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 地に降り立つと同時に、俺は有無を言わせず間合いを詰め始めた。

 応じるブラウゼルはどっしりと構え、待ち構える体勢だ。


 うん、そうだろう。

 俺を邪道と断じ、自身を正道と誇るお前なら、そうする筈だ。

 まして、お前の流派は鎧の武術。守りの技だ。

 ならば、お前の正道は、俺を受け止め、守りきった上で俺を叩き潰したい筈だ。


 だから、ブラウゼルに先手はない。

 そこに俺のつけこむ隙が出来る。

 行けるな?

 頼むぞ。


 角が、翼が、俺の身の内に沈み込んでいく。

 竜の特徴は消えていくが、膂力など、パワーそのものはほとんど変わらない。大丈夫だ。負けるものか。

 間合いが接する。

 よし、行け、ハク!

『おうとも!』


 翼をしまいきった瞬間に間合いが接した。

 そして、その時にはもう、ハクがブラウゼルの顔の前に、飛び出していた。

「なっ!」


 うん、ブラウゼル、乱れたぞ。

 その瞬間、刻まれる輝く斬線。

 そうとも。鈴音に斬れないものなど、無い!


 逆袈裟に斬り上げ、刃返しで面頬を狙う。兜に、リベンジだ。

 だが、ブラウゼルも、只では斬られてくれなかった。ほんの僅かに身を沈み込ませながら、鎧の正面に黄金の膜を張る。


 薄れる斬線。くそっ、ここにこだわるのは下策か?

 ならば、顔だけでも!


 ハクに遮られて見えてはいない筈だ。

 鈴音に導かれ、最適、最速の動きで刃を返し、飛び上がりながら兜に斬り込む。

 黄金の膜は頭には及んでおらず、さすがに斬線は見え続けていた。


 ハク、戻れ!

 殺す気でいっても受けられるかもしれないレベルだ。手加減の余裕など無い。本気で首を、飛ばしてやる!


 それなのに、ヤツは頭を振って、角で鈴音を受け止めに来た。

 ハクの姿が消えれば、兜越しに俺を睨む気迫のこもった視線と目が合う。


 こいつめ、負けてたまるか。

 兜の角と、鈴音がかち合う。

 拮抗は一瞬。

 鈴音に、斬れぬものなど、あるものかあっっ!


 澄んだ鈴の音が、響き渡る。

 よしっ、鈴音の勝ちだ!

 空に飛び抜けていく横目に、折れた角がくるくると回りながら吹っ飛んでいくのが見えた。

 だが、そこに更なる鈴の音が重なる。

 見れば、ブラウゼルの全身が黄金の輝きにおおわれていた。


 ヤバい。

 連想するのは、サルディニア軍相手に俺が使った、風の爆発。

 頭を、守らなければ。


 両腕を十字に組んで、顔を守るのと、すべてが黄金の輝きに包まれるのとが同時だった。


 全身をハンマーで殴られたかのような、凄まじい衝撃。

 さすがに、くらりと来るなあ。純粋な耐久力だけで言えば、太郎丸だったなら、恐らくこの爆発くらいなら、歯牙にもかけずに済んだのだろうが。

 そして、この後の本命を迎え撃てた筈。

 衝撃に耐え、風を練り上げながらブラウゼルの様子を伺う。


 やはりな。

 俺とハクとで崩しきったから、充分な体勢ではないのだろうが、空中で、衝撃に貼り付けになった俺に向かって、巨大な剣が振りかぶられている。

 警告の鈴の音が、静かに俺の心に染み渡る。


 ここが、正念場だ。何を食らっても、俺は生き残らなければならない。


 銀狼よ。

 太郎丸と比べてばかりで悪いけど、お前のことだって、俺は信じている。俺の命を、お前に預ける。

 一緒に、生き残ろうや。


 心臓がいる。

 身体なら、治る。


 ハク、頼むな。


 鈴音に導かれ、ブラウゼルの斬撃に向かい、手と足で受けの体勢を作る。鈴音の峰に腕を添え、刀身で正中線を守り、そして、二枚の翼で、俺は自身の体を覆った。

 元々の翼の強度だって凄いものだし、銀狼の鎧による強化は、もちろん翼にまで及んでいる。壁の厚みは、大したものだぞ。

 さらに、練り上げた風を解き放ち、守りの壁を作る。


 ブラウゼル、お前の力も借りるぜ。

 風の壁のイメージ、お前の黄金の膜を見たお陰で、とてもイメージしやすかったよ。

 準備は万全。さあ、来やがれ!


 覚悟を決めた瞬間には、風の壁を粉砕して、斬撃が俺の体をとらえていた。

 二枚の翼が食い破られ、鈴音を弾き飛ばす勢いで大剣が突き進んでくる。

 鈴音を支える腕が粉砕され、刀身が俺の体にめり込んだ。


 またかよ。

 凛、助けてくれ。本当にここで力まずにいられるものか?

 逆らおうと思うから力みにつながる、と凛は言った。

 あるがまま、逆らわずにいるなんて、どんな勇気だ!


 それでも、俺に出来ることは、凛を信じることだけだった。

 ここで粉砕されてたまるか、という意地もある。俺の命はもう、俺だけのものではない。


 思い出せ。俺の上には、シャナの人生も全て乗ったんだぞ?

 俺の正道が、ブラウゼルの正道に負けるわけにもいかない。ジークムントとヴォイドの魂にこたえるためにも。

 怖いなんて、言ってられない。

 うまく出来るかどうかなんて分からないが、ともかく、俺は、斬撃に逆らうのはやめた。

 幾重にも張った壁を突き破って、俺に届いた斬撃が、俺の体を吹き飛ばしていく。


 体の中を掻き回されるような感覚。

 想像すると怖くなってくるが、俺の体は、原型を留めているのだろうか?

 大丈夫だよな?

 視界の隅に、剣を振り抜いたブラウゼル、そして、その前に舞い落ちる二枚の切断された翼が映る。


 おお、考えてみれば、全身、痛いな。

 ただ、そう考えられるのは、生きている証拠だ。


 そうとも。俺は、俺たちは、生き残った。


 急速に傷が治っていくのが分かる。

 切り落とされた翼でさえ、すぐに生えてくる筈だ。

 ああ、そうだ。俺は、生き残った!


 衝撃こそ抜けてきたが、銀狼の鎧も防刃アーマーとしては充分に俺を守りきってくれた。ブラウゼルの剣を、鎧は完全に受けきり、どこも切断されてはいなかったのである。

 銀狼、ありがとうな。あとは回復を待てばまた、仕切り直しだ。


 風の神珠を受ける前に比べると、体の治りが遅い気がする。

 以前なら、ほぼ一瞬で全身が再生されていた。だが、今は、少し間がかかっているようだ。

 考えてみれば、当たり前か。体の密度、強度は比べ物になどならない。

 ゲームのヒットポイントに例えてみれば理解は容易い。


 例えば一ラウンドに五十点回復できる能力があるとして、以前の体力は三十点だったから、すぐに治った。だが、今では百五十点あるから、回復にも三ラウンドかかる、みたいなもんだな。

 実際の身体強度や回復能力は、さっぱり分からないが。

 ともあれ、大した差があるわけでもない。もう、治る。痛みは、無視だ。


 剣を振り抜いたブラウゼルが、ゆっくりと顔をあげた。

 剣は構えたまま、油断はしていないらしい。


「手応えはあった。だが妙だ。貴様、まだ生きているな?」


 確信を持った問いかけ。ふむ、死んだ振りは通じそうもないな。

 ならば。


 何事もなかったかのように、すっくと立ち上がる。

 さすがに驚いたのだろう。鎧が微かに揺れた。

 息でも呑んだか?


「見事な一撃だったな、死ぬかと思ったよ」

 再生しきった翼を、あえて大きく広げ、意識的に仁王立ちで無傷をアピールしてみせる。


 歯軋りの音が聞こえた。

「貴様、ぬけぬけと……。風の壁があったな。貴様、根源法、風使いか」

「風使い、なるほどね。サルディニア人からは、風の御子とも呼ばれたなあ」


 根源法、か。また知らない単語が出てきたな。ジークムントか、ニーアに聞けば分かるかな。


「サルディニア、なるほど、やつらが従う理由が分かった。ならば貴様は、サルディニアの王だ。いずれ貴様のもとにはサルディニア全てが結集するだろう。ルーデンス王国騎士として、見過ごせぬ。禍根はここで断つ!」

 裂帛の気合いと共に、ブラウゼルの体から更なる黄金の輝きが吹き出した。まだまだ余力はたっぷりって感じだな。


「いい加減、気付け。一国に与するつもりはない」

 風の刃の十字砲火でブラウゼルを足止めし、爆発的な竜巻を、その足元から発生させる。


 さて、どれほどの効果が見込めるものか。

 案の定、風の刃は無視して、竜巻を力ずくで引き裂き、こちらに向かってくる。

 太郎丸全開の俺も、あんな感じだったのかな。前に立ちたくはないなあ。


「根源法、なにするものぞ! エルゼールを舐めるな。魔法対策がされていないとでも思ったか!」

「剣の腕ではお前に及ばんからな。仕方あるまい。風も使いよう、お前にだって隙はあるだろうさ」

「その前に、貴様の息の根を止める!」


 距離を空けながら次々に打ち込んでやった風の壁やらなんやらを突破し、ブラウゼルは突っ込んでくる。

 逃げる俺に、追うブラウゼル。スピードはブラウゼルの方が僅かに、早い。

 届くと、思ったか?


 さあ、こいつが本命だ。

 太郎丸をも傷つけた、この世界最強の攻撃。

 第三のしもべですら、すぐには癒せないこの世界最強の攻撃。

 神竜ほどの威力は出せずとも、俺の手札の中で、最も格の高い攻撃手段。


 すなわち、ドラゴンブレス。


 間合いが接するその瞬間、全力で放った竜の咆哮は、狙い過たずブラウゼルに直撃した。

 爆音は、聞こえなかった。


 間合いが接する瞬間だ。俺が何かしてくる、と、あいつも予想はしていた筈。

 その証拠に、鎧の輝きが一瞬強くなったのが分かった。

 きっと、守りの強度とか、段違いに上がったりしたんじゃないだろうか。


 だが、その金色を打ち消す勢いで、雷光を伴ったような白い輝きがブラウゼルを打ち据えていた。

 悲鳴もなにも聞こえないが、がくりと膝をつく。

 生きては、いるようだな。大したものだ。


「聞こえるか? 聞こえないよなあ。この咆哮さえ布石だとは、さすがに思わんだろう」


 大剣を杖に、よろめきながら無音で立ち上がるブラウゼルの全身から、うっすらと蒸気が吹き出し始めていた。

 汗が、沸騰したか。

 その音すら、聞こえない。


「風の使い方、どれだけ想像がつく? 大気を操るとは、こういうことだよ」

 返事が無いのは分かっているが、思わず言葉をかけてしまう。


 さて、何が起きているか分かっているだろうか?

 急激な減圧による耳鳴りを感じながらブラウゼルを見据えてみれば、それでもまだ、ブラウゼルは動いていた。


 脳裏に鈴の音が響く。

 金色の爆発、死力を振り絞った踏み込み。大剣を支えることは出来なかったのか、ブラウゼルは剣を捨て、素手で掴みかかってきた。

 俺も、正面から迎え撃つ。


「残念だが、ここも、範囲内だよ」


 俺の側に来れば、魔法の影響範囲から出られると思ったんじゃないだろうか。

 何をおいてもまず、俺に組みつくことを目的にしたような動き。


 あえて真っ向勝負し、真っ正直に組みついてみれば、一瞬ごとにブラウゼルの力は弱くなってくる。

 銀狼の鎧に支えられた竜の膂力をもって、ブラウゼルを圧倒するのは時間の問題だった。

 体の表面にピリピリしたような感覚。心臓に守られているが、俺も魔法の影響を食らっているんだ。


「俺も初めて知ったんだがな、これが、真空の味だよ」

 音にならない言葉を掛けたのと、毛細血管が破れたか、全身から血を噴き出させたブラウゼルが意識を失うのとは、たぶん同時だったと思う。


 ブラウゼル・フォン・エルゼール。

 恐ろしい敵だった。

 だが、俺たちの、勝ちだ。


 急速に音を取り戻していく世界。

 ああ、そうだとも。俺たちは、勝ったんだ!


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