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「さて、ではまず聞きたいところからいこうかな」

 三杯目の酒がそれぞれに行き渡った頃合いに、俺は口火を切った。


「おう、まずは聞こうか」

 俺が杯を干すのとほぼ同時、合わせて飲んでいるっぽいゼルガーンが応じる。俺に合わせると辛いぞ?

 それとも、サルディニアの王だけあって、こいつも底無しなのかな。


「先だって、ルーデンス正規軍を相手にした度胸試しという成人の儀をやめてもらったわけだが、思うところはあるか。それが聞きたい」

 いきなり核心に踏み込む。


 こちらからごちゃごちゃと口で説明するよりは、相手に応じた方がいい。

 そう思ってしまうのは、やっぱり悪辣なのかなあ。


「ルーデンスとの戦争を度胸試しとは、よくも吠えたものよ」


 ゼルガーンはかちんときたかな?

 発言は勢力順なんだろうか?


「違うのか? 若い連中だけ集めて、ルドンを越える気もない小競り合いなど戦争とは呼べんだろう。よくて、実戦訓練の場か? いずれ起きるかもしれない大戦争に備えるという名目は立つかもしれんがな」

 後続の備えのない単発の小競り合いなど、まともに戦争する気があるとは思えない。せいぜい嫌がらせじゃないか。


「舐めるな。隙あらばいつでもルドンを狙う。戦端が開けば俺たちはいくらでも動く」

「そうだなあ。騎馬民族の行軍速度は洒落にならんものなあ。ルドン陥落の報のあとから動き出しても、ルーデンス騎士団より早く着くような気はするよ。ただ、若手の先遣隊だけでルドンの城壁を越えられるとは思えんが」


 ふうむ、いかに即断即決のゼルガーンとはいえ、慣例化した侵攻には疑問を持ち得ていなかったか。

 伝統の重み、が考えることを止めさせているような気がするよ。


「そもそもルーデンスを狙うなら、何故わざわざ堅固なルドンを狙う。タントへの備えもあるから最強戦力と言ってもよかろうに。スリーズルグタン、山脈の南回り方面へは軍を集めもしなかったそうじゃないか。タントが協戦してくれるとでも思っていたか?」


 ツェグンの表情に変化はない。だが、その副官の頬がひきつったのを、鈴音は見逃さなかった。

 ハイラル、バルジたちに表面的な変化は見てとれないな。


「多方面作戦を取るわけでもなく若手のみで強力なルドンに挑む。これを聞いて、本気だと思う方が難しいね」


 さすがのゼルガーンも憮然としたようだ。

 まあ、やむをえまい。これは先代までが積み重ねてきたツケなんだ。ゼルガーンの責任は、そう重くはないと思うぞ。


「隙あらばルドンを狙うと言ったな」

「ああ。今でもそうだ」

「ふむ、六年前には隙はなかったのか?」

「ぬ……」

「その前にも隙はなかったんだな? 十二年前なら、バルジの成人の儀でもあったんじゃないか?」


「……確かに」

 ぽつりとバルジが答える。


「六年前も、その前も、力及ばずルドンを落とすことは叶わなかった、と。で、今回の戦争準備で、六年前と何か変えたことはあるのか? 六年前に果たせなかった悲願を、今回果たすために、何か改善の努力はしたのか?」

 恐らく、していない。


「どこまで本気でルドンを狙っていたんだ?」

 場に満ちる重苦しい沈黙。

 目を背けていたことを突きつけられた、そんな気分なんじゃないだろうか。


「だが!」

 おお、ツェグンが大声をあげた。なんだろう。一瞬だけゼルガーンが眉をひそめたあたり、席次を無視した発言なのかな?


「父祖の苦難を思えばルーデンスへの恨みは骨髄に達する! 憎きルーデンス人を一人でも多く殺せるなら、その機会はいくらでも作る。何回でも攻める。何人でも殺す!」


 ふむ、強い言葉ではあるな。

 正直、あまり中身はないが。ツェグン、焦ってるのかな?


「具体的な恨みの内容はなんだ? 誰か身内でも殺されたか?」

「過去七百年、殺された人数など数えきれん!」

「だが、それはルーデンスとて同じだな。向こうの殺された数が、まさか十指で足りるということはあるまい」

「それはやつらが攻めかかってくるからだ。当然の報いだ!」

「抜かせ。大侵攻と名乗っておいて攻めてくるのがルーデンスだと? 笑わせるな」

「ぬぐ……」


 こいつはここまで、かな。視線をゼルガーンに戻す。

「まあ、百歩譲って小競り合いのことは勘定に入れなくてもいい。その代わり、数えてもらおうか。サルディニアがルーデンスから略奪し、殺してきた数を。それは何年前からだ? 独立戦争後か。それともルーデンス支配下の時代か。あるいは、ルーデンス建国以前はどうだ。サルディニアの馬賊はいつから略奪を始めた?」


 さすがに、このスケールの歴史的視点はないだろう。俺にこの視点があるのは、年表を見慣れた社会の時間のお陰だ。世界史、日本史万歳。

 ついてこれないくらいがちょうどいい。場の空気を掴んだまま、畳み掛けてやる。


「神代まで遡った恨みに縛られて、不自由なことだな。それで、ツェグン自身はどんな恨みがあるんだよ。その恨みは何年前の大侵攻で出来たものだ? そのあと何回の侵攻に参加した? いつまで参加し、いつから参加しなくなった。少なくとも今回はいなかったよな。恨みを忘れることでも出来たのか?」

「何を、この、忘れることなど……!」

「だが、いなかったよな」

「ぐう……」


 あら、口を滑らせるかと思ったが、そう簡単にはいかなかったか。


「惰性の戦争ならやめちまえ。本来、戦争は外交交渉の一手段に過ぎない。つまり、あくまで手段であって目的ではない。目的、交渉すべきものがなければその戦争は無意味だ。誇りを守るために剣を取ることもあるだろう。戦争自体を否定するつもりはない。残念ながら、な。だが、成人の儀という口実までつけて攻めてこられるのはただの迷惑だ」

「迷惑だと?」

 ゼルガーンの顔が険しくなる。


 うん、分かるよ。ミルトンもそうだった。

 だから、敢えて言ったんだよ。


「俺たちの戦いを迷惑というか!」

「そうだな。その怒りは分からなくもないが、だが、それがルーデンスでの現実だよ」

「何を言っていやがる、説明しろ! 半端な言い逃れならば許さん!」


 立ち上がりそうになるのを必死で抑えてくれているのだろうか?

 まるで空間が揺らめきそうなほど、強い怒気が叩きつけられてくる。

 うん、凄いな。太郎丸がいなければ竦み上がりそうだよ。


「ルーデンス騎士団は、定期的な大侵攻をただの訓練の場と思っている。民衆にしてみれば、軍同士の小競り合いは気にしていない。それ以上に略奪被害が増えることの方が深刻だからな。大侵攻の年は、不運な馬賊被害の増える厄介な年と思われているんだよ。ミルトンにも伝えたが、ルドン周辺の住民にとって大侵攻はただの災害だ。そこにサルディニア人の姿など見ていない。六年前の大侵攻で家族と生き別れる破目になった俺のつがいは不運な災害を嘆きこそすれ、サルディニアを恨んではいなかった。そりゃそうだ。サルディニアから交渉はなく、ただ成人の儀で騒ぐだけ。いい迷惑としか思えないのも分かるだろう?」

「なん……だと……」

「大侵攻の煽りで受ける被害は、成人式の馬鹿騒ぎに巻き込まれるのと変わらん。だから、迷惑だと言ったんだよ」


 さて、これは半端な言い逃れになるのだろうか?

 少なくとも、ゼルガーンはあれ以上怒鳴ってはこないが。


「異論があれば、聞こう」

 穏やかに、あくまで普通に杯を干しながら、ゆっくりと場を見渡す。


 腹立たしくはあるのだろう。ゼルガーンは悔しげに口を引き結んでいる。それでも、それ以上なにも言うことはなく、顎をしゃくった。

 発言権を譲ったか?

 それを受けてツェグンが口を開いた。


「気に入らん」

 相変わらずの反発。

 だが、先程鼻っ柱を折ったせいか、声の力が弱くなっているような気がする。


「父祖より連綿と続いた戦いを虚仮にされているとしか思えん」

「連綿と、か。今回で大侵攻は何回目になる?」

「なに?」

「三百年か。六年毎で五十回。五年おきにやっていても六十回だ。独立成立直後から侵攻していたわけではあるまい。そう考えればもっと少なくなるな。伝統という。確かに三百年は長い。だが、それでもたかだか五十回程度の伝統だよ。サルディニアの歴史からみれば、三百年はつい最近さ。ロスディニアに繋がるサルディニアは、千年、万年を越えてこの草原にいるんだろう? 風は、さらにその前から、吹き続けているよ」

「な……何を言っている……?」


 狐に摘ままれたような顔。

 うむ、スケールがでかすぎたか。


「お前、いくつだ」

「なに?」

「何歳だ、と聞いているんだ」

「三十八だが、それがどうした」


 おお、思ったより若い。しかもちゃんと数えてた。

 聞いておいてなんだが、年齢は大雑把ではなかったようだ。


「サルディニアの歴史を千年と考えれば、お前の人生に例えれば最近十年程度の出来事ということだよ。ここ十年の習慣を、連綿と続く伝統と言っているようなものさ」

 まあ、ルーデンス支配下まで遡れば、歴史の七割に達するわけだが。

 とはいえ、これは比率の概念がないと分からん話かな?


 まあ、いいか。サルディニア自体の歴史は千年程度で終わる筈がないのだから。


「習慣、伝統を習慣というのか。サルディニアの誇りをかけた戦いを、ただの習慣だと!」

「別に伝統と呼んでもいいけどな、伝統の名のもとに歩みを止めているんじゃないか、って言ってるんだよ。サルディニアの誇りと言うがな、伝統に縛られた姿は、もっと古来より続くロスディニアの誇りを失った姿に見えるよ」


 ツェグンのこだわりは、今までの自己を否定されているように感じられるところかな。だが、それ以上に何かはあるのか?

 ここに食い下がっているのは、タントとの繋がりに話が及ぶのを避けるため、と考えるのは穿ちすぎだろうか。

 ベネフィットに乗せられていたなら、今回は本気でルドンを攻めるつもりだっただろうしな。


「ロスディニアの誇りだと?」

「それを俺に言わせるのか」

「ぬ……」

 ツェグンは言葉に詰まっている。本気で分からない筈はないと思うんだが。


「風使いとして言おう。停滞した風は、もう風ではないよ」

 それだけ伝えると、俺は視線をハイラルに移した。

 ツェグンは黙り込んでいる。


「さても、噂通りよな。風は高みよりすべてを見下ろしておる。その目に何が見えておるのか、余人にはかるのは難しかろうて」


 大袈裟だな。

 ただ、確かに俺の視界は、この世界では広い方のようだ。

 膨大な戦闘経験や、世界観の考察も重ねてきたのは確かだが、それ以上に日本で受けた教育がいかに高度なものだったのかが、今更になってよく分かる。

 学校の勉強が人生の何の役に立つんだ、などとよく言っていたものだが、まさか異世界で役に立つとは思ってもいなかったよ。


「ソール族に異論はない。大侵攻に、今の話を覆すだけの大義を見いだせぬよってな」

「そうか。分かった」

「シェル族にも異論はない」

 ついで、バルジが声をあげる。


「もとよりシェル族は大侵攻には積極的にはなれなかった。タントへの備えが薄くなるからだ。戦争そのものを否定しないというのであれば、異論は、ない」


 元々消極的だった二氏族は、落ち着いてくれたか。

 ならばあとは二つ。

 否、ゼルガーンを納得させられるかどうか、それだけだ。


「ミルトン、セル族に言いたいことはないのか」

 ゼルガーンが、黙って見ていたミルトンに話を振る。


「ほっほ、この老いぼれに話が聞きたいとな。セル族はもとより新しき風のもとに集っておるよ。わしにはついて行けぬところもあるがの、新しい世代が生きるときには、新しい風が吹くのじゃろうて」

 それは、全面的な俺への支援の表明だった。


 これで三つ。

 多数決なら、俺たちの勝ちだが。


「話は出揃ったようだな。ならば、改めて聞く。俺たちに何を求めるのか、を」

「求めるところは単純な話だ。大侵攻をやめろ、それだけのこと。いや、違うか。大侵攻を成人の儀に使うのをやめろ、かな。対案は用意している。既に今回やったわけだが、成人の祭りとしてナーダムを提案する」

「そうか」


 ゼルガーンは腕を組み、じっと瞑目する。


「その話を受けた場合、俺たちに提供できる利益はなんだ」

「利益だと? 俺たちから提供するものなど何もない」

「……なにい?」

「俺がしているのは選択の提案だ。今までの話の上でサルディニアがどうしていくのか、それを聞きたいだけだ」

「そちらから何も提示するものなく、何をもってサルディニアを動かそうというんだ」

「さて、別に動かそうとは思っていないよ。変わらないなら、それもいいだろう。言いたいことは言わせてもらったからな」


 次の瞬間だった。ゼルガーンがいきなり立ち上がる。

 そして。


「舐めるなッ、小僧ッッ!!!」


 天幕が、ビリビリと震えている。

 正直、一瞬すくんでしまった。ここまでの剥き出しの感情は初めてじゃないか?


 この世界に来て初めて、俺は頭ごなしに怒鳴られたのだった。


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