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「アル、です」
そう名乗った少女騎士は、そのままフェルクの後ろに隠れるようにしていた。
なんという人見知り。
俺と同年代だと思うのに、やたら幼い感じがするぞ。
まあ、あくまで偽装なのだろうし、本当に騎士なのかどうかは分かったもんじゃないな。
腰に下げた剣は多少様にはなっているが、普通の村娘と言っても通りそうだ。よく言って見習い騎士か?
血縁には見えないが、まあ、家庭の事情には色々あるのだろう。
問題は伝説の、おそらく重鉄姫乗りが大事にしている娘、ということか。それさえ確かなら、まあ、あとはどうでもいいよな。
「話を戻そうか。用件を聞こう」
「そうだね。用件そのものは実はもう済んでいる。聞きたいことはいくつか出来たけれども」
「ふむ、見極めは済んだ、ということかな?」
「……君は、本当に明け透けにものを言うんだね」
「まあな。遠慮するいわれがない」
「一つだけ聞いておきたい。君はローザ様のあとをも継ぐつもりかい?」
「いや、知ったこっちゃないな。ローザが目の前に来たなら殴ってやりたいくらいだ」
「……神代の時代の者を前に、さすがに不遜が過ぎないかな?」
「そうか? さよならされた側こそ、言いたいこともあるんじゃないかと思うくらいだが。加護を乱発した挙げ句に尻拭いは投げっぱなしとか、あなたたちの方にこそ殴る権利があるんじゃないか?」
敢えて堂々と言ってのければ、フェルクは苦笑いを浮かべていた。
ただ、そうそう的外れでもなかったのか、否定的な感情は伝わってこない。
さすがに同意、とまでは言えないのだろうけれど。
「では、風を継いだ君は、この大陸で何を為すつもりだい?」
「それを隠したことはないよ。知っているんじゃないか? 局中法度はただ一条。惜しまれて死ねたらそれでいい」
「なるほど、よく分かった。君と知り合えたことを嬉しく思うよ」
今の言葉の何が琴線に触れたのだろうか?
フェルクはかすかに微笑むと、俺に向かって手を伸ばしてきた。
まあ、誤解のしようもない。求められているのは握手だ。
「光栄、と思うべきなのかな? 伝説の騎士に認められた、と。あなたは重鉄姫乗りだ。合っているだろうか?」
「そうだね。かつては重鉄姫を駆りし者、と呼ばれていた」
「ふむ、かつてと言うたの。お主、アルフナーはどうした?」
ハクが口を挟む。
アルフナー、それが重鉄姫の名、かな。
その問いに対してフェルクの浮かべた表情が全てを物語っていた。
「今はいない」
「ふむ、そうであったか。許せよ」
喪失、か。
寂しげな、哀しげな笑みからは、確かにその辛さが伝わってくるようだ。
その想いは俺にも近しい。共感も容易いと思える。
だが、何故だ。
重鉄姫乗りとして俺を見に来たんじゃないのか?
何故、重鉄姫を失ったフェルクが来る?
他に重鉄姫乗りはいないのか?
まあ、考えて答えの出る問題じゃない。
分からなければ、聞けばいいよな。
「あなたの他に重鉄姫乗りはいないのか?」
「何故そう思うんだい?」
「来たのがあなただからだよ」
推理をひけらかすのは趣味じゃない。所詮推測だしな。
それにしても、フェルクは何故こうも、問いに問いを返してくるんだ?
それが千年前の流儀なのか?
もしくは、誰も彼もから畏まられ、まともに相対する相手がいないのなら、腹を割って話す機会を千年間喪失してきたのなら、コミュニケーション不全を起こしていても不思議ではないのかもしれない。
いや、伝説の騎士がコミュ障とか、迂闊に漏らせば全ての騎士を敵に回しそうだけどな。
まあ、少し補足してやるか。
「わざわざ騎士を偽装してきたということは、普段リストに属しているわけではないんだろう。だとしたら、俺を見極めに来たと言うのなら、それは重鉄姫乗りとして、の筈だ。にもかかわらずあなたの重鉄姫は今はない、と言う。他に重鉄姫乗りがいて、それが健在なら、そっちが来るのが自然なんじゃないか、と思ったんだよ。それが出来ないのは、いないからなんじゃないか、ってね」
リストに属していて立場を偽装しただけ、とは考えにくい。
何故ならブラウゼルを始め、全てのルーデンス騎士たちがフェルクの存在と顔を知らなかったのだから。
ラハル出身だけにリストと関係が深いのは疑い無いが、国に属して立場を持っているならブラウゼルが知らない筈がない。
リングラードも驚いていた。
もし、リストの地位を持っているなら一緒に来るのが自然だ。リングラードが驚く筈もない。
「……察しがいいものだね……」
「そうじゃの。我の知る限り、アルフナーが最後の重鉄姫じゃった。先代の記憶はほとんどないゆえの、あまり覚えてはおらぬが、元気な娘だったことは覚えておるよ。お主に会えてアルフナーに会えぬとは残念なことよ」
そう言うハクに目礼を返し俺を見やるフェルクの目線は、正解を引き当てた子どもを褒めるかのようなものだった。
なるほど、その目線を見れば思い出すものもある。
問いに問いを返すと言えば、学校の教師がそうだった。
もしそれと同じだと考えれば、なるほどフェルクは先住民として、また重鉄姫乗りとして、ルーデンス大陸の新しい世代の導き手でもあるのか。
指導する立場なら、確かに問いに問いを返すのも自然だろう。答えを与えるだけでは良い先生とは言えないもんな。
千年間、フェルクは先生として、あとに続く生徒たちを導くばかりだったのだろう。
ナチュラルな上から目線の正体がそれ、と考えれば説明がつく。
俺まで生徒に一括りにされても困ってしまうが。
まあ、千年以上の人生経験だ。どう逆立ちしたって追い付ける筈もない。目上と言うなら、これ以上の目上もないだろう。
ここは年上を立てておくことにしよう。
「私の用件は、済んだ。いずれ機会があれば深く語り合いたいとも思うけれど、この場は譲った方がいいだろうね。私たちはお暇することにしよう」
「ふむ、もう帰るのか」
「君の式を祝福したい気持ちはあるけれど、公式の場には口を挟まないことにしているんだよ」
「なるほどね。重鉄姫乗りが祝福した、となれば周りの受け止め方も大きく変わるよな。要らぬ勘繰りをされるのもつまらん話だ」
「その通りだね。私の祝福はまた、個人的に。また今度、一杯奢ろう。では、これで失礼する。アル、おいで」
「ふむ、戦友の子孫には一言もなしなのか?」
このまま帰る気満々に見えたので、思わず引き留める。
鈴音とハクが見破らなければ、フェルクは立場を隠したままだった筈だ。当然、華桑の面々にも知らせてはいないだろう。
千年前、共に轡を並べたと言うのなら、せめて槙野家には挨拶くらいしていってもいいんじゃないかと思うんだが。
無断で城に乗り込んだ、と言われても否定できない筈だしな。
いや、責められることはなさそうだけど。
何をやっても、重鉄姫乗りなら許されるような気がする。
重鉄姫乗りがやることには必ず意味があり、それは世界のためである、という暗黙の了解があるようだ。
それはおそらく、フェルクが千年かけて培ってきた信頼であり、また、重鉄姫を駆る者としての義務と責任でもあるのだろう。
それがあるからこそ、重鉄姫乗りは無条件で全ての人間から尊崇されるのかも知れない。
だが、通すべき筋は、通すべきだよな。
せめて槙野忠輝にだけは会っていくべきだ。
俺は、そう思う。
「では、行こうか。槙野家にはこちらで話を通そう」
「……じゃあ、お願いしようかな」
内密に会いたいのなら、忠輝だけでも呼び出せばいいよな。
濫用するつもりはないが、俺の槙野家への影響力を使わせていただくことにしよう。
会食会を中座することを宣言し、先に立って洋館から出る。
ギルニーとか、思うところがあるんじゃないか、とか思わなくもないが、そこはそれ、さすがにフェルク優先のようですんなりと館を出ることが出来た。
そして、館を出たすぐのところで待っていたのが、槙野忠輝その人だった。
あらあら、話を通すまでもなかったな。
供回りもつけず、単身、待っていたようだ。
思い返せば、フェルクは一度気配を隠すのをやめたよな。もしかして、それで察して来たのだろうか?
一人で来るあたり、すごい配慮だよなあ。
忠輝は、俺たちを見ると、深くお辞儀をする。
「フェルク・ハートマン殿とお見受け致す。当代の槙野家棟梁、忠輝に御座る」
「済まないね、勝手に上がらせてもらっている。迷惑をかけたね」
「とんでも御座らん。我ら華桑一門、父祖の戦友に閉ざす門など、持ち合わせておりませぬ。いつなんどきなりとも、御随意にお訪ねくだされ」
「うん、変わらぬ友宜に感謝するよ。それに……」
少しだけ目を細めるフェルクは、確かに嬉しそうに見えた。
「水の心が滞りなく、正しく受け継がれていることに敬意を表しよう」
「過分な御言葉、忝のう御座る」
ふむ、俺には理解出来ない領域で強そうに見えるフェルクの目には、忠輝の自然と一体化した不思議な存在感が、水心流の正しい姿として見えている、ということか。
ならば、あれこそが、凛や俺たちの目指す姿というわけだなあ。
先は長そうだが。
ともあれ、忠輝と挨拶を交わしたフェルクは、本当にその足で帰っていってしまった。
俺はここまでだが、忠輝が最後まで見送るらしい。
あとの事を忠輝に託し、俺はブラウゼルたちのもとに戻ることにしたのだった。
ちなみに、最後の最後まで、アルはフェルクの後ろに隠れたままだった。
……会話すらしなかったなあ。