型の魔獣はいなかったが、現段階で、リムも充分戦力になっていた。


 実力で言えば、ジークムントとベルガモンが、頭ひとつ抜けているだろうか。

 最初の時にベルガモンがいなかったのは、ちょうど山菜集めに出ていて不在だったかららしい。


 この世界の暦は、六日で一週間、五週間で一ヶ月、十二ヶ月で一年になるとのことで、俺の感覚では一週間なのだが、皆の感覚では一週間と一日。


 その日、狩りの準備をする砦に、人間の一団が近付いて来た。隠れる素振りもなく堂々とした訪問。

 それは、マジク兄弟と親交のあった盗賊団の一つ、ガラマール盗賊団だった。


 代表として、ジークムントが矢面に立つが、よほど使えないと思われていたのか、相手は最初から舐めてかかってきていた。くそ、腹が立つな。


「だからよう、詩人さんよ。大事な頭を失って、おめえらヤバイんだろ? 魔獣も充分に狩れんだろうがよ? 悪いこたあ言わねえから、とっととここを明け渡せ。その代わり、飯くらいは食わしてやっからよう」


 うん、つまりこういうことだ。

 ここを縄張りとしていたマジク兄弟が居なくなった、ということで、遺産を分捕りに来たのだ。この遺産には、要はマジク山賊団の人的資源も含まれる。


「まあ、この砦だけじゃあ、ちっとばかり割りには合わねえからなあ、ほれ、ルクアとかリムとかいたろう、あいつらにも献身して貰おうかねえ」

 こいつら、うちの女たちまで把握してやがるのか。ルクアはベルガモンと共にエルメタール団の台所を預かる女傑で、戦士ではないが、威勢の良さと愛嬌で団の男たちの人気を集めている美人さんだ。俺にとってはだいぶ年上なので、前に出るのは少し苦手なのだが。


 というかそもそも、エルメタール団は弱者の集まりとして結成された。魔珠さえ入れれば男と遜色ない戦力になれるとはいえ、社会的には保護される機会が多く、もとより魔珠をいれる機会が少ない女たちを、ジークムントは守ってきた。だから、エルメタール団には女性が多い。

 なるほど、野郎ばかりの盗賊団からすれば、うちの上に立てれば、女に不自由しなくなるという訳だ。


 この場にいるおっさんどもは、ガラマール盗賊団の頭目を始め、主戦力の十二人。この場にいるうちの戦力は、俺を除けばジークムント、ベルガモン、ロズウェル、イーノック、スタンダールの五人。確かに、相手からすれば、一蹴できると思うくらいの戦力差に見える。舐められるのも無理はない。うちの残りの戦力は、伏兵に備えているのだが、こいつら、あまりにも舐めすぎだ。そんな策を弄しているとも思えない。ここに集めていても良かったかもしれないな。


 相手の方が圧倒的優位にある今、それでも、ジークムント以外の皆も、額に青筋を浮かべている。

 今までのエルメタール団なら萎縮していたかもしれない。だが、曲がりなりにも魔珠を得、戦うことを覚えたエルメタール団だ。

 もう、誇りに蓋をすることはできまい。

 いいぞ、ジークムント、言ってやれ。


「如何に飢えても、汚辱の糧に縋るつもりはない。マジク山賊団ならば貴公らの禄をむ事もあったやも知れぬが、我々はエルメタール団だ。掲げる大義もない浮草の輩に、寄るべを求める愚かさは持ち合わせておらぬ」

「ほう、そいつがてめえの答えか。そうなりゃ戦争だ。後悔してももう遅えぞ。下につくってんなら少しは良い目も見せてやろうと思っていたが、敵になるってんなら話は別だ。この砦も、女どもも全て、奪い尽くしてやる。待遇なんぞ期待すんじゃねえぞ。じっくり後悔させてやる。首を洗って待っていやがれ」

 おうおう、瞬間湯沸し器かよ。あっという間に真っ赤になりやがって。これは交渉でもなんでもないな。


 しかしジークムント、よく言った。もう少し詩的に相手を嘲弄してくれても面白かったが、まあ、相手が理解できないか。


 席を蹴たてて十二人全員が一斉に立ち上がり、こちらを睨み付けながら帰ろうとする。

 なんだろうな、これは。最後通告のあと、こちらが泣いて謝りに来るのを待つつもりなんだろうか?

 心を入れ換えて従う俺たちを受け入れる、度量の広さでも見せびらかしたいのか?

 正直、理解できない。分からないなら、聞くに限る。


「なあ、あんたら喧嘩を売りに来たんだよな?」

「あん? なんだてめえは、見ない顔だな。新入りか」

 うむ、予想通りの舐めくさった答えをどうもありがとう。こんな事もあろうかと、今の俺は太郎丸の偽装モードだ。やだなあ、まるで誘ったみたいじゃないか。


「教えて欲しい。喧嘩を吹っ掛けておいて、どうしてここから無傷で帰れるなんて思ったんだ?」

 ガラマール盗賊団の連中の顔色が変わる。俺の一番近くにいた奴が、居丈高に俺に迫ってきた。

「おう、ガキがいきがってんじゃねえぞ。なんならここで潰すか、ああ?」

 上から目線で威圧しながら、そいつは俺に向かって、唾を吐きかけてきた。哀れな奴。


 次の瞬間、俺の前にはジークムントの背中があった。奴の唾から身を呈して俺を守り、その時には既に、唾を吐いた男を斬り捨てている。なんという躊躇のなさ。完璧な不意打ちに、相手は反応すら出来ていなかった。

「なぜ貴様らを今まで生かしておいたのか、それが不思議だ。我が君を愚弄した罪、死してなお、許せるものではないぞ」

「なっ! 詩人、てめえ正気か?」


 よくやった、ジークムント。お見事だ。

 俺は確かに考えていた。エルメタール団に人は狩らせない、と。


 だが、降りかかる火の粉はどうだ?

 大切な団を汚しに来る連中ならどうだ?

 相手が人の皮をかぶった魔物なら、それでも狩らないという選択肢があり得るのか?

 そうして、エルメタール団が蹂躙されるのを見過ごすのか?


「もう一度聞く。喧嘩を売っておいて、無事に帰れるとでも思っていたのか」

「こ、この糞ガキが、俺たちがガラマール盗賊団と知っての言葉なんだろうな!」

 なんという芸の無い台詞か。

「愚かしい。お前らがガラマールだろうがゲレゲレだろうが知ったことか。死体の名前を聞いたところで何の意味もない。お前らの本拠地まで、誰か逃げられるとでも思っているのか」

 ジークムントを制し、俺は一歩前に出る。

 ガラマールの視線を集めるだけではない。ベルガモンたちの視線も受けて、一歩前に。


 ここが分水嶺だ。


 エルメタール団の、俺たちの矜持、俺たちの自由を奪いに来るやつらを、俺は絶対に許さない。

 リムを、ルクアをどうするって?

 俺は怒ってるんだ。


「考えたことはなかったのか?」


 ガラマールの頭目との間には三人ばかり邪魔者がいる。その間を抜けるラインははっきり見えていた。三本の輝く斬線が、一繋がりになって俺に行くべき道を教えてくれる。

 一歩踏み込み。

 俺はガラマールの頭目に鈴音を突きつけていた。


「考えなかったのか。誰がマジクを狩ったのか、と」

 実際は、ジークムントだが、もっと言えば鈴音だ。間違いではない。はったりには充分すぎる。

 俺の後ろで、声もたてずに三人がゆっくりと倒れた。

 頭目の顔色が、真っ青になる。


 よし、良いぞ。

「エルメタール団、かかれっ!」

 俺の意を汲んだようなタイミングで、ジークムントが叫んだ。


 あとは言うべき事もない。

 場の空気は完璧にこちらが支配していた。元々脅しだけで、本気で命を懸けるつもりもない連中に、我がエルメタール団が負ける理由がない。


 俺たちは勝った。

 掲げた御旗を、守りきったのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ