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「じゃあ、またな。いつでも来い。飯ぐらいは食わせてやるよ」

「ふん、世話になった」


 朝の出発。

 ゴートたちもついでに発つようで、高速馬車の相乗りでルドンを目指すらしい。


 それにしても、なんだな。

 夕べ辺りから、ブラウゼルがやたら大人しい。

 ニーアは口をきいてくれない。

 ディルスランは凛にベッタリだ。


 あるぇ?

 なんだか孤独を感じるぞ。

 いや、竜狼会の面子に囲まれて、孤独も何もあったものじゃないんだが。


 凛とブラウゼルの初顔合わせは、特に何事もなくあっさりと終わっていた。

 王家の奉じる槙野家に対して、一分の隙もない完璧な礼を尽くして見せたブラウゼルと、これまたルーデンス貴族を尊び、礼を返した凛。

 そこにプライベートの交流は欠片も見えなかったが、まあ社交界のご挨拶程度を、お互い交わしたらしい。


 館の門を出て雑踏の中に消えていく馬車を、見送る。


「ふうむ、ブラウゼルのやつ、やたら大人しくなっていたな。まだ血が足りなかったか?」


 お互い生き残ったら話をしようと言っていたのに、特に突っ込んだ話はせずじまいだったしな。

 まあ、存分に殴り合って満足したというか、今さら言葉で説得、という気分ではなくなったと言うのもあるが。

 それにしても、思った以上に大人しかった気がする。


「ルドンに戻れば、何らかの処罰があるだろう。そうそう明るい気分にもなれなかったのではないか?」

 ごく淡々とした声で、凛が答えてくれた。


「処罰って、なんでだ?」

「仮にも国王が配慮する、と決めた貴方に剣を向けたんだ。覚悟の上の事だろう」

「そんなものか?」

「そんなものだ」


 いくら交流がなかったからとはいえ、あまりにも他人事のように凛が突き放す。

 むう、本当にそんなものなのか?

 ぐるりと回りを見回してみても、何か異議のありそうな顔は見つけられない。

 本当に、そんなものなのか?


「処罰の罪状は? 戦った相手が俺だから、なんて言うならルーデンスは俺に対する抑止力を放棄することになるぞ」

「推論になりますが?」

「構わない。ヴォイド、教えてくれ」

「かのブラウゼル卿の甲冑はルーデンスの国宝です。国宝を傷付けた罪が考えられますな」

「斬ったのは俺だぞ?」

「斬られたのがブラウゼル卿です。他には、単騎での無謀な突撃、独断専行による私闘、あまつさえ敗北し王国騎士団の名誉を地に落とした、等、まだいくつも罪状を作り出すことが可能でしょう」

 作り出すってなんだよ。


「ただ、いずれにせよ、国王の方針に反し局長に剣を向けた、ということが根幹にあります。いかなる罪状もその造反に対する見せしめ以上のものはない、と愚考いたします」

「なるほどね、だいたい分かった。だが、納得出来るものではないな」


 ああ、そうだ。納得なんて出来ない。

 俺とあいつは、お互いに譲れない信念をぶつけ合ったんだ。それは同時に、お互いを認め合ったということでもある筈だ。


 国宝を傷付けた罪?

 鈴音の前に無傷でいられる国宝があるのなら、出してみるがいい。

 罪だ、処罰だ、と横からやいやい言われるのは、俺たちの戦いに土足で踏み込まれたような、俺とブラウゼルの大事な宝を汚されたような、そんな嫌な気分になってくる。

 ああ、そうだ。本当に納得なんて出来ない。


「昨日までと一緒。私とヤマトも頑張るからこっちのことは気にしなくていい」

 唐突だな、リム。俺がなにを考えたのか、分かったのか。


「我が君のみ心のままに」

 あれ、俺がなにを考えているのか、そんなに分かりやすいかな。

 ぐるりと回りを見回してみても、既に俺を見送る雰囲気になっているぞ。


 最後に凛に目を向ける。

「自分の領分に踏み込まれた貴方が怒っているように、国には国の言い分がある。ルーデンスののりで裁くことに部外者が口を挟めば、かえってブラウゼル卿の立場が悪くなることもあり得るよ」

「お前は、反対なのか?」

「まさか! ただ、国がどう考えるか、ということを忘れては駄目だ」


 あれ?

 凛は俺に考える材料をくれたのか?

 じゃあ、最初からやたら突き放す感じだったのも、客観的な事実だけを提示してくれていたからそう聞こえただけだったのかな。


 凛がにっこりと、笑う。

「まだ本当に処罰があると決まった訳じゃないことも、忘れないことだ。流れがどこに向かうのか、見極めが大事なのは貴方には言うまでもなかったかな。その上で、納得出来ないことを納得する必要なんてない。ルーデンスの体面より大事なものを、貴方は知っているだろう?」


 そうか、そうだよな。

 予断で引っ掻き回すつもりはない。その代わり、無理な我慢をするつもりもない。

 ブラウゼルに対する扱いで、ルーデンスが俺をどう思っているのかも、ある程度分かるだろう。


 流れがどこに向かうのか、それに逆らう訳ではなく、だが、行き着く先をコントロールしていくのは、水心剣の理合と通じる部分もあるよな。

 凛、ありがとう。

「行ってくる」

「いってらっしゃい」


 よし、ハク、太郎丸、行こう。

 翼を一打ちし、空に舞い上がる。


 ああ、せっかくだからな、銀狼のマントだけは着ていこうか。

 かくして俺は皆に見送られ、ブラウゼルを追ってルドンに向かったのだった。

 事が無事に終わったら、久し振りにツァガーンのところで飯でも食って帰ろうかな。





 馬車にはすぐに追い付いた。

 銀狼のマントに身を包み、重装モードになった上で、馬車の屋根に降り立つ。

 吃驚している御者を手で制して、ひょいと中を覗き込んだ。


「よう、また会ったな」

「貴様、その言い分はおかしいだろうが」

「はは、ちょっと聞き忘れたことがあったんでな、邪魔するぞ」


 有無を言わせず、馬車に乗り込む。

 なるほど、ブラウゼルがいると、広い筈の馬車がすごく手狭に感じるな。

 ニーアの苦労が偲ばれる。


「聞きたいこととは、なんだ」

 うろん気な視線を向けてくるブラウゼル。

 そこに、俺は敢えて意識して、なんでもないことのように軽く問いかけてみた。


「いや、たいしたこっちゃないんだが、お前の処分は結局どの程度になりそうなんだ?」

「分からんが、いかなる処分だったとしても甘んじて受ける」


 うむ。素直だな、ブラウゼル。

 ニーアは嘆息しているし、ゴートは苦笑いだ。ディルスランは我関せず、といった風情かな。


「なんだ、やっぱり本当に処罰されそうなんだな」

「ぬ、貴様……!」

 カマをかけたことに気付いたようだが、後の祭りだよ。


「ふうむ、気に入らないなあ」

「貴様が気に入ろうが気に入るまいが、関係なかろう。俺の始末は己でつける」

「それでもな、俺と戦ったことでお前が処分されるなら、俺まで処分された気になるじゃないか」

「貴様が王国と無縁というなら、貴様が気にすることではあるまい。俺は王国騎士だ。信賞必罰は国のならいだろう」

「勝敗は兵家の常とも言うぞ」

「いちいち混ぜっ返すな」

「まあ、お前が罰をどう受け入れようとも、構わないんだがな。ただ、どんな罰が下るのか、そこだけが気になる」

「あ~、それは無茶だと思うよ~」

 お、ディルスラン、何か悟るものがあったか?


「む、貴様、何をするつもりだ」

「何をするつもりって、この人がこんなことを言い出したんだ。何をするかなんて考えなくても分かるさ」

 ブラウゼルには聞こえないように、小さな声でニーアが呟く。


 ふうむ、ディルスランも、ニーアも、俺はそんなに分かりやすいかね。

 まあ、やめないけど。


「ルドンに着いたら、軍法会議が何かだよな」

「ふん、恐らくはそうなるだろう」

 よし。

「俺も一緒に行こう」

「貴様は何を言っているんだ」


 ふふん、無駄だぜ、ブラウゼル。

 もう決めたことだからな。

 俺のその決意が伝わったのか、ブラウゼルが口を真一文字に引き結ぶ。


「止めて聞く貴様ではあるまいが、邪魔は絶対にさせんからな」

「ああ、分かったよ」


 そうとも。邪魔をするつもりはない。

 それが正当なものならな!


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