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 砦への帰路は順調だった。


 背負った荷物は羽のように軽い。

 魔法回路の仕組みはよく分からないが、いくつかのキーワードの組み合わせで効果を発揮、エネルギー源が魔珠という話のようだ。

 今回の背負い袋では、拡のキーワードで容量を拡張し、縮のキーワードで荷物を縮小し、隠のキーワードで重量を消したらしい。

 キーワードがいくつあるのか、ひとつのキーワードで何ができるのか、興味は尽きないが、どうも、一定の使用法が確立されているようで、リムも理屈は分かっていないらしい。

 魔珠を放り込んで起動させれば誰でも使えるとのこと。ううむ、いきなり文明的になったな。エネルギー源の魔珠の補給さえなんとかすれば、色々できそうだ。魔珠を狩るのが、そもそも大変なのだろうけど。


 これだけの事をスムーズに教えてくれたあたり、行きと帰りでは大違いだ。これからの一日半は、楽しい旅に出来るかもしれない。

 その道中、リムは色々と話してくれた。


 生い立ちや、エルメタール団のこと。盗賊稼業のこと。

 ただ自由に生きたいだけなのに、なぜそれがこんなにも困難なのだろうか?

 ただ生きていくことが、こんなにも困難なものなのだろうか?

 生活することと生き延びることが、同列だ。強さも、金も必要で、弱いものはすぐに死ぬ。無理に長らえさせようとすれば、エルメタール団のように、いずれ詰む。

 なるほど、過酷な世界だ。


 ここで俺がちょいと気張って、稼ぎ頭になったとしても、解決にはなるまい。施しで生き延びたい訳ではないだろう。マジク兄弟の家畜としての生き方で、心を凍らせたくらいなのだから。


 当面の目標は、マジク兄弟のもとで滞らされていた団員の強化だな。

 アルマーン老に頂いた魔珠が、どんなに有り難いことか。

 賞金のお陰で、金もしばらくはもつだろう。


 俺が考えるべきことではないのかも知れない。俺一人なら、きっとルーデンス、いや、この大陸の何処にでも行ける。俺が困ることはあるまい。

 だが、ここでエルメタール団と離れるという選択肢は、俺の中にはなかった。

 我が故国、日本にも格言がある。一宿一飯の恩義、と。いや、この場合は違うか。袖すり合うも他生の縁、かな。

 あの人の言葉を信じるなら、輪廻の縁すら別の異世界らしいけどな!




 宴会再び。

 帰りの道中に大きな問題はなく、少しゆっくり話したお陰で、予定よりは時間がかかったものの、夕方には砦に帰りついていた。

 砦の方も、散発的な魔獣の襲撃があったものの、ごく低級の魔獣だったそうだ。危険なだけでさしたる稼ぎにも強化にもならない、一番厄介な敵かもしれない。


 賞金が思ったより多かったこともあり、大量の食材をゲットして、俺たちはまた、宴席を囲んでいた。前ほど破目を外すつもりはないぞ。

 リムはジークムントを連れて何処かへ行っていた。きっと、アルマーン老の話をするのだろう。

 俺の横にはシャナがいる。


 やあ、久しぶり。

 相変わらず物静かな雰囲気で、そつなく、世話を焼いてくれる。

 さて、今日は、初日から延び延びになっていたことを、是非試したい。


「なあ、シャナ」

「はい」

「風呂、頼めるかな」

「かしこまりました」

 優雅に一礼すると、シャナは静かに席をたつ。相変わらず小さな足音。猫の力の恩恵だろうか。


 リムから聞いた話で考えると、猫の獣人ではないということになるな。猫型の魔獣から狩った魔珠との親和性が高いということか。

 でも、リムよりも、より猫の特徴が現れている割りに、全然強くなさそうに見える。リムは耳だけで尻尾はなかった。目で見えたのは背中だけだから、確証はないことにしておかないと、あとが怖いが。

 特徴の現れ方と、能力の強化度合いに相関はないのだろうか。それとも、実は強かったりするのだろうか。

 能ある猫も爪を隠せる、とか。

 まあ、いいか。少なくとも、これまでシャナは戦力に数えられてこなかったようだ。ならば、今はそう考えておこう。


「用意が整いましてございます」

「おお、えらく早かったな」

 なんだ、すぐに戻ってきたぞ。そんなに早く準備は整うものか?

 初日の風呂はもっと時間がかかっていたようだったが。


「望まれると思っておりました」

「お察しの通りだ、助かるよ。すごいな」

「恐縮にございます」

 なんという手回しの良さ。嬉しくなるね。

 俺のための気遣い、か。へへ。

 よし、早速移動しようか。太郎丸を脱いでも大丈夫になるのが、こんなにも早いとは思っていなかったからなあ。予想よりは早い。だけれどもようやく、とも思える。


 本当に、久しぶりの風呂だ。正直、本気で前回の風呂を思い出せない。

 先に歩くシャナの尻尾を追いかけながら、改めて胸が弾んでくる。

 飯はうまいし、風呂にも入れる。仲良くなれそうな仲間たちもいるし、こんなにも気遣ってもらえている。


 うん。この世界に来れて、本当に良かった。

 なんだろう、今、すごく実感した。


「お召し替えの用意をしておきます。差し支えなくば、お手伝い申し上げますが?」

 こないだ断ったからだろうか。問いかけが控えめになっている。なんという配慮か。


 太郎丸、もういいよな。さすがに背中を流してもらうわけではないし、偽装モードにばかり頼るのも考えものだ。

 鎧を脱いだらいつでも全裸、という訳にもいくまい。

「今回の荷物の中に、いくつか衣類が入っている。適当に見繕ってくれないか。故郷の服とはだいぶ違うみたいだ、着方が分からないやつもあるから、あとで教えてくれると助かる」

「かしこまりました」


 そうなんだよな。偽装モードは、見た目がいきなり着付けの完成形に変わってしまう。最初に貰ったルーデンスに伝わる剣士の古装も、実は着方は全く分からん。

 今さら教えてくれとは言いづらいが。


 まあ、本当の意味で太郎丸を脱いで活動することは、有り得ないだろうがな。例外は風呂に入る時くらいだろう。

 とりとめのない事を考え続けている俺は、今、確かに浮かれているのだった。




「うあー」

 思わず声が出る。

 石造りの広い湯船のなか、俺はゆっくりと手足を伸ばしていた。


 一応、この世界への足掛かりは手に入れた。これからどうしたものか、ようやくゆっくり考えられる。


 ちなみに太郎丸には、隣室の鎧櫃に隠れてもらっている。脱いだ時の太郎丸は、日本の戦国時代の鎧そのものだ。普段の姿とは違いすぎるのを、まだ衆目にさらすつもりはない。

 今後どう公開していくか、いずれは考えないといけないだろうな。

 秘密は秘密のまま、というのも格好いいと思うが。魔珠と魔法回路の応用で、変身システムとか言い張れないだろうか。


 そして鈴音だが。


 ただいま混浴中である。

 太郎丸のように擬人化できる能力をつけようか悩んだことが、懐かしく思い出される。さぞかし華のある混浴風景になったことだろう。


 もちろん、当時の俺は、あらゆるリソースを、『斬る』ことにつぎ込んだわけだが。そこに後悔はない。

 鈴音が本物の刀だったら、目釘やら柄糸やら、お湯で痛みそうなものだが、今の鈴音はもっと妖怪じみた、仮想生命体みたいなものである。入浴程度、何の障りもないと太郎丸が保証してくれた。太郎丸自身も入浴は何の問題もないらしいが、見た目に怖すぎるので混浴はご遠慮願った。


 恐らく、今の俺の立場からすれば、命令すれば、シャナは入ってくれるだろう。背中だって流してくれる。

 だから、俺は決して油断してはならない。面従腹背で葬式に並ばれるなんてゾッとする。俺が死んだあと、祝杯をあげられてしまったらと思うと、死んでも死にきれない。


 まあ、敵が祝杯をあげる分には、ざまあみろ、と言ってやろう。

 マジク兄弟の二の轍は踏むまい。

 兄弟が反面教師としていてくれたこと、感謝したいくらいだ。許せるものではないが。


 ともあれ、今後の方針だが、やはり団員の強化に尽きる。


 この世界は微妙なバランスで成り立っている。

 魔珠が経済を大きく左右し、かつ戦力を大きく左右する。つまり、魔珠の保有量が、個人や集団の優劣を決めるのだ。

 狩った魔珠を強化につぎ込めば、飢えて死ぬ。金に変えれば、弱いままだ。そのバランスの舵取り次第で、エルメタール団の今後が決まる。


 幸いスタートダッシュはバッチリだ。そして、俺という規格外の戦力がある。

 まずは収支バランスが整うくらいまで、俺が主戦力で魔珠を狩り集めよう。団が自活出来るくらいまで安定したら、それからはまた、その時考えよう。


 絶対条件は一つだけ。もう、エルメタール団に人は狩らせない。リムにあんな顔をさせてはならない。ジークムントの旗を泥にまみれさせてはならない。


 よし、それでいこう。


 うまい飯と風呂、英気は十分に養った。

 明日から、頑張ろう。


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