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激闘は、一昼夜に及んだ。
三国志かよ。
さしものゼルガーンも疲労が溜まったか、ふらつきが見える。まあ、それでも俺の反撃は届かないんだが。
心臓に支えられた俺に、疲労はない。
いずれゼルガーンの体力が尽きれば、容易く勝ちを拾うことが出来るだろう。そこまでやる気はないが。
組み合ったときに何をされているのか、正直、まだまだ分からない。
それでも、最初の頃に比べれば、凌げる時間が長くなってきていた。
それに、俺が分からずとも、鈴音の導きが耐える時間をさらに与えてくれている。
例え技がなくても大型魔獣を歯牙にもかけない太郎丸のパワー、抑えるのもさぞかし大変だろうよ。
徐々に高くなっていく日差し。回りを囲む観客たちにも疲れが窺える。
そろそろ、頃合いかな。
「なあ、ゼルガーン」
「なんだ」
俺を地面に叩きつけながら、ゼルガーンが応じる。
ひょいと立ち上がって、俺は少し間合いを空けた。
「腹、減ったな」
「ああ、そうだな」
「飯にしないか。続きはその後にしようや」
敢えて挑戦的な笑みを意識してみせて。
「別に飲み比べだって、いいんだぜ」
「よかろう、受けてたってやる。野郎共、肉と酒だ!」
「ほっほ、さても、この場の糧食で足りますかいの。狩りを差配しようかね」
ナーダムでの大宴会を目の当たりにしたミルトンが、先を読んで動き始める。
うむ、ありがたいね。これで心置きなく潰せるってもんだ。
ゼルガーンと俺の前に、ばかでかい杯が渡されるが、俺はそれすらも断った。
杯を使わず、直接樽に手をかける。
せっかく一昼夜戦ったんだ。締めも豪傑らしくいこうじゃないか。
さあ、これが開幕だ。
唖然とする観客の視線を受けながら、俺は一滴もこぼさずに樽の酒を飲みきった。
頑張れ、心臓。
「さて、まず一杯。ああ、ゼルガーン、そっちは杯でいいぞ。同じ一杯と数えてやるから」
「舐めんじゃねえッ! 俺も樽だ。樽をもってこいッ!」
はっは、いい度胸だ。
ちょっとだけこぼしながらも、ゼルガーンも一樽を飲みきっていた。
正直、ごめんなさい。俺はチートなんです。
あなたは正真正銘の化け物です。だけど、容赦はしません。本当にごめんなさい。
「じゃあ、二つ目いこうか」
「次だ、次をもってこいッ!」
死ぬなよ、ゼルガーン。
急性アル中になったら、治してやろうかな。
こうして、地獄の飲み比べが始まったのだった。
もちろん、肉も食うぞ。
さすがに、夕方までも保たなかった。
いい加減真っ赤になったゼルガーンが、側近に支えられながら樽を持ち上げようとして果たせず、膝をつく。
落としそうになった樽を拾い上げ、代わりに口をつけてやった。
「こいつはお前の分として数えてやるよ。飲んだ樽の数は、互角だったなあ」
「……この野郎……」
悔しそうな呻きをあげるが、ゼルガーンの表情は、どちらかと言えばさっぱりとしていた。
酒精に染まってはいるけれど。
酒は一応互角ということにしておいたが、合間に食った肉の量は、当然俺が圧倒的だ。
まあ、俺は俺一人じゃないからなあ。
俺たちの、勝ちだ。
「最後だ、最後に勝負しやがれ……。約束だったろうが……」
側近を押し退け、ふらつきながらゼルガーンが立ち上がる。
それはまさしく、王の姿だった。
うむ、よし。
「いいぜ、かかってきな」
言いながら、俺から近付き、がっぷり四つに組み合う。
その瞬間、俺の体は地面から引っこ抜かれていた。
ゼルガーン、凄まじいな。まだこんな力が残っていたのか!
だが、それが本当に最後の力だったらしい。身を捻り、両足でしっかりと着地し、それを踏ん張りにして今度は俺がゼルガーンを持ち上げる。
この激闘の果て、初めて、投げることが出来た。
容赦なく、背中から地面に叩きつける。
「ち……畜生……、この、風の神め……」
手を離せば、ゼルガーンは蠢くように身を返す。
そのまま、生まれたての小鹿のように震えながら、四つ這いとなった。
俺に向かって平伏した姿は、屈服したと言うよりは、祈りの姿にも見え。
「サルディニアに……風の……祝福を……」
それを最後の呟きとして、ゼルガーンの巨体が大地に突っ伏す。
さすがに、意識が途切れたらしい。
なんとも凄まじい精神力だった。
敬服する。これが王か。
「引き受けよう。サルディニアは、これより俺の風と共にある!」
大声で宣言し、同時に練り上げた風を解き放つ。
柔らかい風が、観客たちの髪を巻き上げ、吹き抜けていく。
「風の神だ……」
「御子だ……!」
「風の御子……!」
「風の御子、万歳!」
「サルディニア、万歳!」
歓声が広がっていく。
満足げに俺を見やるミルトンと目が合った。
さあ、ここまで来たら、もう一仕事、やらねばなるまい。
心得たもので、ミルトンも頷いてくれた。
「さあ、乾杯だ。俺と飲みたいやつはここに来い!」
あの時の再現だ。
こうして、俺はサジェッタに集まったサルディニア人全てと、杯を交わしたのだった。
どこで聞き付けたものか、望む者を風で吹っ飛ばしてやりながら。
今夜はこのまま、宴会だろうな。いや、きっともう始まっている。
なにしろサルディニアの宴会はシームレスだから。
笑顔の広がっていくサルディニア人の輪の中に包まれていく。
ただ、そこにツェグンの姿はない。
鈴音、逃がすなよ。
サーム族の天幕に引っ込んでいるだろうツェグンの気配をとらえながら、ともかくも俺は、宴会に身を投じていくのだった。