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「おい、いいから服を着ろ」

「おお、そうじゃった。忘れておったわ」


 ターバン男の胸元に掴まっていたハクの姿が、一瞬で竜鱗の鎧に包まれる。


 他の連中はついてこれていないよな、さすがに。

 満を持しての登場だったろうに、場の空気は台無しだ。

 ギルニー、済まなかったなあ。


 改めて、ターバン男に向き直る。


神代かみよの時代からようこそ。炎の森から来られたか?」

「今の宿りはカリスト火山だよ。初めまして、小鳥遊祐君」

「ま、さすがに自己紹介は不要か。初めまして」


 俺の返事に、ターバン男は軽くうなずく。


「私の名は……」

 まるで呟くように、歌うように。

 ターバン男は瞑目しながら言葉を継ぐ。

「フェルク・ハートマン」


 目を開くと同時の名乗り。

 その瞬間、空気が変わった。


 強くも弱くも見えない普通の人には見えなくなった。だが、同時に、強さが全く推し量れなくなったとも言える。

 なんだ、こいつは。

 正直、勝てる気がしない。

 思わず太郎丸を、重装モードに切り換えてしまいそうになる。


 畜生、負けてたまるか。相手はまだ名乗っただけだぞ?


 揺らめく炎のようにも見えるし、風が吹き付けてくるようにも感じる。

 まあ、鈴音が感じる風の流れは中庭を抜けていく自然風のみだから、きっと錯覚なんだろうけど。


 それ以上に、回りの人間たちの反応が激烈だった。

 ルーデンスの騎士たち全員が慌てて跪いたのだ。ブラウゼルも例外ではない。

 リングラードも膝こそついていないが、腰を折り、きっちりと礼をしていた。


 それまでさも同僚のような顔をしていたリスト騎士たちも演技をやめて一歩引き、礼を尽くしているようだ。

 全ての騎士から尊崇される存在と言えば、心当たりは絞られてくるよなあ。


 こいつは伝説のお出まし、かな?

 ハクと旧知なのも頷ける。さあ、動じるな、俺。頑張れ、祐。


「そうか。よろしく」

「ふむ、我も懐かしさのあまり飛び出してしもうたが、初めまして、でもあるのう。我が名はハク。お主の知る白竜のまあ、いわば生まれ変わりのようなものよ」

「生まれ変わり、と?」

「うむ。かつての姿は流れに従いうつろうたあとよ。継承は成された」


 フェルクの問いかけるような視線が、俺を射抜く。

 回りの連中は置いてきぼりだが、まあ、いいか。


「風の後継、新米の竜だ。まあ、改めて、よろしく頼む」

「……生まれ変わりに後継と。力が分化されたと?」

「おい、ハク。説明が足りんのじゃないか?」

「む、そうじゃの。生まれ変わりは我に非ず、我らが生まれ変わりと言うべきじゃの。我のみならば、力の残滓に過ぎぬよってな」

「つまりだ」


 言いながら、ハクに目配せをすると、ハクもまた頷き、フェルクの胸を蹴って、俺のもとへ飛んでくる。


「太郎丸」

『御意』


 俺の意志に応じて、太郎丸が偽装モードを解き、俺の後ろに控える。

 太郎丸を脱いだ俺の姿は、ここ華桑で手に入れた男のあるべき姿に他ならない。


 つまり、真っ白なふんどし一丁だ。


 ハクのことを言えないなあ。

 さあ、回りの連中の驚きは、太郎丸に向いているのだろうか。それとも褌にか?

 まあ、どっちでもいいんだが。


 ともあれ、俺の胸元にふわりと身を寄せたハクが、俺の中にその身を沈ませていく。

「我らは二つで一つ」

「俺たちが、俺が、風の後継だ」

 その言葉と同時に、俺は大きく翼を広げて見せた。


 まあ、過剰演出なのは承知の上だ。

 ここにリムがいたら、芝居がかったところに突っ込みを入れてくれたのだろうが。


 しかし、フェルクもさすがに神代の人間だ。ざっと千年越しの人生経験か?

 俺の放言程度には欠片も動じていないようだ。


 いや、違うか?

 もしかして、呆然としている?

 まあ、その視線はむしろ、俺ではなく太郎丸に向いているようだが。


重鉄姫(じゅうてっき)……ではない、か。いや、まさか魔導器まどうき?」


 小さな呟き。

 いや、魔導器ってなんだよ。不吉極まるぞ。魔に導くとか、勘弁してください。


 ……鈴音なら頷けなくもないが。

 まあ、いいか。あとで聞こう。衆人環視では話してくれそうにもないしな。


「太郎丸」

「御意」

 俺の促しに応じ、太郎丸が一歩前に出る。


「お初にお目にかかる。お館様の甲冑、太郎丸に御座る」

「……しゃべるのか……」


 思わず漏れたようなブラウゼルの呟き。

 うん、その反応はリムと同じだったな。





「改めて、小鳥遊祐だ。よろしく頼む」


 軽食会は、ぐだぐだになりつつも、どうにか息を吹き返していた。

 中庭に設けられたあずまやで、俺はフェルクと差し向かいになっている。


 俺の姿はもう偽装モードに戻している。肩にはハクが座っていた。

 リングラードを始めルーデンス騎士、また、リストの面々は気を利かせたのか憚ったのか、離れたテーブルで皆、歓談してくれているようだ。

 予想では、ギルニーと話すくらいかと思っていたんだが、なんとも想定外な話だった。


 そもそも窓から覗いていた視線の主が、このフェルクだ。俺自身にはさっぱりだが、鈴音の勘だとそういうことらしい。

 さも普通の近衛騎士のような振りをしていたが、鈴音やハクが気付かなければ名乗るつもりはなかったのだろうか?

 ご丁寧に従士まで用意してからに。


 いや、なにか雰囲気が違うな。

 リングラードやギルニーたちは、敢えてこのあずまやを意識の外に置いてくれている。部下の騎士たちとて同じだ。


 だが、その中でただ一人だけ、こちらをずっと気にしているやつが一人だけいた。

 それがフェルクの従士だ。

 燃えるような赤毛に大きな瞳。俺と同い年くらいだろうか。フェルクとはまた違う感じでこいつも線が細いな。


 いや、違うか。体の線は少年ぽいけれど、こいつ、女だ。色気が全く無いけれど、よく言えばボーイッシュってことにしておこう。

 不安そうにこちらをうかがい、こっちに来たそうにうずうずしているようだ。


「……父上……」


 微かな呟きが聞こえる。って、娘かよ!

 ハーフエルフには見えないぞ。もしかして、養子とかだろうか。

 まあ、なんにせよ、父親思いなようだな。


「あいつはあっちでいいのか?」

「何故そう思うんだい?」

「そりゃあ、巷で噂の暴れん坊と差し向かいになっているんだ。娘としては心配の一つもするんじゃないか?」

「……娘、と?」

「さっきから、父上ーって半泣きになってるよ」

「なっ、泣いてないもん!」


 おや、聞こえていたか。どんだけ聞き耳たててんだ。

 まあ、いいか。

 蚊帳の外から睨まれるのも趣味じゃない。


「いいぞ、こっちに来い」

「えっ……?」


 許可したら許可したで、戸惑うような視線が父親に向かう。


「構わないのかい?」

 戸惑っている、という意味ではフェルクも同じなのかもしれない。


 少し苛つくような気がしなくもない。

 なんだろう、向こうからちょっかいをかけてきているくせに、こちらの反応にいちいち戸惑うとか、正直意味がわからん。


「聞き耳を許容している時点で同じだろう。本気で遠ざけたいなら人払いでもすりゃあいい。近付けもせず、かといって遠ざけもしない。やり方が中途半端なんだよ」

「……確かにその通りだったね。これは済まなかった」


 おっと。

 思ったより素直な謝罪が来た。


 ふうむ。

 まあ、考えてみれば、さっきも言った通り俺は暴虐な我が儘坊主と思われているわけだ。対応に悩むのも分からなくはない。

 ああ、あと、フェルクが伝説の存在なら、ハクのことも気になるか。

 言ってしまえば、俺はフェルクの旧知の白竜をぶち殺した仇なわけだしな。


 わざわざリスト騎士を装ってまで俺を見極めに来たといったところか?

 どう接するべきか、距離感をつかめていないんじゃないだろうか。

 これで苛ついていたら、ちょっと可哀想かもな。


 そういう意味では、リングラードにしても同じように俺との距離感をはかりながら接触してきていた。

 フェルクほど手探りじゃなかったのは、ルドンからの情報やブラウゼルやゴートとの関係を知っていればこそ、なのだろう。


 ……いくら俺から突っ込んだとはいえ、正面からぶつかってきたゼルガーンたち、サルディニアの連中はその距離感を飛び越えてきたような気がする。

 良くも悪くも気持ちのいい連中だったわけだなあ。


 最初っから全力で突っ込んできたブラウゼルは、まあ、例外と思っておこう。


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