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「さて、続きといこうか。ブラウゼルの処分はどうなる?」

 放心状態の侯爵を捨て置き、俺は壇上のルドン公を振り仰いだ。


「はてな、ブラウゼル卿に罪有りとは見えぬようだが、騎士団長、どうしようかね」

 なんだ、この怠惰っぷりは。

 もう無能の仮面は剥がれているんだから、今さらにしか見えないが。


「今の証言を真実と見なすならば、確かに罪は減じようかと考えますが……。しかしながら、独断専行、命令無視の罪は罪、相応の処分を検討せねばなりますまい」

「侯爵に着せられかけた汚名を除いても、確かに目に余るものがあるかね。罪一等を減じようにも、侯爵の非を明らかにしたのは本人ではないからな」


 あら、こんなところで俺が足を引っ張ったか?

 まあ、俺が引っ掻き回さなければ、侯爵はこのまま逃げおおせたのだろうとも思うけど。


「ブラウゼル卿、これからどうするね。南王朝に対し、卿はどうする?」

「謀叛の志在りとして、断罪致します」

「戦争を起こすかね」

「恭順するならばよし、しかしながら、戦も辞さぬつもりにおります」

「王族に剣を向けるかね」

「陛下に仇なすならば、それは敵です」


 お、これはルドン公に対する牽制でもあるのかな?

 面白くなってきた。


「独断専行をたしなめられたこの場において、よくぞ吠えた。ルドン騎士団をあてにしているのかね。単騎ならばいかにする?」

「彼我の戦力差が如何なるものであれ、大義を曇らせるものではありません」


 うん、それはその通りだな。俺だって同じことを言う。いや、むしろツァガーンたちにもそう言ってきたか。


「よろしい。では処分を言い渡す。ブラウゼル・フォン・エルゼール。金剛棒百打擲(ちょうちゃく)の刑を課す。しかる後、軍議に参加せよ」

「慎んでお受け致します」


 なんだって?

 棒打ち百って、滅茶滅茶重たい刑じゃないか?

 昔に読んだ話では、ほとんど死刑と同義と書いてあったぞ?

 この期に及んで、まだブラウゼルを処断するのかよ。


「それがお前らの答えか? 大層な処分じゃないか」

「そうだな。見せしめの部分があることを否定はしない。如何に侯爵家の御曹司とはいえ、罪は罪とせねば、国の根幹が崩れよう」


 やっぱりそうか。

 国の体面のために、不当な罰を与えるというのか。

 俺は、それを止めるためにここに来たんだ。ルドン公、お前も俺が止めるべき相手なのか!


「ユウ、待て」

 不満が顔に出ていたのだろうか。ブラウゼルに制止される。

「察してくれ。この刑がどれ程の温情によるものか」


 なに言っていやがる。

「温情があろうがなかろうが、不当な罰は不当だろうが。棒打ち百なんて、普通耐えられるものじゃないぞ。余程の重罪でもなければ、百も打たないだろうが」

「その通り。ユウ殿の言う通り、温情などと思わぬことである。自身の命令違反が如何に重い罪か、深く自覚せよ。侯爵家に温情ありと思われるのも業腹だ。絞首刑などでは、縄が切れれば無罪などとする向きもあるようだが、容赦はせぬ。たとえ棒が砕けようとも、百、打ちきるまで許しはせぬものと心得よ。さあ、時が惜しい。即、刑の執行を進めよ。金剛棒を百、用意するのだ」


 お、あらら。

 金剛棒を百、用意するだって?

 もしかして……。


 そうか。そうだよな。世間的には凄く重たい刑罰だったとしても、それがブラウゼルにとってどうか、という話か。

 なるほど、余人に耐えがたい棒打ちであっても、この頑丈な黄金騎士にとっては涼しいもの、むしろご褒美かもしれん。

 考えてみれば、ブラウゼルの方が棒よりも固いのだろうから。

 ブラウゼルにとっては苦痛でもなく、それでいて世間的には重たい罰をイメージさせるとは、この刑のチョイス、かなり見事なんじゃないだろうか。


「ブラウゼル、そういうことか」

「貴様が何を言っているのかは分からんが、棒で打たれる修行なら子どもの時から繰り返している。それも、百どころの数ではなく、な」


 我慢どころか、修行扱いかよ。


「分かったよ。大体分かった。ならとっとと、行ってこい」

「非情の断罪なんだ、もう少し神妙に送り出したらどうだ」

「うむ、死ぬなよ」


 かすかに笑うブラウゼルに、俺も少しだけ笑い返し、俺は椅子に戻った。

 堂々と胸を張って連行されていくブラウゼルを見送る。


 そしてその後を追うように、侯爵と三羽烏も連行されていった。侯爵と言えばかなりの地位だ。いくら有罪確定とはいえ、普通は身分に憚るものじゃないかとも思うのだが、結構容赦なく引きずられていっている。まあ、ルーデンスの普通を、俺は知らないわけだが。

 カルナックも、一度俺に深く頭を下げてから、退出していった。

 これから証拠の提出など、少し忙しくなるのだろうな。


 業務に入った忙しさを見せる会議場、順々にほとんどの人間が退出していくなか、俺と公爵だけが差し向かいで残っていた。


「謁見前にとんだ場に臨席いただいた。改めて名乗ろう。ルドン公爵、フェイフォン・グレンデールである」

「縹局、竜狼会局長小鳥遊祐だ」

「謁見準備が整うまで、今しばらくお待たせすることになろう。許されよ」

「気にするな。いや、むしろ形式など不要。このままで俺は構わないが」

「国の格式を歯牙にもかけぬな、本当に」

「まあな。気にするいわれがない」

「強制も出来ぬか。こちらからの登城要請に応じていただいた身としてはな」


 ふむ、思ったより柔軟な対応だ。

 しかしなんだな、テンプレか、と言いたくなるような小悪党が蠢いているかと思えば、ライフォートを始め、国のトップ連中になればなるほど、こちらの考える以上の柔軟な対応を見せてくれる。ルーデンス、懐が本当に深いな。

 もしも俺がエルメタール団に拾われず、また、扶桑人でもなかったならば、きっと喜んでこの国に骨を埋めていたのではないだろうか。

 今となっては、どの国に属するわけにもいかないが。


「まずは礼を言わねばなるまい。ブラウゼル卿の不当な処断を回避せしめ、背信の徒の謀略を明らかにした件、貴公が我が国の騎士ならば勲章をもってでも報いるところなのだが」

「要らん」

「で、あろうな。無理強いをしようとは思わぬ。縹局とやらも、本拠はヒノモトだったか」

「ああ」

「我が領土の埒外らちがいにあるもの、干渉はせぬ。また、ルーデンスの保護を求めてもおるまい」

「その通りだな。自己責任、と言ってもいいぞ。ルーデンスの庇護は求めん。その代わり、ルーデンスに朝貢するつもりもない」

「これが国王ならば、それを聞いてただ頷くわけにもいくまいが、余にその権限はなく、また義務もない。願わくば、良き関係を継続されんことを」


 ふむ、利益を供する限り勝手を認める、ということかな。

 その対応は、楽でいい。

 まあ、勝手を認めてもらう事を目的に利益を与えたり便宜を図ったりする気もないが、縹局が縹局の仕事をして結果的にルドンが潤うなら、それこそこちらの知ったことではない。

 相互利益万歳、といったところか。


 さて、ここへ来た概ねの目的は果たした。

 あとの心残りはひとつだけだな。


「軍議をすると言っていたな」

「左様」

「南方への出陣が議題か?」

「機密というのも今更な話であるな。左様、南方王朝への宣戦布告が検討課題となるだろう」

「軍議へ参加していいか」

「ルーデンスにくみするがごとき行いぞ。本当に良いのか?」

「本当はブラウゼルをさらって行きたいんだが、あいつは軍と足並みを揃える事を望むだろう。仕方あるまい。南の偽王には俺とあいつとの勝負に水を差した、その落とし前をつけてもらいたいのさ」

「縹局が軍と共に動くか。心強い援軍と言えような」

「否、だ」


 ピシャリと遮る。

 ここだけは譲れない。


「縹局は国に依らない。国軍と共に動くこともない。正当な商売の手順を踏むならば、南方とて変わらぬ商売相手だよ。これは俺個人の問題だ。竜狼会としてではなく、小鳥遊祐として、虚仮にされた仕返しに行くのさ」

「なるほど、理解した。しかしながら、世間は縹局がルーデンスと共に動いたと見るだろうよ」

「やむを得まい。勝手に誤解するのは先方の勝手さ。そいつらの顔色で、俺たちのやり方を変えたりはしないよ」

「あいわかった。では、軍議まで今しばらくかかるだろう。ゆるりと逗留されよ。案内のものをつけよう」

「そうだなあ。じゃあ、ブラウゼルのところに案内頼めるか。どんな顔をして処分を受けているのか、それが見たいんだ」


 表面上、ルドン公にはなんの揺らぎも見えない。

 だが、俺には、鈴音にははっきり分かる。

 ホンの微かに、唇の端が歪んだ。あれは苦笑いだろうか?


 なんにせよ、聞いてやがったな。

 ルドン公、やっぱり、油断ならねえ。


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