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本日13部一挙投稿【11/13】
どうしてこうなった。
街へ向かう道すがら、俺の横には仏頂面のリムが並んでいた。
話は昨日に遡るのだが。
狼退治の後、しばらく移動して、俺たちは休憩していた。
その時、リムが急に姿を消そうとしたのである。逃げるように遠ざかるリムを相手に、よせばいいのに俺は追いかけてしまった。そして。
どこへ行くのか、と、問い質してしまった俺を迎えたのは、絶対零度の視線だった。
俺のデリカシーの無さを散々に責めたリムは、あれから口をきいてくれない。
時は既に一日過ぎており、今、俺たちの目前には、ファールドンの城壁がそびえている。
たいした意地の張りっぷりである。
嘘です、ごめんなさい。
俺が悪かった。
ともあれ、あれから丸一日、リムは口をきいてくれないのだが、それはそれとして、俺の体にはもっと重大な出来事があった。
トイレに行こうとしたリムを見て、初めて思い出したのだが、異世界に来てから数日、たらふく飲み食いしているにも関わらず、俺自身は一度もトイレに行っていなかったのだ。
どう考えても、これはおかしすぎるだろう。
宴会であり得ないほど食べたあの肉の山は、いったい何処へ行ってしまったのか。
リムが花を摘みに行っている間に、俺は久しぶりに太郎丸を脱いでみた。
倒れも、ふらつきも、しなかった。
横にたたずむ太郎丸は、分かっていたのか、支えようとする素振りすら見せなかったが、俺は、本当に久しぶりに、自分の足で立てたのである。
思えば、異世界の大地に立つのは、これが初めてか。
森の中、全裸で。
うん、街に着いたら、肌着や普段着を買おう。
太郎丸との一体感があまりにも強く、太郎丸の中で全裸であることを、すぐに忘れてしまっていた。
それにしても、見違えるほどに体に肉がついている。食べたもの全てを余すこと無く使いきっているのか、多少痩せぎすではあるものの、もう充分に普通の体に見える。
余分な脂肪はついていないが、鍛えた筋肉も、当然ついていない。ごく普通の体のようだ。試しに木を殴ってみたら、滅茶苦茶に痛かった。
二度とやるまい。
正直、俺たちが設定したしもべの能力には、こんなことが出来そうな心当たりがない。あのノートをしっかりと再現してくれたというのなら、俺自身に敢えてそんな能力を勝手につけたというのも、承服しかねる。
ルールブックの束縛を離れて再現された、しもべの能力なのだろうか。あの神だか天使だかに、二度と会えない以上、これはこれで受け入れるしかないのだが。
困っているわけではないしな。
リムが戻ってくる前に確認を終えた俺は、再び太郎丸に身を包む。
重ねての変態扱いはされずに済んだのだった。
「あー、リムさんや、このまま城門をくぐって良かったよな」
恐る恐るかけた声に、冷たい視線が返ってくる。うう、地味に心が痛い。
だが、リムは、軽く溜め息をつくと、改めて顔を向けてくれた。
「そう。遊歴の武芸者を名乗れば、特に問題はない」
かなりアバウトだが、魔獣が共通の敵であり、人間の国同士は、そんなに緊張が高くないようだ。居住者は身分証明を持っているようだが、旅の者は、高めの入市税を払えば問題なく入れるらしい。
隊商は隊商で通商許可証があったりするらしいが、今の俺たちには無縁の話である。
よし、行くか。
許可証持ちが集まるゲートとは違い、小さな潜り戸のような、身分保証がない者の入り口、そちらに人影はなかった。
そりゃそうか。
外を歩けば魔獣に襲われるこの世界で、保証のない旅をする者がどれ程いるものか。
ノッカーを鳴らす。
しばらくの沈黙の後、カタリと覗き窓が開くと、中から、若い男が顔を出してきた。
「はいはい、どちらさん~? こっちは証明無し用の入り口だよ~」
なんだ、えらく軽い感じだな。こっちがテロリストとかならどうするつもりなんだろう。
まあ、いいか。
「旅の武芸者だ。暫しの逗留を頼みたい。あと、賞金首の確認も、だ」
「おお、久々の遊歴だなあ。いいよ、こっち入んな。何人だい?」
「二人だ。入市税は、賞金から引いてもらおうかな。こいつが有望な賞金首であることを祈るよ」
冗談めかしながら、心珠の入った小袋をかざしてみせる。
「あっはっは~、違いない。じゃあこっちも周辺の治安維持に貢献して貰えていることを祈ろうかな。さあ、ようこそ、ファールドンへ~」
少し間延びした口調の男は、にこやかに通用門を開けてくれた。
「はいはい~、こっちに座ってもらおうかな。さて、まずは名前から教えてくれる?」
そのまま簡単な調書作成が始まった。通用門の内側は、そのまま取調室みたいになっているようだった。やたら狭苦しく、壁は頑丈そうだ。なるほど、通用門を破っても、ここで暴れるには苦労しそうだ。そう簡単には抜けられそうにない。
と言うか、なんで俺はこの街を襲う算段をしているのだろうか?
平和が一番だぞー。
「俺は祐だ。こっちはリム」
「はいよ。出身はある?」
「華桑」
男はちらりと視線をあげ、こちらを値踏みしたようだった。
「華桑ね、はいはい、よくいるよね。里はこの近く? リンドウあたりかな?」
おやまあ、冗談で流そうかと思っていたら、普通に通ってしまった。実は華桑ってメジャーなのか?
誰も知らない滅びた国、と思っていたのに、迂闊だったか?
まあ、いいか。取り返しはつかない。堂々と、押しきろう。華桑人はそれぞれの里を名乗るのが普通なのかな。大きく華桑と名乗っても問題がなかった辺り、同族意識はかなり高そうだ。
「いや、違うな。この近くではないよ」
「ふーん、了解。さて、次は賞金首の確認だったね~」
「ああ、頼むよ。心珠は2つ、持ってきてる。他にも何人かつるんでいたんだが、二人だけ装備が別格だったものでね。下っぱっぽい奴等は置いてきた」
「うん、わかったよ~。さて、あんたたちは、だ~れかなっと」
言いながら男は、複雑な紋様の描かれている機械めいた道具に心珠をセットする。それから、いびつな形をした小さな欠片を道具に投入した。雰囲気的には魔珠と良く似た感じだが、いくぶん小さく、形も不揃いである。
「ほい、起動っと」
男が小さく呟くと、道具がぼんやりと発光し、紋様に光が走った。
おお、なかなか綺麗だな。
光がおさまると、道具の上に、ぼんやりとした小さな人影みたいなものが浮かぶ。顔つきはあまり判然としないなあ。
「名乗れ」
男が、まるで別人のように冷たい声で言い放つ。
「……トムリ・マジク……」
果たして、人影が言葉を発した。
「マジク兄弟の片割れか!」
男が驚きの声をあげる。
さすがエルメタール団を力で食い物にしていただけあって、かなり悪名が高いらしいな。しかし、トムリというのか。名前は初めて聞いたな。兄弟のどちらだろう?
「ということは、こちらは……」
興奮を隠せぬ様子で、心珠を入れ換えると、そちらは、サムと名乗った。
「兄の方もか! 兄弟揃って、ついに殺られたか……」
男は、しばらく瞑目すると、改めて、こちらに向き直ってきた。
「確認は終わったよ、ユウさん。こいつらは、マジク山賊団の頭目で、長年我々を悩ませてきた厄介者なんだよ。ここ半年ばかりは大人しかったけど、ついに報いを受けたんだね~。本当に、ご苦労様です」
律儀に頭を下げてくる。少しばかり心苦しいな。何しろ俺は何もやってはいないのだから。殺ったのはジークムントだし、まあ、強いて言えば、俺が鈴音を設定したからこそ、と言えるくらいか。
「もう一度、詳しい状況を教えてもらっても良いかなあ」
「分かった。旅の途上で、8人の盗賊に襲われて、返り討ちにした。全員殺して、死体は森に放置してきた。二人だけ、やたら装備が立派だったのでね、名のある盗賊なら、賞金の一つもかかっているかもしれないと思って、心珠だけ抜いてきた、こんなところだ」
「ありがとう、大体の状況は掴めたよ~。マジク山賊団は、少数精鋭でねえ、10人足らずの小規模盗賊団のわりに、被害が大きかったんだ~。富豪の親族が殺られたとかで、報奨金がかけられた分、賞金もでかいよ~。周辺の治安維持としても言うことはないし、お互い、祈りが叶ったようで、何よりだねえ」
「そうだったのか。確かにありがたいな」
「腕の立つ遊歴が滞在してくれていると、街もありがたいよ~。逗留予定は?」
「済まないが半日ほどだな。明日の朝には発つ。補給に寄っただけなんだ。思わぬ金まで補給できたようだがね」
「ははは~、お互い、運が良かったようで何よりだよ。では、よき滞在を~」
にこやかに席を立ち、男は握手を求めてきた。
軽く力を籠めて、しっかりと握り合う。
なんだか、自分がここにいることを、しっかりと認めてもらえたような気が、したのだった。