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「お噂通りの自由闊達なお振る舞いですな」
おお、あっという間に精神を建て直してきたか。ある意味、見事だな。
なるほどね、傍若無人も、よく言えば自由闊達か。
「しかしながら、王国に与するとあらば、なにかと制約も出てくるでしょう」
「良くも悪くも歴史ある王国ですからな。ですが、我々ならば何かとお力になれることも見えてこないとも限りません。まずはお互いをよく知ることこそ大事と思われませんかな」
息ピッタリだな。三つ子かよ。
歴史ある国ね。確かに国家成立という点だけで見れば、どの国もルーデンスからの独立だった以上、ルーデンスが大陸最古の国家になるのか。
民族史的に見れば四方から異論が噴出しそうだが。
「言っていることはその通りだが、迂遠だな。なにか俺に求めることがあるのだろう。言ってみろ」
「ご慧眼、恐れ入りますな」
嘘つけ。この程度が慧眼であってたまるか。
ううむ、いかんな。話を切り上げたがっている俺がいる。
俺ってこんなに短気だったかなあ。
「では、忌憚なく申し上げましょう。これはお互いに利害の重なるところと思いますが」
「ブラウゼル卿はこのあと軍法会議が決定しております。罪状は様々に考えられますが……」
「民間人に対する一方的な襲撃、という罪を確定させることが出来ればと思うのですよ」
ああ、誰が何を話しているのか段々分からなくなってきた。
もう、口が三つで脳が一つのモンスターとでも考えようかな。
とはいえ、こいつらの求めるところは非常に分かりやすい。
そして、俺にとっても、確かに利のある話だ。
「証言が欲しい、ということか」
「森のなかで何が行われたのか、というお話をつまびらかにして頂きたいだけで御座います」
「お話が食い違うことはよくあることですが、ブラウゼル卿の一方的な言い分のみが取り上げられるというのも、腹に据えかねるものがあるのではないですかな」
来た。
期待通りだ。
俺は、敢えてつまらなさそうな表情を作ってみせる。
まあ、そんなつもりなだけで、どんな表情に見えるかはわからないが。
「俺の証言でどんな罰が決まったとしても、どうせ後から結果を聞くだけだろう。それじゃあ、つまらんなあ。どんな罰が下るにせよ、やつがどんな顔をしてそれを聞くのか、俺はそれが見たいんだよ」
「おお、ご心中、お察ししますぞ」
「ですがそれこそ、ご安心ください」
「我らは必ずやお力になれましょう」
「証言などと小さなことは言いますまい。証人として軍法会議への臨席をいただき、そこで彼奴めの非を問うて下さいませ」
よっしゃっ!
思わず笑みが浮かぶが、構うまい。
きっと都合よく解釈してくれるだろう。
ブラウゼルのことをあからさまに彼奴とか言って、もう隠す気もないようだしな。
「それが可能なら、大したものだ、と正直思うよ。本当に出来るのか」
「お任せください」
「多少無理を通す形にはなりますが、今後のためを思えば厭う理由は御座いません」
恩着せがましいな。まあ、それを期待しているからこそ、こいつらも踊ってくれるのだろうが。
「もし臨席が叶うならば、そんなに嬉しいことはない。子爵、男爵には苦労をかけるな」
「とんでも御座いません」
「是非、お任せください」
「必ずや、吉報をお届けしますぞ」
ホクホク顔で退出していく三人。
爵位を覚えていて良かったよ。
なにしろ、誰の名前も覚えていなかったからな!
それからしばらくして。
俺は軍法会議室の扉の前にいた。
ありがとう、名も知らぬ貴族たちよ。
本当に出来るものだなあ。
あいつらがそんなに有能か?
そう考えれば、まだ裏があると考えるべきかもしれないな。本当に臨席の許可を出したのが誰か、という話だ。
体裁上は最高権力者であるルドン公になるんだろうが、無理を通した原動力がどこにあるのか、警戒しておく必要があるだろう。
守衛が扉を開けてくれる。
堂々と、堂々と。
銀狼のマントを着て、偉そうにしてみる。
思い出すのは、一度だけテレビで見た歌劇団のショーだ。
あまりにも大仰だしド派手にデフォルメされていたが、仕草の格好良さは恐らく他に比べるものもないのではないか?
マントを翻し、胸を張って立っていた男役の姿。
それを思い返せば、鈴音が俺の体を最適化して導いてくれる。
場の空気を全部持っていってやろう。それくらいの気概で、俺は部屋に入ってみた。
中身は俺だが、太郎丸は文句なく格好いい。銀狼のマントはしなやかだ。そして、鈴音に導かれている以上、動きの美しさに疑いはない。
部屋のそこかしこから、息を飲む音や、嘆息が聞こえてくる。
うむ、よし。
深い満足に浸りながら、歩を進める。
ブラウゼルの瞳が驚愕に見開かれていた。
兜こそ小脇に抱えているが、その姿は黄金騎士のままだ。
最初は国宝の鎧を脱ぎ、普通の軍服で出頭しようとしていたのだが俺が止めた。誇りをもって黄金の鎧をまとえ、と尻を叩いたのだが、本当に鎧を着てくれたようだ。
嬉しくなるね。
意外に多い他の列席者。
騎士たちは元々のルドン騎士団だろうか。ディルスランの姿は見えないが。
微かな鈴の音。
まあ、騎士として、俺を警戒するのは正しい姿だよな。
先刻の三羽烏を含めた貴族っぽい連中もいる。
一際派手な衣装に鋭い眼光のハゲ親父が、取りまとめの貴族だろうか。
そして、正面に座っているのが、恐らくルドン公だな。
思ったより若い。四十絡みだろうか?
まあ、魔珠や魔法のある世界、シャナの例もあるし、外見が年齢とイコールとは限らない気もするが。
茫洋とした視線。あまり興味無さそうにも見えるし、無関心というか、覇気のようなものもない。
周りがこちらに注目しているなかで、一人だけ、どうでも良さそうにしている。
ふうむ、本当にやる気がないのかな。
いや、ちょっと待てよ?
逆に考えれば、場の全員が俺たちに呑まれた中で、一人だけ平常心、動じていないとも言える。
もしかして、一番腹が据わっているのか?
とは言っても、実際のところがどんなものか、俺にそんな人間観察のスキルはない。
よし、鈴音、頼む。
ルドン公は要チェックだ。わずかな仕草も見落とすな。小さな動きの兆候でも教えてくれ。頼むぞ。
俺は俺で、やれることをやろう。
ある程度室内に入り全体を見渡せる位置まで来てから、俺は仁王立ちになって腕を組んだ。
気分としては、場を睥睨する、といったところか。
「どうした、始めないのか」
虚勢と言えば、虚勢と言えるだろう。
だが、虚ろな俺の中には、鈴音と太郎丸がいる。心臓も、銀狼もいる。ハク、そして竜狼会の皆だっている。
で、あるかぎり、これは決して虚勢ではないんだ。
さあ、頑張れ、俺。
胸を張れ、祐。
慌てたように動きを取り戻した会議場。
執事か案内役かは分からないが、若い男が俺を座席まで案内してくれる。
ただの証人席とは思えない、貴族たち並みに立派な椅子が準備されているあたり、本当に、俺に求められている役割は明白だよなあ。
知ったことではないが。
椅子を引いてくれた案内役に軽く相槌を打ってから、俺は着席の許可を待たずにどっかりと腰を下ろした。
ブラウゼルが、凄い目で俺を睨んでいるぞ。
うむうむ、俺との間に確執がある、と証明してくれるような表情。
ブラウゼル、グッジョブだ。
小さな呟き。
「貴様、いったい何をした」
まあ、まだそれに答えるわけにはいかないなあ。
ブラウゼルを見据え、ニヤリとだけ、笑っておく。
ブラウゼルの拳が、みしりと音をたてた。
脳裏に響く小さな鈴の音。
ルドン公の表情に変化は見られない。
このやり取りで変化しないんだから、もう、普通でないのは明らかだな。本当に関心がないか、関心を隠し通す強さがあるかのどちらかしかない。
そして、表情こそ変わっていないが、視線がようやく俺に向いたようだ。
見た目には全体を眺めているだけに見えるが、鈴音には分かる。
俺を、見ている。
確定だな。
ただ、敵意はないようだ。
さあて、こいつは難敵だ。
俺に何を、求めているのだろうな。
会議が始まる。
俺の戦いも、始まりだ。