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「街の様子はどうだ?」

「うん、落ち着いてるみたい。略奪とかも起きていない」

「そうか、良かったよ」


 恐慌状態の兵士たちが街に逃げ帰り、いわばパニック状態のまま市街に突入することで制御不能の混乱が起きるのではないか、と、少しばかり危惧していたところはあるんだが、落ち着いてくれたようで何よりだ。

 まあ、街の門を開けるの開けないので揉めていたところにリムを行かせて、治安を乱さない限り手は出さない、と伝えたのが効を奏したのかもしれない。


「ご飯も買えた」

 弾んだ声。さて、何を買ってきてくれたんだろうか?


「お、魚じゃないか」

「うん。海にも魚がいるんだって。初めて食べる」


 そうか。

 そういや、そうだな。

 海を見るのも初めてという、内陸育ちのリムだ。川魚ならともかく、海鮮に触れる機会など無かったろう。日本と違って輸送自体も発達していない。

 良くて干物があるかないかくらいだろうが、それも街でしか買えない高級品だった筈だ。野生のエルメタール団に買える代物ではなかったろう。


 ……大量に買い込んで飛べば、王都あたりで大儲け出来るかもな。

 まあ、金に困ったら考えておこう。


「ブラウゼルの方はいつまでかかるか、まだ分からんしな。とりあえず、先に食っちまおう」

 向こうでご馳走になっているかもしれんしな。


 在野の俺たちと違って、ブラウゼルは統治側の人間だ。戦後処理の必要があった。

 ベネフィットやその部下、中枢の人間を軒並み吹っ飛ばしておいて、はいさようなら、では、残された街の生活が立ちゆかない。いずれ執政官など本国から送られてくるだろうが、暫定の機構を確立させておく必要があった。

 まあ、いくら武官主導のルーデンスでも、文官がいないわけでなし、そんなに苦労もないだろう。

 今は武官の地位ががた落ちだろうから、文官にとっては、かえってやりやすくなってるかもな。


 山積みの魚も大和にかかれば一呑みで、まあ、全く足りないわけだが、今はこれで我慢、我慢。

 帰ったらエスト山脈にでも遊びに行こう。

 リムも、もうついて来れるだろう。


 鯵っぽい味の塩焼きに舌鼓を打ちながら、俺たちはのんびりと時を過ごすのだった。





「どうした、ブラウゼル。変な顔になってるぞ」

 昼過ぎに戻ってきたブラウゼルは、微妙なしかめっ面というか、妙な表情になっていた。


「いや、生の魚を食わされたんだ」

「おお、いいじゃないか。刺身とは羨ましいね」

「羨ましいものか? 確かに不味くはないんだが、酸っぱいやらなんやらで、妙な味だった」

「お、じゃあ、マリネか」

「まりね?」

「ああ。俺の知る地域では、生魚を酢と油で和えて野菜と一緒に食ったりしていたんだよ。結構人気があったと思うけど」


 まあ、俺はあまり好みではなかったが。

 どうせ魚を食うなら、やっぱり刺身が一番だったなあ。

 味噌煮も可、だ。あいつは塩焼き派だったが。

 海に近い華桑の里とかないだろうか。今度凛に聞いてみようかな。


「俺はどうも苦手だ。慣れれば旨いのかもしれんが。まあ、いい。それよりも伝信の魔道具だ。貴様の読みは当たっていたぞ」

「そりゃ、本当か? 正直、駄目で元々というか、むしろ諦めていたからなあ。そいつは嬉しい誤算だ」


 実は昨日の段階で、俺は魔道具のことをすっかり忘れていたのだ。

 ここにしかない貴重品だ、という認識が、どうにも持てていなかったのだと反省している。

 そのお陰で、反乱を制圧したときには、伝信室は破壊され尽くしていた。かえすがえすも悔やまれる話だ。


 ただ、最新の魔道具、タントにとってすら貴重品ではないか、と考え直し、念のため家捜ししてもらったのである。


 ターゲットは、最初に殺した七人だ。何食わぬ顔で軍に参加していたのである。宿舎もきっちり与えられていた。

 そこを、調べてもらったのである。

 また、完全に行方不明となった兵が、他にも、二名いた。ブラウゼルに粉砕された連中も、戦死として把握されているから行方不明とはまた別の話だ。


 心当たりはベネフィット暗殺実行犯のフォルス流の使い手。また、戦場では見つけられなかったが、やはり監視役の監視がいたのだと考えれば計算は合う。そいつらも合わせて九人分の家捜しだ。

 その結果、魔道具を発見することが出来たのだった。

 いや、本当に、嬉しい誤算である。


「他にも、恐らく機密に類するような書類などもいくつか確認した。さすがに身元を明かすようなものは混じっていなかったが、充分な戦果だ。持って帰って調べてみよう。ユウ、感謝する」

「お、おう。改まって言われると妙な気分だな」

「うるさいな、いちいち混ぜっ返すな。本当に感謝しているんだ。黙って受けておけ」

「分かったよ、どういたしまして、だな。さて、で、これで終わりではないんだろう?」

「そうだな。ベネフィット公の檄文は南方軍全軍に回されている。要塞でも戦争準備が進められているだろう」

「よし、なら、帰りがけに一つずつ潰していこう。北からの軍と南からの俺たち、どっちが先に貫通するかで勝負だな」

「どう考えても貴様の方が早いだろうが。ルドンと連動したレムス軍が最速で南下してくるだろうが、それとてまだ数日を要する。貴様の行軍速度が異常すぎるんだよ」

「まあ、そこは否定しないよ」


 一緒に動いてブラウゼル自身も実感したんだろうしな。


「さて、じゃあ、行こうか。もう一息入れてからにするか?」

「ううん、いい。いつでも行ける」

「俺も構わん。この腰の軽さが脅威だな」

「照れるな。そんなに誉めるなよ」

「誉めてない! いや、むう、誉めたのか」

「誉めてる」

「そ、そうか……」

 リムに止めを刺されたブラウゼル。


 しかしこいつ、分かってないのかね。

 お前自身のフットワークも、充分に軽いと思うぞ?





 このあとの顛末に、特筆すべきところはなかった。

 ベネフィット死亡の報よりも、俺たちの方が早いくらいだったのだ。文官に書かせた降伏に至る説明を添え、南方の反乱は、処理としては未遂のままに幕切れとなった。

 要塞の連中は不満そうだったから、火種は燻っているんだろうけどなあ。


 適当に叩きのめした方が良かったかも知れない。ロードアイの連中は怯えきっていたが、要塞の連中はまだ、実感が湧かない筈だ。

 また、対ルーデンスの最前線にいたという自負もあるだろう。

 血気も盛んで、実力もある、ベネフィット軍の主力を担う予定だった連中だ。エルゼールの名の前に今は大人しくしていたが、何か切っ掛けがあれば爆発しそうな雰囲気満載だった。

 縹局が治安を守るとしたら、南方は重点地域になるのかもしれないな。


 ああ、そういえば、要塞の方でも行方不明の兵が出ていた。

 その数、六人。

 こっちは痕跡を残さず、きれいに撤収していたようだ。

 合計十五名か。

 部隊として動いていたと考えれば、もしかしてスリーマンセルか。

 五個分隊の一個小隊とかだったりして。

 タントを近代国家と考えれば、しっくり来る話だ。


 ……ローザのパーツが何か入れ知恵でもしたのかな。地球から来たのは俺一人だけだ。あの人から受けたイメージを思い出せば、間違いはない。ある意味で、究極の神の言葉を聞いたわけだし。

 その記憶がなければ、俺と同じような転移者とか、転生者を疑うところだよ。


 まあ、実際の江戸の文化よりも時代劇をモデルにしてるっぽい華桑とかを見ていれば、ローザ、あの神だか天使だかが如何に世界の理解が浅かったかがよく分かるというものだ。

 武士道の確立を考えれば、儒教や朱子学、仏教、なかでも禅宗の影響を避けては通れない。

 釈迦のいないこの世界で、武士道が生まれる筈がないのだ。

 平安から鎌倉への権力変遷の歴史を抜きにも語れまい。


 加護の名のもとにローザが噛んだことで、この世界はかなり歪な部分もあるのだろう。


 神が去ったこれから。

 これからが、本当の意味で、新しい歴史を積んでいく時代なんだろうな。

 本当の神代の時代の終わりに、俺たちは立ち会っているのかもしれない。


 ベネフィットなんかも、過去の遺物と言っていい、古き因習の申し子みたいなものだ。

 これから先の俺たちの敵は、そういった古いものになっていくのかもしれないな。

 そういう意味では、新しいルーデンスを担うべき若き黄金騎士が俺と共にいる、というのも、きっと意味のあることなんだろう。


 そう、きっと、からかうのが楽しいから一緒にいる訳じゃないんだ。

 たぶんな。


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