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轟く地響きが足元から聞こえてきた。
ああ、着地したなあ。
大の字に地面にめり込んだ人型の横に、軽く降り立つ。
「さすがに死んだろう」
しれっとして場を見渡してみれば、沈痛な面持ちのサーム族と、畏怖に包まれた他の氏族の皆に迎えられた。
まあ、怖いのは分かる。なにしろ、絶対死ぬもんなあ。
対処方法はちょっと思い付かないぞ。
と、その時だった。
「うう……」
地に埋まった死体が呻き声をあげた。
うん、風で減速させたとはいえ、たいした頑丈さだ。
「なんだ、まだ生きてるのか」
さも意外そうに言ってみる。
ゼルガーンはきっと、分かっているだろうな。
さあ、どう対処してくれるだろうか?
「ふん、風の御子が殺しにかかってなお生き延びたのならば、それがこいつの天命なんだろうよ。神の処断を受けたんだ。これ以降、ツェグンへの沙汰は無しとする。ただし、サルディニアへの背信は許されん。よって、サルディニア追放とする。これより、エスト山脈より向こうから、草原に戻ること罷りならん。これをもってツェグンの処分は終わりだ。ヤン・サームの名を誰が継ぐのかは、サーム族に任せる」
平伏するサーム族にゼルガーンが告げると、それは安堵と歓喜をもって迎えられたようだった。もちろん断罪の沙汰なんだ、大っぴらに騒ぐことはないが、だが、ツェグンの願いは最高の形で叶えられたと見るべきだろう。
サームの後継を氏族に任せたということは、サーム族そのものの自主独立に干渉しないことの宣言であり、ひいては氏族の罪を問わないことを明言したようなものだ。
ゼルガーン、たいした度量だよ。
……きっと、俺に配慮したんだろうな。
もし今後、甘さを批判されるようなことがあれば、それは俺の責任だ。俺がそうさせたんだ。
それだけは、忘れずにいよう。
「よし。ツェグンの話はこれで終わりな訳だな。では、改めて問おう。来年から、成人の儀はどうするんだ?」
ゼルガーンが沈没してからこっち、サーム族の一件があったため、話自体の結論は先延ばしになっていたのだが、そろそろけりをつけるべきだろう。
敢えて、結論を迫ってみる。
ゼルガーンはじっと俺の目を見つめると、腹をくくったのだろうか、唇を引き結んで、一歩前に出てきた。
全氏族を見渡す位置で、仁王立ちとなると、大きく息を吸い込む。
「てめえら、よく聞け!」
その第一声から、宣言は始まった。
「神が去ってから一年と半分、俺たちのもとに新しい風の竜神が舞い降りた! 今日からサルディニアには、新しい風が吹く! 大侵攻は終わりだ!」
単刀直入だな。前振り無しかよ。
ゼルガーンらしいけど。
「今後、成人の祭りは、竜神の祝福のもとに開かれる。新しい祭り、その名はなあだむだ! 全氏族に告げろ、竜神のもとに集え、と!」
「おおっ!!」
「竜神、万歳!」
「風の御子、万歳!」
「なあだむ、万歳!」
宣言は歓声をもって迎えられた。
ミルトンの時もそうだったが、風に祝福された成人の儀、というのがサルディニア人にとっては、かなり大きな意味を持つのだろう。
なんにせよ、これで会議に来た目的は達せられたわけだな。
よしとしよう。
……完全に神様扱いになっちまったけどな。
まあ、ハクが俺の中にいる以上、これは避け得る問題ではない。
間違いなく、原初の風が、俺の中にあるのだから。
「ただぁしッ!」
全ての歓声を圧倒する轟き。
ゼルガーン、凄いな。
「ルーデンスが敵であることに変わりはねえッ! 大侵攻は終わりだが、戦争となりゃあ話は別だッ! てめえら、牙は磨いとけよッ! やつらがケツを向けた日にゃあ、容赦なく蹴り潰すッ!」
「おおッッ!!」
応じる喚声はゼルガーンにも負けていない。
七百年の敵対かあ。
この根の深さは、俺が口を挟める問題じゃないわな。
サルディニアの態勢は決した。あとはルーデンスの問題だ。
ルーデンスが愚かな選択をしないよう、祈ることにしよう。
タントに踊らされないように、かもな。
ナーダムの二回目はとりあえず四年後と決まった。
最初は大侵攻と同じ六年後という話になっていたのだが、国内での祭りなわけだし、戦争準備が要るわけでもない。もっと短い周期でもいいんじゃないか、という意見が出た。
成人を迎える者にとっても、最年長と最年少で六歳差というのは開きすぎではないか、というもっともな話もあった。
そんなわけで、少し縮めて四年に一度という周期を提案させてもらったのだ。
俺がオリンピックを思い出していたのは、言うまでもないことと思う。
今回の主催は、なし崩しでセル族という扱いになった。今後、各氏族持ち回りで主催が移っていき、六回に一度、国王主催でサジェッタで大祭を行うという予定である。
四年後は恐らくサージェル族主催となるだろう。
今回は、セル族としてなにかを準備したわけではなかったのだが、大侵攻を差配する立場だったことから栄えある第一回ナーダム主催氏族として歴史に名を残すことになったのだった。
企画は今後練り込んでいく予定ではあるが、現状で確定しているのは四つ。
競馬に相撲、風吹っ飛ばされ大会、そして飲み比べだ。
成人式でイッキとか、ダメ、絶対、って話だと思うんだが、よく食べ、よく飲み、そして強い男が偉いというサルディニアの文化から見ると、外せない項目らしい。
なんにせよ、円満にまとまったようでホッと一安心といったところだ。
あと残された問題としては、もう個人での恨みというレベルになる。
これに関しては、解決は如何ともし難い。
時間が解決してくれることを祈るばかりだ。
国としての方向性は定まった。
これにてめでたく、大氏族長会議は閉幕となったのだった。