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凛を前に、型稽古を繰り返す三人。
鈴音を手に、銀狼の鎧をまとった俺。
銀狼の牙を手に、蒼銀の鎧を身に付けたリム。
そして。
銀狼の刀を手にした太郎丸が、俺たちと共に型を学んでいた。
双刀を手にしたことを機会に、水心剣小太刀二刀流を教えてもらえることになったリム。ここまではまあ、分かるのだが。
銀狼の刀を手には入れたものの、俺は鈴音を手放すことが出来なかった。
ゲーム的に言えばセット装備ボーナスになるのか、銀狼の刀と鎧を共に身に付けていると、確かにそれぞれを単体で身に付けている時に比べて何かしら調子がいいような気はするのだが、鈴音の指導なく刀を振るうことの出来ない俺にとっては、宝の持ち腐れも甚だしい話だ。
そこで太郎丸である。
実は、太郎丸は設定的に武者組み打ちの達人としていたのだ。
だが、それはあくまで無手の技。
独立して動くときに、また護衛役として如何にパワーを有効利用するか、という観点で設定されたものでしかなかった。
まあ、その真価はグリード戦の時に存分に発揮できたわけで、ミルズを瞬殺した全力体当たりも、体当てという技だったからこそ、スピードを活かしきった恐るべき破壊力になり得たわけだが。
ともあれ、そんな設定である以上、太郎丸はただの動く鎧では終わらない。武術の素養あるものとしてこの世に存在している。
意志も、思考も揃っているのは既に明らかだ。
太郎丸は、ただの無機物などではない。
だから、これは挑戦なのである。
ゲームの設定が具現化したものである鈴音と太郎丸。
彼らは果たして成長出来るのか?
俺は出来ると信じている。
鈴音も、太郎丸も、もう生きてる。
太郎丸が水心剣を学ぶ、それは生命の証明なのだ。
まあ、そんな発想も、太郎丸が凛に土下座するまで、俺には思い付けなかったわけだが。
「奥方様に伏してお願い申し上げる。某に剣を教えて頂きたい」
朝の修練の場で、太郎丸はいきなり凛の前に頭を下げた。
正直、驚いた。
事前に俺に対しては何の相談もなかったのだ。
だから、これは全くの太郎丸の独断だ。
太郎丸が自分で考え、自分で決めた行動。
驚いたと同時に、俺は喜び、感動をも感じていた。さっきの話にも戻るが、これこそが太郎丸の自由意思。生命の証明なのだ。
「ふむ。祐は……うん、知らない話のようだな。太郎丸。お前は我が水心流門下となりたい、と、私と師弟の契りを結びたい、ということだな?」
「その通りに御座る」
「師命に従うのが弟子の務め、守れるか」
「一命の及ぶ限り」
「ならば聞こう。祐の命と師命とが相反すれば、なんとする」
意地悪く聞こえる凛の問い。
だが、太郎丸は即答した。
「お館様に従いまする」
一瞬の迷いもなかった。師命をおもんばかる素振りすらなかった。いっそ潔い。
胸の奥がほっこりする。嬉しいなあ。
本当にありがたい。だが、これだと、剣を教えては貰えないんじゃないか?
ううむ。かといって俺が凛に教えてやってくれ、と頼むのもお門違いな気がするなあ。あと、俺が頼んでしまったら、内心がどうあれ凛は可能な限り聞いてくれるだろう。
俺は、俺の言葉の強制力を甘く見たらダメだ。
それに、俺が口を挟んだら、それは太郎丸の決断に水を差すような気もする。
どうすべきか。
だが、凛の答えにもまた、迷いはなかった。
「ならばよし。許す」
え、あれ?
いいのか?
「有り難き幸せに御座る」
「凛、いいのか? 師命に背くこともありうる、と言ったようなものだぞ?」
「もちろんだ。太郎丸に聞いてみればいい。何のために武芸を学びたいんだ?」
「お館様の御為に御座る」
「そうだな。武芸を学ぶには、必ず目的がある筈だ。決して、師命に従うために学ぶわけではない。目的に、どれだけ真摯に向かっているか。私が聞きたかったのはそこなんだよ」
なるほど、そういうことか。
「分かった。太郎丸、凛、本当にありがとう」
なんと言えばいいか。俺は本当に果報者だと思うよ。
太郎丸、これからは同門だな。今後ともよろしく頼む。
かくして、凛の前に三人並んで、水心剣の指南を受けることになったのだった。
これで、俺と太郎丸の行動の自由度は格段に増した。
基本的に太郎丸は俺の側仕えとして常に近くにいる。言わばSPみたいなものだ。
しかし、一朝事あらば、別行動も容易となった。戦力倍増なんてレベルじゃないぞ。
馬賊被害が急激に終息しつつある今、過剰戦力も甚だしい。思わず笑ってしまうほどだ。
タント方面が落ち着けば、そうだなあ。今度はリスト方面にでも行ってみようか。
大陸を挟んで東の端だから、縄張りをそこまで伸ばすとなると大変だが、旅行気分で大陸を回るのも悪くない。いや、まあそれ以前に、ルーデンス王都すら、俺はまともに見ていないわけだが。
俺も、もう少し回りに目を向けるべきなのかもしれないな。
朝のミーティングで、新しい報告を受けながら、ぼんやりと思いを巡らせる。
「サルディニア方面は日に日に落ち着いてきておりますな。そろそろ護衛依頼など、再開させても良いかもしれません」
「そうか。いい知らせ、だな。ならば、これをもって大侵攻対応は終了、平常運転に戻るか」
「我が君のみ心のままに」
「では、そのように。タント方面への通商開拓も再開しましょう」
「頼む。ミュラー」
「はっ」
「騙りが出てきているという話だったな」
「はい、そうです」
「先行してタントに入ってくれ。俺も行く。済まないが、お膳立てを頼む」
「了解しました」
「対策としては、試案が一つあるんだ」
言いながら、俺は隣に座った所在無げな仏頂面に目を向ける。
「おいおい、俺かよ」
そこにいるのはゴートだった。
朝、話し込んでいるうちに他の皆が集まってきてしまい、なんとなく退出のタイミングを逃してそのまま同席していたのだ。
聞かれて困る話などない。
「こないだ作った竜狼会の紋章だがな、贋作と本物の見分けをつけられるようにしようかと思ってな」
「説明は俺かよ。あー、つまりだな、俺の手元には、ユウの鎧に使った銀狼の毛皮がまだ、かなり残ってる。そこでだ、その毛や皮の一部を埋め込んだ徽章を作ってみたらどうか、と話していたんだ」
「本物には通し番号をつける。何番を誰が持っているのかを、はっきりと記録するんだ」
「おお、それは妙案ですな。我が君手ずからお授けくださるとあらば、如何なる勲章にも勝る誇りとなりましょう」
「賛成いたします。かの銀狼の毛皮ならば偽造は不可能。また、内包した力の強さから、探索、鑑定も容易いでしょう」
「……一番が欲しい」
「いや、お前には鎧があるだろ」
「あ、そっか」
「まあ、その気になったら番号だったり、格付けだったりで希少価値を付け加えることも出来るんだろうけどな、竜狼会は円卓を使う。変な序列はつけたくないと思うよ」
「かしこまりました」
「我が君のみ心のままに」
「ですが、現実的な格付けはあっても良いのではないでしょうか? 我ら奉竜兵団は大所帯になります。隊長格、また、部隊長格の別くらいはあっても良いのでは?」
ふむ、ドルコンの言い分にも一理あるな。
「そうだな。なら、運用上必要な格付けはやってみよう。要は、希少価値を求め合うような、変な序列にさえ、ならなければいいんだから」
「はい。では、そのように」
「我が君のみ心のままに」
ああ、でも想像はつく。
いずれ、俺から手渡し、とか、部隊でなく個人に渡されたメダル、とかがステータスになりそうだ。
まあ、これはもう避けがたい話か。
受け取り側の感情まで、俺が左右することは出来ない。
だから、俺は気を付けていよう。この紋章を餌にしたり盾にしたりなど、決してしないように。
さて、話はこんなものかな?
む、誰か来るぞ。何かあったかな。
会議室の扉が慌ただしくノックされる。
うちのメンバーと、ゴートの御者だな。
「会議中に失礼致します。ゴート様宛に報告があったのですが、緊急との事で、この場にて失礼致します」
「構わない。ゴートも、いいな?」
「ああ」
「では、失礼します」
ゴートの御者が一歩前に出る。
「ルドン騎士団より、アルマーン商会連名で短文伝信がありました。黄金騎士突貫、要迎撃、とのことです」
ふうむ、伝信か。そんな技術もあるんだな。うちでも使えたら戦略が変わるぞ?
どうせ魔珠食い虫なんだろうが、それ以上の価値がありそうだ。
要チェックだな。
それにしても。
「またブラウゼルか。今度は何が気にくわなかったんだ?」
「我が君を狙うとあらば是非もありませぬ。総力を挙げて迎え撃ちましょう」
「黄金騎士、ブラウゼル・フォン・エルゼールですか。重甲騎士団として動いているならば厄介ですな。かなりの戦力になるでしょう」
「戦力で言うならうちも負けていないと思うんだが、騎士団の精鋭相手は確かに厳しそうだな」
ふうむ、奉竜兵団など、並みの騎士よりよほど強いと思うし、ザイオンみたいな加護持ちもいる。そして、俺とリムと太郎丸、この三人はそんじょそこらの連中に破れる壁ではないだろう。
それに、本気で俺がピンチなら、絶対に凛が動く。おまけに華桑武士団まで引き連れて。
ブラウゼル、ヤバイな。風前の灯火だ。心配になってくる。
それでも、最強国家ルーデンスの最中核の騎士団だ。決して油断は出来ないのだろうが。
「……ああー、ちょっといいか」
「ゴート、どうした?」
「ちょいと頭に血は上ってるかもしれんがな、その、なんだ。竜狼会を潰しに、とか、そんな話じゃないと思うんだよ。少しばかり手加減してやってはくれんかね」
「我が君への態度を改めぬ限り、許せる話ではありませんが」
「手加減する余裕を、与えていただける、という話ですかな」
ジークムントもヴォイドも容赦がないな。
まあ、俺次第なんだろうけど。
「根拠は、あるのか?」
「まあ、こっちに来るまでの奴さんの態度、かね。勘と言っちまえば勘なんだがな」
ならばもう一歩、踏み込んでおくか。
「その勘の根拠は?」
「俺はブラウゼル坊やをおしめの頃から知っているんだ。それでは不足かね」
「ふむ、分かった。まあ、進軍してくる部隊にもよるが、まずは俺が相手しよう」
「頼む」
「我が君のみ心のままに」
ジークムントが締めくくる。
かくして、戦争準備が始まった。
本当に戦争なのかは分からないが。
さてさて、どうなることやら。