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巨大な天幕の中に敷き詰められた豪華な敷物。
そのなかで、それぞれの座る場に敷かれているのは、大きな魔獣からそのまま剥いだとおぼしき毛皮だ。
みんな形が違うし、別種のものだろうな。しかも大きさに差がある。
一番上座のものが一番大きいわけだが、これは今の勢力差を表しているのだろうか。
それとも、過去、こんな魔獣を仕留めたぞ、という氏族の栄光の誇示だったりするのだろうか。
ちなみにセル族のものは三番目の大きさだ。
大氏族は全部で五つ。まあ、良くも悪くも真ん中くらいか。
席順としてはゼルガーンが俺の正面。ミルトンは俺の右で、各族長と俺とで六芒星の頂点を描く形になっていた。
車座になった俺たちの真ん中には焚き火が焚かれ、むくつけきおっさんどもの顔を厳つく彩っている。
影がこええよ。
会議とは言いながら、ナチュラルに肉と酒が振る舞われていたりもする。なんともざっくばらんと言えばいいのかね。
「よし、揃ったな。今日は客人がいる。まずは挨拶といこうじゃねえか。俺はゼルガーン。ゼルガーン・ヤン・サージェル・ヤーン・サルディニアだ」
ふむ、サージェル族長にしてサルディニア王のゼルガーンといった名乗りかな。たぶんヤンが敬称になるのか。
こうして並べて見てみても、やっぱりこいつが一番でかいな。
今はあまり表情が読めない。
右後ろに控えているのは副官だろうか。
見渡せば、全員もう一人連れているなあ。
「なら、次は俺か」
声をあげたのは俺の左隣にいるやつだった。
毛皮の大きさは二番目。
体の厳つさもゼルガーンに負けていない。
ただ、少し顔色が気になった。沈みがちというか、なんというか、表情が暗いのだ。そして、それがあからさまなのが控えている副官だった。
無表情を取り繕ってはいるようだが、頬が常に痙攣しているし、背中は汗びっしょりだ。
表向きは平然としていても、鈴音の目を誤魔化すことなど出来はしない。
なるほど、こいつが尻尾かな。もう切られた後のような気もするけど。
「俺はツェグン。ツェグン・ヤン・サームだ」
サーム族か。
ミルトンからちらっと聞いた話では、サージェル族と最も対立している大氏族で、勢力的にも二番手といったところらしい。
大侵攻に最も積極的だったというし、まあなんというか、怪しすぎて涙が出るレベルである。
もしかしたら、一番俺にびびってるのかもしれないな。
ロードアイの顛末を、たぶん知っているだろうから。
「わしは、ハイラル・ヤン・ソール。噂は聞いとるよ」
ふむ、ソール族は一番小さいという話だったと思うんだが、先に名乗ったなあ。
唯一の港を有する一族で、海洋交易で潤っているとも言われていた。
交易範囲はかなり広く、タントまで余裕で行っているという話だから、繋がっているとしたらここかと思ったりもしていたんだが、さて、どうだろう。
ロードアイも港町だった。交易がなかったとは考えにくいんだが。
取り敢えず、このおっさん連中の中では一番商売人っぽいかな。
「最後は俺か。バルジ・ヤン・シェル」
最後に名乗ったのは、シェル族の若者だった。
一番若造だから、最後になったのかな。それでも、俺より十は老けているだろうし、見た目に至っては、みんなおっさんとしか言いようがない。
シェル族はタントとの国境を縄張りとする一族で、セル族に次いで実戦の多い氏族と言えるだろうか。
タントとは、敵対しているようでもあるし、一番身近であるとも言える。
さて、こいつらはどうだろう?
ただ、まあ、それ以上にサーム族が怪しすぎるけどな。
大侵攻に対しては、会議の招集前の段階でサームが一番積極的、サージェルと、以前のセルが賛成派、ソールは中立でシェルは消極的という話だった。
さて、今はどうなっているだろうか?
「丁寧な挨拶、痛み入る。俺は祐。縹局、竜狼会局長小鳥遊祐だ。まずは会議への招聘、感謝する」
名乗った上で、軽く頭を下げる。
ゼルガーンが軽く目を見張ったような気がした。
ふふん、鈴音を前に表情を隠しきるのは難しいと思うぞ。
「では、杯を交わそう」
ゼルガーンの音頭で、それぞれが杯を掲げる。
もちろん、俺もだ。
すると、ゼルガーンがいきなり杯に指を突っ込んだ。そして、指の滴を額の前辺りで、前後左右四方に弾く。
一瞬、瞑目したゼルガーンは、それから一気に杯をあおった。
続いてツェグンが同じ仕草を繰り返し、杯をあおる。
三番手はミルトンだった。
「四方の風に」
滴を弾きながらミルトンが呟いたのは、祈りの言葉だろうか。
なるほどね、まず風に酒を捧げてから乾杯するんだ。
ハイラル、バルジも続き、そして、期待されているのか全員の視線が俺に集まってくる。
ふむ、これはやらねばなるまい。サルディニアの氏族長たちへの敬意も込めて。彼らの文化を尊重するんだ。
「風に、捧げるんだな?」
「そうだ」
王の返事にひとつ頷き、目の前に掲げた杯をまっすぐ前に差し上げる。
天幕の中、風がそよいだ。
回り中から集まってきた風が勢いを増し、杯の上で渦を巻く。
渦は竜巻と化し、杯の中の酒を吸い上げていた。
「おお……」
「風が……」
誰ともなく呟く賛嘆。ゼルガーンすら、息を呑んでいる。
杯の酒を吸い上げきった瞬間、俺は竜巻を弾けさせた。
霧のように吹き散らされた酒が、柔らかな風にのって俺たちの間を吹き抜けていく。
天幕を満たす濃密な酒の香り。
「さあ、乾杯だ」
空になった杯を掲げると、他の皆も杯をかざしてくれた。まだ余韻が覚めやらぬのか、どちらかと言えばおずおず、といった感じだなあ。
おっさんがやっても可愛くもなんともないが。
さて、場の空気、まずは掴んだかな?
ここからが本番だ。祐、気張れよ。
注がれた二杯目の酒を、誰よりも先んじて干した俺は、改めて場を見渡すのだった。