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「ようこそ、華桑へおいで下された」

「盛大な歓迎、痛み入る」


 平伏こそしていないが、門に一歩足を踏み入れた瞬間、皆が頭を一斉に下げた。

 まあ、そうなることは分かっていたわけだが。


 華桑へようこそ、か。

 里としての華桑であると同時に、ルーデンス大陸における華桑人のもとへようこそ、といったところなんだろうな。

 元々、ルーデンス人は滅びた東方大陸を華桑大陸と呼んでいたが、凛たちにすれば央華大陸と神州扶桑になるわけだし。

 華桑、とはやはりルーデンスに辿り着いた東方大陸の末裔を指すのだろう。


 だから、彼らにしてみれば、俺はあくまで扶桑人であって華桑人ではない、ということになるんだろうなあ。

 感覚的にはあれかな、分家へようこそ、といった感じか。


「私は華桑一門棟梁、槙野忠輝(ただてる)に御座います」

「縹局、竜狼会局長、小鳥遊祐だ」

 日本人、と名乗るべきかどうか、ちょっとだけ悩んだのは内緒だ。


 だが、俺は、俺を異界の風と呼ぶ神竜に答えた。

 俺はもう、こっちの風だ、と。

 だから、彼らが何を求めようとも構うものか。

 俺は、竜狼会の祐、なのだ。


 槙野忠輝は、武家の棟梁という字面からは想像できないくらい、小柄な穏やかそうな人に見えた。


 だが、得体の知れなさで言えば、凛を遥かに上回るだろうことが想像出来る。

 なんと言うべきか、まあ、生身でいるにも関わらず、斬線が見えなかったのだ。


 そして、その見えなさが異常だった。


 ブラウゼルに斬線が見えなかったのは、奴が硬く、俺が崩せないほどに守りを固めていたからだ。

 凛に斬線が見えないのは、隙がなく、斬るべきところを誘導されるからだ。


 だが、槙野忠輝はそのどちらでもなかった。


 別に斬線はのべつまくなしに見えているわけではない。

 普通の石や木や、自然にあるもの相手には、斬ろうと思わない限り線は見えない。

 斬るべき相手と思わないからだろう、と思っている。


 そして、槙野忠輝もまた、それに似ていた。

 槙野忠輝は、ただ自然に、そこにあるがままに、其処に居た。

 鈴音が、斬るべき相手と認識しないほどに。


 ……これが水心流か。

 いかに鈴音とはいえ、確かに水の流れは斬れない。

 なんという深さか。

 凛ですら、最強ではなかったのだ。

 本当に、凄いな。敬服する。





 沿道を埋める民衆の合間を抜けて、俺たちは城へ向かっていた。

 大名行列みたいに全員土下座、とかだったら正直いたたまれなかった気もするが、イメージ的にはあれだ、討ち入りした赤穂浪士を迎えた江戸の民、みたいな感じだな。

 さすがに花を降らせたりとかはしていないが。


 歓迎ムードは間違いないが、とことん畏まっているという訳でもないらしい。

 これは、槙野家と庶民との近さを意味するとは思うが、その近さは、きっとルーデンスという外圧の前に団結しているからこそなのだろう。

 鎖国でもしていたら、こうはならなかったんじゃないかな。

 そんなことを考えながら、俺たちはゆるゆると馬を進ませていた。


 周りに広がる風景は、テレビで観る時代劇そのものと言ってもいいくらいだ。

 竜胆の里はミルミーンの影響もあるだろうし、もう少しエキゾチックというか、純日本風とは言いがたい雰囲気があったが、華桑の里は違う。本気で純粋培養された時代劇の世界なのだ。

 そう考えれば、なるほど、凛が浮いていたのが分かる。


 まあ、浮いていたのは有り様(ありよう)だけであって、凛自身は凄く人気者のようだが。


 鈴音が拾う庶民の声からは、凛の人気がしっかりとうかがえていた。

 まあ、美貌を誉める方向の言葉も一切無かったわけだが。

 ううむ、この美意識の違いだけは、理解に苦しむところだ。


 やがて城下町を抜け、俺たちの前には巨大な大手門が姿を見せていた。

 門の内は石垣の底のようになっていて、直角に曲がった通路は上の櫓からまあ、射ち放題、狙われ放題になっている。そのあと、もう一つの門をくぐって、俺たちはようやく城の内に入ることが出来た。


 ちなみに、仮称羅生門から城下町を抜けてこっち、俺のテンションは上がりっぱなしである。

 振り切れてしまっている分、一周回って落ち着いてしまっており、あまり外からは気付かれていないかもしれないが、まあ、ずっと目と心を奪われっぱなしだと言っていい。

 槙野忠輝の呼び掛けにも、しばらく気付かないくらいには、上の空だったようだ。


「華桑の町は、御身の目には如何に映りましたでしょうや?」

「うん、正直すごいとしか言いようがないな。伝え聞く昔の日本の姿を、そのまま残しているみたいだ」

「昔の姿、ですか」

「そうなんだ。凛にも言ったが、変わってしまった今の日本は、あなた方の守ってきたこの町とはもう全然違うと言っていい。俺にとって憧れだった古き良き姿をこの目で見れて、本当に嬉しいと思うよ」


 それにしても、千年か。

 文化が丸々残りすぎだろう、とは思う。

 俺にとっては確かに憧れだが、言ってしまえば未発達の不便な暮らしでもあるわけだ。生活の効率化を進めて、文化や技術は進歩を続けてきた筈。

 俺たちの日本は、その技術革新の果てにあの姿となったわけだし、きっと、十年、百年後の日本は俺には想像もつかない、SFの世界になっていく筈だ。

 それを思えばこの華桑は、文明的に見れば千年の停滞とも言えるだろう。


 文明の発達スピード自体は、色々な条件があるだろうから、まあ、早い遅いの違いはあると思う。

 それでも、停滞しているというなら、これはもう、今の状態を維持し続けるという強固な意志、作為がないと説明がつかない。

 華桑人にとって、扶桑の文化というものがどれだけ重いものなのか、その想像も容易いというものだ。


 そして、そう考えるならば、俺の中にある扶桑の血というものを、どれだけ尊ぶか、という推測も容易い。

 なんとも大変なものを背負ってしまったものだ。

 おのれ、くそローザめ。


「俺の中には確かに扶桑の血が流れている、らしい。純粋な血は確かに俺の方にあるのだろう。それでも、扶桑の魂は、本当にあなた方の中にこそ、受け継がれてきたのだと思う。あなた方こそ、扶桑の継承者なのだと、俺は思う」

「有り難き幸せに、存じます」


 凛や橘宗右衛門のように、感涙にむせぶようなことはなかったが、槙野忠輝は俺をじっと見つめると、深く頭を下げてくれた。

 お世辞でもなんでもない、俺の本心なのだ、と、気づいてくれただろうか。


 もとより俺は、体こそ扶桑人だったとしても扶桑の文化を知るよしもないわけだし、どう考えても俺が扶桑の継承者を名乗れる筈もない。

 ただ、あの神だか天使だかが参考にしたという日本の文化を、かろうじて共有出来るだけなのだ。

 そういう意味では、もし俺がこの世界に来ることを断って、あの人が俺の次に世界から執着されていない誰かを送り込んだとしたら、その人が必ずしも日本人とは限らないし、ましてや時代劇大好きとも限らなかっただろう。


 僅かなりとも扶桑を共有できる俺がここにいる。

 それには本当に、意味があるのかもしれないなあ。


 ……俺にとって、凛が、これ以上ないくらいのものすごい美人に見えるというのも、な。


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