表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/168

131

「エメロード姫。アイクラッド家の一人娘で当年十六と聞き及んでおります。上に兄が二人おり、長兄が立太子されておりますな」

「後継ぎに関係ないなら、もともと政略結婚の駒か」


 ルドン、アルマーン商会の一室で、俺はヴォイドと向かい合っていた。

 ここは縹局の出張所でもあり、今はカルナックも同席している。

 アルマーン老自身は商談に出ていてこの場にはいなかった。


「そのようです。二歳の頃より許嫁が決められていたようで」

「ほう。ということは、今回の一件で破談になったか」

「相手は同格の侯爵家でした。南方王朝寄りとも、そうでないとも言えるような立ち位置にいるため、今回の捕縛の累は及んでおりません」

「日和見だな」

「おそらくは。ベネフィット寄りに引き込む楔として姫の存在が期待されていたと考えられます」


 なるほどね。

 だとしたら当然、結婚話は流れるよなあ。

 相手側からしても叩けば埃は出るだろうし、反逆者の家とは縁を切ります、って宣言するポーズが必要だったんだろう。

 親の因果が子に報い、というのも惨い話だ。


「婚約者はどんな男だったんだ?」

「それは私がお答えしましょう。面識もございますから」

「うん、頼む」


 カルナックと面識がある、か。

 その時点で限りなく黒に近いグレーじゃないか?

 カルナックはアイクラッドお墨付きの南方派だった。そこと深い付き合いがあるなら、まあ、疑わしいことこの上ない。


「ローレンツ・フォン・エルディナール。ルドン騎士団の部隊長として功績があり、本人も子爵位を持っています。エルディナール侯爵家はルドン北側の都市、エルディナールの領主でもあり、サルディニアに対する防衛線としてルドンとは特に縁の深い都市です」

「へえ、部隊長か。あの軍法会議の場には?」

「功績ありとはいえ、まだ二十歳の若造ですからな。あの場に出られるほどの地位ではありません」

「ふうん、そんなものか」

「左様です。子爵本人は、実直、誠実を絵に描いたような人物で、社交界を問わず市井の娘たちからも大層人気がありました」


 わお、それなんて少女漫画。汗がキラキラ光りそうだぞ。


「二十歳と十六、か。まだ結婚してなかったんだな」

「物資発注の予定を見れば、恐らく今回の大侵攻後の挙式が予定されていたもの、と」

「なるほどねえ。そりゃ恨まれそうだ。って、いや、ちょっと待て。南方王朝の予定としては、大侵攻をきっかけにして戦争に突入する予定だったんじゃないのか? 結婚なんてしてる余裕は無さそうなんだが」

「いえ、おそらく、戦争が始まるからこそ結婚を進め、エルディナール家を南方王朝側に引き込むつもりだったのではないでしょうか?」

「日和見のエルディナールを追い込む手段として、結婚式を使うということか」

「ご慧眼、恐れ入ります」


 エグいな。

 挙げ句の果てに陰謀破綻とか、そりゃそっぽを向かれるのも分かる気がするよ。


「なんにせよ、結婚寸前で破談になったわけだな。破談の話はどちらからだった?」

「エルディナール側から申し入れたようですな。ただ、アイクラッド側も予測していたと思われます。破談の話が出る以前から、アイクラッド家から発注の解約がなされておりましたから」

「覚悟していたというわけか」

「おそらくは」

「で、ローレンツ本人はどんなやつなんだ? 外面(そとづら)だけでなく、だ」

「本人に特に悪い噂はありませんでしたな。浮いた話もなく幼い頃より決められた許嫁一筋だったようで、それがまた庶民の人気の的にもなっておりました。姫自身も花のかんばせ、よくお似合いの、たいそう心暖まる二人でしたよ」

「なら、今回の件は株を下げたんじゃないか?」

「分かりません。アイクラッド家の裏切りを責めれば、エルディナールの評価は下がりませんからな。また、アイクラッド家が一瞬の迷いもなく局長の庇護を求めたことが、かえってエルディナールの評価を高めているほどで」

「あれか、悪女に騙されていた悲劇の太子、といったところか」

「左様です」

「なら、エメロードはたまらんだろうな。あの表情も納得出来るよ」


 恥を忍んで俺の庇護を求めるための手段だったわけだろう。その見合い写真が固い表情なのが、気にはなっていたんだ。

 恥も外聞もないなら、もっと媚びてきても不思議ではなかったのだから。


 ふむ、直接会ってみたくなった。

 エメロードにも、ローレンツにも、だ。


「お会いになられますか」

 あら、見抜かれたか。


 ヴォイドなら分からなくもないが、カルナックにまで言われるとは、俺ってそんなに分かりやすいのかなあ。


「ああ、そうだな。場所を教えてもらえるか」

「お一人で行かれますので? 差し支えなくばご案内しますが」

「不要だ。迷えばそこらの連中にでも聞くさ。それに、どうせ迷いようがない。中央に近い、一番でかい屋敷がアイクラッド家だろう?」

「仰る通りです。では、どうぞ行ってらっしゃいませ」

「ローレンツ卿は今はルドンにはおりません。戦争回避にともない軍務規模が縮小しており、彼の部隊は再編待ちとなっております。そのため、当分はエルディナール本家に戻っているようですな」

「うん、分かった。ありがとう。カルナック、もう仕事に戻ってくれていいぞ。俺もじきに出る」

「かしこまりました」


 深く一礼をしてくれると、カルナックは素直に部屋を退出していった。これで残るはヴォイド一人。鈴音が見る限り、他に人の気配もない。


「よし、話を聞こうか」

 到着した当初から、ヴォイドは内密に話がある、と打診してきていた。エメロードの一件が一段落した今が、話すチャンスだろう。


「はい、以前より待ちかねていた連絡が入りましたのでご報告申し上げます」

「うん、なんだ」

「タントより、縹局内偵と局長についての調査依頼が入りました」

「ほ、ほう。それはまた、驚いたな。待ちかねていたのか?」

「はい。私がタントを離反したことは、どれだけ隠したとしてもいずれ明らかになるものです。今後、タントとの関わりが深くなりましたら、どれだけ努力したとしても必ず綻びが生じます。ですから、これまで外部に流した情報のなかで、私はタントを離反したことにはなっておりません」

「つまり?」

「タント軍人であることを隠したまま私はグリードに入っておりました。その流れのままに現在を繋いでおります。つまり、グリードを見限り、裏切ってエルメタール団、ひいては竜狼会に参入した一盗賊、が公表されている私の身分になります」

「なるほど、俺たちに対してもタント軍人であることを隠したまま、としたわけだな」


 確かに俺は、ヴォイドを元グリード幹部として紹介はしたが、元タントとは言わなかった。だからこそ、今、竜狼会でタント対応窓口はヴォイドではなく、ミュラーに一任されているのだ。

 タントを離反したことを隠すのではなく、タント軍人であることを隠すというわけだな。


「生命の危機に瀕し、潜入する集団を乗り換えることで任務の継続を優先した、とタントに判断させたのです。これまで私は意識的に、タントへの忠誠を疑わせるような行動は避けてきました。それらが効を奏したと思われます」


 ふうむ、たいした深謀だなあ。


「これにより、今後はタントの情報網をある程度、利用することが出来るかと考えます。代償に縹局の内部情報こそ必要ですが、これはある程度制御可能だと考えました。独断で話を進めましたこと、深くお詫び申し上げます」

「いや、構わない。すべて任せる」

「ありがとうございます。当面、タントの内情で探りたい情報はありますか?」

「そうだなあ、南方に派遣されていた王光騎士団の連中な、あれが誰の部下だったのか、今はどこに所属しているのか、それは知りたいなあ。そいつらの根元に、俺の敵がいるだろうからな。他は、今のところ構わない。お前に内偵の依頼が来たということは、タントは竜狼会に対して、しばらく静観することにしたんだろう。何らかの行動を起こすときには、お前ならその兆しに気付ける筈だ。それまでは俺も、タントに対しては無理をしないことにするよ。騙りの件は別だが」

「はい、では、そのように」


 ふむ。

 これでヴォイドは二重スパイになったわけだな。

 これは、陰謀国家タントに対して大きなアドバンテージになる。

 なにしろ、うちの二重スパイの信頼性は百パーセントだからな。

 絶対に信用できるスパイ。うん、これほど頼りになるものは他にないぞ。

 これで、タントがなにか仕掛けてきても、出遅れずには済むだろう。

 ヴォイド、頼むぞ。


「ヴォイド、無理するなよ。お前が生き延びること以上に優先される機密などない。それを忘れないでくれ。退き際を誤るなよ」

「御意、心に刻みます」


 よし、俺のこの言葉が、最優先になる筈だ。

 ヴォイド、頼んだからな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ