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「さて、単刀直入に言おう」

 貴族連中の方に視線を向ける。


「ブラウゼル・フォン・エルゼールは、正当な手順を踏んで俺に会談を申し込みに来ようとしていた。会見場所を森に設定したのは俺だ。そして会談の中で、双方に譲れぬ大義を見いだし、私怨無く刃を交えた。故に結果に遺恨もない。ブラウゼル卿は宣戦布告の上、俺が無視した王家の誇りを守るために剣を抜いたぞ」


 貴族連中が、ポカンと口を開ける。そんなに予想外だったか?

 騎士団長も驚きを露にしていたし、今回ばかりは、さすがにルドン公も瞠目したようだ。

 ブラウゼルだけは微妙だったな。俺が敬称をつけた瞬間に、なんとも言えないしかめっ面を浮かべたものだ。


 慌てたのは三羽烏だろう。

「あ、え、ユウ殿?」

「は、話が違う……」

「ハッ……!」


 うん、語るに落ちたな。気づいても遅いぞ。


「話が違う、か。教えてくれ、どんな話を期待していたのか。俺が何と言うと思っていたのか」

「あ……う……え……」


 救いを求めるような視線がさ迷い、侯爵に向かう。

 さすがに侯爵は大したものだった。

 表面的には動じた気配もなく、三羽烏の視線を、無いものとして振る舞っているようだ。


 ただ、鈴音の目を誤魔化すことは出来ていない。

 微かに舌打ちをしたのは明らかだったし、一瞬だけ、三羽烏を睨み付けたのも分かっている。


 まあ、こいつは真っ黒だ。

 はっきり言えば、こいつは敵だ。

 ただ、証拠がなかった。


「どうした、教えてくれと言ったぞ?」

「グラール子爵、これは一体どういうことかな? 縹局局長殿の証言はこれ以上ないくらいに説得力のあるものだったが、これ以上の何を貴公らは求めていたのか? ブラウゼル卿の非を追求していたようだが、如何なる存念をもって王国騎士殿を糾弾していたのだ?」


 俺の尻馬に乗って、三羽烏を追求する体勢に鞍替えした変わり身の早さよ。

 侯爵はあくまで、無関係を装うか。

 ならば、話は早い。

 俺の敵は侯爵、お前だ。


 立ち上がり、ゆっくりと、歩を進める。

 貴族連中、三羽烏など無視だ。ただ真っ直ぐ、侯爵の目の前に立つ。


「助けを求める仲間を切り捨てるか。立派なものだな」

「これは異なことを。一体何の言いがかりか」

「ささやかな舌打ちだったな。聞こえないとでも思ったか」

 一瞬、侯爵の頬がひきつる。だから、鈴音には見えちゃうんだよ。


「王都でな、俺とブラウゼルは私闘になりかけたそうだ。知っていたか」

「先程、子爵がそのようなことを述べておったな」

「それ以前に聞き覚えはないと?」

「左様」

「そうか、下級貴族でも知っていた程度のことを聞いていないとは、なんとも遠い耳だ。侯爵の位は飾りか? いや、それとも俺の知る制度とは違って、ルーデンスでは子爵位の方が地位が高かったりするのか」

「ぐっ……、なんという無礼なもの言いか」

「ほう、言い方が問題か、内容ではなく。ならば、お望み通り慇懃無礼に言い換えてやってもいいが、いずれにせよ侯爵位は飾りということだな」


 侯爵の顔が醜く歪む。だが、激発するまでには至らなかったあたり、まだまだ自制は健在か。

 この表情の変化も、無礼な若造への怒りで説明がついてしまうものであり、攻め込む材料にはまだまだ足りない。


「そこの子爵と男爵はな、他にも色々教えてくれたよ。ルーデンスは歴史の古い国だそうだな。俺が自由に振る舞うには制約が多すぎる程度には」

「それが何か。歴史の講釈が必要かね。確かに国王の配慮に胡座をかいてさえいなければ、若造の戯れ言を不敬罪に断ずる程度には格式のある国だよ」


 ははは、自制も乱れたか。あるいは、自己の権力を頼みすぎているのか。

 俺の殺意を止められる何かを、持っているとでも思っているのだろうか。


「そこの三人に協力すればな、その制約を外すことが出来るそうだ。たいした権限だよな」

「何を戯けたことを。そのような裁量を認めた覚えはない。認める国でもない」

「だろうな。だから、後ろに敵対勢力がいるんだろ。ルーデンスの転覆を狙う勢力だ。王都でも茶々を入れてくれたが、魔獣に備えるよりもルーデンスの国力を下げることに腐心するような連中ということになる。そいつらの使いっ走りらしい三人組と、お前はあくまで無関係ということでいいか?」

「知らぬ。あまりに妄言が過ぎるのではないか。一体なにを……」

「皆まで言わなくていいぞ。こういうとき大体、証拠は何だ、というのがまあ決まり文句みたいなものだ。お前の叛心を裏付ける証拠があれば、苦労はない」

「若造、言いがかりを認めるか」


 少し余裕が出てきたかな。証拠がないことに安心しているのは明らかだ。

 さて、見守るルドン公の様子はどうだ?

 敵対勢力の筆頭になりうるかと思っていたのだが、これまでのところ、それを匂わせる様子はないな。

 むしろ、俺が侯爵に詰め寄っているのを興味深げに見守っている感じか。

 ふうむ、ルドン公と侯爵は、別の勢力かね。


「お前の関与を直接示す証拠はない。だが、俺の言葉が妄言でもないことをそこの三人が証明している。話が違う、お前も聞いた言葉だろう?」

「それが真なら由々しき事態と言える。グラール子爵を筆頭に、三人には釈明の必要があろう。だが、それは別の機会にすべきであり、この場に相応しい話とは言えないのではないかね」


 完全に切り捨てに来たな。

 疑わしきは罰せず、とでも思うのか?

 自分だけは生き残れるとでも?

 俺は心底気の毒そうな表情を意識しながら、軽くポン、と、侯爵の肩に手を置いた。


「今まで、さぞ苦労してきたのだろうな、お察しするぞ。下級貴族の暴走を全く把握も掣肘せいちゅうも出来ない程度で、身の丈に合わない侯爵位はさぞ重荷だったことだろう」


 瞬間、激発した侯爵が思わず立ち上がろうとする。

 ふん、出来るものかよ。太郎丸のパワー、お前の怒り程度で揺らぐとでも思うか。

 肩を抑えられているだけで全く身動きの出来なくなった侯爵も、ようやく悟るものがあったのか、顔から血の気が引いていく。


「無関係だと、言い張るんだな」

 首に真一文字に斬線が見える。


「そこまでだ、ユウ」

 近付いてきているのは分かっていたが、ブラウゼルが俺の肩に手を置く。


 あからさまにホッとしたか、侯爵の全身から力が抜けた。

 ふむ、ブラウゼルよ、この期に及んで、お前はまだこいつを庇うのか?


 肩越しに振り返れば、真っ直ぐに俺を見返す瞳があった。

 今までで見たことのない、今までで一番澄んだ瞳。

 そうか、庇いに来たわけではないのか。ならば、任せるか。


「これは、俺が断つべき罪だ。ルーデンスの闇、陛下に仇なす膿だ」

「ブ、ブラウゼル卿、一体なにを……?」

 侯爵は腰が抜けているのか、さすがに覇気が失せている。ならば、その前に立ちはだかる黄金騎士は絶対の壁だろうな。憐れな奴。


「ユウ、ルーデンスには南王朝があるんだ。南の果て、廃嫡されながら死を免れた王族の流刑地ロードアイ、そこで野心を捨てきれず、北に謀略を仕掛けてくる僣称王が」

「なるほど、納得だ。こいつはその手先というわけだな」

「い、言いがかりだ、なにを根拠に! ブラウゼル卿、同じ侯爵家と思って目をかけてきたが、不敬にもほどがあるぞ!」

「南に魂を売った貴様にルーデンスの侯爵位は重すぎる。同じなど片腹痛い」


 さすがに軍法会議の場で武装は認められなかったのだろう。剣こそないが、だが、並みの鈍器よりよほど凶悪な拳が固められる。


「証拠隠滅を徹底している貴様を相手に、裁判など時間の無駄だ。証拠など不要。全ては心珠に聞く」

「暴論だ! 無罪で取り返しのつく話ではないぞ! 証拠も無しに、わしを、侯爵であるこのわしを害そうと言うのか!」

「無罪なのか?」


 真っ正面から問われた瞬間、言葉に詰まったあたり、もう完オチだよな。

 笑うしかない。

 そう思ったら、本当に爆笑が聞こえてきた。

 貴族連中の末席に座っていた、恰幅のいい初老の男だ。

 誰だよ、こいつ。


「アイクラッド侯爵、こうなったらもう駄目ですよ。覚悟を決めましょう。証拠ならあります。動かぬ証拠が、あるんですよ」

「カルナック! 正気か!」

「もちろんでございますよ、侯爵閣下」


 カルナック?

 ならばこいつが、グリードとつるんでいた商人か。なんでこんなとこに、とも思うが、よくよく考えたら商会連合の筆頭におさまっていたんだっけ。


「これは私の過去の罪の告白でもあります。かつて私は確かにロードアイと交易を持ちました。明白な国家反逆罪ですな。その折に、アイクラッド侯爵を交えて確かに商売させていただいたことを裏帳簿に残しております」


 なるほど!

 ヴォイドが持っていたカルナックを失脚させうる資料がこいつだ!

 アルマーン老の手に渡り、首根っこを押さえられる原因となったネタが、この事だったんだ。


 くそっ、こいつはなんて厄介なやつだ。

 今の自分の利用価値を正確に把握している。


「お前がカルナックか」

「竜狼会局長ユウ様におかれましては、お初にお目にかかります」

「随分としたたかなことだ」

「恐縮にございます」


 悪びれる様子すらねえ。

 なんてことだ。この場で自分から公表することで、アルマーン老の手にあるカルナックの弱点が一瞬で無価値となった。

 もはや、アルマーン商会がカルナック商会の上に立てる理由がない。言わば、強請ゆすりの種が無くなってしまったようなもの。

 改めて、対等な商人同士の関係になってしまったのだ。

 カルナック商会は、アルマーン商会の下から脱出を果たしたのである。


 本来なら南王朝とやらと通じるのは重罪なのかもしれないが、今回は自首したと共に侯爵家の罪を明らかにしたということで、司法取引に近い、情状酌量を勝ち取ることも出来る筈。

 なんてことだ。丁稚から一気に自由の身になってのけたぞ。

 本当に、強かなことだ。


 そして、ルーデンス側が迂闊に処分できない立場であることを、こいつは充分に理解し、利用しようとしている。

 現在のカルナック商会は、ルドンの裏組織のまとめ役であると同時に、竜狼会のもっとも大きなスポンサーという立ち位置にいるのだ。

 ルーデンスが俺に配慮しようとすればするほど、カルナックの身の安全は保証されるというわけだ。


 俺が利用されている。苛立ちを、感じなくもない。

 また、自由の身となったこいつが何を仕出かすのか、読めないのも怖い。


「カルナック、竜狼会局中法度はただ一条」

「存じ上げております」

「今はどれ程惜しまれるか」

「まだ死ぬわけにはいかない程度ですな」


 こいつ、分かっているな。ならば。

 会議場に、澄んだ鈴の音、鞘なりの音が響く。

 一歩踏み込めば、カルナックの目の前だった。


 刹那の抜刀。果たして何人に見えたものかは分からないが、まあ、斬られた本人は分かるだろう。

 首の薄皮一枚が裂かれ、鮮血が一筋、垂れ落ちる。

 まあ、鋭すぎる鈴音の傷だ。すぐに塞がるさ。


「次はない。そういうやり方は、好きじゃないんだ」

「心に刻みます」


 なんだろう、俺が怒ってるのは充分に理解されていると思うんだが、なんだか凄く満足そうに見えるぞ。

 カルナックは、自分の首筋の血を指で拭うと、その血で自分の胸、心臓の辺りに十字を描いた。


「この血に誓いまして、今、この時より、ファブレ・カルナックは、円卓に名を連ねます」

「認める」


 腹は立つ。確かに腹は立つんだが、向こうにしてみれば今までこそが、認めたわけでもない相手の下につかざるを得なかった、腹立たしい期間であったことだろう。

 この軍法会議を機会として、俺たちはお互いを理解する事が出来た。

 本気の味方が一人増えたわけだ。よしとしよう。


 そして同時に、明確な敵をも教えてもらえた。

 ブラウゼルの、力強い瞳を見ればよく分かる。

 うん、あいつもやる気だ。


 南王朝とやら、潰そう。


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