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「だが、実際問題としてだ。ルドンについてから貴様、どうするつもりだ」
「んー、裁判なら傍聴席とかあるだろ?」
「軍法会議にそんなものがあるか、たわけがっ!」
「なんだよ、秘密裁判か? そりゃあ、なおさら気になるなあ」
いや、まあ、実際軍法会議なら基本非公開だよな。
軍事機密や国家機密に抵触する可能性が多分にある以上、前の世界でも普通一般公開はされていなかった筈だ。
「まあ、同行するだけなら、例えばお前が捕まえた無法者の頭目です、とか言って連行した体裁にする、とかもあるんだが」
「断る」
「だよな。それに、後先を考えたら悪手もいいところだ」
「後先を考えるなら、そもそも同行する方がおかしいでしょ」
ニーア、ナイス突っ込みだ。
「連行された体裁だと、あとで暴れたときにブラウゼルの罪になるもんなあ」
「貴様、やはり……!」
「いやいや、暴れに行く訳じゃないぞ。大丈夫。大人しくしてるさ。ただ、万一の時を考えただけで」
「これほど信用の出来ん大丈夫は、初めて聞いた。そもそも貴様、万一とは、何を想定しているんだ」
「いや、ほら、無理矢理俺が逮捕されるとか、縹局が解体されるとか」
「貴様、いい加減自分の立場を理解しろ。それが貴様に対する普通の対応だ」
「そんなものか?」
「当たり前だっ! そんな貴様がどの面下げて城に上がるつもりだ、と聞いているんだ」
「そうだなあ。無理矢理乗り込むわけにはいかんしなあ」
「本当に貴様は何をしに来るつもりなんだ」
「あ~、発言を許可いただけますでしょうか?」
お、ディルスラン、なんかアイデアでもあるかな?
まあ、直属の上司がブラウゼルなんだ。俺が許可するわけにはいかんが。
「許す」
「ありがとうございます。ルドン公は、以前より竜狼会局長タカナシ・ユウ殿との謁見を望まれておられ、機会があれば登城を促すよう命を受けております」
「なんだ、それは。聞いていないぞ」
「恐らく、自分がユウ殿と一定の縁があるからと考えております。同様の命は、実はファールドン伯からも受けておりましたゆえ」
おお、そうだったのか。アルマーン老から軽く打診されたことはあったが、あっさり断った記憶がある。
「ということは、俺は城に簡単に入れるということだな」
「そうですね。ただ、恐らく別室待機、もしくは先に謁見を行うかも知れず、どちらにせよ軍法会議への臨席は叶わぬと思いますが」
「構わないぞ。城に入れるなら、それで充分だ」
「本当に貴様は何をしに来るつもりなんだ」
ははっ、まあ、城に入りさえすれば、あとはきっと全部聞こえる。
目的は果たせるさ。
「だから、ルドン公との謁見なんだろ」
「貴様、公に仇なすつもりではあるまいな」
「まさか! 俺からは何もしないさ。約束する。大人しくしてるよ。それに」
「それに、なんだ」
「殺る気なら、そんな回りくどいことはしない」
「確かにそうか。いや、これで納得するのもおかしな気がするが」
ははっ。
まあ、一定の信頼はあるようだ。良かったよ。
「ともかく、約束する。無茶はしない。大人しくしてるよ」
「その約束、違えたら許さんぞ」
「ああ、任せとけ」
ブラウゼルの立場もある。それを壊したい訳じゃないんだ。大丈夫だよ。
「……無茶の尺度が、絶対に普通じゃないよ……」
ほんの微かなニーアの呟き。
そうかなあ。そんなつもりはないんだがなあ。
ルドンの城へは、本当にあっさりと通されてしまった。
逆に拍子抜けするレベルだ。
元々の予定では、ゴートとニーアはブラウゼルと別れたその足で王都に向かうつもりだったようだが、しばらくアルマーン商会に逗留するよう予定を変更したらしい。
ことの顛末を見届けてから、ということらしいが、二人とも心配性だなあ。
どのくらい高級なのか全く分からないくらい高級そうな応接室に通され、専属のメイドに世話を焼かれながら俺はソファーにふんぞり返っていた。
銀狼のマントを着て、偉そうにしてみているわけだ。
ふかふかのソファーは、重装モードでもびくともしそうにない。
柔らかさと頑丈さが同居しているとか、凄いことなんじゃないだろうか。
それにしても、気味が悪いくらいに厚待遇だ。
なにしろ、武装解除もしていない。
一応、城の門をくぐる時に、腰のものをお預かり、という話は出たんだが、拒否したらあっさり認められてしまった。
華桑人にとって刀は魂と聞き及んでおります、なんて慇懃に言われてしまうと、裏を疑うべきか、度量に敬服すべきか、正直判断に迷うな。
まあ、俺を取り込む気満々なのは待遇から考えても明らかか。
謁見がいつになるのかを考えればすぐに分かる。
今、俺が通された応接室は、次の間に寝室もしつらえてあるような、言わばホテルのスイートルームみたいな部屋だ。長期戦が前提になっている。
ブラウゼルも待たされているようだが、それは先にディルスラン含め、報告をまとめているからだ。チラチラ聞こえてくる思惑から考えれば、ブラウゼルの処分を確定してそれを手土産に俺と話をしたいらしい。
やはり、ブラウゼルを取り巻く思惑の中には、ブラウゼルを追い落としたい連中の息がかかっているようだ。
だとしたら、利用も出来るかもしれないよな。
恐らく、聞き耳をたてている誰かがいる筈だ。
さて。
「ブラウゼルのやつ、報告に上がると言ってはいたが、まあ、軍法会議は免れまい。処分が決まった時のやつの顔が見れないのが残念だが、まあ、仕方ないか」
「何か仰いましたでしょうか?」
「何でもない。気にするな」
普通のメイドには少しばかり聞き取りにくい程度の声で喋ってみたんだが、聞き耳をたてている誰かならば意図は汲んでくれる筈。
これで誰にも気にされておらず、ただ放置されてるだけだったら泣けるね。空回りもいいとこだ。
世間からはあまり有能と思われていないらしいルドン公だが、俺をまるっきり放置するくらいに無能なことはあるまい、とは思うんだが。
馬車の中で聞いた限りでは、ルドン公は現国王の従兄に当たる人物らしい。かなり昔に権力争いに負けて王都から遠ざけられ、ルドンに配置させられたといういわくがあるそうだ。
なかなかに戦下手なようで大侵攻のたびに少なからぬ戦死者が出ているようだが、中核を担う軍が強固で陥落の憂き目に合ったことはないらしい。王都から援軍も来るしな。
要に配置されるにはあまり適切とは言いがたい人事じゃないか?
他にも、盗賊ギルドめいた地下組織に街をいいようにされていながら、殲滅に動くわけでもない、と。
まあ、ノルドはクソ野郎だったが、明の星とかを含めて巧いこと統治をしているというか、あるいは統治を丸投げにして逆に問題が起きないようにしたというか、ともあれ大きな波風は立たずに治めているあたり、一概に無能とも言いがたいような気もするが。
本当に無能だったら、国境でゴタゴタしている地域、あっという間に他国にむしられるんじゃないだろうか。
その辺はあれかな、強大なルーデンスの国力をバックにして乗りきってきたんだろうか。
重要なことは国王と仲が悪いということだな。
まあ、権力争いの果ての現在だということだし、わだかまりがない筈がないか。
そして、戦記ものの定番で考えるなら、実は有能なのを隠していて、いつか王に反旗を翻すために雌伏している、といったところか。
小説の読みすぎかな。
国王への忠誠山盛りのブラウゼルは、厄介者と見なされるんじゃないだろうか。それとも、取り込めるなら切り札になりうる戦力と考えられるかな。
あいつも厄介なところに左遷されてきたよなあ。
戦果をあげて王都に凱旋しようにも、大侵攻はなくなってしまったし。
あれ、もしかして俺があいつのチャンスを潰したか?
いやあ、悪いことしたなあ。
そんなことを考えていると、どうやら待っていた動きが起きたようだ。
三人ばかりのおっさんが、この部屋に向かってきている。
さあて、鬼が出るか、蛇が出るか。
扉前の守衛とメイドとの間に連携があり、来客が告げられる。
「構わない。通してくれ」
「かしこまりました」
一礼して下がったメイドが、三人の男を引き連れて戻ってきた。
「これはこれは、竜狼会局長殿におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「縹局の活躍ぶりは常々伺っておりましたぞ」
「民の安寧もユウ殿のご活躍があったればこそ。ルドン一同に成り代わりましてお礼申し上げます」
いきなりなご挨拶だな。ここまで下手に出られるとは思ってもいなかった。こいつらは一体なんだ?
こいつらの機嫌を取るとか、なんか嫌だな。
ふうむ、出たとこ勝負で行くか。
こいつらのために曲げる矜持など、ない。
「結構な挨拶だな。お前らは誰だ」
ふんぞり返ったままの無礼な物言いだ。
それにも関わらず、こいつらは表情ひとつ変えなかった。
面の皮の厚さは大したものだ。太鼓持ちに慣れすぎているのか?
「おお、これは紹介が遅れました。誠に申し訳ございません。私、アルベルト・フォン・グラールと申します。王家よりは子爵の位を賜っておりますれば」
「私はヴェイク・フォン・ハルシュタットにございます。同じく男爵の位を授かっております」
「デニス・フォン・アルマンドと申します。同じく男爵位に御座います」
貴族が三人か。
直接来るあたり、まあ、こいつらは本気なんだろうな。
軍閥が強い、というか軍事色の強いルーデンスにおいて、貴族位というものはまあ、騎士を始めとした国の主戦力を担うものたちの筈だ。
それなのに、こいつらはどうにも戦えそうな雰囲気がなかった。
一様にでっぷりとした腹回り。
肥え太っているというよりは、不摂生の結果にも見える弛んだ体。
窺うような顔つきは三人とも鏡写しのようにそっくりで、正直個性の見分けがつかない。
髪型や衣服、鼻の高さや目の形など、もちろん違いはあるのだが、そんなものいちいち覚えていられない。そうなれば、やはり俺には、三人の見分けがつきそうになかった。
なんだろうな、この絵に描いたような下級貴族は。
ステレオタイプも甚だしい。
もちろんステレオタイプというものは、それが王道というか、多くが収斂されていく姿を抽出したものだ。だからこいつらも、どこかしら重なっていくのが当たり前なんだろうけど。
そんなステレオタイプで考えれば、こいつらはどう考えても信用に値しない。
自身の汗を流すことなく、利のおこぼれにあずかろうとする輩だろう。
まあ、こいつらが群がってくるということは、こちらに利があると思われていることの証明とも言える。そして、こいつらが喜んで動いてくれている間は、こちらの要望が邪魔される可能性が低い筈だ。
うん、こいつらは人型のセンサーか何かなんだろう。
そう考えれば、こいつらの望みを推測するのは容易い。
ならば、せいぜい利用させてもらうとするさ。
こいつらにとって、俺はどう思われている?
一般的に見て、俺はどう思われている?
ニーアに言わせれば、まあ、常識外れもいいところだ。
そしてゴートの言葉を借りれば、無理押ししてくる我が儘坊主ということになるな。
国の中核たる王国騎士、それもかなりの名門っぽいブラウゼルを上回る武力。そしてルドンに富をもたらした流通の開拓者。
こいつらがお近づきになりたがる要素は完璧に備えている。
さて、頑張れ、祐。出来るだけ利用するんだ。リムが言うように悪辣に。
嫌悪感は、なるべく見せちゃダメだぞ。
「貴族様が雁首揃えてご苦労なことだな。公爵の謁見前に繋ぎを取ろうとは、目端が利くと評価すればいいのか?」
あれ?
やっちまったかな?
鈴音がいるからこそ分かる。
三人とも、一瞬表情が強張りました。
……まあ、いいか。