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「タルトの街は如何でしたか?」

 宿に入れば、ミュラーが出迎えてくれた。


「ああ、賑わっているみたいじゃないか。見事な商売っ気も見せてもらったよ」

「頭の痛い話です」

「まあ、ある程度は構わないとも思うんだがな。下手に取り締まっても、どうせいたちごっこだ」

「仰る通りですね」


 苦笑いを浮かべるミュラーは、たぶん、何回か注意したんじゃなかろうか。そして、効果が出なかった、と。

 対策の案がないでもないんだが、どうしようかな。ぶっつけでやってみようか。


「まあ、縹局が商売の種になるくらい浸透している証拠と思えば、まるっきり無視されているよりよっぽどいいんじゃないか。縹局所縁の品に商品価値が付くくらい、民衆に受け入れられているのはミュラーのお陰だ。感謝している」

「こちらこそ。うだつの上がらない私たちを拾っていただいたお陰ですから、その恩返しと思ってください」

「ははっ、お互い様、か。じゃあ、今後ともよろしく、だな」

「そうですね」


 応えるミュラーの表情は晴れ晴れとしていた。

 ファールドンの片隅で虐められていた頃は、どこかしら鬱屈を感じさせる陰があったが、今は活き活きしていてくれている。

 これは、地味に嬉しいことだった。


「さて、今後と言えば、騙り対策な訳だが、縹局がいくつかあると思われているみたいだな」

「そうですね。いえ、ありました、と言うべきでしょうか」

「お、今はいないのか?」

「幾つかはこちらで潰したんですが、王狼会を名乗る連中がしぶとくて。拠点は確認したんですがなかなか攻めきれず、局長を待っていた、というのが先日までの話です」


 む、もしや、国の肝煎りだったか?


「撤収、したのか」

「その様です。拠点はもぬけの殻になっていますね」

「時期は南朝が滅んだときだ。違うか」

「いえ、その通りです」


 ううむ、杜撰ずさんなんだか、徹底しているのか、微妙な話だ。

 ここまでタイミングがぴったりだと、関係があると宣伝しているようなものじゃないか。まあ、証拠がないんだろうけど。


 状況証拠にあまり重きをおいていないのかな?

 日本でも、状況証拠しかなくて苦労しまくる刑事ドラマとかあったしなあ。タントにしてみれば疑われているのは百も承知な訳で、むしろそこは放置しているのかもしれない。

 どうせ疑われるなら、疑惑を晴らすのは無駄な労力だ。それくらいなら、証拠の徹底的な隠滅に傾注した方がいい。


 絶対に黒にならないグレー、それがタントなのかもな。


「そうか。なら、騙り対策は不要になったかあ」

「ご足労いただいたのに、申し訳ありません」

「いやいや、お前のせいじゃないだろ。むしろやったのは俺だし。それに、タントを見たかったんだ。騙り対策なんて二の次さ」

「そう言っていただけると救われます」


 まあ、本気なんだけどな。


「なら、あとは市場の連中くらいか」

「なにか妙案でもお持ちですか?」

「うん。禁止するから逃げられるんだろ。だから逆に承認する」

「は、はあ……」


 ピンと来ないか。まあ、そりゃそうかもな。


「竜狼会の紋章があったろ。あれを貸し出すのさ」

「有料で、ですか? それによって何を承認されるおつもりで?」

「商売に竜狼会の名を使うことを、さ。竜狼会公認の商店というお墨付きとか、竜狼会公式商品の販売許可とか、かな。その店で売っている商品に竜狼会の名を冠することも許可する。例えば、串焼屋がその紋章を持っている間は、竜狼会の皆様も食べた串焼きです、とかって商売を認めてやるんだよ」

「なるほど。確かに承認されるなら、大手を振って商売できますね」

「大事な点としてな、紋章の貸し出し金額を定額にしておくということだ。その紋章の元で得た利益に関しては、関知しない。全額を自身の儲けとさせてやるのさ」

「それは、商人たちに有利にすぎませんか?」

「その代わり、損したって知ったこっちゃない。責任はとらない。儲けたければ自分で努力してもらう。あとは、竜狼会の評価を上げるための投資、という面もあるな」

「商売についてはよく分かりませんが、筋は通っていますね。話は理解できます。ですが、それらの騙りがまた、出てきそうですよ」

「紋章貸し出し開始と同時に周知を徹底する。偽造や偽装、悪用すればお命頂戴つかまつります、ってな。竜狼会の顔に泥を塗るなよ、ってことで。貸し出した紋章の管理を徹底することも条件になるけど」

「分かりました。警邏けいらを続けねばならないにせよ、見るべき点が統一化されるなら、ありがたい話でもあります」

「さてなあ。俺の予測が正しければ、警邏は必要なくなるぞ」

「それはどういう意味ですか?」

「ま、やってみてのお楽しみ、かな。」


 これは、商標のブランド化に他ならない。今は信頼の方が小さいブランドでも、いずれ揺らがぬ価値を身に付けることも出来るだろう。


「儲けに敏感な商人たちなら、膿は自分で捻り出してくれるよ」

「ははあ、なるほど。努力している商人ほど、便乗してくる輩には嫌悪感を持つでしょうね」

「ま、そういうことだ。早速試してみよう。上手くいかなければ、やめればいいだけのことだからな」

「了解しました」


 かくして、竜狼会公式グッズ販売計画が持ち上がった。

 一週間もすれば、ある程度、結果も出ているだろう。





 そんなわけで、あれから一週間経って俺はまた、タルトの街を歩いていた。

 今日の俺の姿は、太郎丸の軽装モードに旅人らしく煤けたマントを羽織っている。多少は冒険者らしいかな?

 街の賑わいは相変わらずだなあ。


「よう、久しぶりだな」

「お、おお、あ、あ、いや、うんうん、久しぶり。元気にしてたかい?」


 こいつ、忘れかけてやがったな。


「竜狼会局長の皿よりも貴重なものは手に入ったか?」

「あっはっは、手に入れたとも。聞いて驚きなさんな。なんとうちはこの間から、竜狼会の御用商人になってんだ。見てみな、この紋章」

「ふうん、格好いいじゃないか。これが縹局の紋章なのか?」

「そうなんだよ! 今はうちの皿を納品させてもらってるんだよ。うちで皿を買えば、竜狼会のお歴々と同じ皿で飯が食えるって寸法だ。どうだい?」

「それで強くなった気分にでもなれるか? 修行の手が鈍りそうだ。やめておくよ」

「違いねえ。あやかるのもいいけど、あんたは自分の修行の方が大事だよな」


 豪快に笑う店主の言葉からは、妙な敬語が抜けていた。店に箔がついて、自信でも出来てきたんだろうか。


「しかし、竜狼会のお墨付きをもらえるとは、凄いな。結構苦労したんじゃないか?」

「お、分かってくれるかい? そこんところは、まあ俺の日頃の行いの賜物でもあったんだろうけど、かなり頑張ったのは間違いねえよ。なまなかな価値じゃないからな」

「この辺りじゃ、何人くらいがお墨付きを貰ったんだ?」

「へへん、この界隈じゃあ、うちが第一号、他にはいないよ」

「あれ、そうなのか? さっきそこの角で竜狼会納入銘柄の酒とか売ってる奴がいたぞ?」


 まあ、ミュラーがマークしてるインチキ商人なんだけどな。

 目敏いのか、いつも上手く逃げられるという話だ。


「ああ、ルモイのヤツだな。あいつは紋章を持ってないけど、そういう商売をやってる。ちょっと仁義にもとるヤツなんだ。あんたも、あいつんとこでは買わない方がいいぞ」

「ご忠告、ありがたく聞いとくよ。けど、なんで告発とかしないんだ? あんたは真面目に許可取ってるのに向こうが無許可で同じことやってるなら、あんたの儲けが侵害されてるようなものじゃないか」

「……まあ、そうしたいのは山々なんですがね、ヤツは元々騎士崩れで、まあ、腕っぷしで無理を通してるみたいなもんですわ」

「それを縹局に伝えたらどうだ? 治安維持があいつらの仕事だろ? 騎士崩れに負けてちゃあ話にならんと思うが」

「そりゃあやり合えば負けないとは思いますがね、見回りが来るといつも、ヤツは上手く逃げちまうんですよ。通報しても、上手く逃げおおせて報復に来るかも知れねえ、そう思うとちょっとね……」


 苦い笑いを浮かべる店主。

 こいつもこいつなりに悩んでいたんだろうな。悩み相談の体裁になってから、ナチュラルに敬語で話されてるよ、俺。


「ふうん。鼻が利くんだな。なんで上手く見回りをかわせるんだ?」

「分かりゃしませんがね、騎士団から内部情報でも流してもらってるんじゃないか、ってのがもっぱらの噂ですが」


 なるほどね、元騎士ってところからか。

 それにしても、ルモイとやら、あまりいい話は聞いてこなかったがよほど恨みを買っているようだな。

 なんで二度ばかり会っただけのガキにここまでの愚痴が出てくるんだよ。しかも敬語で。


 周りから証拠集めてルモイを攻めようと思っていたけど、もういいや。

 もう、ダイレクトに正面突破する。


「ルモイは、紋章を持ってないんだな?」

「まあ、そいつは間違いありませんや。関わらない方が身のためですよ」

「やめろと言われて、はいそうですか、と言うのは俺の趣味じゃないんでね」

「ちょ、あんた、趣味でやる話じゃあ!」

「じゃあ、趣味と実益」

「なに言ってんだか……」


 呆れたように溜め息をつく店主をおいて、俺はルモイの屋台に向かった。

 まあ、すぐそこなんだが。


「なあ、いい酒はあるか?」

「おいおい、うちにあるのはいい酒ばかりだよ。ガキにゃあちょっとばかり早いんじゃないか?」

「舌は若いうちに鍛えろってのが師匠の遺言でね。分からないなら、分かるようになるまで飲むだけさ」


 口から出任せに適当な師匠をでっち上げてみる。権威に弱いほど、引っ掛かってくれるだろう。


「ふん、酒呑みとしてはいい覚悟だ。だが、それだけで酒は売れねえ。先立つもんはあるんだろうな?」

「足りなきゃちょいと狩りにでも行くさ。中型魔獣の二、三匹もぶっ殺せばお釣りが来るだろ?」

「はん、こいつはとんだ大物がやって来たもんだな。値段聞いて腰抜かすんじゃねえぞ。とりあえず、どんな酒が欲しいってんだ?」


 呆れたような声色を隠しもしない。元騎士として戦場に生きていたなら、確かにガキの戯言と片付けたくもなるだろう。

 身の程知らずのガキ、と思ってくれてるとありがたいんだがな。


「そうだなあ、竜狼会に納めてる酒の在庫は残ってるか?」

「……おい、ガキ、どこでそれを……」

「なに言ってんだ。ついさっき、あんたがおっさん相手に売り付けていたんじゃないか。あんたのでかい声、通り掛かりにもよく聞こえていたよ。竜狼会の局長と言えば、酒豪で有名じゃないか。その目にかなった酒なら、きっと間違いはないと思ってね」

「ふん、見る目はあるようだな。確かにそういう酒が、あるにはある。ただ、いつ竜狼会から納品依頼が来るか分からんからな、よほどの付き合いのある相手じゃなけりゃあ、譲ってはやれん」

「もしくは、よほどの積み上げるもの、か」


 最初はごちゃごちゃ言っていたが、ようやく商売モードになったか。

 実態の無い酒の癖に、価値を吊り上げ始めたぞ。

 積み上げるもの、と言いながら、硬貨を積む仕草をしてみれば、ニヤリ、とした笑いが返ってくる。


「しかし、竜狼会と商売がある、というわりには紋章を出してはいないんだな。家に忘れてきたか?」

「ああん? ありゃあ、迂闊に人の目に触れさせていいもんじゃねえ。大事に保管してあるんだよ」

「なあ、それをそのまま、そーなんだーわーすごーい、とか言って信じ込んだら、俺ってよっぽどの馬鹿だよなあ」

「……てめえ、何が言いたい?」

「ん? 竜狼会信認を名乗るなら、それなりのものを見せてもらいたいなあ、ってね。どんな酒が出てくるのか、俺はあんたを信じる以外無いんだ。信じるよすがを求めるのは、そんなにおかしいことか?」

「いや、おかしかねえ。言ってることはその通りだ。その通りなんだが、なんかおかしい」


 おお、凄く勘がいいじゃないか。なるほど、これで見回りを逃れてきたのか?


「おいおい、何を警戒してるんだよ。後ろめたいことでもあるのか?」

「てめえ、竜狼会の間者か?」

「いいや、違うよ。間者でもないし、もちろん雇われてもいない。ただ、紋章が持つ信認の重さ、を知っているのは間違いないかな」

「おっと、それ以上は言うんじゃねえ。ここまでだ。てめえの探してるような酒はここにはねえ。それだけのこった」


 なるほど、見事な引き際だな。


「そう言われても困るなあ。さっきのおっさんに売ったのも贋作、と思っていいのか?」

「おい、ガキ、俺は黙れと言ったぞ」


 指を鳴らしながら立ち上がったルモイは、片足が上手く動かないようだった。膝に矢でも受けたんだろうか?

 それで現役を引退したのかな?

 体格といい、威圧感といい、なるほど、大したものだった。

 こりゃあ、他の商人たちも黙るしかないわ。


「対話の拒否か。これは、もうどうしようもないな。竜狼会の紋章を詐称したらお命頂戴、とか知らないとは言わせないが」

「黙れ。俺はてめえに何も売っていないし、聞いてもいない。言いがかりはよしてもらおうか」

「知らぬ、存ぜぬを押し通すか。勘働きは立派だったが、最後が力押しとはお粗末だな」


 険悪な雰囲気が漂い始めたのは明らかだ。屋台の周りを通り過ぎる人波が、こちらを遠巻きに眺め始める。


「俺は、竜狼会の間者でもなければ、雇われてもいないと言った」

「てめえ、なにもんだ!」


 煤けたマントをひっつかみ、大袈裟に振り回しながら脱ぎ捨てる。

 そのマントの影で、俺は太郎丸を偽装モードに切り替えていた。


 今日、腹の中に仕込んでいる偽装の種は、ルーデンスの古装ではない。銀狼の鎧だ。

 マントを投げ捨てた下から溢れる白銀の光。


「縹局、竜狼会局長、小鳥遊祐」

「な、そんな、まさかっ!」

「お命頂戴つかまつる」


 その場に響き渡る、美しい鈴の音。


 抜く手は、見えなかったろう。

 力は偽装モードだからほとんど制限されているが、鈴音の与えてくれる速さに陰りはない。

 もう、ルモイに用はなかった。


 振り返れば、呆然としている野次馬に混じって、さっきの屋台の店主がいた。

 そういえば、名前も知らないわ。


「なんてこった、なんてこった……」

「見てたのか。あんたのお陰で、竜狼会を詐称する輩を始末できた。感謝するよ」

「え、あ、いや、とんでもねえっす。お、俺、局長様相手にとんでもねえことを!」


 おお、顔色が真っ青だ。


「なあ、ちょっと肉でも奢ってくれないか」

「へ、はっ、はい、ただいまっ!」


 慌てて走っていく店主を見送りながら、俺は適当な皿を一枚、拝借した。


「お待たせしましたっ!」

「ありがとう」


 敢えて一旦皿に受けてから、ありがたく肉を頂く。

 食い終わった皿を、俺はそのまま店主に渡した。

 店主は店主で、目を白黒させているが。


「これが、俺の使った皿だよ。ま、値段設定はほどほどにな」


 言葉もなく平伏する店主の肩を軽く叩くと、俺は宿に戻るのだった。



 ……戻りたかったのだった。


「本物の……?」

「局長様っ! うちの肉も如何ですかっ!」

「あ、握手してくださいっ!」

「自慢の饅頭なんですっ、是非ご賞味をっ!」


 その他もろもろ、俺は囲まれる破目となった。


 参ったね。

 宿が、遥か遠くに感じられていた。


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