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 星の丸さが見えるほどの高さ。

 遥か足元に雲を見下ろす高みで、俺はツェグンを吊り下げていた。


 ツェグンからは言葉もない。

 最初、調子に乗って上がりすぎたら酸欠で意識を失ってしまったので、慌てて高度を下げたのは内緒だ。

 いい加減もう、息は吹き返している筈なんだが。


「おい、起きてるか」

「ああ」

「俺の世界へようこそ」

「……言葉もない」


 まあ、そりゃそうだろうなあ。

 しかし、死を覚悟しているからか?

 取り乱す気配が欠片もない。高いところなんて、初めての体験じゃないかと思うんだが。

 いや、それとも、高度を実感できないくらいに高く上がりすぎたかな?


 まあ、いいか。

「ここなら二人きりだ。他の誰にも聞かれる心配はない。その上で聞きたいんだが、お前の副官、急な代役だったんだろう?」

「……何故そう思う」

「態度。冷や汗だらだらで頬が引き攣ってたら、誰だって怪しく思うだろうが。それに、ミルトンに聞いた。予定の人物と違った、とな」


 本人の渾身の演技をバッサリと斬る。

 惨いかな、と思わなくもない。表面的にはうまく平静を装っていたんだ。鈴音には通用しなかっただけで。

 そこまで教えてやる気はないが。


「ちっ、その通りだよ。それを聞いてどうするつもりだ。それよりも早く、俺を殺せ」

「殺されたんだろう」

「……なんだと?」

「心珠も割られていた筈だ。違うか。あと、ついでに集落から行方不明になったやつがいるだろう」

「何故それを……」

「殺されたのはベネフィットが死んだ次の日だ。ルーデンス南方の反乱が終わった日。お前が気付いた時にはもう全ては終わっていた筈だ」

「何を言っている! 何故だ、何を知ってるってえんだ!」

「タントの判断は早い。早くて正確だ。俺が陰謀を暴いたと同時に、全ての証拠を隠滅して撤収したよ。同じことが、リストとモス・ロンカで起きているだろうな。大侵攻を契機としたルーデンス包囲網は消滅したよ」


 タント、えげつなさ過ぎるぞ。

 ツェグンは、大侵攻を切っ掛けに呼応してくる戦力があると信じていたが、彼の中ではあくまで、中心戦力はサルディニア軍だった。

 同じことがベネフィットにも言え、彼にとっては、南方王朝の戦いに周辺国家が協力してくれる戦争に見えていたわけだ。


 何故、こうも都合よくタントは彼らを踊らせることが出来ているのか?

 そこが、タントの恐ろしさだと思う。何となく、見当がつかなくもないが。


 ベネフィットたちに都合の良い夢を見せ、彼らが自分の足で歩んでいる、自分を中心に据えていると、最後まで信じ続けさせていた。

 そのために必要なものが何かと考えれば、それは情報に他ならない。


 ヴォイドの卓越した情報収集能力は、恐らく、諜報を至上とするタントに育てられた結果だ。

 ヴォイドは縹局で唯一、情報の重要性と優位性を理解している。


 これが、タントの国民性なのかどうかは分からないが、少なくとも、国の中枢に近いほどに、情報を重視しているに違いない。

 伝書鳩と狼煙で情報伝達をする時代に、無線機を携えて戦っているようなものだ。

 こと、諜報面において、恐らくタントは別次元を見ている。


 魔珠がなく、痩せた土地で、超大国ルーデンスに対抗するために知恵を練り続けた結果、思考レベルで産業革命を越えてしまったのではないだろうか。

 普通に考えれば、思考の進化と文明の物理的な進化は不可分であり、無線機の発想があっても、科学技術が追い付いていなければ実現は出来ない。

 ただし、この世界には魔法がある。物理的な制約を、回路という発想の進化で補える技術が。

 そこにローザの入れ知恵があったかどうかは分からないが、そもそもの発想が別次元にあり、それを実現するために魔法回路を開発していったのだと考えれば、タントの魔法回路技術がルーデンスと異質であるのも当然か。


 今のところ、全てがタントのシナリオに沿って動いており、俺が今回の作戦を多少食い破ったところでタントそのものにダメージはなく、また、繋がる糸も全て断ち切られている。

 そう考えれば、ツェグンをただ殺すというのは、タントの描いた幕引きに従うことになるわけで、正直、腹に据えかねる。

 タントのシナリオ通りに動いてたまるか。


 かといって、ただツェグンを生かしておいても本人も辛いし、サルディニア自体を蔑ろにする行為に他ならない。

 分かっていながらタントの狙い通りに動かなければならないとしたら、本当に腹立たしい限りだ。


「新しい副官は、何も知らないままにいきなり大役を担ったわけだから、そりゃあ大変だったろうよ。タントとの密約を知らないままに、タントのお膳立てに乗らなければならなかったんだからな」

 ツェグンは無言。


 さて、ここで、タントに踊らされたな、などと言ってしまえば、彼のプライドはボロボロだろう。

 どうしたものかね。

 まあ、いいか。


「タントに踊らされたな」

「ぐ……」


 奥歯を噛み締めるその表情は、ツェグンが状況を理解していることを証明していた。

 そして、彼はそれを理解していたからこそ、自らの命を懸けてサーム族を守ろうとしたんだ。

 一身に全てを背負いタントの謀略を胸に秘めたまま死んでいくことが、タントの狙い通りであることを分かっていながら、他に選択肢がないままに。


「そしてこのままだと、俺も道化になり下がるわけだよ。そいつはちょっと、いただけないなあ」


 恐らく殺された副官が、直接タントとの窓口だったろうから、ツェグンの持っている情報そのものにさしたる価値はない。殺されていないのが、その証拠だ。

 俺にとってツェグンが役に立つとしたら、それはきっと意志だ。

 タントと戦う意志になる。


 サーム族を守り、ツェグンをも生かそうと思えば、出来ることは何がある?

 ……俺に出来ることは何もないか。ツェグンがどう選択するか、という話だ。


「エスト山脈を越えたところ、ルドンの周辺にはな、国から捨てられたり、何かから逃げたりして、行き場をなくした者たちが集う場がある。その名はエルメタール団だ」

「なんだ、藪から棒に。自画自賛でもしてえのか」

「エルメタール団は、俺が作った訳じゃない。昔から、国にまつろわぬ集団だよ。どの国の庇護も受けない代わりに、どの国からも自由でいられる。サルディニアとも対等でいられるし、タントと戦うことも出来るだろう」

「……何が言いてえ」

「このままタントの思惑通りに動くのは、悔しくないか? 俺は嫌だね」

「……踊らされた俺がわりいんだよ。これ以上、失うわけにはいかねえんだ」

「風は隔てなく吹くよ。サームの上にもな」

「そのために俺の死が必要なんだろうが」

「俺はそんなもの求めないけどな。まあ、いい。要はお前が死ねばいいわけだろう。分かった。死ね。死んでこい。一度死ねば、次の生も見えてくるかもしれんしな」

「次の生? なんだ、そりゃ」


 おや、転生思想は全然ないのかな?

 サルディニアだったらあれか、魂の還る場所とか考えるのかもしれない。


「死ねば風の中、か?」

「……そうだ。父祖と共に、俺は風に還る」

「分かった。ようこそ、俺の中に」

「風の御子に祝福された旅立ちか。悪くねえ。サームに隔てはないんだな?」

「風を隔てられるものなどないよ」

「……感謝する」

「じゃあ、逝ってこい」


 遥か高みで手を離され、地面に落ち始めるというのに、ツェグンの表情は、とても穏やかなものだった。


 これで、ツェグンはサルディニア人として死ぬだろう。

 まつろわぬものよ、俺の中へようこそ。


 強い向かい風を受けながら凄いスピードで落ちていくツェグンを見送りながら、俺はヒノモトを思い返していた。

 うん、あれが、俺の中だ。


 ……ふられるかもしれないけどな!


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