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 リングラードの鶴の一声で、中庭は途端に騒がしくなり始めた。

 高級ホテルのホテルマンたちのように、折り目正しくてきぱき丁寧な召し使いたちが一斉に動き始め、みるみるうちにパーティー会場の設営が始まる。


 会食はこのまま、中庭を使った立食形式で行うようだ。

 まあ、各棟をそれぞれの国の領土と考えるなら、招いたり招かれたりするのにもそれなりの形式が必要になるだろう。

 だからこそ、中庭が共有部分として公開されているのだろうしな。


 今回のこれは、あくまで非公式なもの。

 ある意味華桑を差し置いての会食でもあるし、出来るだけ軽いものにしたかったのだと思う。


 設営待ちの間、俺の饗応役としてブラウゼルがあてがわれている。

 ブラウゼルは、憮然とした表情を隠そうともしていなかった。


「またか。今度は貴様、いったい何をやった」

「ん? 言ったろ。あとで一緒に飯を食おうって」

「何をどうしたらそうなると言うんだ」

「んー、察しと思いやり、かな」

「貴様は何を言っているんだ」


 まあ、俺の方が思いやりを受ける側だったわけだが。


 なんというか、リングラードの察しの良さには恐れ入るばかりだ。

 こちらのちょっとした一言に対して、全く過不足の無い対応を即座に打つ。

 それでいて、明らかに全ての振る舞いがリングラード主導、つまりはルーデンス主導で行われている。


 今回も、俺のために会食会が開かれたわけではない。

 あくまでルーデンスが主催となって、顔合わせの場に俺を招いてくれた、と、そういう体裁に切り替わっているのだ。


 ありがたい話ではある。もちろんありがたい話なんだ。

 だが、なるほど、ナチュラルにリングラードの下に馳せ参じるような感覚が植え付けられそうになる。

 これが、本物の王の権威というやつだろうか?


 まあ、別に誰が上座だろうが構いやしないわけだが。


 うまい飯が食えれば文句はない。

 ルクアの飯の方が旨ければ、まあ、ブラウゼルに自慢する種がひとつ増えるだけのことだ。


 設営はごく短時間で終わった。

 まだ昼前でもあるし、軽食だけのようだ。

 このままパーティーの興が乗れば、そのまま昼食になだれ込む感じかな。


 王の回りには護衛だろう騎士が何人かいるようで、そのそれぞれが幼い従士を引き連れたりしている。


 そして、それは実はブラウゼルも同じで、さっきから俺たちの回りを中学生くらいのガキがちょろちょろ走り回っていた。

 いや、会食準備に忙しそうな訳だが。


 俺とブラウゼルのあまりに砕けたやり取りに最初は驚いていたようだが、もう気にしないことにしたらしい。

 名前はウェンツというそうだ。

 食前酒、とでもいうのだろうか。軽い飲み物を取ってきてくれたりと、結構甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている。


 しかし、ガキとはいえ、そんなに年の差がある訳じゃないよなあ。他の従士たちを見てみても、年齢的にはブラウゼルだって従士側ぐらいだろう。

 それが国の主戦力の一翼なのだから、まあ、本当に恐るべき天性の才なんだろうなあ。


 そして、不意に会場がざわめいた。

 リスト勢のお出ましかな?

 東棟から団体さんが姿を見せる。


 数名の騎士たちを引き連れた先頭の人物は、あの櫓から見下ろした初老の男だ。

 簡素な礼装に腰に剣を下げているが、服の飾りに比べ武骨というか、飾り気が欠片もない。

 実用一辺倒な剣をこの場に差してくるとは、正直驚きだな。

 強そうな身ごなしから考えても、なるほど、統治者としてのみならず戦士としても優れているのか。さすが、凛が一目置いているだけのことはある。


 いや、逆か。

 中世ヨーロッパが舞台のゲームとかでは、強い戦士が支配階級になるのは当たり前だし、不思議もない。

 支配者であるからには強い戦士であることは大前提。その上で、ただの脳筋で終わらないからギルニーは恐れられているんだろうな。


 一見ふてぶてしくも見えるような笑みを浮かべたその姿は、ルーデンス王のような畏れとはまた違った形で、多くの者を平伏させている威を放っていた。

 まあ、一国の実権を握っているだけのことはあるか。


 その後ろに続く騎士たちは、揃いの赤い騎士服に身を包み、こちらもそれぞれ従士を連れているようだ。

 一人だけ、ターバンを巻いているやつがいるなあ。


 その瞬間、何か違和感を感じた。


 何かがおかしい。

 腰の鈴音を意識しながら、通り過ぎかけた視線を引き戻し、ターバン男に目を戻す。


 なんだ、この違和感は?


 一見普通の騎士だ。

 特に強そうにも、また、弱そうにも見えず、凄く整った顔と若々しさは絵になりそうだが、回りの騎士たちに比べると線の細さが目立つくらいだ。


 いや、線が、細すぎる。

 なんだろう、まるで骨格から違うような線の細さだ。

 服越しではあるが、鈴音に助けられた感覚を通してみれば、痩せすぎとさえ言えそうなほどの体の細さだぞ。


 この世界、人間しかおらず、獣人すらいない。それでもファンタジーと考えれば、思い当たる姿がないでもないな。

 尖った顎に、切れ長の細いつり目。

 ターバンに隠されている耳は、もしかしてレーダーみたいに尖っているんじゃないか?


 人間ではない異種族と考えれば、この違和感にも説明がつく。

 ブラウゼルや、他の騎士たちに取り立てて変化は見られない。だが、リングラードの目が、軽くみはられているのが分かる。


 あのリングラードが驚く相手。

 それでいて他の誰も存在を認識していない。

 まるでエルフのような異種族。思い当たることがないでもない。

 何故ギルニーがそいつを従えているのかはさっぱりだが。


 鈴音に引き伸ばされた時間感覚の中、ターバン男と視線が絡む。

 その瞬間、俺の着物の袂が動いた。

 袂をハンモック代わりに寝ていた筈のハクが起きたのだ。


『おお、祐!』


 ああ、いいぞ。

 行ってこい。


 思ったときには、翼持つ幼女が俺の懐から飛び出していた。

 ターバン男に向かって一直線に、全裸で。


 おい、服を忘れているぞ!


「フェルクぅぅぅっっ!」

 場を圧して響き渡る幼女の叫び。


 ターバン男、推定フェルクか?

 そいつの目が真ん丸に見開かれる。


 まあ、驚いたのはフェルクだけではないわな。ギルニーも含め、皆が唖然とハクを見つめていた。


 ハクと旧知の異種族。その正体は考えるまでもない。

 どうやって生き残ったのかは分からないが、滅びた筈の原初の四氏族で間違いはあるまい。

 リスト絡みなら、炎の森のラハルだったか。


 そいつ目掛けて飛び込んでいったハクは、フェルクの胸に抱き止められていた。


 あれ?

 ハクは顔面目掛けて突っ込んでいっていなかったか?

 気のせいだったかな。それとも、飛ぶ軌道をずらされたか?


 絶句した全員の見つめる中、リングラードすら驚いているなか、ブラウゼルもまた、驚愕の表情で唇を震わせていた。

 効果音をつけるなら、わなわな、って感じか?


 おいおい、お前は初対面じゃないだろう?


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