98
リムとの差は開くばかりだった。参ったね、こりゃ。
いったいどれ程のものなのか検証してみようということで、鈴音と太郎丸の全開と勝負してみた。
その結果、どうやら俺はまだ、父の威厳を保つことができそうだ。
リムの力も、速さに特化しているところがあり、パワー比べでは太郎丸の方が、まだまだ上だった。
恐るべきはその速さであり、恐らく銀狼クラスにまで達している。
エスト山脈の中でも、速さで唯一俺たちに追随してきた銀狼、そのレベルにかなり近付いていた。
ということは、だ。
理論上五倍というのが、何を尺度に五倍と称するのかが分からないが、もしかしたらその瞬間は、鈴音を上回る速さになるかもしれない、ということだ。
まあ、鈴音はそれに重ねて動きの最適化、という能力を持っているから、言わば数値的なカタログデータを飛び越えた速さを叩き出すことが可能なんだけど。
それでも、鈴音と太郎丸の領域に、人間がたどり着くとは思ってもみなかったよ。
凛のように、別の形で上回ることはあるだろうとは思っていたけど、純粋な速さと力でついてこようとは。
チート無しでは、地球の人間は長生きできない、と、あの神だか天使だかは言っていた。
本気で実感したよ、今。
あと、一つ発覚したことがある。
鈴音と太郎丸の強化は、言わば能力値の上書きだったのだ。
入れ換え、と言ってもいいかもしれない。
身動きのとれないくらいの時から全開で動いていたのだ。もちろん倍化であろう筈がない。そして、加算式でもなかったのである。
考えてみれば、竜の力を手に入れた前後で、俺たちの全開は何も変わっていなかった。
比較対象がなかったから失念していたけれど、確かに変わっていなかった。
変化があったとしても、それは俺自身の動きの慣れ、また鈴音の最適化の結果で、より効率的に動けたかどうかの違いでしかなく、出力そのものには何も変化がなかったのだ。
まあ、出力が一定でも、伝達効率が変われば、効果や結果は大違いになるわけだが。
そして、偽装モードが本当に偽装でしかないことも分かった。
いや、設定通りといえば設定通りなんだが。
あいつと設定を作っていた時は、本当に見た目のことしか考えておらず、太郎丸以外の装備を身に付けるなんて想像もしなかった。
だから、装備の能力なんて考えたこともない。
付加能力のある装備を偽装モードに取り込むなんて、全くの想定外だったのである。
その結果、銀狼の鎧と、ルーデンス戦士の古装、そして白ランの三つとも、発揮できる力は全く同じだった。軽鉄騎の能力なんて、全く発現しなかった。
そりゃそうか。鎧そのものは、太郎丸の腹の中に格納されているだけなんだから。
こうなると、装備の切り替えが大きな手間になることは間違いない。
出陣前にどちらで行くか、あらかじめ決めざるを得ないということだな。
まあ、太郎丸じゃないと駄目な場所なんて、どんな人外魔境だよ、って気もするが。とりあえずエスト山脈とか?
常に太郎丸と別行動が取れるというのも、戦力増強という意味では十分なメリットになる。
ああ、頭にだけは気を付けないとな。
竜の角の都合上、銀狼の鎧に兜は作れなかったのだ。
ヘッドギアと面頬で守ってはいるが、一番手薄になってしまっているからなあ。
太郎丸みたいに不思議防御で護ってくれるわけでなし。油断しないようにしよう。
ゴートの説明を聞きながら、気を引き締める。
「お前さん……、自分を過小評価しすぎだぞ」
「え、そうか?」
「タロウマルの力や、リムと比べるからおかしくなるんだ。お前さんの元々の膂力だって凄まじいものなんだぞ? そいつが三倍になるんだ。不満に思う方がどうかしてると思うんだがな」
言われてみれば、そんな気もするな。
銀狼の鎧を着れば、生身のリムよりは強くなれる。普通は充分な筈だろう。
竜狼会の戦闘力って、ヤバイよな。
「結論から言うよ。あの魔珠は、人に入れない方がいい」
「……そんな気はしてたよ」
開口一番のニーアの台詞は、剣呑な響きに満ちていた。
「残留思念が強すぎるのさ。まるで生きているみたいだよ。下手に入れたら、獣堕ちすること間違いない」
「下手に入れたら、か。ということは、うまくやる方法もあるんだな?」
「まったく、言葉尻にすぐ食いついてくるんだから。やになるね。仰る通り。方法はあると思うよ」
「一つは見当がつく。認めさせればいいんだ」
「ご明察。推論にはなるけど、生きているみたい、とは言ってもやっぱり本当には生きていないんだ。あくまで擬似的なもので、力で上回ってしまえば簡単に従う。獣堕ちも、意志でどうにかするというより、有り様に引きずられると考えた方が説明がつくんだ」
「だが、そういう意味では、普通の魔珠と変わらんと言えば変わらんよな。力の規模が桁違いなだけで」
「今のところはね。でも、全部分かったなんて、とてもじゃないけど言えないよ。まだ何かあるかもしれないし、そもそも認めさせるのが難しいし、少なくとも、ボクなら入れないね」
「なるほどね、よく分かった。で、他にも方法はありそうなのか?」
「一つはね」
軽く頷いてみせると、ニーアは俺の胸元をまっすぐ指差してきた。
「これはタントの発想になるから、ボクたちにはあまり馴染みがない。けど、軽鉄騎の魔法回路そのものが、人を介さずに魔珠の力を引き出す方法なのさ。魔珠にどんな残滓があろうともお構いなしに、力だけ抽出する。それがタントの魔法回路の根幹なんだ。ルーデンス人は、魔獣を力で従えようとする傾向が強い。だから、強い人が、より強くあろうとする。だけどタントは違う。こんな強力な魔珠でさえ、力さえ抽出してしまえば、誰でも使えるようになるんだからね」
ふうむ、なるほど。
その発想自体は理解が容易い気がする。
要はあれだ、
ルーデンスは騎士の時代真っ只中だけど、タントは発想が近代兵器なんだな。誰であれ、それこそ子どもでも、引き金さえ引けば人を殺せる銃のような。
俺からすると、タントの方が随分と先進的に聞こえるね。
数少ない魔珠を効率的に使おうと思えば、個人に依存してそいつが死ねばすべてご破算になるルーデンス式よりも、誰でも使える兵器化して、何回でも使い回せるタント式の方が有効じゃないか?
個人としての強さはルーデンスの方が高くなるのだろうが。
いや、ちょっと待て。
これは難しいな。
対人戦や軍隊を想定するならタント式の方が有効だが、この世界には魔獣がいる。魔獣という強力な点を相手にするなら、タント式では荷が重い。
むう、どちらにも理がある、か。
なかなか優劣はつけがたいなあ。
一つだけはっきり言えるとするなら、ルーデンス式をきっちりやるには、国力が必要だ。
ルーデンス式が成立するのは、ルーデンスが圧倒的な大国だ、というのも大きいんじゃないかな。
っと、まあ、それはともかく。
「有効に使うにはどうしたら良いと思う?」
「人に入れられない以上、売るに売れないような気もするけど。軽鉄騎を作るなら、欲しがるかな。あとは、徹底的に純化して、普通の強力な魔珠として使う」
「やっぱりそうなるか。わかった、少し考えてみる。ありがとう」
もしくは、ライフォートとかみたいな、本当に強力な連中に売るか、だな。
いずれにせよ、各国のパワーバランスに一石を投じることは間違いあるまい。
魔獣との親和性の問題もある。最終的には純化を重ねる方法に落ち着くような気もするなあ。純化の過程で普通の魔珠が山ほどとれるんだ。損は無いような気もする。
……タントならありったけの金を積んできそうだな。
試しに売ってみようか。
「ところで、ニーアは休暇になるのか? いつまでこっちにいる?」
「そうだね。ゴート様次第かな。帰るときに連れていって貰えないと、ボクの足がない」
「そういうことか。ま、長いか短いかは分からんが、ゆっくりしていってくれ」
「戦争も終わったし?」
「ああ」
「……はあ。これが冗談じゃないんだもんなあ」
嘆息するニーア。
ま、今回ばかりは俺もおかしいと思っているから。