表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/168

104

「根源法ってなんだ?」

「開口一番、それ?」


 呆れたように俺を見やり、ニーアが溜め息をつく。

「まあ、時候の挨拶から入られても、こっちが困っちゃうけどさ。で、なんでいきなりそんな話に?」

「ちょいと耳にしたもんでな。魔法とは違うのか」

「大陸が違えば技術もそこまで変わるっていうの? まったく、ユウ様の常識知らずは筋金入りだね」

「悪かったな。まあ、聞くは一時の恥だ。知らないよりは余程いいさ」

「ああ、うん。それは同感だね。それで根源法だよね。原初の四氏族の話は知ってる?」

「ああ、こないだ聞いた」


「根源法は、彼らの技術の根幹とも言われてる。地、水、火、風の力を宿した四つの精霊核せいれいかくと、それを制御する六つの操霊紋そうれいもん、そして力を増幅する触媒の組み合わせで様々な現象を産み出すもの、だよ。だけど、これですら末端で汎用化された技術にすぎない、とする研究者もいるね。彼らに言わせれば、本物の根源法を、体系化して誰もが使えるようにしたものが今に伝わる根源法なんだってさ。実際に確かめた人はいないけど」

「ふうむ、なるほど。ならば、根源法自体は誰でも扱える技術なのか」

「昔はね。言ったじゃん、原初の四氏族の技術だって。四氏族はそれこそ、精霊核と操霊紋を持ってさえいれば誰でも、根源法を使えたんだってさ。でも、今の人間にとってはそうじゃない」

「ああ、それで魔法に取って替わられたわけか」

「うーん、惜しい、と言うべきなのかな? 根源法をね、どうにかして再現しようとしたのが始まりなんだと思うよ。そして、その願いにローザ神が応えたんだ。根源法を魔珠を使って再現したもの、それが魔法なのさ」

「魔珠式根源法、略して魔法、か」

「そういうこと。技術はどんどん進歩して、精霊核と操霊紋の働きを模倣した魔法回路が開発されて、今の技術になった、ってところ」


 なんだかんだ言いながら、こうして講義めいた事をしてくれているニーアは楽しそうだよな。

 ああ、この空気を壊したくはないんだがなあ。


「根源法の使い手はいないのか?」

 ブラウゼルの口調では、全くいないというわけではなさそうだったが。

 ただ、レア物なのは疑い無いだろう。


「そうだね。ボクも会ったことはないし、学院にも使い手はいない。けど、文献はたくさんあったよ。先祖返りと言えるほど血が濃く出て、それが偶然精霊核と操霊紋を手に入れるなんていう奇跡の結果、根源法を使えるようになった人の話とか。まあ実際は、根源法を伝承する一族とかがいて、適正のある人を弟子とする、って方が自然じゃないかな、ってボクは思ってるけど」


 なるほどね。確かに自然だ。

 ニーアの分析はいつも説得力がある。かなり、優秀なんだろうな。

 まあ、独学でうちの魔珠純化処理をやっていたんだから、そりゃあ優秀か。


 さて、そんなニーアなら、そろそろ気付きそうな気もするが。

「ところでさ、なんで根源法の話になったのさ。言っちゃあ悪いけど、ろくすっぽ魔法にも触れてなかったんでしょ?」

 ほらな。思った通りだ。


「使い手にでも会えた?」

 何かしらの期待を込めたような、キラキラした左目。

 その前に、俺はそっと手のひらを差し出す。


 ふわりと、部屋の空気が動いた。

 ハッとした表情を浮かべたニーアの目の前で、手のひらの上に小さな風の渦が巻いた。

 軽く押しやれば、渦はまるでニーアに戯れかかるかのようにまとわり、髪を巻き上げながら天井まであがって消えていく。

 いや、まあ、俺が操ったわけだが。


「……風使い……」

「ブラウゼルにはそう呼ばれたな。サルディニアからは風の御子とも呼ばれたよ」

「……なんで? 何がどうしてそうなったわけ?」


 こわばった表情。


「エスト山頂で竜の力を継いだってのは知ってるよな。その竜がそもそも……って、聞こえてるか?」

 俯いたニーアは中空をじっと見つめて何やらぶつぶつ言っている。こええ。


「……なんでこの人ばっかり。なんでこの人ばっかり。なに、これ? 神様の贔屓? 世界に愛されてるとでもいうの? この人ってば、存在そのものがローザ神の加護の塊みたいじゃない? なんでこの人ばっかり。しかも絶対分かってないよ。どんなに凄いことなのか絶対分かってない……」


 あー、どうしようか。

 ちょっと遠回しに伝えるつもりだったんだが、それでもショックが大きすぎたか。

 ……正直、済まんかった。


「あー、ニーア、とりあえず部屋に戻ってるから、再起動したら来てくれ」

 もちろん返事はない。

 部屋に転がっている紙の切れ端にメモを残し、そっと扉を閉める。


 さらば、ニーア。

 帰ってきたらお帰りなさいと言ってやるよ。

 俺の襟元から、ひょいとハクが顔を出す。


「まあ、無理もあるまいの。だいたいお主からして竜の力に惑わされておったのじゃ。回りから見ておれば、よもや風の後継とは思うまい。直接食らいでもせん限りの」

「やっぱり俺が悪いのかよ」

「さて、良いも悪いもないとは思うがの」

「風の後継か。大事にはなりそうな気がするなあ」

「当たり前じゃ。神珠を継いだ身ぞ、それくらい覚悟を決めんか」

「うん、分かってる。面倒なことになるだろうとも思うけど、隠すつもりはない。今までだって普通にしてきたんだ。これからだって、何も変えないよ」

「うむ、その意気やよし、じゃの」


 鈴音や太郎丸を絶対に腐らせない。

 それは最初に決めた俺の誓いだ。あいつと俺のための、絶対の約束だ。


 だがな、ハクよ、お前にだって感謝してる。この世界に来て手に入れることの出来た全てが、俺にとっては本当にありがたい、嬉しいことなんだ。

 ハク、お前のことだって、絶対に腐らせないからな。

 出し惜しみなんて、するものか。


 風の後継、上等じゃないか。

 まあ、なんでも来い、だ。

 それに、俺は俺に出来ることしか出来ないんだ。俺は何も変わらない。

 気負って失敗するのは一度で充分だ。今まで通りでいいさ。


 襟元から聞こえてくる鼻唄を聞きながら、俺は部屋に戻ったのだった。

 さて、ニーアはいつ戻ってこれるのやら。





「ユウさん~、いる?」

「案内されてきたんだから、そりゃいるだろう。久しぶりだ。えらく遠くまでよく来たな。仕事はいいのか?」


 夕方、ヒノモトを訪ねてきたのは懐かしい顔だった。

 いや、そんなに長期間離れていたわけではないんだが、ファールドン時代が随分と昔に感じられるよ。


「いやいや~、実は仕事中です。うちの隊長がお邪魔してるんじゃないかな~って聞きに来ました」

「お? 隊長って、なんの話だ?」


 大剣を背負った騎士は、間延びした雰囲気を消して、恐らく軍隊式なのだろう敬礼を決める。


「ルドン駐留軍所属、エルゼール遊撃隊副長ディルスラン、ブラウゼル隊長のお迎えに参上致しました」

「なんだ、異動したのか」

「そうなんですよ~、まあ、名目上は大侵攻対応で戦力集中~、ってことなんだけど、実際はブラウゼル卿の手綱役というか」

「思いっきり振り切られてるな」

「いや、無理でしょ~。あれは止まりません」


 苦笑いを浮かべるディルスランの苦労を思えば、まあ確かに無理だよな、としか思えない。


「ブラウゼルは、今は部屋で休んでるぞ。よっぽど疲れたんじゃないか。まあ、晩飯には出てくるだろう。一緒に食うか?」

「う~ん、聞きにくいこと、聞いてもいいかなあ」

「構わないぞ」

「隊長の身柄をどうするおつもりで? それ以前に、ブラウゼル卿はご無事で?」


 ふむ、ストレートだな。飾らない問いは好きだぞ。


「どうもしない。ただの客だからな、帰りたくなれば帰るだろう。無事かどうかで言うなら、まあ、頑丈なやつだしな。飯食えば元気になるだろ」

「侯爵家のご令息をつかまえてただの客呼ばわりとは、豪気だね~」

「ん、賓客と呼んだ方が良かったか?」

「いえいえ~、どちらでも、お好きな方でね~」

「まあ、今から帰れば夜の強行軍になる。心配も要らんだろうが、無理することもあるまい。泊まっていってくれて構わないぞ」

「感謝致します。最後にひとつ聞かせていただきたい。勝負はついたので?」

「俺が勝った」

「……了解しました。なんとも、報告しにくい話だねえ」

「まあ、痛み分けと言ってくれても構わないぞ。実際、殺し合いなら負けないが、剣の腕は完敗だったからな」

「……つまり、殺し合った、と?」

「ああ。まあ、お互い憎くてやりあった訳じゃない。それだけ本気だった、と思っておいてくれ」

「参ったね~。ま、ユウさんはずっとそんなんだったよね」

「誉められてる気はしないなあ」

「そこんところは、言わぬが花でしょお。隊長に会う許可はいただけますか?」

「だから、制限なんて何もかけてないよ。案内しよう、こっちだ」

「はいはい~。ありがとうございます」


 何か達観したような表情で笑みを浮かべると、ディルスランは俺に向かって、深く頭を下げてくれた。

 ……正直、済まん。

 感謝、かな?

 何の思いで頭を下げたのか、いまいちピンと来ない。

 ブラウゼルを生かしたことか、それとも、遺恨を持ってないことだろうか?


 むう、分からんな。分からないなら、聞けばいいじゃないか。

「そんな感謝されるようなことか? 何故そんなに頭を下げるんだ?」

「う~ん、そうだねえ。ブラウゼル卿を敵にしないでくれたことに感謝、かな~」


 ううむ、分かったような、分からんような。

 まあブラウゼルを敵にするということは、ルーデンスそのものを敵に回すことと変わりはない。

 そういう意味では、もしあの場でブラウゼルと決裂していたら、今ごろルーデンスと戦争開始だったわけだ。


 戦争にならずに済んだのなら、うん、良かった良かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ