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「ばっ、馬鹿なことを……! ここまで聞いておいて、そんな返答が許されると思うのか!」

 思わず立ち上がったのだろう公爵の顔が青い。

 哀れを、感じなくもないが。


「何を言っているんだ。ここまで聞いたからこそ判断出来るんじゃないか」

 公爵が絶句する。


「……何が不満か」

「対価、かな」

「自由がその方の望みではなかったのか。まだ不足というか。他にはなんだ、金か、女か?」

「不足などではない。そもそも見当外れなのさ。あんたは自由を履き違えている」

 金や女で動くと思われているところも腹立たしいが。


「あんたの言う自由は、あんたの認める特権の優遇にすぎない。他に認めぬ権限を俺だけに許可してやる、とまあ、そういう話だろう」


 この価値観、分からないだろうなあ。

 混乱の極みのようにも、心細そうな子どものようにも見えてしまうぞ。


「誰かに許されるもの、それは既に自由ではないよ」


 中世ヨーロッパに近い価値観の構造なら、自由民主主義に至るにはあと数百年かかる。無理もないか。


「他にも突っ込みどころは満載だな。作戦の実現性一つ取ってもそうだ。大侵攻を作戦開始の合図とするとの話だが、大侵攻はないぞ。知らんのか?」

「知っておる。今年の侵攻が不可能になったとは聞いた。だからこそ準備の猶予も出来よう。来年、侵攻が始まれば、それが始まりだ」

「その情報の出所が気になるなあ。そもそもなんで今年の侵攻が止まったと聞いているんだ?」

「……物資の不足。サルディニア内部の混乱があり、兵力が整わなかったと言う話だ」

「誰が止めた、とか、聞いてないのか」

「つまらん噂程度ならあったな。たった一人の華桑人が戦争を止めたなど、馬鹿げた……話まで……」

「ん、気付いたか?」

「まさか、いや、まさか一人で……? そんなことが出来てたまるものか!」

「あんたの戦争だって、今、止まる寸前じゃないか」

「そ、そんな馬鹿な……!」

「大侵攻は俺が止めた」


 精神的にとどめを刺す。


「そもそも縹局が何のためにあると思っているんだ。民の安寧を守る組織が戦争に荷担するとでも思ったか」

 いや、まあ、多分、縹局の存在意義そのものが、新しい概念なんだろうけど。


「一番最初の誤りは、俺とブラウゼルの真剣勝負に水を差したことだ。俺が認めた男を失脚させようと暗躍した時点で、あんたは俺の敵になったんだよ」

「さ……最初から、そのつもりだったと言うのか」

「その通り。ブラウゼルはお怒りだ。南方王朝へ宣戦布告する気満々だぞ」

「何を馬鹿な。王国騎士が王族に剣を向けるなど、あり得ぬ」

「王族は王国騎士を陥れていいとでも?」

「ぐっ」

「まあ、今までの話を考えれば立派な反逆だよ。王族であれ、謀叛は許されないよな」


 後ろ手に、手招きをする。

 最初に入ってきたのは、やはりブラウゼルだった。


「ベネフィット公爵閣下、ルーデンス王国に対する謀叛、国家反逆罪の疑いで拘束します。大人しく出頭して下さい。もしも拒否されるなら……」

「……拒否するなら?」

「反乱軍として鎮圧する。ロードアイに対し、宣戦を布告する」


 力強い言葉。映像越しだと言うのに、公爵の体が揺らいだように見えた。


「エルゼールの小僧、貴様にそのような権限があるものか。そもそも何を証拠として宣戦すると言うのだ。このような言葉だけで王家に弓引くことが許されると思うのか!」

「ふむふむ、さっきまでの俺との話を戯れ言と抜かすか。ならば、俺はロードアイを詐欺で告発することにしようかね。ブラウゼルに勝った俺の武力全力で、落とし前をつけてもらおう」

「う、ぐぬう」


 テンパったら、人はこんなにも滑稽に見えるものなのだろうか。

 本人は必死だろうし、普段ならもっと冷静に対処してきた筈だ。

 にもかかわらず、今の公爵は哀れと言う他ないぞ。


 続いて入ってきた人物を見て、今度こそ公爵の顔が驚愕に歪んだ。


「往生際が悪いですぞ、叔父上。ご尊顔を拝するのは二十年ぶりになりますかな。随分と耄碌されましたなあ」

 入ってくるなり辛辣にやってのけたのはルドン公だ。


「アァァィクラッッドオォッッッ!」

 魂の引き裂かれるような、まるで慟哭にも似た絶叫。


「何故、何故、部屋を繋いだっ! この伝信が嗅ぎ付けられた時は、声のみで話す約定ではなかったかっ!」


 侯爵は土下座に近いほどひれ伏したまま、一言も返さなかった。まあ、返す言葉もないわな。


 しかし、なるほど、映像を出すか出さないかが最後の防衛線だったのか。だとすれば、公爵があまりにも簡単に本音をばらしてくれたのも納得できる。顔を見て話していた以上、少なくとも味方寄りの立ち位置にいる筈、という判断があったんだな。

 別に俺の話術が優れていたというわけではないようだ。いや、当然そうだろう、と思っていたけどさ。


「まあ、そんなわけであんたの戦争は終わりだ。つまらん横槍を入れて俺を操れると思ったのだろうが、悔いて死ね」


 がくり、と、公爵が膝をつく。

「小僧、謀ったな……」

「何を言ってやがる。最初に謀ったのはそっちだ。これはその落とし前だよ」


「ベネフィット公爵閣下、出頭していただけますか」

 ブラウゼルが再び敬語に戻る。忙しいやつだが、まあ、これが王国騎士の立場か。


 その言葉を聞いて、公爵の体が一度大きく震える。

 続いて響いてきたのは地獄の底から湧いてくるような笑い声だ。

「ふふふ、やむをえん。確かに余の敗けのようだ。だが、勝負はこれからぞ。大侵攻を嚆矢とせずとも、余の軍勢をもって口火を切るとしよう! 戦争準備は、既に整っていたのだからな!」


 その言葉を最後に、一方的に回線は切られた。

 あ~あ、朝敵確定だよ。


「さて、そんなわけで、宣戦布告に大義名分が出来たわけだが」


 ルドン公が溜め息をつく。

「まあ、見事と言う他ないな。大侵攻に備え、準備が整っていたのはこちらも同じ。騎士団長、即、出陣準備を整えよ」

「はっ、直ちに。四方への備えはいかがいたしますか?」

「不要だ。ベネフィットはああ言っていたが、サルディニアに軍を起こす余力はなく、タントが呼応する筈もない。モス・ロンカは読めんが、南方の鎮圧をいかに早く推し進めるかで態度も決まろう。リストは心配せずともよい。ベネフィットに呼応するのは所詮反乱勢力。リスト軍が対処する問題だ」

「かしこまりました」

「へえ、ずいぶん確信がある話みたいだな」

「ルーデンスとて、目と耳を塞いでいるわけではないのだよ」


 まあ、そりゃあ、そうか。

 しかし、結局戦争に突入か。大陸が荒れるのかなあ。縹局としては稼ぎ時なのかもしれないが。


 いや、ちょっと待てよ。なんか、クラインの時と似ていないか?


 あの時煽っていたのはクラインだ。

 目的は、俺とブラウゼルを噛み合わせること。

 クラインの企みに乗ると乗らないとに関わらず、俺たちは戦いに突入しようとしていた。クラインの狙い通りに。


 だとしたら、今回はどうだ?

 ロードアイはあまりに道化にすぎる。

 裏で操っている誰かの影が見えるほどに。

 その容疑者はタント以外にない。伝信技術がその証明だ。


 タントの企みがどうあれ、ルーデンスとロードアイは戦争に突入しようとしている。

 形こそ違えど、当初の予定通りに。

 つまり、暗躍者の狙い通りに。


 ダメだ。

 戦争にしてはならない。

 その裏を暴かなければダメだ。


 繋がる糸はロードアイ。

 ベネフィット本人を捕まえる以外にあるだろうか?

 いや、あるまい。


 そして、今の状況。ベネフィットの思惑がどうであれ、やつの戦争に勝ち目はない。やつを捕らえるのも時間の問題だろう。

 そのとき、暗躍者はどうなる?

 大人しく明るみに出るか?

 そんな筈はない。


 アメリカの連続ドラマとかを思い出せば、こういう時、表舞台にいた敵は殺されることが多い。そして謎は謎のまま、主人公たちを振り回すのだ。

 ベネフィットは蜥蜴の尻尾となる。

 これは、暗殺者と時間の勝負になる!


「ブラウゼル、すぐに動けるか」

「なんだ、藪から棒に。装備さえ整えればすぐに出られるが」

 百叩きから直行で軍議だったからな。今は普通の服でしかない。まあ、ダメージは気にする方がおかしいし、コンディションは問題あるまい。


「ルドン公、ブラウゼルはもらっていく。そっちは普通に軍を動かせばいいが、戦争にはしたくない。俺は、竜狼会として戦争を止めにいく」


 俺の宣言を迎え撃つのは、ルドン公の落ち着いた瞳だ。

「もとより戦争になるとは思っていない。じきにロードアイ側が降伏してくるだろう」


 もしかして、ルドン公も同じ結論に至ったか?

 とはいえ。


「全てを闇の中に置いたままの幕引きは御免なのでね。ブラウゼル、用意しておけ、すぐに迎えに来る。ベネフィットの身柄を押さえにいくぞ」

「間に合うのかね」

「さてな、時間との勝負だよ。全力で行く。あとは任せた」


 そのまま返事も待たずに、俺は天井を破って飛び上がった。

 上空で偽装モードとなり、翼を一打ち、まずは街の外へ。


 俺の移動スピード、以前は重装モードでの全力ダッシュが最速だった。まあ、被害もかなりのものになるが。

 だが、今は銀狼の鎧で風をまとったときが、一番早い。なにしろ、制御不能になるくらいなのだから。


 軍議の時に見た地図では大陸南端までは、かなりの距離があった。

 急がば回れ、だ。着替えている時間を差し引いても、飛んだ方が早い。

 地図が正確なら、だけど。


 郊外で地に降りてから、ヒノモトまでは全力ダッシュだ。多少の被害は、目をつぶろう。

 人だけ轢かなきゃ、それでいい。

 すぐにヒノモトが見えてきた。


 お、なんだろう、全戦力が集まってないか?

 普通の仕事には回らなかったのかな?

 リムと大和の気配もある。予想外だが、好都合だな。


「おお、我が君!」

「どうした、勢揃いじゃないか」

「ルーデンス側の対応如何によっては、万一の事態も考えられましたもので。局長ならば、ブラウゼル卿とお二人でルドンを相手に戦争も有り得る、と考え、準備を整えておりました」


 なるほど、ね。

 ルーデンスを敵に回しても怖じずに備えてくれているとは、本当に嬉しいなあ。


「当面、ルーデンスと敵対することはない。ただし、仕事は増えるぞ。今後、ルドン騎士団が、南方の反乱鎮圧に出陣する。騎士団不在で治安の悪化が懸念されるところだ。縄張りの引き締めを頼む」

「我が君のみ心のままに」

「俺とリムはしばらく別行動だ。リム、大和と一緒に南方へ走ってくれ。目標はロードアイ」

「うん。南の端だったっけ」

「太郎丸と共に全力で走れ。俺もすぐに追いかける」

「分かった。ヤマト、タロウマル、行こう」

「御意」


 三人は、一瞬の迷いもなく走り出した。すぐに見えなくなる。


「局長は軍勢を相手にされますので?」

「状況によってはな。ただ、リムたちを連れていくのは保険みたいなものさ。どちらかと言えば、竜狼会が動いたという証明のために来てもらうような面もある」

「ロードアイが相手なら、敵はベネフィット公爵ですな」

「そうだ。あと、タントが暗躍していると思われる」

「考えられることです。タント王光騎士団おうこうきしだんの一部が南方へ向かったという噂を、昔に耳にした覚えがございますれば」

「なら、そいつらが相手だろうな。行ってくる。こちらは任せるぞ」

「かしこまりました。御武運を」


 部屋に走れば、シャナが待っていてくれた。

「お帰りなさいませ」

「うん。でも、すぐに出るんだ。支度を頼む」

「かしこまりました」


 太郎丸はもう行ってしまったから、今の俺は、薄手の平服だ。

 それすらを脱ぎ捨て、銀狼の鎧を身に付け始める。

 鈴音の助けも借りて、手早く、素早く装備を整えた。

 最後の留め具を締め付ければ、身の内から溢れる力の感覚がある。

 よし、準備は万端だ。


「お邪魔するよ」

「凛か、どうした?」

「ロードアイを相手にすると聞いたからね。彼は先王崩御の折、王子であった現王と王位を争ったんだよ。私が生まれる前の話だから、直接の面識はないんだが、かなりの食わせものだったとは聞いている。野心と慢心が王位に相応しくないとして、槙野家は現王側を支援した」

「なるほどね。小うるさい槙野家と言っていたよ」

「気を付けた方がいい。一筋縄ではいかない相手だという話だ」

「どうだろうなあ。正直、ベネフィットの命は風前の灯だと思うが。恐らく、タントはやつを切る」

「ならば、食わせもののベネフィット公を手玉にとったタントが相手ということになるな」

「なるほど、どちらにせよ、気を付けなければならんということか」

「ああ。御武運を」

「ありがとう、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」


 二人に見送られ、俺は部屋の窓から飛び出した。

 いかん、最近横着が過ぎないだろうか。

 そして、その行動は、バレバレだったようだ。

 厨房の窓から、ルクアが手を振っているのが見えた。

 俺がここから出る、と見抜かれていたようだ。


 皆に見送られながら、高度をあげていく。

 まずはブラウゼルを拾って、それから南だ。

 間に合うだろうか?


 これが杞憂ですむ、とはいかないだろうなあ。

 まったく、タントめ。恐ろしい国だぜ。


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