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「あれがロードアイだな」
「信じられん。半日もたっていないぞ」
遥か上空から海岸線を見下ろせば、南端にそこそこ大きな都市が開けていた。
突堤や船が目立つあたり、港湾都市と言えるだろうか。
水平線の向こうには何も見えない。
この向こうには、滅びたイスキア大陸がある筈なんだが。
何も見えないのに、よく渡ってきたものだよ。
中央の大きな館の前は広大な庭、練兵場になっているようで、集結した軍勢が整列しようとざわついているようだった。
出陣準備中といったところか。
さて、ベネフィットはどこにいるだろうか。
「玉座はどの辺りだと思う?」
「むう、あの辺りかと思うが」
ようやく機嫌が直ったか、ブラウゼルが素直に応じてくれる。
「なら、突入だ」
「な、ちょっと待て、貴様っ!」
急降下爆撃のごとく一気に館に近づき、ブラウゼルの指した辺りに突っ込んでいく。
「耐えろよ」
「ふざけるな、貴様あっ!」
爆弾は黄金の鎧を着込んでいた。
一応減速しつつ、投下する。風の護りはしっかりしているんだ。安心して逝ってこい。
心配なのは、ブラウゼルの指した辺りに、人の気配がないことだ。
出遅れただろうか?
というか、タントの判断、早すぎないか?
塔の見張りが気が付くよりも早く、ブラウゼルは館に直撃した。
まあ、まさか空から来るとは思っていまい。
盛大な爆音と土煙を吹き上げ、壁を突き崩していく。
ブラウゼルが身をもって切り拓いてくれた道を辿り、俺も突入した。そこはブラウゼルの読み通り、玉座の間だったようだ。
玉座に座っているのは、物言わぬ骸だったが。
やられた。
階下から慌てて駆け上がってくる足音が響くなか、鈴音の索敵を全開にしつつ玉座に駆け寄る。
「まだ温かい。血も固まっていない。遠くへは行っていない筈だぞ」
これは何のタイミングだ?
俺の到着に重なったのは偶然か?
軍が出陣準備に追われ、警備が手薄になった隙だろう。その筈だ。
リムたちですらまだ着いていない、この俺の異常な移動速度を、把握されている筈がない。
ベネフィットの胸には、大きな穴が開いていた。
やられた。心珠がない。いや、違うな。心珠が割られているのか。
死体を改めていると、欠片になった心珠が転がり落ちてきた。
「間に合わなかったのか。貴様の懸念通りだったということだな」
片角の黄金騎士は、爆撃のダメージなど全く無かったように、普通に動いていた。
勝手に投げたことは怒っていたが、投げられたことそのものや、爆弾になったこと自体は怒っていないらしい。
たいした頑丈さだよ、全く、
他に動くものとてない玉座の間。
本当にそうだろうか。
ブラウゼルを相手に斬線が見えなかったように、俺が気付けないくらい上手に隠れているんじゃないか?
もしも動けば、俺には無理でも鈴音が気がつく。だから、もしこの場にいたとしても、身を潜めている筈。
炙り出す方法はないか?
潜水艦方式はどうだろう。
鈴音はいつも、基本的にパッシブソナーだ。ならば、アクティブソナーを打ってみたらどうだろうか?
軽く鈴音の鯉口を切り、鞘鳴りをたてて刀を納める。
響き渡る微かな鈴の音。その反響に歪みがあった。
見つけた!
風を打ち込み、改めて注視してみる。一旦尻尾をつかんだからには、もう鈴音の目を逃れて逃げることなど出来ない。
まるで空中から滲み出るように、黒っぽい装束の男が転がり落ちてきた。まあ、いきなり風が来るとは思わなかったのだろう。
器用に受け身をとった男は、わりと刀身の長い直剣、片手半剣を両手で構え、油断なくこちらを睨み付けている。
街中にいたら、すぐに雑踏に紛れてしまいそうな特徴のない顔立ち。
時代小説なんかでこういう描写をされたやつがいれば、そいつはまず間違いなく刺客の類いである。
「見つけたぞ。もう逃がさん」
「その姿、タカナシ・ユウか? おかしい。ルドンにいる筈だ。貴様、何者か」
「あからさまに怪しい刺客に誰何されるとは思ってもいなかったよ。逆に聞くが、お前こそ何者だ。名乗ってくれるのか?」
答えは沈黙だ。当たり前だよな。
「自分は名乗る気がないくせに、人の名前だけ聞こうとは、虫がいいんじゃないか? 俺の名はジョン・スミスだ。覚えとけ」
アメリカでこう名乗ろうものなら、たとえ本名でも絶対に信じてもらえないという、偽名の代表格を名乗っておく。日本名でいうなら、山田太郎といった感じか?
まあ、いい。駆け上がってくるのは多分、ベネフィットの護衛か部下だろう。そいつらが着く前に終わらせよう。
「ブラウゼル、そっちは任せた」
「貴様は適当に名乗ったくせに、俺の名は明かすのか」
「騎士ならば正々堂々、偽名なんて使わないだろ?」
「やむを得ん。これが騎士の宿命か」
あまりに緊張感に欠けた俺たちの軽口に、刺客もさすがに怒りを覚えたのか、気配に揺らぎが生じた。
どうせ心珠から情報は取れるんだ。生死は問わない。むしろ、自殺されないよう気を付けなければ。
心珠を砕くような技か何かを、こいつは持っているかもしれないのだから。
まだ距離が離れているにも関わらず、鈴音が鈴、と鳴った。おかしい。これは、敵の間合いの内に入ったという警告の音だ。
飛び道具か?
次の瞬間、刺客の剣がぼんやり光ったかと思うと、剣の形をした光の塊が飛んできた。
おお、これこそ斬撃を飛ばすとか、俺とあいつが思い悩んだ遠距離攻撃じゃないか?
何が飛んできているのかは、さっぱり分からんが。
戦闘開始か。
意識を切り替えろ、祐!
迫ってくる光の塊を鈴音で弾きながら大きく踏み込む。その時には、四方から圧迫するような突風をぶつけ、刺客の動きも阻害しておいた。
自由に身動きができなくなった刺客の表情が驚愕に歪んでいたが、敵もさるもの、切っ先だけをわずかに動かし、俺に向かって小さな十字を描いてみせた。
その軌跡に沿って生まれた光の十字が俺に向かってこようとしているのが分かる。
漫画の必殺技とかだと、この十字の交差する点が要になっていることが多いよな。だいたい破るときはそこを突破する。
だから、十字の完成など待たずに、その交差する点を断った。
刺客の首と同時に。
俺の弱点は、技が単発になることだ。
敵の攻撃を弾いてから、攻撃、とか、今でいうなら、十字を崩してから、刺客を斬る、という動きになりがちだった。
だから、今回はちょっと頑張ってみた。
刺客との間合いを踏み込みで調整し、刺客の首を断つ斬線の中に、十字の中心を置くようにしてみたのだ。
ぶっつけだったが、上手くいったようで良かった良かった。
そして、だ。
忍者もどきの刺客と言えば、最後っ屁が定番だよな!
胸の中心に貫手を打ち込み、多分心珠だろう何かとか、心臓とかその辺を一緒くたに握る。
同時に体を蹴り飛ばせば、向こうの方で爆発が起きた。
うん、やっぱり。
「ユウ!」
「ん?」
ブラウゼルの声に応じて振り返りながら片手間に、弾かれてから再度俺に向かって来ていた光の塊を斬り捨てる。
テーブルトークの魔法とか、絶対命中とか定番だよな。そもそも、鈴音の目を掻い潜れる筈もない。
「どうした?」
「……なんでもない。フォルス流だから気を付けろ、と言おうと思っただけだ」
いや、それで不機嫌になるなよ。
「フォルス流?」
「タントの騎士剣技の一つだ。暗殺者が使うことの多い幻惑を得意とする悪辣な流派だ」
「騎士で暗殺? なんだそりゃ」
「俺が知るか。そういうものなんだ。例えば……」
床に転がった刺客の剣を拾い上げたブラウゼルが柄を捻ると、なんと、真ん中で外れて中から短剣が出てきた。
「仕込みかよ」
えげつないな。これで本当に騎士剣技なのか?
「瞬殺して良かったよ。下手に付き合ってたら術中に嵌まっていたかもな」
「……貴様の強さは本当に謎だな」
「そうか?」
「手慣れた動きだったな。まるでフォルス流をよく知っているかのようだ」
おお、そんなに素直に誉められると照れるなあ。
「だが、貴様はフォルス流を知らんのだろう」
「ああ、知らないな」
「だから謎なんだよ。どこかで戦ったことがあると言われれば、納得も出来ようものを」
ふうむ、なるほど。
ラノベの定番、異世界チート転移の本当のチートは、これなのかも知れないな。
俺には、膨大な戦闘経験があるんだ。
古今東西の漫画、アニメ、小説、映画、最近はドラマも高品質だし、映像技術が進歩した分、ある意味荒唐無稽なファンタジックな戦闘すら、リアリティをもって多く目にしてきた。
下手に自分が武術をかじっていたら、魔法剣士の戦闘法など、かえって心が及ばなかったかもしれない。
瓦や杉板を何枚割れるか、ではなく、拳骨で月を割る世界に、俺はよく触れてきたんだ。
その経験が、俺の中に確かに生きている。
ブラウゼルは溜め息をついているが、別に本気で追及しようとしているわけではないらしい。
ブラウゼル、済まないな。ありがとう。
「それで、この状況、どう説明しようかね?」
「どうしようもない。降伏勧告以外に、出来ることはない」
まあ、そりゃ、そうか。
刺客の心珠を収納袋にしまいつつ、俺たちは駆け上がってくる連中を待つのだった。