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「何が起きている?」
「い、いえ、分かりません。こんなことは初めてで……」
目の前の魔法使い、魔法回路技術者は焦りながら答えてくれた。
冷や汗だらだらだぞ。
あれ?
俺が威圧してる?
あれから北上してレムス軍と合流、要塞の抑えを頼んで俺たちはルドンへ帰還した。要塞も中途半端に殺気だっているから、軍で乗り込まないことを呉々も念押しして。
せっかく治まった反乱だ。寝た子を起こすこともあるまい。
このあとはまあ、王国の手腕にかかっている。俺の手からは離れた話だ。縹局に絡んでくれば、また、噛み合うこともあるだろうけど。
そうして、夕方には南下し始めたばかりのルドン軍と合流、ルドン公に盛大な溜め息をつかせながら即時転進、ルドンへ撤収したのである。
二日間の反乱、か?
軍の撤収も合わせれば三日間だな。
その後、俺は心珠の解析に立ち会うことになった。
専門の解析官である魔法使いに心珠を任せ、作業を見守る。
一つ目。
魔道具の上に現れたのは、やたらノイズの混じった影だった。
影でしかなかった。人影かどうかの判別すら出来ない。もちろん、問いかけにもなんの反応もなかった。
二つ目。
魔道具はなんの反応も示さなかった。
この時点で既に、あり得ないことだったらしい。
王都、学院の解析が必要ではないか、という意見が出るのもやむなしか。すごいな、学院。
たまたまルドンに滞在中の学院の魔女に白羽の矢が立ったのはまあ、必然だった。休暇も終わりだなあ。
「学院の魔女って言われても、新入りのホヤホヤだよ? いったい何を期待しているのさ。魔道具なんて専門外、ボクにはさっぱりなんだからね」
「そんなものか。研究分野は結構細分化されてるのか?」
「そうだね。まあ、色んな分野を股にかける凄い人も多いけど」
「まあ、駄目元でいいんじゃないか? 解析が無理でどうしても急ぐなら、王都まで連れてってやるよ」
「あんな早さで飛んだら死んじゃうよっ!」
おいおい、ちゃんと護ってやるのに。
ニーアに向かって最敬礼をしている魔法使いを横目に、軽口を叩き合う。やっぱり、凄いな、学院。
ところが、蓋を開けてみれば、問題はあっさりと解決したのだった。
解決とは言っても、悪い方向にだったが。
「何これ、心珠じゃない」
「マジか!」
心珠を一目見た瞬間に、ニーアは断言していた。さすが、魔珠のエキスパート。
なるほど、問題は魔道具にではなく、心珠の方にあったのか。
「ううん、ちょっと待って、やっぱり心珠かも。ただ、壊れてるけど」
「なんだ、そりゃ」
「ほら、見て。中が崩れてる」
そう言いながら、ニーアは光にかざして見せてくれた。ガラスの水槽越しに見るみたいに、風景が歪んで見える。
ああ、そうか。
水槽みたいに中が空洞の筈がない。
ビー玉みたいに中身が詰まっていなくてはおかしい。見える風景は水槽ではなく、水晶玉越しみたいでなければならない筈だ。
「何があったのかは、すぐには断言出来ないけど、体に心珠を壊す魔法回路が刻まれていたんじゃないかなあ。発動条件は、死亡、みたいな感じで」
「なるほど、心拍の有無が起動条件になるとか、その類いだな」
「……相変わらずだね。それも、ユウ様の故郷ではよくあった話なの?」
「爆発物を仕掛けて、自分が死ねば爆発する、とか脅す話とか、聞いたことがあるよ」
「たち悪ぅ……」
俺もそう思うよ。
まあ、大抵テロリスト側の手口だ。たちのいいテロリストは、まあ、普通はいないだろう。
これが帝国と反乱軍とかになったりすると、途端にテロリスト側が正義の味方になったりするけど。もっとも、そんな正義の反乱軍は、自爆スイッチなんて使わないけどな。
そう言えば、日本人の帝国嫌いは筋金入りだったなあ。大概の物語で敵役だったような気がするよ。
それはともかく、そうか。タントには、心珠をコントロールする術式なりなんなりが確実に存在するわけだ。
まあ、ベネフィットのことを考え合わせても、コントロールというよりは破壊、といったレベルみたいだけど。
研究途上ってところかな?
「これ、タントがやったんだよね?」
「まあ、その疑いが濃厚だな。真っ黒けっけに」
「それ、確信って言わない?」
「まあ、まず間違いないだろうな」
「タント、凄いね。神をも恐れぬ所業ってやつ、ルーデンスじゃ考えもつかない。心珠に手を出すなんて、考えられないよ」
「なるほどね、魂に手を突っ込むようなものか。これこそまさに禁呪、だな。神は死んだ、とか言ってそうだ」
「なにそれ。まあ、死んだというか、本当にさよならされちゃったけどさ。それでも、やっていいことと悪いことがあると思うよ」
ふうむ、近代国家と考えれば、結構しっくり来るのはきっと、俺だけなんだろうな。共産圏を連想してしまうけど。
生命のタブーそのものに踏み込んでいるのか。本当に、タントはどこか突き抜けているよなあ。
「しかし、これで情報は何も取れなくなったわけだな。真相は闇の中、か」
「だけど、得たものも大きいよ。王光騎士団の隠密部隊で捕まった人はこれまでいなかった筈なんだ。心珠を自壊させることが出来るなんて話、学院でも聞いたことがないからね。確かに情報としては何もないんだけど、もし次に心珠を自壊させる誰かが現れれば、その人も同じ根に繋がる証明になる。その裏にタントがいるっていう逆説の証明が出来ると思うよ」
「まあ、その通りだな。国際的に証明は出来ずとも、俺たちはタントの恐ろしさを身に染ませることが出来たわけだし」
「……本当の恐ろしさを思い知ったのはタントの方だと思うけどなあ」
あら、そうかなあ。