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 とりあえず、有無を言わせず侯爵以外全員を部屋の外に追い出した。

 まあ、扉を閉め切るのだけは勘弁してやろう。中での会話も気になるだろうしな。


「侯爵、そう怯えるな。大手柄なんだぞ。ロードアイの王は、俺との面会を切望していた筈だ。誉められこそすれ、責められる謂れはないだろう」


 それでなくとも悪かった侯爵の顔色が、さらに青ざめる。

 俺が何をしようとしているか、察するものがあったのではないだろうか。


 だが、同時にもう、観念しきっている。

 いっそ開き直りとも言える様子で首を振ると道具操作を終え、俺に最敬礼して見せた。

 それを受け、俺は安楽椅子に腰を下ろす。まるで、この部屋の主が俺であるかのように。


 それとほぼ同時だった。

 道具の表面に幾何学模様の光が走ったかと思うと、椅子の目の前にあった壁が音もなく消えていったように見えた。

 消えた壁の向こう側は、こちらと同じような部屋になっていて、向かい合わせになった部屋の間の間仕切りを外しただけのようにも見える。

 凄いな。見た目だけで言えば、空間を繋いだと言われても納得しそうだ。


 ただ、鈴音の感じる風の流れからすると、部屋の壁は変わらずに存在しているし、どうやら壁全面がスクリーンみたいになって向こうの部屋を投影しているだけらしい。

 開いた扉越しに、廊下のどよめきが聞こえる。まあ、驚くだろうな。


 雑音は消すか。扉の辺りに風のスクリーンを作り、音を遮断する。

 会談が始まれば、中の音だけ外に出してやろうかね。

 根源法は、イメージだけで使えるから便利だなあ。これを魔法回路でやろうと思ったら、どれだけの条件付けとか必要なんだろうか。

 まあ、そもそも魔法回路がどういう仕組みなのか自体、さっぱり分からんが。


 それから間もなく。

 向こう側の扉が開いたかと思うと、服を着崩した美丈夫が入ってきた。

 ちょっと心配していたのだが、扉の向こうはカメラ範囲外らしい。いきなり現れたように見える。

 この分なら、こちらの扉の外は向こうからも見えないな。息を飲んでいる騎士団の蠢きも、気付かれずに済みそうだ。

 集音性能はかなりあったが、まあ、室内に響いた音を拾ったというところか。風の守りがあれば、漏れる心配もあるまい。

 一安心して、改めて入室してきたやつの姿を眺める。


 パッと見た印象は、やたら若々しい覇気に溢れたおっさん、だった。

 正直、年齢不祥な感じである。

 思わずハッとするほどに整った顔立ち。文句のつけようのないイケメンっぷりだな。

 なんだろう、芸能人なんかで、とても還暦に見えないミュージシャンとか、何十年も体型の変わらない女優とかいたけど、まるで、そんなアイドルスターのような輝きがあった。

 着崩した服にも、だらしなさではなくラフな魅力があるような気がする。


 あれだな、着崩した服も格好いい。ただし、イケメンに限る、ってやつだ。


 覇気があり、イケメンで野心も十分、オーラとでも言うか、何かの輝き、カリスマにも満ち溢れている。そして、王家の血筋。

 ああ、きっと回りが放っておかなかっただろうし、栄光の未来が約束されていた筈だ。

 なのに、彼は流刑先で陰謀に明け暮れている、と。


 彼に何があったのか、それは決して具体的には分からない。

 だが、なんとなく察しがつくような気もする。


 その根拠。

 それは、彼の目だ。


 傲慢、上から目線など、表現はいろいろ出来るだろうが、きっと彼は自分以外の全てを見下している。

 俺のことも、もちろん都合の良い駒としか思ってないに違いない。

 こいつは、俺と竜狼会を、コントロール出来ると思っている。

 入室してきた時に、俺がひれ伏すのを当然のように期待していた筈だ。

 まだお互い名乗ってもおらず、相手が誰だか分からない状態であるにも関わらず、立たない俺に対して蔑みのような、憤慨のような目線を向けてきたのだから。


 こいつとは、合わないな。正直、ムカつく。

 本体は遥か彼方だ。鈴音が届かないのがとても残念だよ。

 侯爵はひざまずいている。


「アイクラッド、首尾を聞こう。エルゼールの小僧はどうなった。それとだ。こいつが例の小僧か」


 いきなりなご挨拶だな。

 こいつは自分の企みが失敗するとか、考えたことはないのか?

 それとも、それだけ傲慢になっているということだろうか?

 いずれにせよ、いい気持ちはしないな。

 侯爵が答えるより先に割って入る。


「誰だよ、おっさん」

 小僧呼ばわりしてくれたんだ。ジジイと呼んでも良かったかな?


 ビシリ、と、空間にヒビが入る音がしたような気がした。

 さて、怒り狂うか、それとも一周回って、俺を背伸びした子ども扱いするか、こいつはどっちだ?


「こちらにおわすは、畏れ多くも先王陛下の弟君にあらせられるベネフィット公爵閣下に御座います。疾く、控えられませ」


 侯爵の合いの手は絶妙のタイミングだった。

 激発の機先を制したというべきか、一瞬の間を作るのに成功していたのである。

 公爵にも一呼吸の間が出来てしまった。反応はちょっと読みきれなかったなあ。


「ふうん、そうか。あんたが商談希望の相手って訳だな」

 まあ、対応を変えるつもりもないが。


 ただ、これでこちらの主張が正しく伝わってくれるといいんだけどな。

 俺に何かを言うのなら、それなりの対価が必要だぞ、という主張だ。


「エルゼールの顛末なら、大体あんたの望み通りになったんじゃないか? 百叩きを食らって、まあ、とても不本意な結果だったんだろうな」


 何が、とは言わない。

 棒を折れなかったのが不本意そうだったわけだが。


「ちっ、その程度か。アイクラッド、詰めが甘いな」

「無理を言うなよ。勝って当然の相手に負けたのなら、そりゃあどんな処分だって出来るだろうがな、相手は俺だ。負けるのが当然とすれば、処分も甘くせざるを得ない、そんな判断があったって不思議はないんじゃないか?」


 ああ、こんなことばかりしていると、リムにまた、悪辣だ、とか言われるんだろうな。

 話の主体を侯爵から俺に向けるよう、口を挟む。

 決めるなら早いうちに決めなければならない。相手が俺を侮っている間に。

 この伝信以上に早い情報伝達手段はないだろうから、そこだけが俺のアドバンテージだ。


「で、エルゼールの失脚を画策していたあんたは、エルゼールに勝った俺に何を望んでいるんだ? 言っておくが、仕官ならお断りだぞ」

「アイクラッド、説明しろ。どういうことだ」

「なんだ、口説き落としてから会わせろとでも言っていたのか? そりゃまた、詰めの甘い話じゃないか。決定権があんたにあるなら、あんたが出てくるのが筋だろう。俺と話したきゃ、あんたが顔を見せるべきなんだよ」

「小生意気な小僧だな。話に首を突っ込みたいなら、名乗れ」


 ふふん、その手に乗るか。

 軽く笑うだけにとどめ、俺からは口を開かない。

 しびれを切らしたか、公爵の眉が跳ねた、その頃合いを見計らい、侯爵に顔を向ける。


「そろそろ紹介してやらないと、向こうも待ちきれないんじゃないか?」


 ここで話を振られると思っていなかったのか、侯爵は愕然としている。

 そうかなあ、そんなに変かなあ。向こうのことを俺に紹介してくれたんだから、俺のことも向こうに紹介してくれてもいいだろう。同じように、な。


「閣下、こちらにあらせられるは、縹局、竜狼会局長のタカナシ・ユウ殿に御座います」


 内心は渋々、かも知れないが、そんな素振りは毛ほども見せずに、侯爵は俺を紹介してくれた。対等に。

 うん、ありがとう。


「さて、話を戻そうか。俺に何を求めているんだ?」

「ふん、どこまで察しておるつもりだ、言ってみよ」


 お、そう来たか。

 発言はあくまで俺にさせるつもりだな。これは癖か、それとも意図か?

 自分自身が言質を取られないこと、そこにこだわっているようだが。


「勘違いするな。商談を持ちかけたいのはそちらだろう。俺が売り込みに来た訳じゃない。俺が何を察していようと、それが何か関係あるのか? 必要なのはあんたが俺に求めることと、提示できる対価。それに折り合いをつけられるかどうかが俺の考えるべきことだ。違うか?」

「ふん、食えん小僧だな。良かろう、話に乗ってやろうではないか」


 よし、一歩近付いたかな。

 それにしても、あくまで選択権は自分にあると信じたいんだな、公爵は。


「俺に求めるものはなんだ」

「戦力」

「相手は」

「商談が成立もしておらんのに、言えると思うのか」


 まあ、普通ならそうだよな。だが、ここは強気でいこう。


「話にならんな。はい、引き受けましょう、敵はどこですか、と聞いてエスト山脈山頂とか言われても、こちらの契約不履行になってしまうじゃないか」

「極端な小僧だな。そこまでの無茶を言うものか」


 あれ?

 そうかなあ。ルーデンス正規軍を相手にしろというのも、似たようなものの気がするんだが。

 まあ、いい。ここが攻め時だ。手を緩めるな、祐。頑張れ、俺。


「嘘だな。無茶な相手でないのなら、俺を商売相手にする必要がない。俺である意味がある筈だ。誰でもいい仕事なら、別の誰かに振れ」


 公爵の言葉が止まった。

 見えるのは迷いだ。まあ、当たり前だろうとは思う。ここまで権威の通じない相手と向き合うのが、きっと初めての体験の筈だ。

 結局、こいつはイエスマンしか相手にしてこなかったということだろう。

 そして、敵対してきたやつは、権威に反抗、反発するやつだった筈だ。

 プラスかマイナスかの違いこそあれ、前提として権威に縛られていることに変わりはない。


 その点、俺はそもそも権威を無視している。

 これは、しもべ達による個人としての絶対的な生存能力、地球、日本で培われてきた価値観、エルメタール団を皮切りに常に公的権力の外側に居続けたことで確立したまつろわぬ道、全てが重なりあえばこそだろう。


 つまり、俺だけの立ち位置だ。

 そう考えれば、公爵もやりにくいに違いない。


 おお、俺にはもう一つのアドバンテージもあった。

 実体験こそないが、似たようなシチュエーションはよく本で読んだ事がある。権力を虚仮にしたがるラノベなんか山ほどあるしな。

 せいぜい、参考資料にでもさせてもらおう。


 浮き世から離れれば、浮き世のしがらみに縛られることもない。ルーデンスに組み込まれる気がないのなら、こいつの権威も俺にとっては張りぼてだ。

 敢えて興味をなくした体を装い、席を立つ。


「ああ、興味深いものを見せてもらったことだけは感謝しておくよ。タントの魔法回路も面白いことができるものだな。俺も作って貰えるかどうか聞いてみよう」

「なっ、ちょっと待てい!」

「なんだよ、俺がタントとも商売してるのは知ってるだろう? 」

「知ってはおるが、そうではない。まだ商談は終わってなかろう」

「俺にとっては、商談などまだ始まってもいない」

「ぐっ……」


 公爵の顔が歪む。イケメンが形無しだな。

 意外と老けているかも知れん。国王の叔父に当たるなら、そうか、ルドン公の一世代前になるんだよな。還暦くらいか?


「俺の戦力を、どこに向けたいんだよ」


 立ったまま、公爵を見下ろしてみる。

 座ったままの相手に対し、こちらが立つとなれば、普通は格下にも見えるのだろうが、今回は逆だ。

 上から、威圧するんだ。

 さあ、公爵のプライドはどちらに転ぶだろうな。


「……小僧の望みは何だ?」

 小さな呟きが聞こえた。


 本気で、悩んでいるらしいな。鈴音に聞こえるなど、まあ、想定外だろうしこの呟きは本音の筈だ。だとしたら、意外と押せるかもな。


「俺はいつまで待てばいいんだ。ルドン公からは謁見の希望を受けたし、暇ではないんだよ」

「その方、よもやルーデンスに……?」

「お門違いだ。何を言われようと、仕官するつもりなどない。ただ、格式のある国らしいからな、はいそうですか、とはいかんだろうよ。しがらみが多いというのも難儀な話さ」


 殊更に溜め息をついて見せる。


「その方が望むは自由か」

「自由を望まない人間がいるのかね」


 かかったかな?

 俺の望み、とやらを、これで汲んでくれるかね。


「ならば、余のもとへ来い。対価は自由だ」

「意味が分からん。あんたに仕官するのと何が違うって言うんだ」

「従うのは一時で構わんということだ。余の望みに助力せよ。余の大望が果たされた暁には、その方の自由を保証する」

「やっと対価を提示してきたか。ようやく交渉らしくなってきたじゃないか。ならば、あんたの大望とはなんだ」

「玉座」


 よし、言い切った。流刑の身の上で玉座を望むか。まあ、謀叛の志、決定だよな。

 ただ、望むだけなら自由だからな。もう一手、欲しい。


「反乱、か?」

「簒奪された王位の奪還、だ」

「俺にとってその違いは無意味だ。南の果ての妄言に付き合う益もない。重厚な王国騎士団や王宮騎士団を相手にあんたが剣を振り上げたとて、王国には痛くも痒くもないだろうよ」

「なればこそ、その方の力が欲しい。エルゼールを退ける武力、国の勢力地図を塗り替えるのに不足はない」


 おお、開き直ったか。俄然、口が滑らかになったじゃないか。


「おいおい、俺一人に働かせる気かよ」

「呼応する戦力がある。いずれサルディニアの大侵攻に合わせて旗揚げをすれば、タント、モス・ロンカはもとより、リストにも参集する兵がおる」

「へえ、四方から攻め込むのか。たいした計画だが、実現性はどれ程あるんだ。四方の国が参画するならば、それなりの大義が必要だろう」

「余の大義は文化の保護、継承だ。いずれ現王は大陸制覇の野望に取り憑かれる。だが、その野望はルーデンス初代王の轍を踏むまいと、厳しいものになるだろう。初代王は大陸を治めながら、原初の四氏族に配慮した結果、後の独立戦争を招いたのだからな」

「あんたは違うのか」

「余が欲しいのは、余が継ぐべきであったルーデンスの玉座、それのみよ。四方を威圧する気はない。余の戦争を契機に四方の国が結べば、余の旗のもとに連合制も出来よう。それぞれの国の文化を守りながら、大陸に新たな歴史を築くのだ」


 力説する公爵の言葉には、確かに輝きがあった。

 なるほど、これがカリスマか。

 話自体に筋も通っている。


 だが、信じられるかどうかは、また、別の話だった。

 今まで見てきたルーデンス人の中から、いきなり連合国家の話が出てくるなど違和感しかないしな。

 歴史に飛躍がありすぎないか?

 ついでに言えば、余の旗のもとの連合ってなんだよ。それが制圧でなくてなんだと言うんだ。そういう意味では、こいつも意味が分かっていないんじゃないだろうか。まるで、言葉だけが一人歩きしているような印象さえあるぞ。


「それで、あんたが俺に望むことは、結局なんなんだ」

「大侵攻に合わせ、四方より決起する、それに呼応して中央の要となれ。エルゼールを凌ぐその方の武力なら、充分にその任に耐えよう。その方がおれば、小うるさい槙野家の口を封じることも出来ようしな」


 なるほど、そうきたか。

 それにしてもなんだな、槙野との繋がりを中途半端に知っている。

 ブラウゼルは中途半端な情報に踊らされて突貫してきた。こいつによる情報操作かと思っていたが、違うかもしれん。こいつすら踊らされている道化なんじゃないか?

 さて、誰が得をする?


「なるほど、話は分かった」

「うむ、余のもとへ来い」


 侯爵が浮かべている沈痛な表情に、こいつは気付いていないんだろうなあ。

 ともあれ、こういう時の返事は、決まっている。

 いや、むしろこう言わねばならない。


「だが、断る」

 と。


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