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11 狼少女の悔悛

本日13部一挙投稿【13/13】

 私の名前はリム。名字はない。

 エスト山脈の山間にある、小さな谷に生まれた。


 初代村長が、神に導かれて辿り着いたという谷は、いつも強い風が吹き抜け、魔素がたまりにくいとかで、強力な魔獣の多い山脈の中に出来た、小さな安全圏だった。

 周りから、風の谷と呼ばれ、移住希望者があとをたたない時代もあり、谷はいつでも、広さの割りに人の多い、生きにくい村だったと思う。


 ある年、エスト山脈の向こう側に広がる大平原に、サルディニアの大氏族が移住してきた。


 サルディニアは、馬賊とも呼ばれていたが、平原に広がる遊牧民の国で、広い平原を数年がかりで大移動しながら生活していると聞いた。

 そして、何年かに一度、エスト山脈に近付き、山脈を挟んで睨み合うルーデンス王国と、国境戦争になるのだ。


 国境沿いの町や村は、無秩序な馬賊の略奪に合い、それを守るルーデンス王国騎士団とほとんど戦争になる。

 皮肉なことに、馬賊が狩るのは人だけではないため、この時期には、魔獣被害も減るらしい。

 略奪される側からは同じだろうけど。


 そして、私が十になるやならずやの年に、大侵攻があった。


 幸い、谷は被害を免れたが、周辺の村に大きな被害が出て、交易が途絶えたらしい。

 小さな谷では自給自足は不可能で、私はミントスの花を摘みに行かされることになった。


 ミントスの花は、エスト山脈の奥に自生すると言われ、咲く時期もごく僅かという話だ。

 つまり、ミントスの花摘とは、口減らし、追放の隠語である。

 山脈を抜ける力が子どもにある筈がない。

 私の未来は絶望に閉ざされていた。


 今でもたまに考える。人買いに売られるのと、どちらが良かっただろうか、と。


 幸い私は、すばしっこさには自信があった。

 だから、なんとしても生き延びてやろうと決め、麓を目指すことにした。

 三日間生き抜いたのは、快挙だったのではないだろうか。


 ほとんど麓までたどり着いていた。きっとあと少しで街道までたどり着く。

 そう自分を励まして走る私は、はぐれ狼に追われていた。

 形振り構わず走る手足は既に傷だらけで、息もあがっていた。そして、私はついに狼に捕まってしまったのだ。

 のし掛かられながら、喉に噛みつこうとする狼の頭を、私は必死で押し下げた。即死した方が楽だったのではないか?

 今でもたまに思い出すが、でも、その時は必死だった。


 狼の牙は喉を逸れ、私のお腹に噛みついた。

 狼の頭を動かせたわけではない。私の体が軽すぎて、私の方が動いたのだ。

 激痛に息が止まりそうになるなか、あの声が聞こえた。

「今助けるぞっ!」

 そこから先はあまり覚えていないが、そこで助けてくれたのが、武者修行中のジークだった。


 傷を負いながらも狼を倒したときには、私は虫の息だったらしい。

「ちょっと待ってろ、運が良ければこいつで……」

 そんな声と共に胸から広がる暖かさ。魔珠の吸収の感覚だった。


 そして、私は本当に幸運だった。

 私は狼の魔珠との親和性が高かったようで、肉体強化に伴う身体活性で命を繋ぐことができたのだ。

 その代わり、今の私の耳は、狼の耳になったが。

 これが、ジークとの出会いだった。


 ジークは、剣の腕はそこそこだけど、大嘘つきで、ホラ吹きで、いつも大言壮語ばかりしているインチキ騎士だった。でも、たくさんの詩や話を知っていて、昔の英雄話をいっぱい教えてくれた。

 私を助けた時に、自分が何の為に剣を振るのかが分かったと言っていた。

『九十九の魔物をほふり、今、百の魔獣に打ち勝った私は天命を悟ったのだよ。お前を助けられたのは我が使命なればこそ。打ち捨てられし命を、我が御旗の元に集わせよう』

 それから、ジークはフォン・エルメタールを名乗り、王道楽土を築くべく走り出した。逃亡者、棄民など、弱者を集め、団を大きくしていったのだ。


 3年ほどたった頃、ジークが迎え入れたのがマジク兄弟だった。

 弟の方が重傷で、死にかけていた。自身も怪我を負いながら、弟を守り続ける兄を、ジークが助けたのだ。

 弟を治療する代わりに、私たちは強力な戦士を手に入れた。


 けれども、そこから少しずつ、歯車が狂っていったように思う。

 マジク兄弟は確かにとても強かった。団の誰も、彼らには敵わなかった。

 もちろん、私も、相手になる筈がない。狼型の魔獣から狩った魔珠以外の強化を嫌がったせいだ。

 ジークと出会った時に貰った狼の力、普通の魔珠を入れてしまうと、その狼の力が薄まってしまうような気がしたからだ。


 後悔したときには遅かった。マジク兄弟が中心になって狩る魔珠。私たちに回ってくることは、どんどんなくなっていった。いつの間にか、エルメタール団はマジク兄弟に貢ぐ集団に変わっていたように思う。

 でも、その時は分からなかった。確かにマジク兄弟が最前線にいて、一番働くのもマジク兄弟だ。正当な報酬だと言われると、逆らえなかったのだ。

 そして、狩る対象に、人間が混じるのに、そう長くはかからなかった。森の中、戦えないものを守りながら暮らしていくには、どうしても稼ぎが必要だった。ならば、取れるところから取ればいい、マジク兄弟の言い分は明快だった。

 背に腹は代えられない。だんだん暗くなってくる団を守るため、私たちの感覚は、麻痺し始めていた。


 ある時、私が見つけた小さな隊商の馬車を襲った。護衛は三人。商人は夫婦者らしい二人。それでいて荷物は満載だ。

 運がいい。その時の私は、そう感じさえしていた。


 襲って初めて、後悔した。馬車には、子どもが乗っていたのだ。ほんの小さな赤子だった。母親が必死に守ろうとする。それでも、マジク兄弟は容赦しない。証人を残さないのが鉄則、と常々言っていた通りに。

 ジークが赤子を取り上げる。絶望する母親がマジク弟に斬られた。

 その瞬間、最後の護衛が、ジークから赤子を奪い取った。


 追いすがるマジク兄弟を制し、ジークが追いかける。私に任せろ、そう言って。

 最後の護衛とジークは、数合、斬り結んだが、一歩及ばず、ジークは手傷を負い、取り逃がしてしまった。

 それが、エルメタール団の矜持だった。

 マジク兄弟がジークを馬鹿にする。

「使えねえなあ、まったくよお! そんなヘナチョコ剣、もうお前は騎士とも戦士とも呼べねえ。お前は詩人だ、詩人」

 その頃くらいからだろう。マジク兄弟は私たちの誰も、もう名前で呼ぼうとはしなかった。


 それからどれくらい過ぎたろう。

 森の中を移動するのに疲労困憊していた私たちの目の前に、打ち捨てられた、古い砦が現れた。

 どうにか逃げ込み、守りを固め、私たちは、幾日か、不安と共に過ごした。やがておかしな事に皆、気付き始める。この砦の周りには、魔獣が出てこなかったのだ。

「ここを私たちの首都としよう!」

 ジークの喜びようは凄まじく、私たちも、嬉しくなって、久しぶりに安らかな眠りを手に入れた。


 でも、本当の地獄はここからだった。この首都の王はマジク兄弟。そして、この王は暴虐の王だったのだ。

 魔獣を狩る必要のない私たちの獲物は、もう人間だけだった。マジク兄弟はともかく、エルメタール団の戦力は少ない。マジク兄弟は他の盗賊団と連携を取ることで、大きな獲物を狩るようになった。私たちが使えない事を盾に、表に出ないように立ち回り、マジクの名を伏せながら。


 砦の周囲には結界を張り、安全は確保されていたが、心が擦りきれていくような日々。

 いつ討伐隊が攻めてくるか、不安な日々。

 出現は唐突だった。


 何の脈絡もなく、いきなり人の存在が、結界内に検知された。外周の結界を破らずして、どう潜り抜けてきたのか、それも一人で。

 よほどの腕利きではないか?

 マジク兄弟の反応は素早かった。動ける戦力をかき集め、迎撃に向かう。私のことは一瞥もせずに。どうせ答えは決まっている。鼻は要らねえ。そう突っぱねられるのがオチだ。

 でも、その判断が功を奏したのだろう。

 今日は異常事態ばかりだ。

 結界内に、今度は魔獣の出現である。しかも、集まる魔素の量が桁違いだ。どれだけ強大な魔獣なんだろうか?

 その証拠に、結晶化にすごく時間がかかっている。話には聞いたことはあったけど、実際に見るのは初めてだ。

 ジークたちは、もう、こちらに帰ってこようとしているけど、ことは一刻を争う。私は迷わず、走り出した。


 そして。


 ジークのあんな晴れやかな笑みを見たのは、いつぶりだろうか?

 あんな力の籠った声を聞いたのは、いつぶりだろうか?

 百の魔物を倒した時に見せてくれた、天命を見つけたときに見せてくれた、あの誇らしげな笑みを、私は久しぶりに思い出していた。


 ジークに笑みを取り戻してくれたのは誰?

 泥沼に沈み込み続けていたエルメタール団を、いともあっさり、引っ張りあげてくれたのは誰?

 ジークが、心からの笑みを向けてくれるのは誰?


 それが私ではないことだけは確かだった。


 あまりにも飄々と、あまりにも強く、マジク兄弟でさえ勝てるかどうか分からないくらい強大な魔獣を、ものともせずに。その人は、ジークの主となっていた。

 砦の安全はもう、保証されない。でも、その人がいれば、私たちは安全だ。

 それが、マジク兄弟と、何の違いがあるだろうか?

 もっと安全?

 そういう問題ではない筈だ。

 宴席で、快活に飲み食いする姿に、確かに邪気はない、とは思うけど……。

 みんなが、飲み比べを挑んでいく。酔い潰せばボロを出すんじゃないだろうか?

 その目論見は果たせず、二日酔いの屍の中に、私は仲良く枕を並べることになった。


 そこからはもう、胡散臭さの見本市みたいだった。

 華桑って何?

 何処の話?

 何で魔珠が要らないの?

 何でルーデンスを知らないの?

 でも、分からなければ分からないほど、それが彼の話に嘘がないことを証明してしまう。

 言い負かすことができない。悔しい。


 それなのに、何で私が街まで案内しなければならないのだろうか?

 この胡散臭い上に意地悪な男。気付いたなら気付いたとなぜ言ってくれないの。もっともらしい言い訳を並べても、納得なんて出来るものか。

 魔獣に襲われて苦労でもするがいい。手伝ってなんかやらない。

 なのに、あの強い狼たちが、まるで子ども扱いだ。納得なんて出来るものか。

 滅多に手に入らない狼の魔珠が五つもあって、でも、彼の顔色はなにも変わらなかった。本当に魔珠が要らないのだろうか?

 私がこんなにも、喉から手が出るほどに欲しい狼の魔珠を!


 口をききたくなくなっても、分かってもらえるのではないだろうか。

 挙げ句の果てに「なんだ、お花摘みか」だって?

 貴方は私が用済みだとでも言いたいのか!

 それが勘違いであることは分かっていたけど、私は自分を抑えられなかった。街に着くまで一言も話さなかったのは、少し意地を張りすぎたかな、と思わなくもない。


 よし、気持ちは切り替えよう。

 私にとっても久しぶりの街だ。折角だし楽しい方がいい。


 本当に彼はものを知らなかった。街に入る時のやり取りなど堂に入ったものなのに、街を眺める顔は子どもそのものだ。私の冗談に目を白黒させた時は、少し胸がスッとした。

 魔珠と魔法回路の事も知らず、魔法の収納袋の事も知らなかった。私の言うがままに荷物運びに勤しむ彼を見るのは、気分が良かった。

 ご飯も美味しく、すごく豪華な宿で、あとは寝るだけ、となった時に、アルマーン氏が訪ねてきた。


 アルマーンと言えば、ファールドン一の大豪商だ。ルドンの商人たちには及ばずとも、私たちにとっては雲の上の人であることに変わりがない。

 その方が、私の罪を抉った。

 ジークが逃がしたあの子どもは無事だったらしい。でも、それを喜ぶ資格はないだろう。母を奪い、娘を奪ったのは、他でもない私たちだ。

 取り返しはつかない。

 アルマーン氏が望むのなら、私は命で償わなければならないだろう。


 それなのに、彼は私を責めなかった。

 この人は、私の何を認めてくれたのだろうか?

 私がいて、本当に喜んでくれるのだろうか?


 ……彼の言うことを、信じてあげても良いのかも知れない。

 彼の言うことを、きいてあげても良いのかも知れない。

 判断はジークに仰ごうと思っていたけど、やめだ。

 彼が使えと言ってくれるなら、それに応えてあげよう。

 狼の魔珠は5つもある。私は、もっと役に立てる。

 ジークのためにも、彼のためにもだ。


 だから私は言う。

「ユウ、ありがとう」


ひとまずは一区切り、でしょうか。

明日からは一話ずつ。

しばらくは毎日更新の予定です。

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