116
ざわつく軍勢の囁きが聞こえる。
割と無秩序だな。
「どういうことだ……、四人だけ?」
「なんだ、あの化け物は。魔獣か?」
「先頭の奴、羽根が生えてないか?」
「本隊は何処だ。どこに伏兵が……?」
挙げていけばキリがないが、まあ、大体皆、似たようなことを呟いている。まあ、理解が難しいこと甚だしかろう。
昨日、直接話した相手はやはり騎士団長か何かだったのか、軍勢の中核にいるようだ。
ブラウゼルの勧告を蹴って、今は中心にいる、と。
弔いの美名のもとに、地位を簒奪したかな。ベネフィットの後釜を狙っているのかもしれない。
そう言えば、後継者として名乗りをあげても不思議ではない、ベネフィットの子や孫はいないのだろうか。
そいつらを中心に軍をまとめてきたのなら、微妙ながら大義っぽいものが相手のものとなる。騎士団長の回りには、それっぽい人などいそうにないけど。
……なるほど、そうか。
多分こいつが本当の蜥蜴の尻尾だ。
こいつはベネフィットの腹心ではあったろうが、恐らくタントとの密約には噛んでいない。伝信のことも知らない、何も知らない犠牲の羊だ。
全てを知るベネフィットを始末し、反乱の意思だけを継いだこいつを押し立てれば、暗躍者の影を完全に消した上で戦乱をも起こすことが出来る、と。
ベネフィットを殺す判断が早い筈だよ。
まあ、全部推測だけどさ。
ただ、そう考えれば、こいつの大義名分はベネフィットの弔いや、遺志の尊重、それ以上のものはあるまい。
つけこむとしたら、そこかな。
ある程度の間をおいて、ブラウゼルが歩を止める。
「ルーデンス王国騎士、ブラウゼル・フォン・エルゼールである! ロードアイ領主ベネフィット公爵、及びその麾下の軍を反乱軍と認定し、これより鎮圧する! これは、上意である!」
「上意ならば上意なりの、正式な手続きを踏んでもらおう! いかに流刑の身の上といえども我らが公爵閣下暗殺犯の狼藉を見過ごすほど、我らロードアイ騎士団は落ちぶれておらぬ! 反乱の汚名を着せられた主の無念、これより王都に登って晴らす所存である。邪魔立てめさるな!」
「進軍するならば是非もない。王国騎士の名において、またルドン公グレンデールの下命により、処断する!」
うん、まあ、ここまでは予想通りだな。
さて、口を挟ませてもらおうか。
「あー、盛り上がってるとこ悪いんだけどな」
ちょいと腹筋に力を入れてしゃべれば、驚くほど声が通っていく。銀狼の助けを借りた俺の筋力は、まあ、半端ないことだけは確かだ。
「縹局、竜狼会局長小鳥遊祐だ。在野の治安維持を目的とする縹局の大義に則り、諸君らに告げる」
「何者か、貴公、王国騎士ではないのか?」
「縹局と名乗ったぞ。ここにいる王国騎士は、ブラウゼルだけだ。さて、本題に入っていいかな?」
まあ、駄目だと言ってもしゃべるけど。
「さて、昨日、ベネフィットの反乱の意志が明白となった。支持者たる諸君らにはまた、別の見解もあるだろうが、残念ながら、王国はベネフィットを反逆者と断定した。これは事実だ。そして、反逆者としてベネフィットは死んだ。死んでしまった今となっては、如何なる釈明も不可能だ。つまり、ベネフィットの名誉回復の機会は、永遠に無くなったわけだな。従って、彼の遺志のもとに集った諸君らも、自動的に反乱軍と認定される。諸君らの名誉回復の機会も、ベネフィットがいない以上、金輪際、あり得ない。ここまではいいか?」
「な……なにを……」
さて、反論は許さん。畳み掛けよう。ペースをこちらに持ち込むんだ。
「諸君らが何を夢見ようと、諸君らに大義はない。諸君らの戦いは全て、反乱として処理される。このまま挙兵すれば、だ。故に、最後の機会を与えよう。暫しの時を許す。家に帰りたいものは、帰れ。もしも上司に脅されていたり、上から強要されてこの場にいるのなら、安心していい。諸君らの上司はもう、帰ってこない。全員、殺す。安心して、家に帰れ」
ざわめく軍勢。
さて、いきなり言われたこの言葉をまともに信じるやつがどれ程いるか、それは分からないが誰か、勇気を出してくれないかなあ。
一人帰り始めれば、みんな影響されると思うんだが。
「ふざけるな! たった四人で、大言壮語にも程があるわっ!」
騎士団長がいきり立っている。だが、思ったより同調しているやつは少なそうだ。この分だと、うまくいくかな?
「信じるも信じないも、諸君らの勝手だ。好きにしろ。ただし、この場に残れば、全員、殺す。出来ないと信じるのも自由だが、帰るなら今のうちだぞ。ああ、王光騎士団は残っておいて欲しいな」
さりげなく、何気なく、を意識して、その名を出した瞬間に、種類の違うざわつきが確かにあった。ざっと見て四ヶ所。
鈴音、今から賭けを打つ。反応を逃がすなよ。
「諸君らは第九騎士団だろう?」
来た!
刺すような鋭い鈴の音。
六人だ。
特殊諜報軍の名を出すか、光に対する影として王影騎士団とか呼ぼうかと迷いもしたが、第九にして正解だった。
あまり名に重きを置かず、番号で第八まで呼んでいたんだ。影の部隊が必ずいると思っていたが、素直に第九で合っていたらしい。
隣でブラウゼルが目を剥いているのはご愛敬だろう。
自分達の正体が露見したことで、やつらは俺を危険視した筈。程度の差こそあれ、俺に対して敵意を持った筈だ。そして、鈴音はそれを見逃さない。
昨日殺したやつを合わせて七人は中途半端だから、報告に徹するいまだに隠れおおせている三人くらいいるかもしれない。北の要塞にいるかもしれないけど。
それはもう、放置で構うまい。少なくとも六人、見つけた。
「他の連中は、もう帰っていいぞ。タントに煽られた反乱は終わりだ。それでも残りたい無謀なやつがいるなら、残っててもいい。殺してやるから」
「おい、ユウ、何を勝手に決めているんだ。俺は反乱の鎮圧に来たんだぞ」
「知ってるよ。だが、いくらお前でも起きてない反乱は止められないだろ? 反乱が始まれば、出番ということで」
「それはそうなんだが。筋が通っているだけに、たちが悪いな」
あえて漫才を繰り広げて見せれば、軍勢のモチベーションが駄々下がりになっているようだった。
手近にいた腰の退けているやつ、そいつに狙いを定める。その近くに王光騎士団がいるのはチェック済みだ。
「ほら、そこのお前、やる気ないんだろ。もう帰れ。怒る上司はもういない。一緒に帰るか、殺されるかのどっちかだからな」
名指しにされたそいつが思わず一歩下がる。
本人的には驚いて後ずさっただけなのだろうが、遠目には逃げ始めたように見えても不思議ではない。その逃げ腰は、回りに波及する。
「ああ、横のお前、お前は駄目だ。お前は前に出てこい」
「え、ええっっ?」
驚愕の叫びをあげる王光騎士。
一見、あたふたしているだけに見えるが、さすがだ。もう、覚悟を決めているのだろう。やる気が、見える。
「ま、まいったなあ、なんで俺が……」
「さて、何故だと思う?」
ゆっくり前に出てくるそいつに向かって、俺も歩を進める。
「さて、諸君、こいつのことは俺より諸君らの方が詳しい筈だな? 出身地を聞いた誰かはいないか? タント方面から来た、と言ってはいなかったか?」
外見的に人種の差を、俺は見分けられない。これはブラフだ。
「そんな、ひでえ言いがかりだなあ……」
間合いを探っているのだろうそいつより、俺の間合いの方が深い。
「なぜお前かと言えば、だ」
大きく踏み込み、抜き打ちに首を飛ばす。刺客の時と同じように心珠を抉ると、死体は上空、出来るだけ高くに放り投げる。
「お前が王光騎士団だからだよ」
遥か上空で爆発。
その爆発が契機になったのだろう。反乱軍は、逃げ出すやつと、混乱したやつの阿鼻叫喚となった。
上空で四散した血や肉片から逃げ惑うやつらもいる。
安心しろ。
無駄にはしない。
風で操り、血煙を浴びせるのは、王光騎士団員だけだ。
「大和、行け!」
その血臭を目印に銀の光が駆ける。
軍勢の恐慌に拍車がかかった。
噛みつきから大きく首を振れば、上空に二発目の花火が上がった。
「ま、まさか、こんなことがっ! こんなことで、俺の、俺の夢がっ!」
騎士団長、語るに落ちるぞ。唯一崩れずに隊列を維持している中枢部隊ではあるが、さて、反撃はあるかな?
まあ、あいつらはブラウゼルに任せよう。
大和と呼吸を合わせ、咆哮。
竜と狼の咆哮についに、全軍が瓦解する。
残りの王光騎士団も、真っ先に逃げに徹していた。
「リム、逃がすな!」
「任せて」
ううむ、やっぱり、リムの方が大和より速いな。軽鉄騎恐るべし、かな。
俺が遭遇したエスト山脈の、どの魔獣よりもリムの方が速い。まあ、銀狼の次に、ではあるけれど。
あっという間に追いすがり、背後から命を刈る。俺と同じように心珠を抉り、死体は空へ。瞬く間に二人殺した時には、俺も最後の一人の死体を空に投げあげていた。大和の方でも爆発が起きており、六人、討ち漏らしは無しだ。
そして、そんな俺たちを遠くから見つめる視線を、俺は捉えていた。
七人目だ。
逃がすものか。
翼を一打ち、風を纏って全力で飛ぶ。
俺が向かってくることに気付いたのだろうそいつは、確かに逃げようと身を翻していた。だが、遅い。
すれ違い様に心珠を抉り、勢いのまま、飛び抜ける。
轟く爆音を背に、俺は戦場に舞い戻った。
スパイものの作品なんかでは、監視員の監視役がいたりした。もしかしたら、この戦闘全てを俯瞰する更なる監視者がいるかもしれないが、今のところ、俺たちの目に留まるやつはいない。
これはもう、仕方ないだろう。
居るか居ないかすら分からない相手に割くリソースはない。
戦場では、今まさに、最後の戦いが始まろうとしていた。
「俺に後始末をさせようとは、おのれ、ユウめ」
巨大な剣を抜き放つブラウゼル。
「ち、ちくしょうっっ、全騎、かかれえっ!」
騎士団長のその掛け声は、まるで泣き声のようにも聞こえた。
「反乱は、これで終幕だ」
黄金の光が駆け抜けたあと、もはや、動くものは残っていなかった。