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タルトの騒ぎから数日、ヒノモトに戻ったミュラーからあの後の顛末について、俺は報告を受けていた。
締め付けに来て欲しいという要請だったわけだが、本当に劇薬として作用したようだ。
騙りが綺麗さっぱりいなくなったのだという。
まあ、ルモイに対する対応は、本当に一片の容赦もなかったのだから、騙りをやろうと思えばよほどの覚悟が要ることが明らかになったと言えるだろう。
なにしろ、俺はルモイに、釈明の機会も、問いかけすらも与えなかった。
まさに問答無用。
ルモイも家に帰ればいいお父さんで、病気がちの妻を支え、十を頭に五人の子どもが待っている、なんてことが仮にあったとしても、それを伝える機会はなかったわけだ。
いや、ミュラーの調べた限りでは、そんなお涙頂戴の設定など無かったようだけど。
ともかく街の人々にとっては、俺は一切の弁解を許さず、詐称した、ただその一点だけで首をはねる鬼に見えたことだろう。
まあ、お命頂戴つかまつります、と宣言しているんだから、約束通り、と思ってもらえてるといいんだけどな。
そして、あのあと、俺はルモイの死体を敢えて放置していた。もちろん、屋台だってそのままにしてきた。
略奪されるのか、皆で仲良く分け合うのか、もしくは遺族に届けられるのか、このあたりはもう、ルモイの人徳次第だろう。
ただ、惨い最後であることに変わりはない。
騙りを目論んでいた連中の心に、冷や水をぶっかけることが出来たのなら良かったと思っておこう。
「タルトにおける縹局の評判も、一皮剥けた気がします。畏れが増したことは間違いないのですが、同時に親しみも感じてもらえたようですね」
「へえ、そうなのか」
「帰りがけに局長が、献上された品を全て残さず食べきられたことが、今も語り草になっていますよ。そのお陰か、我々への差し入れまで食べ物が増えたくらいで」
「あっはっは、食べきれなくなったら呼んでくれ」
「そうさせていただきます。ルモイの遺体は元同僚と思われる騎士隊が引き取っていったようです。少々風当たりが強くなるかとも思いますが」
「騎士団総体としてはそんな悪くは思われてないだろ?」
「その通りです。騎士団は普段から法の遵守を掲げています。国法ではないとはいえ、明言された約定に則っての処断ですから、文句も出にくいようで」
「まあ今のところ、タントに実害はないからなあ。悪徳商人が減ってくれてありがたいと思ってるくらいかもな。少なくとも、まだ住民感情を逆撫でする気はないだろう。ただ、一度国益に反する、と判断されたら」
「手の平を返してくるのは明らかでしょうね」
「その時は住民感情は無視するだろう。むしろ、抑圧するくらいかもしれない」
「……タントの国柄を、本当によくご存じですね」
「読む本に不自由はなかったからな。実感が伴ってるわけではないし、所詮は全部推測だよ」
「その推測はほぼ正しいと考えられます」
「その時こそは、縹局の本当の出番だ」
「心得ております」
国に依らない治安維持。それは、国に抑圧された民衆の保護でもある。
国の手の届かぬ民を守るということは、国が手放した民を守るということでもあるのだから。
「取り敢えず、これでサルディニアとタントが落ち着いたかな」
「そうですね。タントへの橋頭保は確立したと考えます。タルトより奥へ、駒を進めてもよいかと思います。また、サルディニア方面への通商路の開拓も始める予定にしています」
「うん、ルーデンス経由にせず、直接繋がればいいわけだからな。タントとの国境線はシェル族の縄張りだったかな。タントの脅威に一番過敏にもなっていた。交易路が拓けば、相互理解も進むだろう」
「了解いたしました」
「では、引き続きタントは任せた」
かっちりと敬礼して、ミュラーは戻っていった。
なかなか忙しくしているのか、とんぼ返りでタルトに戻るらしい。
報告だけのために移動、というわけでもないようで、ルドンのタント系組織との折衝もやっているようだが、やっぱり大変だよなあ。
俺が移動するのが一番早いのは間違いないが、それだけで済む話でもない。
伝信の正式な導入を急いだ方がいいかもしれないなあ。
文字伝信だけなら、かなり確立された技術のようだし、あの超高価な高速馬車に搭載されていたように、携帯して移動することも可能なのだから、円卓の各部隊に一つずつくらいは入手したいものだ。
今、縹局の資産はどれくらいなんだろうなあ。
スポンサーの気前次第でもあるが、あの高速馬車が何台か欲しいぞ。
ダメだな。日本時代の情報の速さの感覚が抜けない。
現代社会の距離感って、今思えば無茶苦茶だったんだなあ。
まあ、超光速通信とか、ワープ技術とか、SF映画を思えば結局技術は天井知らずなんだろうけど。
中世段階の技術レベルでSFに片足突っ込める魔法技術の方が、実は凄いのかもしれないな。
機会があれば、学院にも行ってみたいものだ。
円卓に一つの部隊が増えた。
『夜明けの風』
名前からして明らかにサルディニア系のその集団は、ツェグンを頭に戴く機動部隊で、実は、その構成員の大半は明の星の連中だったりする。
本当は、俺が新しい風だと認められた時点で、ツァガーンを始め全てのサルディニア人が俺の元にやってこようとしていた。
だが、ルドンの公権力と結び付いていた手前、あからさまに反権力に向かうわけにもいかない。
そのため、竜狼会に馳せ参じる実動部隊と、ルドンの中の組織としての体裁を維持するグループとに別れてみせることになったのだ。
ルドンに残る方はこれまで通りツァガーンがまとめ役となる。そして、竜狼会に参じる方のまとめ役を誰にするかで、少しだけ揉めたらしい。
その時だった。
エスト山脈を越えて、ツェグンがルドンにたどり着いたのである。
明の星に対して、新しい組織の名は夜明けの風となり、その頭としてツェグンは満場一致で推薦された。
強さに申し分はなく、また、国を追われたことも好意的に受け止められ、そしてもう一つ、俺に対して信仰に近い忠誠心を抱いていることが評価された、という話だ。
新しい組織である以上、それまでのしがらみとかそんなものに囚われなくても良いのだとすれば、ルドンで積み上げられた損得などは関係なくなる。
言わばポッと出の新人であるツェグンだが、随分とフラットに評価されたものだ。
新しく頭領となったツェグンが、まず最初にやったことは、エスト山脈の馬賊討伐だった。そして、行くときの人数の倍以上になって戻ってきたものである。
ツェグンは国境の馬賊を、自身の支配下に取り込んだのだ。
かくして、竜狼会は、大規模な騎馬部隊を手に入れることに成功した。
さすがの荒くれ馬賊たちも、ゼルガーンに次ぐツェグンの圧倒的な武力と風の竜神の名の前に、心からの恭順の意を示してくれたそうだ。
ルドンにある三つの組織のうち、ルーデンスの商会連合は既に竜狼会のスポンサーだ。そして今回、サルディニアの組織が俺の下についた。
三つのうち二つが俺を支持してくれている。
タント系はミュラーと好意的な関係を結べているらしいし、少数派に甘んじる殊勝な国でもない。
事実上、タント系の組織も俺の下についた。
ルドン周辺は本当に平和になったようだ。
平和になれば活発化するのが商業活動だ。縹局も、ますますの商売繁盛でありがたい限りである
そんな竜狼会に大規模な護衛依頼が入ったのは、それから間もなくのことだった。
依頼者はサルディニア王国。
護衛対象はゼルガーンを始めとしたサルディニアの氏族長クラス。
ルートはエスト山脈からローザ山まで。
目的は、俺と凛の結婚披露宴参列のため。
槙野家の婚儀に、サルディニアが直接参列したケースは過去にはなかったらしい。祝辞と贈り物でお茶を濁していたようだ。
それが、今回、国をあげて参列することになったのだという。
サルディニア王家がルーデンス国内を横断するわけだ。緊張が高まらない筈がない。
その事態を避けるため、中立である縹局を立ててくれたのだ。
サルディニアは、本当に変わりつつある。見事なものだった。
そして、彼らがやって来る理由。
俺たちの結婚式が、いよいよ開催される運びとなったのだった。