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 街は賑わっていた。

 屋台が軒を連ね、食い物やら雑貨やらが所狭しと並んでいる。


 エメロードたちの話に始末をつけ、ヴォイドと悪巧みを済ませてから、俺はタントに入っていた。


 まあ、山脈を越えた程度で風景に大幅な変化が見られるわけでもないんだが、どことなく空が暗いような気がするのはイメージの問題かな。

 ルーデンスに比べて森は浅く、林くらいにしか見えない木々の集まりが点在している程度だろうか。

 地面も、土というより岩肌があちこちに覗いており、ルーデンスより圧倒的に平地が多いにも関わらず、耕作地は少なそうだった。

 うん、こりゃ痩せた土地だわ。


 街自体もルーデンス相手の軍事拠点がそのまま大きくなった程度のもので、街並みが武骨なことこの上ない。

 あと、ルーデンスと大きな違いがひとつあった。

 街路が複雑に入り組んでいたのである。

 これは、想定された敵が人間の軍であることを意味している、と思われる。

 タントの敵は魔獣ではなく、ルーデンスなんだなあ。


 そんな街でも、大通りというか、中央広場はしっかりと存在しており、今はそこが商業地区のど真ん中になっているようだ。

 屋台を冷やかしながら聞き齧った話を総合すると、そういうことになる。


「しかし、なんだな。えらく賑やかじゃないか」

「そりゃあまあ、縹局様々ってとこでさあ。色んな物が手に入るようになったし、買ってもらえるもんも増えたし、ありがたいこってす」

「へえ、縹局ってのも大したもんだな」

「そうですねえ。さっきも新しい荷が入ったようですがね、あの行列、見ましたかい? あの先頭に立ってた白銀の鎧の方が、噂に名高い竜狼会局長その人ですよ」

「そうだったのか。残念、見ることは出来なかったなあ」

「はははっ、滅多に姿は見れませんがねえ、あんたも運が悪い」


 おい、俺は今日初めて来たんだ。さも昔っから知ってるような口ぶりだが、商売の口先にしてもふかしすぎだろうよ。


「そんなあんたに、おすすめの品があるよ。これは、偶然手に入れた逸品なんですがね、なんと、あの竜狼会局長殿が使った皿って代物だ。局長殿の大食いの話はあんたも聞いたことがあるんじゃないかい?」

「ああ、知ってるよ。有名な話みたいだな」

「初めてこの街に来たときに大宴会をやったってのがここだけの話でね、そんときに使った皿が何点か出回ってるって訳でさあ。そうそう手に入るもんじゃねえっすよ?」

「なるほどねえ、そんな話は初めて聞くわ」


 商魂逞しいと言うべきか、俺の知らない俺グッズが出回っているらしい。


「局長殿を見逃したあんたのために、少しだけなら値引いてやってもいいんだが、どうだい?」

「ははっ、あんまり手持ちがないんだ。手が届くかね。他に曰く付きのものもあるのか?」


 手持ちどころか、硬貨一枚すら持っていないけどな!

 よくよく考えてみれば、俺はこの世界に来て、一度たりとも自分で買い物をしたことがない。財布も、持ったことがない。

 最初の頃にリムの買い物に付き合ったことがあるくらいだ。荷物持ちとしてな。


「そうだなあ、あんたにお勧めってえと、他にも……いや、今は見当たらないや。貴重品だし、そうそうは手に入らないからねえ」


 お、途中であからさまに態度が変わったぞ。

 まあ、何が切っ掛けなのかは明らかだが。

 通りの向こうから、一団が進んできている。大所帯なようで、どうしても道を塞いでしまっているらしい。


「済まない、少年。荷車が通るんだ、場所を開けてくれないか」

 一団を先導する精悍な男は、見慣れた相手だった。まあ、今はお互い、知らない振りをしているけど。


「邪魔したか。済まないな」

 さすが、大所帯が推し通っているのに騒ぎにはなっていない。礼節が行き届いているようで何よりだ。


「ほえー、あんた、あの人たち相手に、態度でかかったなあ」

「ん、誰なんだ?」

「あの人は、この辺りの縹局をまとめているミュラー様だよ」

「この辺りの縹局って、縹局がいくつもあるみたいだな」

「え、そりゃあ竜狼会の他にも王狼会とか、竜黄会とかいくつかあるでしょう?」

「そんな話は全く知らんが」


 なんだそりゃ。ミュラーが悩むわけだよ。

 強かというレベルを越えてるぞ。貧乏国家と揶揄される原因でもあるんじゃないか?

 パクりとか、便乗のオンパレードなんだ。


 参ったな。これをどう対処しよう?

 ぶっちゃけ、タントの国民性なんじゃないか?

 強かで商魂逞しいのがタント人だ、と。


 その性格のままルーデンスとやりあう国の上層部になれば、まあ、確かに手段は選ばなさそうだ。

 こいつら、この分なら、竜狼会の方から来ました、とか言い出しそうな勢いだぞ。


「しかしなんだな、局長所縁(ゆかり)の品は、ミュラーには内緒だったのか?」

 あからさまに態度が変わったのは、縹局の一団が近づいた時だった。まるで隠すかのように。

「だから言ったでしょ、貴重品だ、って。局長の皿勝手に売ったなんてバレたら、ミュラー様に取り上げられちまうよ。な、今買っとかないと、損だよお」


 こいつ、悪びれないな。

 詐欺がバレるのを恐れただけだろうに、上手いこと誤魔化してやがる。


「買うだけ買って取り上げられるなら、大損じゃないか。いいもの見れたと思っとくよ。また来るわ」

「残念。次はもっといいもん仕入れとくよ」

「局長の皿よりも貴重品をか?」

「あはは、こりゃ墓穴を掘ったか。そいつは難しそうだわ」


 屋台を離れた俺は、他にもいくつかの屋台を確認してから縹局の借り上げた大きな宿に向かった。

 ただの遊歴の少年剣士として。


 俺自身の面が割れていないということもあるが、それでも皆、俺が白銀の鎧をまとっていることは知っていた。この分なら、太郎丸の重装モードも知られていると考えた方がいい。


 顔ではなく装備から身元がばれる、その可能性を考えた俺は、いつもと全く違う姿をしている。

 これこそ、本邦初公開、太郎丸の軽装モードである。


 手の込んだ革鎧といった趣の姿で、デザインとしてはかなり西洋風、要はコンシューマーのファンタジーゲーム風のデザインなのだ。


 今の今までとらなかったこの姿。

 さすがのタントの情報網でも、軽装モードを知っている筈がない。

 かくして、俺は一人、自由に街の様子を観察していたのだった。


 本当にコインをもらっとけばよかったよ。肉くらいは、食っておきたかったなあ。


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